2020年10月18日日曜日

高いところから失礼します

  川崎在住のころ、この時期内房の運河のシーバス釣りは、鉄板に近い釣果が望めて、スズキ釣りか?もしくはただのカヤック漕ぎか?はたまた時化てて海を眺めるだけか?の博打要素の大きい房総半島カヤックスズキ狙いの裏作として非常に心強いものがあった。なにしろ釣り場はほとんどの釣り人が気にも留めないような、ときに幅跳びで越えられそうな場所もある小規模な運河なので、まずは首都圏にありがちな他の釣り人との競合がほぼ無いのがありがたく、アクアライン越えてセッセと通ったものである。

 小規模な運河なので遠投性は必要なく、逆に橋の下とかの狭いコースに直球でぶち込まなければならない状況とかもあって、6.5フィートというシーバスロッドとしては短い竿を使っていた。そういや最近使ってないけど台湾時代フェンウィックのランカーギアXが主力竿で同じブランクスの別シリーズも含め5本ぐらい蔵にある。売って整理せねばだけど愛着もあるしどうしよう?

 でもって、短竿で護岸の上から釣っていると場所によっては足場が高くて、飛距離が出せていないことも相まってルア-が泳いでくれる距離が短くなってしまう。となると足下までキッチリ泳いでくれるルア-が欲しくなる。竿長くしてやれば解決できるけど、足場高くても小場所で正確な投擲のほうが優先されることが多いので短竿の方が使いやすく、かつ足場高い場所だけ竿換えるのも面倒くせぇ。となると足下まで泳いでくれるルア-があると良いなということになって、まずはフライングダイバーとかシュガーディープとかのオフセットリップや長いリップのミノーを使ってたんだけど、あるときシャッドラップラパラを使ってみたら、これが抜群の使いやすさでホントに足下までキッチリ泳いでくれて以降シャッドラップラパラを、中古で安く手に入ることもあって例によって大量に買い込んで、やや飛距離不足なところは後ろのフックに鉛線巻いたりして使っていた。

 となると、ディープダイバー系のシャッドやらクランクは同じようにイケるだろうといろいろ試してみたら当然釣れて、ピーナッツⅡDRサイレントやマジェンダは二軍ボックスには入れていた。ピーナッツⅡは普通に釣れる感じだったけど、マジェンダが結構優秀であんまり頭下がりな姿勢にならずに細かい動きでラトル有りなのもあってかシャッドラップとはちょっと違う釣れ方したように感じてた。でもまあ、シャッドラップの釣る力はあからさまに強力で絶大な信頼を置いて使ってたのは、写真のシャッドラップ箱の在庫量を見ていただければおわかりかと思う。

 ところが、ひょんなことからインビンシブルに興味を持って、シャロータイプの8センチ(写真右)を使ってたときには、既に”飛距離の出せるバルサミノー”であり、現時点での古今東西最高のミノーだとワシが確信を持っている”フラットラップラパラ”があったので、F9の飛距離不足に悩んでた頃にここまで使えると知ってれば苦労しなかったのにな、とは思ったけどそれ程は必要性を感じなかった。けど、これのリップがちょっとだけ大きくて本体から水平に出ているインビンシブル8DR(写真左)を使ってみたら、足下までキッチリ引ける上に飛距離もシャッドラップほど苦労せず普通に良く飛んでくれることが判明して、大量在庫のシャッドラップを二軍落ちさせて一軍登録されて現在に至る。

 インビンシブルは”8DR”に限らず超優秀なミノーである。それは何度も書いてきたけど本国フィンランドであのラパラを向こうに回して生き残ってきた事実を見ればそれだけで明白である。コータックが潰れて正規輸入元がなくなってしまったけど、ちょくちょく釣具屋さんが直接買い付けて売ってるケースは見かける。ただ、日本の釣り人は見る目がないんだと、最近と言っていいぐらいまでその良さに気付いてなかった自分を鑑みても思うけど、今の日本じゃ売れない見た目だとは思う。魚釣って使い込めば、そこらへんのとってつけたような能書きで出ては消える新製品のどれも似たような国産ミノーとはモノが違うというのはご理解いただけると思うのだがどうなんだろうか?老後の資金を切り崩して本国フィンランドから大量買い付けして、ネットでチマチマと売って小銭稼ごうかしら。などと邪な山っ気を出すべきではないと”C4の一件”では肝に銘じたところ。あのあとたいしてC4値上がりせず、C3もすぐに値段下げてきて、あの一瞬で儲けを出すのは今考えると難易度超高くて、C4一台分の授業料で済んで良かったと胸をなでおろしている。

 インビンシブル8DRは内房の運河でも働きまくってくれたけど、ここ紀伊半島でも護岸の上から釣ることになるN川で鉄板の働きをしてくれている。正直雨後のN川流れ込みポイントではコイツ以外投げなくても良いんじゃないかと思っている。それぐらい釣れるし使いやすい。にもかかわらず、インビンシブル8DRじゃない別のルア-でもアタイ釣ってみたい!と思ってしまうアホな釣り人がワシなのである。なんでやねん。”インビンシブル熱”に罹った時には幸いにもちょうどコータックが潰れた時に放出された在庫のインビンシブル達がネットオークションに流れまくってたので弾数的には豊富に確保してあるので別に他の札を探さなければならない必然性は薄い。でもなんか他のルア-でも釣ったら面白いだろうな、と思ったらその気持ちを止められないのである。悪い病気がまた出たかという感じである。

 というわけで、またぞろネットオークションとネットフリマを夜な夜な徘徊して怪しげな?ルア-達を買いあさってしまったのである。ああワシの老後の資金が・・・。アリとキリギリス(セミ)ならキリギリスのように今を生きたい。

 ディープクランクやらシャッドやらリップの長いルア-なんぞ腐るほどあるだろうから、その中から、良さげなのを選べば良いんだろうから選びたい放題ジャンと思ったけど、これがなかなかどうして意外に難しい。性能面をさておいて、せっかく次の切り札ともなり得るようなルア-の候補のつもりで選ぶんだから、手に入れやすくてかつ長く入手可能で、可能ならお値段控えめなのが良い、っていうだけで選択肢がグッと狭まる。まず今時の国産ルア-のほとんどが2千円ぐらいするので対象から外れる。千円前後となると国産だとデュエルとヤマリア、ダイワの低価格シリーズぐらい。となると意外に選択肢少なくて結局好みに合致するのはピーナッツⅡ系ぐらいしかない。ピーナッツⅡ系は大好きだけど新鮮味がないよな。となると後は外国勢で、最近クランクはバルサのノンラトルとか流行らしいのでコレはバッチリ好みだろうと思って調べてみるとクソお高いんでやがんの。まあバルサで作ってたらドミニカ共和国に工場作って経費削減しつつ世界中に売ってるバグリーのバルサBより安くできるわけないって話で当然か。だったらバグリーのキラーBとか使っとけって話だけどキラーBでも既にお高い。他方で樹脂性のディープダイバーはバスルア-には各種あるけど樹脂性なら正直ピーナツⅡでいいやと思ったり思わなかったりで、木製で比較的安く手に入りそうなのが中古のポー社のセダー系とかRC系とか。良い感じの”アメルア感”もあって悪くないんだけど、ラパラのファットラップとシャッドラップとモロかぶりな感じでイマイチ食指動かず。バルサじゃなくてセダー(杉)製なので丈夫かもだけどラパラ好きがわざわざ買うほどでもないかと。ファットラップは持ってるけどシーバス釣ってないのでそれはまあ使ってみようと思う。

 蔵になんか良いの転がってないかなとゴソゴソやってみると、フライングダイバーやらマジェンダやらもまだ在庫けっこうあることも判明したけど、シーバス釣ったことがない新鮮味のあるルアーとしてはバスディのドリフトツイッチャーとヘドンのタドポリーが出てきた。ドリフトツィッチャーは候補に入れて良いだろう。ヘドンのタドポリーは正直コレだ!っと一瞬思ったけど現在生産されていないようで中古もあまりなくて補充がままならないので見送り。

 でさんざん悩んだあげく、タドポリーもヒントになってコレで行こうかなと決めたのがストームのホッテントット(以下当ブログでは「ホットエヌ」と呼ぶことにする)。結局本体樹脂製のディープダイバーになった。蔵にも転がってたけど実はこのルア-ではバスも釣ったことがない。ストームはラパラに吸収されたけどブランドとしては今も残っていて、ホットエヌも一時期プラリップになって大不評だったらしいけど、現行版は金属リップに戻って昔のと似た感じになっている。中古をネットで探してみると、相場も千円前後で安くてかつ古いのも新しいのも弾数的には充分ある。さすがは長い歴史を経てきた名作ルア-。蔵にあったのは地味な色だったので当地では黄色かオレンジが良いと思っているので早速いくつかポチってみた。

 上から、古いの、プラリップ版、現行版で現行版は目が樹脂性になって鱗模様が体側に切ってあるけど、そのあたりも今時版になったストームルア-って感じがして悪くない。さすがにプラリップ版はワシでもそれは違うだろうという気がするけど、現行版はこれなら値段もこなれているし新品買っても悪くないと思う。今でも旧ストームのウイグルワートとこいつが製造されているのは、タドポリーとかもそうだけどトローリングやら河川でボートをアンカー止めして流れの中に潜行させてやらなんやらかんやらで米国あたりではサケとか釣るためのルア-として定番だからだろう。早速投げてきたけど、動きは割と細かくキビキビしていてちょっと”チドリ”気味になるのはストームの血統という感じでこれは良い感触。実際にシーバス釣れたらもう少し弾数補充しても良いだろうってぐらいにしっくりきた。

 このルア-昔から”リップに取り付けてある金具の位置を前に変えると潜行深度が変えられる”と読んではいたけど、金具はか締めてあるしどうすんねンと思ってた。ところが今回しげしげと長眺めしつついじくってみて、工具もなしで割と簡単に変えることができると判明。両手の親指の爪で金属スリーブの前後のワイヤーを押しながら、スリーブを上に爪でズラしてやるとスルッと金属スリーブがズレて外せて位置が変えられる。まあ変えてもあんまり潜り方変わらん気がしたけど、トローリングとかでは潜行深度微調整できるのは実際に使われる機能かもな。知らんけど。上の新旧3つ並べた写真の一番上のが前に金具の位置を変えて潜行深度を浅くした状態。

 ちなみに、金属リップのルア-のアイの所にこういうワイヤーの金具が噛ませてあるのは、魚とのやりとりの際に金属リップの端にラインが擦れて切れるのの防止だと思っている。まあ最近のラインはそんなに簡単に切れないと思うけどそういう時代からの歴史あるルアーだってことッス。

 という感じで、ホットエヌ合格。後は釣るだけ。なんだけど、ネットオークション眺めていると物欲を刺激されるモノで、全然弾数揃えられそうにないけど、豪州ハルコ社製の「ソーサラー52」というのをポチってしまった。申し訳ないことに勢いで2個も買ってしまっております。反省はしていない。大きめのリップを胴体と平行に突き出してアイは頭の先っちょにつけたままというのは、インビンシブルDRと共通で、独創的な形もそうだし、豪州産ルア-はやっぱり北欧ルア-の流れを汲んでいるんだなと感じるところ。同じく豪州産のキラルア-にも同じような作りのディープミノーがあったと思う。こいつはまあお楽しみルア-ということでたまに投げてみよう。

 このぐらいで何とか今回の悪い病気の発作は治まってくれている。悪化させないように気をつけていきたい。ということで、ルア-図鑑うすしお味第43弾は足場高いところから使うリップ大きめのルア-達でおおくりいたしましたとさ。

2020年10月11日日曜日

3日間反省しつつスズキを隅々まで食べなさい



 70もあるようなスズキ様をお持ち帰りするのはいろいろな意味でよろしくないと思っている。
 まずは、釣り場のスズキ様が減る。
 スズキ自体は海にはいっぱい泳いでいるのかもしれないけど、陸っぱりで狙える釣り場にやってきた個体や群れって考えるとそんなに多くはない。特にワシの釣ってる対岸までルア-が届く小規模な河川に出入りしているような魚は数が限られているはずで、リリースしておけば再度釣れる可能性もあるもんだと認識している。
 かつ、スズキとワシが呼んでるのは70センチ以上なわけだけど、セイゴが40,50のフッコに育つには餌の状況にもよるだろうけど2年もあれば足りるようで、そこまでの成長は早い。でもそこらへんの大きさから繁殖行動に参加するようになると、そちらに栄養を取られて成長速度はガクンと落ちる。80センチ越えるには10年以上かかるとか。
 だから、シーバス釣ってて良く釣れてくるのは40,50のレギュラーサイズでそれ以上の大きさになるととたんに数が減るのである(「生物多様性とスズキ」恒星社厚生閣刊参照)。
 スズキと呼べる大きさの魚は貴重なんである。

 次に持ち帰りるのに難儀するのも持ち帰りたくない理由で。40,50なら米袋に詰めてリュックに入らないこともない。70はさすがにどうにもならないので自転車の前カゴにぶち込んで運ぶしかなく、かつ持ち帰るとなるとその後の釣りは諦めて撤収作業に入らざるを得ず、せっかく魚が釣れる日の釣りの時間が削られてしまう。ワシのような足で釣る釣り人は70のスズキぶら下げて釣りを続けるのは正直無理で、70が入るクーラーボックスとかを釣り場に持ち込むとか想像もできないぐらい面倒臭い。荷物持ちでも雇うぐらいの金持ちでなければそんな釣りは成立しない。


 さらにいうなら、70を越えるような魚は一人暮らしのオッサンが料理して食うにはいささか手に余る大きさだ。
 まずは、デカくて流しにギリギリだし、冷蔵庫に入れるのも”つの字”に曲げて押し込めねばならん始末で一般家庭の台所では料理しにくい。
 かつ、70チョイのスズキ様で4キロだかそこらはあるハズで、歩留まり6割で2.4キロの”淡泊な白身”が手に入ることになって、アラとかも料理し始めるとさらに多くのスズキ肉が入手できてしまって、キロ単位の魚肉を男一匹猫一人の体制で数日のウチに食い切らねばならない。冷凍保存?せっかく刺身で食える魚を何が悲しくて冷凍にせにゃならんのだ。白身魚は冷凍すると味がガクッと落ちる、刺身系はダメになる。っていうか冷凍して刺身にできる魚介類が例外で、マグロとかの大物とイカぐらいか?
 スズキ様、決して不味い魚ではない。刺身とか手頃な50ぐらいのが確保できてるとウキウキするぐらいには美味しい。とくに産卵にそなえ荒食いして身が肥える秋は、他の春産卵の白身魚が軒並み味を落としている初夏に、スズキは冬産卵でさすがにその頃には産後の肥立ちもよくなっているので白身の淡泊な味とあわせてそのあたりが旬とされているけど、むしろスズキは晩秋が初夏よりも美味しいと推す声も多い。
 ただ、鱸の食べ方っていうと、刺身、そしてアラは塩焼きか潮汁ってぐらいしか選択肢が思いつかず、淡泊なというと聞こえが良いけど、要するにあんまり味に個性のない魚肉がキロ単位でドンとやってくるのである。いつも通りの刺身とアラ料理だけでは飽きるのは目に見えている。

 ということで、基本もちかえるのは個体数も多く持ち運びもそれ程苦労がなくて食べきりサイズである50前後のにして、70越えるスズキ様には流れにお帰り願うことにしていきたい。今回の73はやる気満々で速い流れの中に入ってた個体で、おもいっきりルア-を飲みやがって鰓にハリが刺さって出血多量でお亡くなりになっている。こういうのを防ぐには、単純な方法ならルア-の大きさを上げて口の中に入らないようにするっていうのが考えられるけど、ワシ残念ながら通常狙ってるのは個体数多い50センチぐらいのフッコたちなので、そうするとあまり大きなルア-は使いにくい。ということで、とりあえず今回一仕事してくれたダルトンスペシャルのシングルフックをハリ先を内側にややむけて、口の中で余計な所に掛かりにくく、口の端の方でかかる方向に調整した。当然掛かりやすさ的には悪くなるけど、掛かったらバレにくくなるので相殺されるだろうから、そのへんは実戦導入で塩梅見ながら調整して、他のルア-もそのルア-の出番を想定しつつ調整していきたい。渋い状況で使うルア-とか食いが浅いことが想定されるので掛かり悪くしたら塩梅悪いだろう。


 でもって、せっかく苦労して持ち帰ったスズキ様、余さず食べちゃって楽しまなければもったいない。
 ということで、種々料理してみた。この辺は無職で時間がとれるありがたさで、手間暇掛けて美味しくいただこうという試み。
 とりあえず、刺身と兜焼き系とアラ汁はお約束で普通に美味しい。
 今回、あら炊きはいつもの塩味の潮汁と醤油味のアラの煮付けの中間ぐらい、塩味ベースなんだけど醤油を効かせてオデンの汁を意識して味付けした。
 なぜそういう味付けにしたかは後ほど。
 これで食べた後に骨とかは捨てるゴミとして生じるんだけど、調理時点で出るゴミは鱗と内臓のなんか食べられなさそうな部分と今回そこまで手が回らなかった鰓ぐらいでたいした量にならない。隅々まで食べ尽くす感じになってくる。


 刺身一回食ったぐらいでキロ単位の身が消費できるわけはなく、むしろここからが本番。
 お刺身2柵めは皮をフライパンでジュッと焼いて焼き霜造りにしてみた。
 スズキの皮とか泥臭そうな先入観があったけど、当地のスズキにはそんな心配は全くなく、これはこれで皮のプニコリな感触も楽しめて良いお味。
 右の皿に入ってるのが、アラ炊きの一部で、今回、肝と胃袋の他に内臓としては意外に大きくてしっかりしている浮き袋を入れてみた。
 中国人が乾物にして食うのに血眼になって世界中からかき集めている美味。これまでそれほど意識していなかったけど、多分コラーゲン豊富なスジ肉的なプルクニャ食感になるだろうと予想して、ならばと味付けもオデン的にして、練りカラシ添えて食べてみた。これはちょっと抜群。オデンの牛スジ肉はかなり煮込まないと柔らかくならないけど、スズキの浮き袋はアラに火が通った時点で良い感じに柔らかくプルクニャに煮えていて”オデン味”大正解。さすが食通の中国人が目をつける食材だけあって、魚の浮き袋は乾物にしなくても充分旨い。


 という感じでアラ方面は個性もあって食ってて飽きないんだけど、大量入手した身の方の身の振り方を考えてやらねばならない。
 ただ、食い切れないほどの魚肉を食いきるには”ズケ方面”を攻めるのが吉!というのはメジロ(ブリの手前)でも学んだところである。
 まずは普通に醤油味のズケ。適当にめんつゆと酒で作った漬け汁にぶち込んで2日ほど。
 ただ、カツオとかの濃い味の魚でヤるならこれだけでイケるけど、白身の淡泊な魚にはもう一押し欲しい。ということで、”黄身ダレ”が良いっすよというタレコミもいただいていたので、ズケ丼に卵黄乗っけてユッケ風にしてみた。
 卵黄だけ使うので卵白が残るんだけど、皆さんこういう場合は余った卵白どう処理されてますでしょうか?泡立ててメレンゲにしてケーキでも焼いてますぅ?
 ワシャいい手が思いつかなかったので、筋トレマニアよろしくそのまま飲みました。
 まあ、ユッケ丼風は不味いわけがないよねという感じで丼飯余裕。

 そしてズケを作ったなら、これまた鉄板の”ズケ茶漬け”もやっておかねばとズケ汁で掛けまわす“だし汁”を作って、ザブザブッといただきましたところこれもまあ最高ですね。
 ズケって実家ではカツオで作るのがほとんどで、味付けは醤油だけ。翌日刺身のつまの大根もあわせて汁ごと浸かったカツオを鍋の湯にぶち込んで一煮立ち後にご飯に掛けるっていうのが定番だったけど、カツオで作ると出汁が良い味でズケ汁にしみ出したタンパク質が熱で凝固したモロモロとした粒子もろとも良い味の汁になるんだけど、スズキでもやっぱりズケ汁に良いエキスが染み出すようで実に良いお味。
 お店の鯛茶漬けみたいに上品にわざわざ別に出汁を用意してとかまったく意味不明、なんならズケ汁湯に溶かしたのを飲んだって良いぐらいに良い味です。


 そして今回、一番上手くいったと思うのが新機軸のスズキのカルパッチョ的な”塩ヅケ”。
 まあ、良くやってる塩味で刺身を漬けてゴマ油とネギあたりで和えるハワイの郷土料理”ポキ”風のをちょっと写真”映え”を目指して平べったい皿に盛ってみました。
 ワシあんま美的センス無いな、というのを思い知らされる”映え”度の低さだけど、味は上出来。
 柵の段階で塩を、ちょっと多すぎじゃネ?ってぐらい振りかけてラップに包んで数時間から2,3日。薄く切って刻みタマネギ散らしてゴマ油を掛け回していただきました。多分コレ油をオリーブオイルにするとバエるンだろうと思うけど、まあ旨けりゃどっちでもイイや。多分オリーブオイルでも美味しいです。
 淡泊な白身のスズキの身が塩で締まってちょっと生ハム的な濃い味が出てきて、そこにゴマ油の香りとコクですよ。不味いわけなさそうでしょ。


 ということで、現時点で残すはアラ炊きの残りぐらいでほぼ完食。
 ワシも堪能したけど、ワシ以上にコバンが贅沢に食いまくってて、最初刺身引いたあとの切れ端とか皮とかにガッついてたけど、だんだん飽きてきたのかプイッとするようになってきて、湯がいてみたり、一応猫も食べることを想定して塩振らずに素焼きにしてあった兜焼きを手で身を千切ってあげたりして、目先を変えてなんとか食べていただきました。ほほ肉とか猫に食わせることになってます。下僕としては喜ぶべきでしょう。

 という感じで、予定外の獲物だったけど、3日ほどかけて美味しく楽しめました。スズキ様ありがとう。ご馳走様。

2020年10月3日土曜日

MARUTOのハリはお値打ちです


  っていうのは割と玄人衆の釣り人には周知の事実かも知れないけど、ワシャ恥ずかしながら鮎の毛鉤をたくさん巻くのに、それまで使ってたTMCとかガマカツのフライフックでは金かかって仕方ないので初めて使ってみて、さすがに値段で6割から半額ぐらいの安いハリは品質とかどうなんだろうと思ったけど、これが全く問題ない良いハリで感心した。フライフックはあからさまに輸出仕様で全部英語表記。多分この品質なら海外で”メイドインジャパン”の高品質フックとして評価されるだろう。

 すっかり気に入って、カマス釣るときのフライのフックとかも”MARUTO”ブランドのを結構愛用している。あんまり釣具屋で売ってるの見ないのでネットで直接「(株)土肥富」のサイトから買い付けているところ。サイトも社員が作ってるようなほのぼのした中小企業っぽさがまた味わい深い。ハリどころとして有名な播州兵庫の釣りバリ屋さん。

 でもって、今年の豆アジのあたりからアジ釣りのハリもMARUTOのハリに変えている。それまでメインで使ってたのはガマカツのヘラ用のハリでアスカ4号とコム2号が主で性能的には全く問題なく、まあガマのハリ使っとけば間違いないよねっていうトップブランドの安心感もあるし良いハリなんだけど、MARUTOの安さ費用対効果の良さを知ってしまうと、貧乏人はMARUTOを使うべきだと思わずにいられないのよね。ヘラ釣りならアワセ切れ以外でそんなにハリを消費しないけど、アジ釣りの場合はクサフグ&キタマクラのフグ軍団との戦いがあるので、風雲児さんが書いてたけど”あんまりガマカツさん儲けさせても仕方ない”っていう感じになるので安いのはとにかくありがたい。理想はフグにハリを取られないことだろうけど現実はそう甘くない。

 でもって、なるべく大きさとか形状とか似たような感じのハリを2種類と思って買ったんだけど、MARUTOのハリの欠点は実物売ってるのみかけないので大きさとか実際に見た感触が得られないのと、売ってる単位が一部ルア-のフックを除いて基本100本単位で、大きさとかが思っていたのと違うと使わないハリ100本を抱えて途方に暮れてしまうことである(正確には101本か?MARUTO愛用者ならご存じのように100本表記だけど何故か101本入れてあると注意書きがある)。

 分かっているので慎重に選んだつもりだけど、最初の注文の2種類アスカ4号の後継候補「関東スレ4号」は微妙に小さく、コム2号の後継候補の「改良スレ2号」はだいぶ大きい。という失態を犯してしまった。号数ごとに並べて目盛のついてる画像である程度大きさ分かるハズなんだけど1号違いの大きさの違いって画像じゃあんまりわからんもので、でも実物見ると明らかに違う。かつ製造元やらハリの形によって同じ号数でも大きさは結構違う。仕方ないので豆アジ想定のコム2号の後継をとりあえず「関東スレ4号」で行くとして、アスカ4号の後継には「関東スレ5号」を追加で注文して取り寄せた。

 写真の左からアスカ4号(ガマカツ)、関東スレ5号(MARUTO)、同4号(M)、コム2号(ガ)、改良スレ2号(M)で関東スレの5号4号の差は写真じゃ分かりにくいかもだけど、改良スレ2号はあからさまに関東スレ4号より大きそうでオカシイだろって大きさ。どないせえっちゅうねん。

 使ってみた感想としては、関東スレ5号はアスカ4号の後継としてなんら問題ない釣れっぷりで大変満足している。関東スレ4号も豆アジ釣るにはちょうど良い感じで余らせずに済みそう。

 予想外に活躍しているのが改良スレ2号で、大きさ的に関東スレ5号と被るぐらいなのでどうしようかと思ったけど、豆アジ釣るのに手返し重視でバケツの上に張ったラインに引っかけて釣れた魚のハリを外すときに切れないように、0.8号の太いハリスにしたのを後で仕掛けについているのが太いハリスか普段の0.5号か見分けるのにハリの形変えてしまえと使ってみたら、以外な長所が判明。このハリやや懐が狭くおちょぼ口に入りやすいうえに、若干ハリ先が内側向きなのでハリが口の端に掛かってチモトが口の外に出やすくて、フグにハリス切られる割合が少ない。ような気がする。単にハリス0.8号で太めなのが効いているというだけじゃない気がしているところ。なので、フグ時合い到来の時にはアタリ分かりやすい短バリスにするんだけど、その時のハリはこの改良スレ2号でハリス0.8号にしている。不良在庫化して途方に暮れずに済んでホッとしている。

 アジ釣りでは10センチの短バリスから、最長で春の深棚の釣りではアホみたいに長くて取り込むときにハリス持って魚引っ張り上げる必要が生じる一ヒロの長バリスまで使うので、あらかじめ長さ毎に結んで8の字作ったハリスを発砲の仕掛け巻きに巻いてジップロックに入れて釣り場に持って行っている。今日も昨夜だいぶフグに切られたので結びまくったところ。


 用意しているのは改良スレ2号に0,8号ハリスの10センチ、20センチ、40センチ。関東スレ5号の0.5号ハリスを20センチ、30センチ、40センチ、50センチ、70センチ、1m、一ヒロ、で長ハリスはあんまり細かく長さ変えても意味がない気がするので明らかに変わるぐらい大雑把に、よく使う50センチまでは10センチ刻みで用意している。60センチとかが欲しければ長バリスを切れば良いし、短い方のハリスが不足した場合も長バリスを切れば何とかできるので長バリスは若干多めに結んでいる。長バリスのみ用意して現場で切るっていう手もあるけど、ハリスの無駄が多くなるし一手間増えるしでよろしくないと思っている。しっかり結んで用意してあるのでハリス変えたほうが良さそうなときはあまりためらわずに変えることができる。あと釣りに行く前にハリス結んで用意している時間も楽しめる。

 以前も書いたけど、釣りで大事なのはハリとイトって思ってて、必ずしも最も高級な品が必要って話じゃなくて、自分の釣りに必要なハリとイトは何なのかっていうのはいろいろ試して更新しながら最適なモノにしておきたいと思っている。

2020年9月27日日曜日

白い疑惑

 一瞬をものすごく分割していくときいくつまで分けることができるのか?普通に考えると無限に分けることができるように思う。
 永遠という時間単位がこの宇宙で実際に存在し得るのかどうか良く分からんけど、永遠をものすごく分割していくときも、これまた無限に分けることができそうに思う。
 ほんの一瞬と永遠との間に期間の長さとしては様々な長さがあるにしても(長さを持たないと定義すれば”一瞬”は分けられないとしても)、どんな長さの期間もアホのように高速で活動できる存在にとっては永遠に近似するような長さを持ち得るのではないだろうか?などと哲学的なことを考えたりもする。
 ”朝露の一滴にも世界が映っている”っていわれるのと同じように一瞬も永遠を内に秘めることができるんじゃなかろうか?
 ナニも考えずに鼻くそほじくりながら日々をうっちゃってたら、100年生きてもなんら”生きた”といえるようなことをなしえないけど、例え夭逝したとしても、情熱を持ち日々を闘って生きたなら、その短い人生に数多くの素晴らしい生きた証を残せることを世にあまた存在してきた”夭逝の天才”が証明しているように思う。
 パッと思いつくだけで金子みすゞ、伊藤計劃、土田世紀、ブルーザー・ブロディ、カート・コバーン。その他にも沢山居るだろう。彼ら彼女らほど”生きられた”なら生まれてきたかいもあろうというものである。「移民の歌」を耳にする度に鎖振り回しつつ短く吠え続けながら入場するブロディの映像が脳内自動再生されるのはワシだけじゃないだろう。


 我が愛猫コバンは長生きできないかもしれない。

 連休明け、鼻水垂らしてクタッと元気がなく餌も食べなくなってオロオロして、病気を調べるための血液検査にも1月くらいしたら連れてこいと獣医さんに言われてたこともあり、洗濯ネットに詰めてキャリーケースに入れて動物病院に連れて行った。
 鼻水垂らして調子悪いのは「猫ウイルス性鼻気管炎」のようで、「炎症抑える抗生物質だしておくので飲ませて下さい。人間のインフルエンザと同様、症状を抑える薬は出しますが基本は免疫がウイルスやっつけるのでしばらく安静にさせれば症状は治ります」とのことでホッとしたんだけど、クタッとしてたくせに嫌がって先生の手を引っ掻いた末の血液検査のほうの結果は「猫白血病ウイルス(FeLV)」陽性と出た。
 こっちは割と怖い病気のようで、「猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症」いわゆる「猫エイズ」とあわせて、猫の主要な死亡原因となってるらしく、”白血病”っていうと昭和のオッサンは山口百恵主演のドラマを思い出すわけで”血液のガン”っていう認識なんだけど、調べてみると”猫白血病”はちょっと違う印象でむしろ”エイズ”に近くて、骨髄で悪さをして稀に白血球が沢山作られる”白血病”的症状もでるようだけど、むしろ血球が減少して貧血起こしたり免疫系が上手く働かなくなって、感染症やらに日和見感染したり治りが悪くなって悪化したりという症状の方が多いようだ。
 健康な成猫であれば自前の免疫力でウイルスを体から排出することも多いようで、若いほど排出する率は低く、生後半年齢で50%とコバンはこのあたりなので排出する率は半々ぐらいだろうと思うことにしている(もっと小さいときから既に感染していたんじゃないと思いたい)。
 ネットでお勉強すると、
 「残念なことにFeLVを持続感染してしまった猫の70〜90%が1年半~3年の間に発症し、亡くなってしまいます。」
 という恐ろしい数字が出てきて、50前のオッサン怖くてちょっと泣いてしまった。
 野良ということで病気を持っていることもある程度想定していたつもりだったけど、いざその事実を突きつけられると、なんとも不安で悲しく恐ろしい。
 自分も含めて命ある者がいずれ死ぬのは運命で当たり前。ワシャまあ刺激的で面白い人生送れてると思うので死ぬのはあんまり怖くないと思ってるし(実際死にそうになったら怖いと思うけど)、正直可愛い愛猫と言っても所詮は犬畜生だと思えるぐらいには冷めた理性を持ってるつもりでもあったけど、今も横でスヤスヤ寝てたりするこの可愛い生き物があと数年の命かもと思うと、心の底から「そんなんイヤじゃ!」という気持ちが、コバンの死に対する恐怖が湧きあがる。
 明らかに”人間強度”が落ちていて、我ながら弱くなったと思う。

 予防的なワクチンは有効なようだけど、人間が罹る多くのウイルス性の疾患と同様に感染して発症してしまったら抜本的な治療法が確立されていない病気で、発症した病状にあわせて対処療法的な手当をするしかなく、発症していない現時点で免疫力でウイルスを排除してくれるのを祈るのとあわせて、動物の免疫系で作られる抗ウイルス的な役割を果たす伝達物質である”インターフェロン”を週1で一月位注射して免疫力をドーピングで底上げしてやって”陰性”に転じるのを期待しましょうと、獣医さんに治療方針を立ててもらった。
 検査もインターフェロンも結構お高いので、国民健康保険も当たり前だけど猫には使えず地味に我が老後の資金が打撃を食らうけど、ネコ様のためには仕方ない。
 あとは、猫ウイルス性鼻気管炎の症状が治まって食欲出てきたら、しっかり食わせて体力つけさせるようにというのと、なるべくストレスを掛けないように環境を整えてやって下さい、との指導があった。
 もっと早くに飼い始めていたら感染してなかったんじゃないか?とか、ワシが金持ちでいくらでもお金掛けられれば、快適な猫部屋を用意して、餌もアジの頭とか小麦と大豆が主原料の安っすいカリカリとかじゃなくてネコまっしぐらな感じの高級猫餌を用意してやれるのにとかグジグジ思ったけど、過去に戻れるわきゃないし、未来は現在から枝分かれしていくはずなので、今できることをヤレよと、タラは魚屋にレバは肉屋にまかせることにして覚悟を決める。

 まずは食欲無い時点で抗生物質の粉薬を飲ませるのはどうすれば良いのか?ってあたりがそもそも初心者”ネコっ飼い”には分からんので動物病院の看護師さんに聞いたら、「チュールに混ぜてあげれば食べますよ」と教えてくれた。
 ホントかよ?って半信半疑で前日から好物のアジの頭の焼いたのさえ食おうとしないのにさすがに食わねえんじゃないか?って疑ってゴメンナサイ。
 信じられないぐらいに食いつく食いつく。ワシの手に付いた魚汁とか舐めるのも好きなので、チュールの付いた指を舐めさせたら、舐めるどころかがっついてきやがって甘噛みじゃない割と本気の肉食獣の咬合力で指の表と裏に穴が開いて血がタラーッと流れ出る始末。
 水産缶詰会社の”いなば”のペット関連の子会社が作ってる商品で、小さくパッケージされたユルい練り餌状の”ネコのオヤツ”なんだけど、この異常な食いつきはマタタビとかイヌハッカとかのネコに対する麻薬的な原料が使われてるんじゃなかろうかとネットで調べてみたら、麻薬的成分はどうも含まれてないけど海外でも「KittyCrack(ニャンコ用コカイン)」と呼ばれるほどの大ヒット商品のようである。
 これは良いモノである。ただ餌をペースト状にしただけの小袋のわりにはチョイお高い。
 ならば、新鮮な原材料なら我が家にもあるぞと言うことで、金は無いけど暇ならあるので焼いて冷蔵庫保存していたアジの頭と皮をナメロウ作る勢いで叩きまくって、ちょっと味付いてたほうがいいのかなと、本家チュールの味見をしてみて薄い塩味ぐらいにメンつゆで味付けて適宜水を加えて練り餌的な感じにしてみた。

 「これ、ひょっとして我が家では材料費ほぼタダで手に入るから、ネットフリマで売ったら小金稼げるんじゃネ?売るときの名前は本家がチャオチュールだからヂャオヂュールで行こう!」と捕らぬタヌキの皮を算用するぐらいに良い感じにできたんだけど、コバンの反応はイマイチ。最初ちょっと食ったので成功かと思ったら、次から食わなくなった。病状悪化して食欲落ちたのかなと不安になって試しにヂュールの上に本家チュールをかけてみたら、本家だけ綺麗に舐めとりやがった。
 何が違うンやろ?と偽物の方を舐めようとしたら、えぐみの強い風味がまず鼻に来て舐める気が失せた。本家チュールはカツオ出汁の良い匂いが濃く香り立つ感じで舐めるのになんの躊躇もしなくてすんで、猫用にはそれでも塩分多いのでオヤツにたまにあげるだけにした方がイイらしいけど、なんならもうチョット塩気足してやってご飯に乗せてワシが食っても良いぐらいだったのと対照的である。誰や?ネコは味で餌を選んでないとかアホな論文出したヤツは?っていうぐらいで、香りも含めた”味”をネコは間違いなく区別している。それに反する実験結果が出たら実験の前提なり手法なりが間違ってると思った方が良いと科学者に忠告しておく。

 ヂャオヂュール長者にはなり損ねたけど、嬉しいことに抗生物質とかインターフェロンが効いてくれたのか、コバンの免疫系が頑張ったのか餌食わなかったのは2日ほどだけですんで、現時点では食欲も出てきて部屋に紛れ込んだ蛾も追いまわして食うなどやんちゃぶりを発揮しつつアジのアラもカリカリもモリモリ食ってくれている。
 いま体重4キロちょっとなので、ガンガン食わせて体力つけてやって6キロぐらいに育てるのが当面の目標か。冬の青物の時期までにそのぐらいまで育てて6キロオーバーのブリを一緒に食おうぜコバン。
 ストレス軽減のため、ケージに入れるのも必要最低限にすることにして夜も部屋の中に放流してあるけど、調子悪かった日に心細かったのか隣で頭をワシの腹にくっつけて寝てくれたけど、元気になってきたらいつもの習慣でか、ケージ内のキャリーケースの屋根で寝てたりする。ちょっと寂しい。冬になったらお互いの体温を求めてもっと密着できると期待している。

 状況は楽観できない。そうだとしても、日々を一緒に精一杯楽しく暮らして、コバンの一生が短いものに終わるとしても、その間に沢山可愛がって、沢山遊ばせて、沢山食わせてやろう。

 コバンのおかーちゃんのウニャ子は秋にも子供産んだ気配があって、その生産力の高さ?に戦慄を覚えるくらいだけど、産まれた子供で見かけなくなったのが全部死んだとも思いたくないけど、春7匹生まれたうち既にコバンとハイカグラ、テブクロぐらいしか現時点で生き残っていないかもしれない状況をみるに、餌はあちこちでもらってるとはいえ野良猫が半野生で生きていくことの厳しさを思い知らされる。あたりまえだけどワクチン注射とか受けてないし病気で結構死ぬんだろう。だからバンバン産まなきゃ命を繋げない。
 そのことについて可哀想だと簡単には書きたくない。野良には野良の厳しい中で生き残る充実した生涯があると信じたい。
 野生動物を可哀想だからと柵に囲うのが、必要なときもあるかもだけど、必ずしも正しくはないのと同様だと思う。
 野良猫の幸せには人間も関係してくるんだろうけど、基本その野良猫の責任である。自らで未来を勝ち取り生き残れ。
 飼い猫の幸せはだいたい下僕である飼い主の責任である。精一杯幸せにしてやらねばならないと、短い命かもしれないと覚悟するとなおさら思わされる。

 今コバンは胡座かいた股ぐらに乗ってきて寝てるけど、とりあえず可愛いので手間も金もかかるけどゆるしちゃう。コイツが死んだらワシ耐えられるんかいな?先のことは考えても仕方ないので、とりあえずキーボードを叩く手を止めて撫でまくってやろう。ういやつめ。

2020年9月19日土曜日

予想外の面白さ


 今回、サイトの方の「アニメ・映画など日記」の出張版でお送りいたします。

  日本の深夜アニメにおいて、女子高生になんかやらせるっていうのはすでにある種の様式となっており、女子高生にオッサンの趣味をやらせるというのももはや定番で驚くには値しない。例をあげると女子高生がキャンプする「ゆるキャン△」、女子高生がエアガン使って”サバゲー”する「さばげぶっ!」などである。まあ「さばげぶっ!」の原作マンガが少女マンガ誌の「なかよし」掲載だったていうのは、今時の女子はなんちゅうもんを読んどるんじゃ!と驚いたけどな。

 そんな中で、前期に始まったけどコロナ禍で製作が一時止まってて今期続きが始まった「放課後ていぼう日誌」は女子高生が主に”釣り”をするというマンガ原作のアニメで、正直あんまり期待しないで視聴し始めたんだけど、コレがなかなかどうして面白いっていうか、ハッキリ言って「釣りキチ三平」以降最高の釣りマンガ・釣りアニメだと現時点で確信している。

 釣りマンガとかって、一般的な釣り人レベルの作者が描いたところで、内容が浅すぎてつまんない。それは、技術的なレベルの話では全くなくて、何というか釣り人の精神的な部分の高い低いの問題だと思っている。プロの釣り師が技術監修したところで、細かい釣りの技術なんてのは時代と共に変わっていくような表面的なもので、あんまりそこが細かく詰められていたとしても本質的な面白さには関わってこないと感じている。逆に作者の釣りの技術がそれ程ではなくても、釣りという世界にドップリはまり込んでいて、沼の底から書いているような作者の作品は多少技術的に荒唐無稽な描写となっていようがどうしようもない面白さが湧いてくる。マンガじゃないけど開高先生も技術的には”職業釣り師”的な上手さはないし、夢枕漠先生も映像見る限り自己流で失礼ながらあんまり上手ではない。しかしながら両先生共に”釣りっていうのがなんなのか”っていうそれぞれの哲学がしっかりとしていて、かつドップリと沼に沈み込んでどうしようもなくなっているのが手に取るように分かる作風で、読んでいて身につまされるし面白い。

 釣りマンガでコレまで読んで面白かったのって「釣りキチ三平」を除くとあんまりなくて「おれはナマズ者」「釣り屋ナガレ」あたりがまあまあ面白かったなというぐらいしか記憶にない。多くは作者があんまり釣りのこと分かってなくて、適当なグルメマンガ要素でお茶にごしているにすぎず、まあ日本の釣り人の一般的なレベルってそんなもんなんだろうなっていう感触で、沼の底に沈んでるような釣り人を対象とした作品書いたところで読んで理解できる人間が少ないから仕方ないって話だろうと諦めていた。マンガは描くのに特殊な技術が必要なので沼の底の釣り人が直接描くのは難しいけど、文章はそれなりに誰でも書けるので沼の底からの濃厚な出汁の出た報告とかは書籍でもネット上でも読めるのでそういうのを楽しんでおけば良いと思っていた。

 ところが「放課後ていぼう日誌」は例外的なぐらい面白い。海辺の高校に通う女子高生が堤防で釣りしたり干潟であさりを搔いたりという活動を部活として行う”ていぼう部”に入って釣りを楽しむっていう、設定聞くだに駄作っぽい香りが漂ってくるんだけど、これがなかなかに鋭い鋭い。釣りの技術的には「釣りキチ三平」のような奇想天外な策略も出てこないし、釣りのプロ様が監修したような今時の技も出てこない。初めて釣りをする主人公に部員達が教える形で技術的には基礎の基礎的な部分の解説とかが割と多い。ただ基礎っていうのは一番大事な部分だから”基礎”たりえるわけで、そこがしっかり押さえられているのはむしろ好感度が高い。部活モノのアニメで”プール回”があるのはお約束としてもそれが”着衣水泳”の練習回だなんていうのは最も大事な基礎である”安全第一”っていうのが分かっている釣り人じゃないと描けないはずである。それを堅苦しくなく女子高生のキャッキャウフフな部活風景の中で描いているのである。鋭いぜ。

 その鋭い作品のなかでも、原作者分かってらっしゃるなと特に感心した話を上げるとすると、主人公の相棒が、釣りって同じようにやっても釣れないことがあってそれも含めて面白いと思うんだけどね、っとか言っちゃうところとかも大きく頷かされたけど、直近2話の”アオサギ回”と”のべ竿回”が著しく鋭くてほとほと感心、脱帽である。

 アオサギ回では主人公がリリースしようとしたガラカブ(カサゴのこと。言葉遣いで九州熊本あたりが舞台と分かる)をアオサギにかすめ取られてムカつくんだけど、その足に釣り糸が絡まっているのを見つけていたたまれなくなって、結局そのムカつくアオサギを捕獲して釣り糸を外してやることにする。それだけならありがちな陳腐な描写になるのかもしれない、ただ今作では、救助目的でも野鳥の捕獲には許可が必要なので先輩が役所の許可を取ってからとっ捕まえて糸を外してやる。コレって実際にやったことある人間かやろうとした人間じゃなければ知り得ない知識であり、原則的には狩猟免許が必要なのかな?ぐらいに思ってたけど、ワシも恥ずかしながら正式な手続きはそういう段取りなんだと初めて知った。救助目的の特例的な許可があるんだな。勉強になりました。ちなみにワシは過去無許可で勝手に捕まえている。鳥の足に釣り糸が絡まっている。可哀想だなと思う。多くの人がそう思うだろう。ただ面倒くせえ手続き取ってまで捕まえてでもどうにかしてやろうと思える人は少ないだろう。それだけで尊敬するに値する。釣り場に平気でゴミを捨てていく輩と真逆の高潔さを感じたと言ったら大げさだろうか。自分も根掛かりで釣り糸を釣り場に残すことがないわけじゃないので、その罪深さを改めて認識させられたお話しで、やっぱり”根掛かり覚悟”なんて釣りは下策で避けなければだし、釣り場のゴミは拾いきれないくらいだけれど、明らかに釣り人が原因で下手すると100年単位で環境に悪影響を与え続ける代物であるラインゴミぐらいは回収できるだけ回収していこうと、ここに新たに誓うぐらいに心に訴えるものがあった。

 のべ竿回では、アジゴ(小アジ)をのべ竿に浮子仕掛けで釣る。アジゴはコマセサビキで主人公が初めて釣った魚であり、その後も何度も釣ってるので最初他の魚が良いって言ってたんだけど、いざ釣ってみると柔くて良くしなって直接的な手応えの延べ竿の釣り味にすっかり魅了される。”のべ竿の釣りは独特の面白さがある”っていうか超面白いっていうのはワシ40年から釣りしてきて割と最近になってやっとたどり着いた境地である。まいりましたと言わざるを得ない。原作者ものすごく心根のしっかりとした程度が高い釣り人であるとお見受けする。それは技術的に上手とかそんなことよりずっと価値のある素晴らしいことだとワシャ思う。

 っていうのべ竿回であからさまな間違いをみつけてしまいオッサンちょっと安心した。あんまり完璧すぎるのも何だしまあご愛敬ってところだろう。小さい緑色のベラが釣れて逃がしてあげる場面があり、そのベラがキュウセンの雄だとされてたんだけど、普通の釣り人なら「ベラの仲間は性転換する種が多くてキュウセンは小さいうちはみんな雌」っていう突っ込みを入れるところなんだろうけど、それでは突っ込みとしては甘くて間違っている。キュウセンには実は小さいときから雄の個体が少数ながら存在する。ならアニメの描写は正しいのでは?となるけど、そうはならないのがキュウセンなんていう身近な魚の実は面白い生態。小さいときから雄の個体は緑の”アオベラ”じゃなくて、小さいときには色は黄色オレンジに黒ラインの普通は雌の”アカベラ”の色をしているのである。だから正確には「小型のキュウセンには雄であっても”アオベラ”の色をしたモノはいない」と突っ込むのが正しい。小さいときから雄の個体は、雌の体色で雄が引き連れる雌ハーレムに紛れ込んで産卵行動に参加すると聞いている。アカベラの見た目の雄は人間の目には外見上雌と見分けが全くつかないのだけど、同種の雄には一緒に飼育して産卵させようとすると追い払おうとする行動が見られるので、どうもじっくり時間を掛けると理由は分からんけどバレるらしく、ハーレムの主に隠れてバレないうちに卵に精子をかけなければならないとかの都合上か、コイツらの精巣は大きく、大型化して本来の雄の体色である”アオベラ”化しても精巣が雌からの性転換組と比べて大きいので最初からの雄だと区別ができる。ついでに雄に性転換せず雌のままの一生の雌個体もいる。「キュウセンなんて外道」とか言って食味の良さも知らないような釣り人はこういう面白い話にたどりつけないだろう。どんな魚でもつまらない魚なんていないんである。

 なんにせよ放送終わったら原作マンガの方も買わなければならんなと思っている。釣りする人もしない人も楽しめる作品だと思うので超お薦めしておきます。

2020年9月12日土曜日

悲しみよおはようございます


 今朝、コウタイが水槽の底に腹を上にして沈んでいた。
 2009年の5月に購入して、今年で11歳と寿命が5~10年とされるなか老齢で、ここ数年はヒレも再生しにくくなってて、老齢の淡水魚の典型だと思うけど所々破れ傘のようになってて、台風の時に血が滾ったのか暴れた後、餌を食ってくれなくなって、冒頭の写真の様に水草に頭をあずけて背中を水面に出したままジッとしているようになり、これはいよいよ最後の時を迎えようとしているんだなと覚悟はしていた。
 命ある者はいつか死ぬ、年を食ったら死ぬのは当然の摂理。そう知っていても覚悟していたつもりでも、なかなかに寂しいモノがある。
 よく犬猫の死によって飼い主の心にはその犬なり猫なりの形に穴があくと言われるけど、なるほど確かにコウタイの形の穴が開いてるような気がする。
 その穴を埋めるには新たにまたペットを飼って、似たような形で埋めてもらうのが一番だとも言われている。
 実は小型のライギョの仲間を飼育するのはこのコウタイが2代目で、先代はレインボースネークヘッドというインド産の美麗種で、そいつが死んだときもやっぱりその形に心に穴が開いて「もう魚飼うのはやめて今居るスポッテッドトーキングキャット(南米産小型ナマズ)が死んだら観賞魚飼育は終わりにしよう」と思ったのだけど、同居人の強い希望もあって再度飼育することにした。穴は良い塩梅に埋めてもらえた。

 小型のライギョの仲間の良いところは、とにかくバクバクと餌を食ってくれて物怖じせず人に良く慣れるところで、観賞魚飼育において餌やりは楽しいひとときだけど、彼らは慣れてくると人が水槽の前を通ったりすると、硝子前面に頭の先をすりつけるようにして体を左右に振りまくる”餌くれダンス”と言われる行動をとって、餌をやるのに蓋を開けようとすると蓋にジャンプして頭突きカマしてくるぐらいのがっつき具合で、餌も肉食魚用の人工飼料から、釣ってきたハゼ、夜窓に飛んできた虫、魚料理した後のアラの切れっ端、なんでもパクついて、食うと一旦沈んでモグモグと頭を動かしながら飲み込んでいくのも愛嬌があって楽しい。
 コウタイはレインボースネークヘッドと比べても食いしん坊で、かつ身体能力が高く、手に持った餌をジャンプして咥えて水中に戻るとか、まあ野生では水上の昆虫とかそうやって食ってるんだろうけど、なかなか感動的で生きたハゼとかの小魚をあげたときに見せる興奮して襲いかかる”これぞ魚食魚”という獰猛さも素晴らしかった。
 あと、掃除するのにポンプを囓るのはともかく、ワシの手もよく囓ってくれて結構痛かったのも今となっては懐かしい。
 そういう迫力ある魚食魚が、飼育下では30センチ以下ぐらいなので細身で長さのわりには”小さい”こともあって一般的な60センチ水槽で飼えてしまうのである。迫力なら大型の魚食魚の方があるだろうけど、50センチ以上とかに育つ魚には最低でも120センチ水槽が必要になってきて、なかなか一般家庭では飼育が難しい。

 水質とかにもあんまり気を使わなくて良くて、月に2回の半分換水と数年に一度の底砂と底面濾過装置のフィルターの掃除で問題なく、関西で一時帰化していたぐらいで室内なら加温無しで冬を越せるのはともかく、関東の都市部の夏の酷暑による水温上昇とそれに伴う溶存酸素量の不足も、ライギョの仲間なので上鰓器官を使った空気呼吸でプカっと息吸って平気の平左。

 買ってきたときは15センチ強だったけど、最終的には23センチぐらいになっていた。
 最初は隠れ場所として植木鉢とか入れてたけど、あまり隠れないので後年大きくなったこともあり遊泳できる面積を増やすのに、底面近くにはモノを設置せず、植物始め吊した流木やら鉢やらを水面近くから水面上に配置して、植物が茂る水辺っぽい景観にしていた。
 植物の作る影が水中を薄暗くして、その中を泳ぐコウタイの白銀の斑点がギラギラとしてなかなかに目を楽しませてくれた。

 飼育者としてできる限りのことはしてきたつもりだけど、果たしてコウタイは”幸せ”だったのだろうか?人間の感覚で他の生き物の幸せとか推りようがないので考えてもせんないことかもしれんけど、養殖されて一度も自然の世界に出ることなく、繁殖の機会もなかったのはどうなんだろう?と考えると、生き物を飼育することにつきまとう罪悪感は拭えない。
 だとしても共に暮らした月日がかけがえのないものだったという、こちらの都合だけど、その思いは揺るがないように思う。 
 11年の永きにわたって楽しませてくれてありがとう。心からの感謝を捧げる。

2020年9月6日日曜日

いろいろと甘い生活


 ねこっ飼いの朝は早い。

 夜は居室内のケージに入れるんだけど、最初は嫌がって底に敷いたダンボールをガリガリしたり鳴いて抗議したりで「オレこいつと暮らしていけるんだろうか」と不安になったけど、っわりとすぐにケージに入れたら寝る時間と学習してくれて、病院への送迎とかに使うキャリーケースの中に古タオルを敷いて寝床を作ってあげたんだけど、キャリーケースの屋根が夜寝る定位置になっている。なんかスヌーピーみたい。
 とはいえ6時前ぐらいには起きだしてゴソゴソやり始めるので、こちらも起きて、布団上げて掃除機掛け→ケージの扉開放→ブラシ掛け→餌→猫トイレ掃除、とネコ様の下僕として朝の一連の作業をこなさねばならぬ。

 トイレは問題なく猫トイレの砂にしかしないし、餌も好き嫌いなく食べてくれてその点は楽。カブト割りにして焼いたフッコの頭とかの大物はケージの外で食おうとするのでその時だけケージの扉を閉める。爪研ぎも柱とか襖じゃなくて座椅子の背を気に入ってくれたようで、座椅子ならまあボロくなったら買い換えれば良い程度なのでありがたい。市販のダンボール製爪研ぎも用意したけどたまに囓るぐらいであまり使ってない。
 猫が飼い主の買ったモノを思惑通り使ってくれないってのはお約束らしい。

 ただ、まだ生後半年ちょっとぐらいの子供なのもあるのか単に性格なのか、コバンやんちゃで困る。
 猫って一撃必殺の瞬発力で狩りをする生き物なので、群れで獲物を追跡する狩りをする犬に比べると運動量が少なく、一日の大半を毛繕いと眠りに費やしてるので、もちろん散歩とか連れて行く必要もなく楽なんだけど、一日のうちに2回ぐらい活性が上がる時間帯があって、だいたい朝飯食った後と夜寝る前なんだけど、たまに変な時間に暴れ出したなと思うとその後トイレすることが多い。これもわりとありがちな現象らしく”トイレハイ”というそうな。

 活性があがってる時は、オモチャとして与えてあるフック外したルア-2個を投げてあげたりして遊ばせるんだけど、活性上がってるときは興奮して歯止めがきかないのか、普段は爪を立てないように気をつけてくれてるんだろうけど、ルアー投げるまえに目の前でじらして動かしてるときとか、まだ興奮冷め切ってないときに不用意に手を出したときとか爪立てて引っかかれる。ひっかき傷が絶えない。まあ猫だからいたしかたない。

 活性が上がると、部屋中走り回って高いところにも登りたがって、ゲージの上やら飛び上がるのは良いンだけど、意外と大丈夫だなと思ってた障子の戸を、桟をハシゴのようにして駆け上がって欄間にセミのように張り付きやがって、障子下の方は裏にガラスが入ってたので最悪脱走はしないだろうと高をくくってたけど、こりゃどうにもならんと空き部屋の襖と入れ替え。まあ猫だからいたしかたない。

 このぐらいは大丈夫かなと思うことはだいたいダメで、パソコン下のカラーボックスの中に筆記具とかこまごまとしたものを収納して、その前をケージで蓋してたんだけど、ケージの隙間から猫の手が入るけど大丈夫だろうと思ってたら、むしろ逆に手を突っ込んでモノを引きずり出すっていうのは好きなようで、気がつくとボールペンとか引っ張り出してガリガリ囓ってたりするので、ケージを猫の手が入らない細い網目のに変更した。まあ猫だからいたしかたない。

 群れで暮らして序列や掟のハッキリしている狼由来の犬と違って、基本単独行動の猫は親兄弟との関係とかからある程度の”しつけ”は受けるようだけど、あんまり”しつけ”てどうこうできると期待すするような生き物ではないようで、ネコ様のやりたいようにして問題が生じないように下僕である人間が工夫するのが基本のようである。
 ただ、親がクケッとか鳴きながらおイタをした仔猫に猫パンチ食らわせている様子はわりと見るので、まったくしつけができないというわけでもなく、猫を叱ってしつけるのはダメです的な”猫ッかわいがり”が過ぎる識者の見解は正直疑わしいと思っている。


 ネットでお勉強したところによると、直接叩いたりするのは飼い主に対する不信感を募らせることがあるので望ましくなく、大きな音とかが嫌いなので、やっちゃイケないことをしたときには何か落下音とか猫が驚く音を出して、やっちゃイケないことをすると嫌な音がすると学習させるのが次善の策で、一番良いのはやっちゃイケないことより楽しそうなオモチャとかで気をそらせて止めさせるのが最善だとか。


 まあ、そういう”おイタ”の問題やらトイレ掃除に餌にと面倒臭いんだけど、足下で無防備に寝てる様とか、帰宅すると喜んで足下にスリスリしてくる様とか、一緒に昼寝してると髪の毛舐めてグルーミングしてくれる様とか、雷にビビってケージに隠れる様とか、太い前足の好ましさとか、投げたルア-に突撃する野性味あふれるしなやかな身のこなしとか、なぜか白目剥いて寝てる様とか、喉を撫でてやったときに細くなる目とか、暗がりでこちらを見つめる丸く開いた瞳のウルッとした感じとか、数え上げるときりがないぐらいに面倒臭さ以上に可愛さにあふれているので、ネコ様の下僕も悪くないなと思う今日この頃である。