貧乏人にはカニを買うということは贅沢だろう。しかし、その貧乏人が川のそばに住んでいるなら、ハゼやらセイゴやらを釣りに出かけるような釣り人なら、川の下流や河口域で出会うわりと美味しい獲物であるモクズガニやらノコギリガザミ類やらに遭遇する機会はそこそこあるのではないだろうか?ノコギリガザミはややレアキャラだけど、モクズガニに関しては秋に川から産卵のため河口部に降りてくるので、釣り場で遭遇する機会も多いだろう。ワシも年に何回かは夜シーバス釣ってて”今日はモクズガニよく歩いているな”と思う日があるぐらいで、拾って食ってしまえば贅沢でもなんでもなく、タダで手に入ったご馳走である。モクズガニって美食家の中国人が目の色変える”上海ガニ(チュウゴクモクズガニ)”の親戚でっせ。
ただ、カニというとズワイガニやらタラバガニといった、脚を食うタイプのカニの、脚だけで冷凍で出回っているのしか食べたことがない人から見ると、ノコギリガザミをはじめとしたワタリガニ系やモズクガニのような脚が細いカニについては「爪ぐらいしか食うところがない」と舐められている気配がある。
カニ好きの人からしたら、脚の冷凍流通が主でミソも楽しめんカニのなにが楽しいんじゃ!って話で、カニの食べるところは脚だけじゃないっていうのは常々思うところであり、そのへんの脚の細いカニを食う際のお作法について、今回はひとくさり書いてみたいと思うのである。
今回手に入れたブツは、メッキ釣ってて見つけたのでルアーをガシッと抱かせて、外からの攻めにはめっぽう強いその攻殻も、体の内側?から攻めれば関節の裏の殻の薄い部分とかハリが掛かる攻めどころはあり、そこに掛けてしまうという、カニのルアー釣りとでもいうような方法で運良く手に入れたものである。日本で見られるノコギリガザミには3種類いて、コイツは目の間のトゲが正三角形ぐらいの尖り具合で、ハサミの下の節のトゲが1本長く目立つことからトゲノコギリガザミと同定した。ノコギリガザミ類は南の島や東南アジアではお馴染みで、マングローブクラブとか呼ばれて、強力なハサミを無力化するために麻縄とかで縛って売られていたりする。国内でも沖縄のような南の島はもとより、大平洋の黒潮がブチ当たってる地域では産するようで、高知や静岡の浜名湖あたりでは珍重されているようだ。
デカくて食いでがあると同時に、ハサミがでかくて強力で、このハサミ対策がノコギリガザミ類を食う上では重要になってくる。なにしろ二枚貝を割って食うというそのハサミはデカくてゴツゴツしていて、指でも挟まれたら大ごとで骨砕かれかねない。
釣り場から持ち帰るのに、とにかく袋なりバケツなりに入れてしまうにしても、ハサミ振り上げて「いつでも挟んだるデ!」と威嚇してくるのでやっかい。今回なんか挟ませておいて、そのすきにウリャウリャとカタをつけてしまおうとしたけど、そこら辺に落ちていた木の枝では、カシュッと挟み切られてしまって全く用をなさなかった、挟ませるなら金属やら石やら堅いモノを挟ませないと意味がなさそう。今回はなんとかひっくり返してハサミ脚を踏んづけたりしつつ、どうにか手ぬぐいで包んで結んで運べる体制とした。ゴミバサミみたいなのを用意して、蓋付きのバケツ系の入れ物にぶち込むとかが一番手軽で楽かも。ただ、釣りしているときにそんな装備は持ってないけどな。 持ち帰ったら、同定作業で写真撮りつつ、縛ってある間に目方を測ったところ725gと、この種にしては大きいというほどの個体でもないようで、デカいと1キロ越えるそうだけど、それにしたって充分デカい。とりあえず調理に使うナベに薄い塩水入れて活かしておいて、しばしネットで調理方法などを検索して調べる。まあ、塩茹でするなら他のカニと一緒だし調べるまでもないんだけど、大きいのでゆで時間どのぐらいかなという目安は調べておきたかった。
調べてみると、塩茹でより”蒸しガニ”を薦めている方がいて、蒸した方が塩茹でのようにゆで汁に美味しい汁が溶け出すのが少なくてすみ、ミソの周りとかに白く固まるタンパク質のエキス分とかの歩留まりが多くてそれがまた美味しく楽しめる、とのことでちょっと旨そうだなと思ったので、今回蒸しガニに挑戦してみた。まあ、蒸すだけなんだけど、蒸し時間はさすがに大きいカニなので30分程度蒸しておくのが無難なようで、30分でいく。と同時に、ノコギリガザミに特有なのかガザミやイシガニついでにイセエビではあまり気にしたことがなかったんだけど、生きてるのを直接蒸したり茹でたりすると、脚を自分でトカゲの尻尾切りみたいに落としてしまう”自切”が多いので、氷水やらで締めてから調理した方がイイとのこと。半信半疑で氷と保冷剤で攻めてみたが、これがなかなか弱らないのよね。
30分がとこ冷やして、ちょっと触ったらカニ自体も冷たくなってて、大丈夫かなと魚バサミで移動させて蒸し器セットして載っけようと思ったんだけど、氷除けたら普通に暴れ出して、なんとかペットボトルの首根っこを挟ませて、ひっくり返して腹側に保冷剤乗せてさらに氷攻めすること数十分。それでも締まらんがな。とはいえ動きは明らかに鈍くなり、ひっくり返して鍋の蒸し器の上に載せるぐらいはできそうになってきたたので、腹も減ってて待たされるのもいいかげんつらいので、このぐらいでもういいやと手を打って蒸し始めた。 蒸し器はあらかじめ湯気がシュンシュン出てる状態に温めておいて、カニの両のハサミを持ってバンザイさせつつ、ひっくり返して入れる。当然暴れてハサミとか振り回すけど、蓋で押さえる。どっかの国ではエビカニを料理するとき生きたまま鍋に入れるのは残酷な行為であり違法だとか。まあ残酷だけどさ、生き物食っちまうっていうのはそういうことでしょ。氷締めで殺そうが、釜ゆでで殺そうが食われる側からしたらどっちもイヤだろう。どうせ食っちゃうんだからあんま気にすんなって話だと思う。バカくせぇ。そして事前情報どおりハサミ脚を除いて脚を自切しまくる。見事に全部落ちた。
この時にカニをひっくり返しておくと、美味しいエキス分が、落ちた脚の穴から流れ出る量が少なくて済み、甲羅の中に溜まって熱で凝固するということらしい。
茹で上がると甲殻類の常で、シャア専用な感じに赤くなるんだけど、ところどころ泥かぶってて事前に洗いたかったところだけど、蒸す前に無力化することができなかったので仕方ない。開高先生が、アマゾン釣行のおり泥だらけのカニ「カランゲージョ」を前にたじろぐ一行に「この泥を見て唾が湧かないようではダメだ」ってなことを言ってたようにおもう。おそらくベトナム取材時とかに”マッドクラブ(泥ガニ)”とも呼ばれるノコギリガザミ類での経験に基づく経験則だったんだろう。曰く”旨い牛を育てる牧草に相当するのが、このカニの場合泥である”とかなんとか。開高先生明らかにカニ好きで、アラスカのダンジネス(イチョウガニ)やニューヨークのブルークラブの脱皮したてのソフトシェルクラブ、冬の日本海の旅館でひたすらズワイガニとか色々ネタに書いておられたのを想い出す。ということで、多少泥かぶってるのを見て唾が湧かないようでは”カニ喰らい失格”だ、ぐらいに思っておこう。
さーてではいただきますねっ♡(←「ナマジのブログ」史上初のハートマーク)喰うんだけど、丸かじりするわけにもいかんので蒸してる間に色々と用意いたしました。段取り大事。
三杯酢をちゃっと用意して、ハサミが必要なのは当然ながら、蟹の方のハサミが道具の方のハサミで切れそうな代物では全くないので、ペンチでへし割る方針で道具箱からスプリットリングプライヤーを選択、あとはガラ入れのボウルと手を拭く濡れタオルぐらい、蟹の身をほじくるのにそれ用のスプーンとかあるけど、我が家にはないのでほじくるのは普通のスプーンがミソ用で他は箸と指と唇と舌でほじくる。
まあこのハサミのなんと立派なことよ。閉じた状態で隙間ができるのは、間に貝とか挟んだときに割りやすい形状なんだろうか?ペンチ型の”クルミ割り”なんかも隙間があってクルミを挟んで割る方式なので、ある程度挟みつける部分が閉じて力がかかりやすい状態で、貝なりクルミなりを保持して割るための収斂した形状で同じような原理だろう。右と左でハサミの形状が微妙に違ってて、たぶん上の写真で左側になってるハサミがゴツくて”貝割り”担当で、右側が摘まんで口まで運ぶ担当とか役割分担というか利き腕?があるんだろう。まあどっちも挟まれたらただでは済みそうにないけどな。締まった状態で隙間があるので指がちぎれることはなさそうだけど、骨ぐらい割られそう。
まあ貝殻ブチ割るハサミが貝殻よりヤワなわけなくて、ハサミでは切れん。ペンチ用意しておいて正解。バキバキ割っていくと、ぎっしり筋肉という名の”身”が詰まっていて、とりあえず左右の爪が序盤戦の山場なのは間違いない。味はまあカニなので普通にとても旨い。もちろん爪に続く関節も割ってほじって美味しくいただいていく。脚も細いとはいえ全体的に大きいのでそれなりに身は入っててこれも割ってほじって食べる。
そしてここからが、今回”蒸しガニ”にしたので一番お楽しみのカニミソとなんかエキスが熱で凝固してベロベロした部分に突入する。表向けていたカニの甲羅を下にして、甲羅と脚やら褌の根元やらの継ぎ目を外す感じでベシベシと押してやって、脚の側をベリベリッと甲羅から外すと甲羅にミソの一部とタンパク質なエキス分が熱凝固した白いべろべろが残り、脚の側にもミソの大部分と白いべろべろの一部が付いてくる。ミソは巨体のわりには多くなくてちょっぴり残念だったけど、白いベロベロは狙いどおり沢山できていて、これが塩茹でだとしょっぱすぎたり、苦みが出てたりするんだけど、蒸しで塩分添加無しだと良い塩梅の塩加減で、プルプルとカニ臭いゼラチン質のなんだが下品な旨い物質を結構な量堪能できた。スプーンの出番はここだけで、甲羅の端の方に入ってるのとかもこそげ落として食べたい。スプーンでこそげ落としきれなかった部分は、ミソもプルプルも舐められるところは舐めまくってしゃぶりつくして下品に楽しんでしまうと良いと思っちょります。
で、ここまで食べると、後残っている可食部は冷凍の脚だけ食ってる民草は知らんだろう、胸(カニの胸がここで良いのか、脚の付け根だからむしろ尻なのか)の肉で、これが結構な量ある。10本の脚を支える胸だか尻だかに相当する部分だからあたりまえっちゅえば、当たり前。鰓が乗ってるんだけど、鰓はガサガサした繊維状のしろもので食べられないので取っ払うと、その下に筋肉がつまった薄い殻で覆われた部屋的な部分がドカッと鎮座している。
南の島では、脚付きで脚一本ずつにあわせてこの部分を切り分けて、中華風にチリソースで炒めて饗されることが多い。
ここは肉量多い反面、筋肉の間に仕切りが入って”部屋”状態になってるので、その部屋から筋肉を引っ張り出すなりなんなりして食べる必要がある。ただこの仕切りは体の中にあって外側の甲羅みたいに堅くなく、ハサミで切れるし、手でむしれる場所もあるので下の写真のように上手にむしってやると、身がボロッと取れてくる。ただ、全部はなかなか上手にむしりきれるモノではないので、適当にハサミで分解してしゃぶりついて舌も使って身をほじくり出すか、歯で齧り付いてやっぱり舌でベロベロほじくり出すかして殻だけペッペと吐き出すことになる。
というお作法でぺろりと完食。大変美味しゅうございました。あれだな塩茹でじゃないせいもあるのか、味はけっこう淡泊。泥臭さとかは皆無。肉量はタップリで食いではガッツリで食糧としては極上の部類ではないだろうか。ご馳走様でした。で、今回の課題の一つが、脚の細いカニも食うところいっぱいあるよというのをお示しすることであり、それなりに写真も使ってご説明したつもりだけど、今日日なんでも”エビデンスを示せ”とうるさい世の中で、エビやなくてカニじゃ!と言いたくなるところではありますが、数値データで示すのが客観的で根拠としては分かりやすかろうと言うことで、食べきった後のガラの重さを測って、725gのうちどれだけワシの胃の腑に落ちたか、まあ蒸してる段階でチョロッと外に漏れたエキス分もあるかもだけど、そこはたいしたことないだろうから無視して(蒸しガニだけに)ガラ入りのボールが414g引くことのボールが122gでガラは292g。725g引くことの292gで、都合433gの肉とミソと白いベロベロを食べたことになります。普通バーベキューとかするときに、日本人だと肉は一人350g計算で大丈夫と聞いちょります。400g超の動物性タンパク質の摂取は腹一杯満足の数値だと客観的に言えるのではないでしょうか。歩留まり的にもおよそ6割で、魚でもだいたい6割と言われてるので悪くはない。これで食いでがないとは言わせんぞ、どやっ!
ということで、専門的に狙うんでもなければ、たまに機会が巡ってきたらボーナスチャンス、的なご馳走ではありますが、次回も機会があったら挟まれないように気をつけてモノにしたいと思う所存であります。