2025年12月31日水曜日

2025年のベスト3(釣り編)

 今年は新年早々「ワシは達人でカリスマで天才なんじゃ~!!」ととち狂った宣言をして、その宣言を真実にするべく1年努力してきたわけだが、まあ達人というにはあまりにお粗末で残念な失敗を繰り返し悶絶する日々であり、天才であることを証明するにはいささか釣果実績にも迫力が欠ける。いまだ達人でもなく天才であることも証明できておらず来年も引き続き努力せねばと思うところである。

 しかしながら”カリスマ釣り師”ということに関しては、明らかに進歩が見られる。我がブログは週末更新の当「ナマジのブログ」と釣りに行ったら不定期更新の「釣行顛末記」を主軸とする2本立てとしているけど、内容のマニアックさが災いしてか、閲覧数は長く微増しつつも低位安定していて、どちらも平日は100件、週末から月曜にかけて2~300件ぐらいの閲覧数が続いていた。ところが、今年”カリスマ釣り師”を自称し、エラそうなことを書き殴った結果なのかなんなのか、閲覧数が多いときには千を超え、通常平日でも2~300件と数倍(当社比)の伸びを示したのである。カリスマ性倍増!なぜ世に実力も伴わんクソみたいな”カリスマ”達が乱造されているのか、身に染みて分かった。カリスマなんぞは言ったもん勝ちなんである。あほくさいことこの上ないけど、どうも世の中の仕組みはそうなってるようである。ブログの内容は相変わらずワシが書きたいことを書くという方針でネチネチニチャァとマニアックなことを書いているに過ぎない。釣果もまあソレナリには釣ってるし進歩もしてると思うけど例年と比較して2倍も3倍も釣れたわけもなく似たようなものである。最近読者になってくれた人にはあんまり人の言うことを鵜呑みにすると騙されるよと老婆心ながら注意喚起しておきたくなる。自分で自分のことを”カリスマ”とか言ってるヤツのどこが信用できるのか、ワシャ皆目見当がつかん。そんなの信じる人は「還付金詐欺」とか水産業界ではお馴染みの「エビ養殖場投資詐欺」とかに引っかからないように気をつけて欲しいところである。

 まあこの調子で自称カリスマ釣り師は今後も続けていくんだろうけど、じゃあもっと閲覧者数を稼いで発言力を強めて、迷える釣り人を導いていこうってなるかというと、そこはちょっと微妙。沢山の人に読んでもらうには、沢山の人が分かる普遍性を持った内容にしなければならない。ワシ、そういうの苦手。普遍性を持ちつつ高い独自性や高度な内容を伴うようなものを作り上げるだけの才覚・力量に欠けている。というかワシのブログは”ここにしか無いマニアックなネタ”が売りであり、そうすると普遍性を持たせると味が薄れて陳腐化する。読者を選ぶぐらいのネタこそ持ち味であり、素人には分からん世界っていうのを構築してきた自負もある。だからワシの芸風であんまり閲覧数が増えてしまうのはよろしくないと思っている。自分のお気に入りのブログやら動画チャンネルやらも、ものすごく高度で面白いのに一般受けする普遍性的にイマイチなためにあまり閲覧数とか稼げていないのが多い。でもクソみたいな「新らしいリールのレビュー、なんとベアリングがさらに増えて滑らかに回ります」とかメーカーサイドの提灯持ちみたいなネタで何が面白いのか閲覧数稼げているのが多い。見たら騙される見ない方が良いタメにならないネタだとなぜ分からない?ワシもカリスマとしての影響力を高めるためにそういうの書かないといけないのか?無理で~す。書けもせんし書きたくもないでーす。まあワシのブログは違いの分かる玄人さんに読んでもらう。読んだ玄人さんで、そういう普遍性のあるネタで人々を導くのが得意な本当のカリスマ性のある方に、ワシの言いたいことを理解して噛み砕いて広めてもらうことを是非やってもらいたい。ワシの言いたいことなんて単純で、釣り場にゴミを捨てるな、魚を含め自然環境を大切に、道具はシンプルで実用性の高いモノを選びましょう、ぐらいで、そこから派生するゴチャゴチャしたことはあるにはあるけど玄人さんなら分かるはずというかよくご存じのはずである。一つよろしくお願いします。

 ということで、今年の大きな目標の総括はそんなところにして、例年恒例となってます個別の事項のベスト3を発表していきましょう。ジャカジャン。 

○釣り:1位「ミナミテナガエビ」、2位「マゴチ」、3位「初カマス」

 1位のミナミテナガエビは意外だっただろうか?でも今年の釣果でダントツに価値のある釣果だったと思っている。ミナミテナガエビが初物だったということ以上に、その後の展開で”当地でのミナミテナガエビの釣り方”が開拓できてしまったのは結構デカい成果だったと思う。当地でたまに見かけるテナガエビが、関東での経験からいって”ここで釣れるだろう”という河口域で釣れなかった理由も腑に落ちた。この地に多いテナガエビ類はTHEテナガエビではなくミナミテナガエビであり、生息域の傾向が両種で異なることから、関東での経験に基づいた”テナガ釣り”では釣れなかったのである。鮎毛針釣りの帰りたまたま見つけたテナガをタモで掬ってミナミテナガエビだったことから、当地での”テナガ釣り”の方法がズルズルと芋づる式に導き出された。とりあえず見つけたその日はそこらに生えてる葦の枯れた茎を竿にしてアユ餌釣りのハリで川虫を餌に何匹か釣ったんだけど、まず、テナガエビではなくミナミテナガエビだと分かるワシのカリスマ的慧眼が良い仕事した。ハサミに毛がなく、歩脚の爪がテナガエビぼど長くないという、小さな違いが種を分けるということを知っていたからこその同定であり、いつもワシが小うるさく魚の種同定を可能な範囲でおろそかにせず行っている、その普段の姿勢の延長線上に今回の釣果がある。種名というのはその生き物を知るためのまず最初の基本情報であり、ミナミテナガだと分かった場合、テナガエビと生態や生息場所がどう違うのかなどの情報を調べて得ることができるようになる。調べてみるとミナミテナガエビの方がより上流域に生息する傾向があり、繁殖期以外は河口域に多いテナガエビとは生息する場所が違う。まさにその生息地の違いが種同定に使うテナガエビのハサミの毛や爪の長さにつながっていると想像できて、そこもそれだけで面白い。河口域で暮らすテナガエビは沈殿した有機物等をハサミの毛で絡め取るようにして食べているんだろうし、水中の葦の茎を登るために歩脚の爪が長く、それはまた泥底を歩くときに爪の背を使って重量分散をはかりながら歩いているという生態に適合しているのだろう。で釣りに重要な情報としてテナガエビのように河口に多く生息するのではなく、河川の中流域に多いということが分かれば、釣るための作戦はおのずと決定される。河口ではなく中流域を中心に探せば良いのである。当地には大きめの河川は3本ある。中流域を探した結果、どの河川でもミナミテナガエビを釣ることができると判明した。加えてオマケでより瀬とかの早い流れが好きとされているヒラテテナガエビも釣れることが分かった。夜間にエビ網持って掬いに来る人もあまりいないようで、独占的に楽しませてもらい、JOS師匠やひじさんにも楽しんでもらった。小もの釣りの中でテナガ釣りというのは人気の1ジャンルだけど、当地での釣り方と釣り場を一から開拓したのは我ながら立派で、かつ、そのきっかけがいつも丁寧にやっている「君の名は?」という種同定というのも、種名ぐらい分かってないと作戦の立てようもクソもないという日頃の主張を証明するものであり、カリスマ釣り師としてよい手本を示せたのかなと思っている。

 2位のマゴチは、66センチと大型だったことももちろん嬉しかったけど、一年前に同じポイントで、しょうもないミスでそこそこの魚をリーダー切られて逃がしていたので、そのリベンジに成功したという点でも気分がよかった。残念ながらエラにハリ掛かってしまい大出血したので確保して食ってしまった。なので、来年同じ個体は釣れないけど、別個体が入ってくるのは期待しても良いと思っている。あと食味の良い魚であり、デカかったので4日がかりで堪能できた。ごちそうさま。

 3位の初カマスは、この冬のワシ自身の初カマスである11月14日の釣果がどうも玄人衆の話では、今期の近所漁港で最初に釣れたアカカマスだったようで、一番槍の栄誉にあずかったようだ。まあ11月ではまだ早いって話で、その後は釣れたり釣れなかったりの苦戦に沈んだりもしたけど、自分の竿で先陣切って突っ込んでいったのは悪くない。最初に突っ込んでけば”討ち死に”の可能性も高いけど、恐れず突っ込んでいって皆を引っ張ってこそカリスマ釣り師の役目が果たせるというモノだろう。 

○残念だった釣り:1位「デカバスルアーロスト」、2位「インビンシブルロスト」、3位「カストマスターロスト」

 1位は、その前に釣ったニゴイにゴミに突っ込まれていて、リーダーはチェックしてたけどメインラインまでは気が回っておらず、なかなか狙いにも行かないので滅多にチャンスもやってこないランカー級のバスをみすみす逃し、魚の口にルアーとラインを付けたままにしてゴミを出すという最低の失敗だった。猛省しております。

 2位はインビンシブルのアタリ個体をなんか石の間にライン通されて切られるという失態。ショックリーダーを生分解性のあるナイロンラインのクインスターに変えてすぐで、まあフロロの時と同じ4号もあれば大丈夫だろうと思ってたけど、ショックリーダーとして大切な耐摩耗性はナイロンラインの4号では足りなかった感触で、切られたので単純に太くするという解決策で、これまた生分解性のあるバルカン7号をその後リーダーとして使っている。

 3位のカストマスターは根魚クランクはチャンスが少ない釣りなので、根魚クランクの道具のままなにか釣れる方法はないかと考えて、バス用のメタルジグは根魚用として優秀だということなので、カストマスターを導入して狙いどおりカサゴとか釣れたんだけど、目論見としてはアシストフックを一番弱く作っておいて、根がかりしてもそこが切れるようにしてたつもりなんだけど、意外に足下の石組みに潜り込んだりして、フックが刺さることによる根掛かりではなく、メタルジグ本体が石の隙間とかに填まることで根がかることがあって、導入から3個根掛かりで失った。足下しか狙わないので50ポンドのリーダー持って引きちぎるようにすると、石にスレているリーダーの先の方が切れるかスナップが飛ぶのでラインゴミは最小限には済むけど、もうちょっと良い方法が思いつかないかぎり、カストマスターはしばらく封印すべきかなと考えている。ということで今年のルアーロストは5個と、ルアー根掛かりロスト0を目標に掲げていたのにふがいない結果であり、来年こそ0を達成するべく注意深く釣っていきたい。


○ルア-等:1位「ベクトロン60」、2位「マジェンダ」、3位「オレンジチャーリー大」

 1位のベクトロンはノンラトルのディープクランクの名作だそうで、ツーテンの虎ファンさんから根魚クランク用にと送られてきたいくつかの支援物資のうちの一つ。根魚クランクで「クランクみたいな派手な動きのルアーどれ使っても一緒!」と思っていたら、意外に使い分けが効くというのが見えてきて、ノンラトルのディープクランクとしてはバグリー「ダイビングB3」が優秀なんだけど、バルサ製でリップとヒートン突っ込んであるだけなので、5キロ級はすでに揚げている状況でそれ以上も含めた大型根魚が想定されるなかでは強度が心配で、交代要員を探していたところにピタッとハマった感じ。 

 2位のマジェンダは、なんかしらんけど投げると釣れる。ミノーっぽい形状だけど、ディープクランク的な強い動きで、細かいバイブレーションでスルスルと1,5mぐらいまで潜っていく。重心移動版と固定重心版とあって、ぶん投げて広く探るには重心移動版、近距離戦では固定重心版と使い分けている。ピッチの速い細かい動きが効くのか、シーバスにも効いたし、根魚にも効いたし、今年はマゴチで大仕事してくれた。

 3位オレンジチャーリー大は、この冬のカマス釣りでは大活躍。今期餌のトウゴロウイワシが多く、そのせいか魚の活性は高めだけど食いは浅いという傾向があって、例年あまり釣れない夜でも釣れることがあったりして、その場合のアピール力強化や、浅い食いで通常サイズのオレンジチャーリーでバラしが多発したりする状況に対応してハリを大きくしてしっかり掛けるとかの意図もあって多用している。信じて投げるとき期待に応えてくれるハリである。


○釣り具:1位サンライン「クインスター」、2位大森製作所「タックルNO.2改」、3位バスプロショップス「マイクロライトグラス76UL2」

 1位には代表してサンラインの「クインスター」をあげさせてもらったけど、サンヨー「バルカン」、東レ「銀鱗」にも生分解性があるとの報告があり、今まで各メーカー売れないのに志高く、生分解性ラインを開発しては撤退してきた歴史はなんだったのかという衝撃の報告。セルロース系の生分解性ラインが伸びるし切れるしで、太くても大丈夫なショックリーダーや捨てオモリ用に用途が限られていたのが、一気に道糸としても普通に使える品質の生分解性ナイロンラインが登場?したことにより生分解性ラインの性能は一足飛びに格段の性能向上を成し遂げたことになる。何しろ普通に釣具屋さんに長尺の道糸用ナイロンラインとしてボビンで売ってる代表的な銘柄である「クインスター」に生分解性があったのだから、そんなもん普通に使えて当たり前の性能はすでに証明されている。ここ20年で釣り具において最も素晴らしい革命的出来事だったと断言する。それぞれが生分解性など持たない6ナイロンと66ナイロンが、その一定の比率の共重合体がなぜ生分解性をもつのか、オンライン版「釣り人」誌では報告した東大の研究者に取材して記事を上げてくれているけど、「釣りイトの中ではナイロンが結晶を形作っている部分と、結晶でない部分の両方があって、結晶部分が強度を結晶でない部分は弾力を生み出していると考えられるが、その結晶部分が小さいと分解されやすい」「分解が進行中のナイロンラインの表面には「ロドバクター目」や「フラボバクテリウム目」という種類の微生物が多く見られ、これらが分解に関与していると推定される。」とのことであった。釣り人社エラい!クソみたいなメーカー提灯記事ばかりになっている昨今の釣りメディアで、こういうことを真面目に記事にするのは釣り人社ぐらいではないだろうか?それが事実かどうかは別にして、そう思われている時点で釣りメディアなんて終わっていると書いておこう。

 2位の、スプールエッジと糸巻き幅を改善し、マニュアルピックアップ仕様のいわゆるベールレス機に改造した我が「タックルNo.2」はまあ壊れるようなところがないシンプルさで、年1回ぐらい自作のジュラコン樹脂製ラインローラーさえ換装しておけば快調に使えることが分かり、スピニングリールなんてこれで良いやんけ!という気がしてならない。世の中のスピニングリールから、水辺でつかう道具のはずなのに濡れると困る瞬間的逆転防止機構が入っているというクソ仕様が改められるまで、ワシは口撃をやめないつもりである。10万ぐらいするような今時のハイエンドモデルもってきたところで、メーカーに出さなきゃならんとかメンテが面倒くせえとかの時点で総合点でワシの大森に勝てるとは思えない。ワシの大森は格好いい。

 3位の黄色いグニャグニャのグラスの安竿である「マイクロライトグラス76UL2」今年は秋のメッキがよかったこともあって大活躍。そしてセイゴが湧きまくったなかシーバスでも運用。カマスでも活躍。チビメッキでも弾かず掛けて曲がって楽しめる柔らかさを持ちつつ、バットはそれなりにリフティングパワーあるので、シーバス狙っててデカいのが来てもなんとかなるだろうって思える汎用性の高さ。予備含めて2本所持してるけど、ルアーでの小もの釣りはこの竿が一番使いやすい。電車乗ってとかだと携行性≓機動力でパックロッドが勝るけど、自転車で行く範囲なら最強の1本だと思っている。


○従来型PENN両軸機:1位「スクイダー140」、2位「27モノフィル」、3位「レベルマチック920

 1位は東海岸のストライパー野郎ども御用達、”イカんちゅ”こと「スクイダー140」。他の似たようなスペックの両軸機、たとえばいまだカタログ掲載機種の「ジグマスター500」と比べて、とりたてて凄いということはないんだけど(まあPENNの両軸機は全体的に凄いんだけど)、なにが良いかって効いてるんだか効いてないんだかよくわかんない”空力ブレーキ”という、質実剛健、手堅い設計が多いPENNにしては冒険した機構を搭載したイカしたリールなのである。だんだん引き手サミングの両手投げで投げられるようになってきて良い感じ。早く魚掛けてゴリゴリ巻いてみたい。

 2位は、後付けでマグブレーキ化した小型機の「27モノフィル」。オフセットしたグリップじゃないとちょっと使いにくいけど、根魚クランクとかにはちょうど良い大きさなので、アンバサダーが優等生過ぎて飽きてきたら使いたいところ。

 3位「レベルマチック920」は、使っても良いンだろうけど、むしろ中身見て面白かった。PENNが作ったアンバサダーなんだろうなという漠然とした印象が覆り、従来型PENN両軸機を発展させて作り上げたバスを意識したベイトキャスティングリールだった。独特で愛用者が今でもいるのも納得。個性的でいかにもPENNらしいベイトリール。


○日本の釣り場の現実写真:1位「カマスとゴミ」、2位「鳥とゴミ」、3位「きったねぇゴミ」、番外:キャメルからメビウスへタバコの空き箱みるゴミの変遷

 1位「カマスとゴミ」は、昔からラインゴミは見たら回収を自分のルールにしてたけど、今年から釣り人の出したと思われる全てのゴミを拾い始めたら、あまりのゴミの多さにムカついて、なんか釣りメディアの垂れ流す”キレイな自然のもとで楽しい釣り”みたいな無責任なイメージがこういうゴミ野郎どもを呼び寄せてるんだろうなと、その幻想をブチ殺して真実を世に知らしめ「釣り場は釣り人のせいでゴミだらけ、魚釣りは難しい遊びで思うようには釣れない」ということをギッチリ分からせてやろうと”日本の釣り場の現実写真”と銘打ってゴミとたまに魚も添えての写真を精力的に上げるようにした、その第1弾。血まみれのカマス半日頑張って3匹、対して絡まったライン、使用済みのワーム等ゴミは大漁。この写真を見てOニーサンから「言いたいことと伝えたい対象が明確な良い写真」とお褒めいただいた。写真はぶっちゃけ苦手科目なのでお褒めいただくのは珍しく、自分でもいかにも日本の釣り場の写真っぽくて良いなと気に入っている。

2位の「鳥とゴミ」は、象徴性と写真としての評価で1位の座こそ譲りはしたけど、ダントツに胸くそ悪く最低な気分にさせられた最悪の事実。自転車の前カゴにラインが絡んで溺死したウミネコ幼鳥の死体と各種ゴミが満載されている。この責任の一端が釣り人であるワシにも間違いなくある。釣り糸使う人間がいなければコイツは寒い海でおぼれ死ななくて済んだだろう。たまにラインが引っかかっている鳥が飛んでいるのは見たことがあったけど、実際にそれが原因で死んでいるのは始めて見た。飛べるぐらいなら、あまり酷くは絡まってなくて、そのうち外れたと信じたいけど、中にはこの鳥のように命を奪われているものもいたんだろう。見て見ぬ振りはできない。でもどうしたら良いのか分からない。ワシにできることと言えば、こうやってしつこいぐらいに捨てられた釣り糸が生き物を殺すことがあると書くこと。釣り場に落ちている絡まった釣り糸や仕掛けを拾うこと、それしかできないのがもどかしい。絡んだ釣り糸もたいがいだけど釣り場にハリの付いた仕掛けをそのまま放置する弩級のバカどもってなにを考えているのか?本当に理解できない。それが目立つぐらいに普通に日本の釣り場にはあるという現実に、どうすれば良いのか途方に暮れてしまう。

 3位の「きったねぇゴミ」はありがちっちゃありがちだけど、ワシが家に持ち帰って、ワシが買った地域指定ゴミ袋にいれて定められたゴミの日に出すという手間だけでも「なんでワシがバカどものためにこんなことせにゃならんのじゃ?」と腹立たしいけど、家に持ち帰るにしても、中身がこびりついているコマセの袋とか一回階段降りていって洗わずには臭くて持ち帰れず、寒い中ジャブジャブ洗わされていると、自分の中に怪物じみた怨念が育ち始めるのを止められない。ワシが妖怪「コマセ袋洗い」になりはてたら、どうか徳の高い高僧の方々でも手配して、人として死なせて欲しい。まあ寒い方が腐りにくいからマシか?夏場にビニール袋に入って虫の湧いたイカを処理させられたときには吐きそうになった。写真がさすがに上げられんぐらいのきったねぇしろものであった。

 食ったファストフードのゴミがそのまま袋に入ってるとか、コンビニ袋にゴミが詰められて捨てられているとか、バカの痕跡化石的なしろもので、ほんとバカが多いなと嘆かわしい。で、ワシ嫌煙ファシズムには愛煙家の友人達を代弁して断固闘う所存だけど、まあ嫌煙家のいうことも分からなくもないぐらい、釣り場にタバコの吸い殻空箱が落ちていることは多い。近所漁港では空箱のキャメル率が高くて、最近メビウスとかの電子タバコ勢に押され気味だったけど、盛り返してきた感がある。やめてくれと言いたい。以前ネットの記事で、ポイ捨てされている吸い殻の銘柄を調べて、売り上げに対して捨てられる率を調べるという面白い報告があって、悪かったのは憶えてないけど、ポイ捨てされる率が少なかったのがアメリカンスピリッツだったというのは憶えている。キャメル吸ってるバカはアメスピに替えろ(一部不適切な表現があったことをお詫びします。タバコの銘柄自体にポイ捨ての責任はないと思います。捨てるヤツが悪い)。
 ゴミについては冒頭写真のように見たくもない写真をこれでもかと撮ったし公開した。それぐらいしつこくくどく何回も声を大にしてもまったく足りない状況だと思う。”ゴミを捨てるな”程度のことができない分からないバカがなぜこれほど世に多いのか、それがワシには分からない。


 とまあ、魚釣りのイヤーな面を今年はさんざん見聞きもしたしネタにもした。それでも釣りは、準備から後始末まで全てにおいて、飽きることなくとめどなく日ごとますます面白い。やめられないから、長く続けるために何をすべきかということも考えていくのがカリスマのつとめかなとおもっちょりマス。皆様良いお年を。

2025年のベスト3(エンタメ編)

 隠居ジイサンの日々は、釣りに忙しくて、なかなかまとまった時間が作りにくい。その中でもマンガとアニメはなんとかかんとか積みがちになるのを消化していっているけど、活字が今年「7つの魔剣が支配する
」というラノベにハマって、10巻以上あるのを読んでいて、これが、定番の魔法学校モノなんだけど、昔の夢枕獏先生やら平井和正先生、菊地秀行先生あたりの伝統を今に伝える感じにダークでドロドロエロエロで非常によろしい。というのがあって活字は他にラノベの新刊をいくつか読んだ程度で、一般小説やらSF小説は完全に”積ん読”状態、ケン一お薦めの「同志少女よ敵を撃て」が積ん読、ひじさんお薦めの「深紅の碑文」他が積ん読、鳥の人のお薦めの「銀河ネットワークで歌を歌ったクジラ」も積ん読。という感じで積んでというかポチッとしてFIREタブレットに落としたッきり開いていない。ということで今年は活字部門無しでいきます。映画もいくつかアニメの劇場版を視聴したぐらいで観られていない。2時間なり3時間なりをユックリ集中して観ることがなかなかできていない。まあ、現実が忙しいってのは仕事なら嫌だけど釣りで忙しいので良いことである。その中で時間の許すかぎりにマンガ読んだり、サブスクでアニメやらドキュメンタリー観たりは、既に生活リズムに組み込まれていて、今年も十二分に楽しめた。ということで年末恒例の年間ベスト3エンタメ編いってみましょう。


○マンガ:1位「腸よ鼻よ」、2位オイスター「新婚のいろはさん」、3位「ドカ食いだいすき!もちづきさん」

 1位は、十巻で完結した島袋全優先生の「腸よ鼻よ」で、これ作者の実体験に基づいた「闘病ギャグエッセイマンガ」なんだけど、よくもこんなにも酷い病状を、こんなにも面白おかしいネタに昇華できるなと、心の底から感心するとともに腹から笑える。”あとがき”で「ギャグは盛っても病状はもらないという信念の基」に描いたと書かれているけど、”潰瘍性大腸炎”っていう大腸の酷い病気で最初のつかみの部分から大腸を失うことになるっていうのが予告されてる感じでやや引くんだけど、その後もさらなる激闘の連続で、小腸を肛門につなぐんだけど、上手くいかなくて穴開いたり癒着したり、治療してもしても、悪化して激痛、ひたすら入院・手術の繰り返し、人工肛門をお腹の横に開けたり閉じたり、あまりの激痛に痛み止めの医療用モルヒネも効かなくなり、悪名高いフェンタニル処方されて「フェンタニルって、合成麻薬として嗜まれてるだけじゃなくて医療利用もあるんだ!」って変な驚きかたしたぐらいだけど、術後の退院には”薬を抜く”のが一苦労とかもう、ここまで病気に苦しめられている人も世の中にはいるんだなと圧倒される。っていうしんどいって言葉ですまされないような状況でも、この人マンガ描きまくり。入院中にも画材やらネット機材やら持ち込んで描いてるし(当然医者に止められたりもしてる、そして長い闘病生活の後半はデジタル作画になってる)、とにかくマンガ描くのが好きなんだろうなというのがアリアリと分かる。絵を描くことを禁じられて縛られた雪舟が、それでも描きたくて足で涙を絵の具にネズミの絵を描いた逸話を思い出させる。血と腸液でマンガを描いているといって過言ではない島袋先生は現代の雪舟と言って良いかも。最初マイナーな出版社のWEB連載で始まったようで、後にKADOKAWAから紙の本やらも出たけど、イマイチ作品のすさまじいまでの破壊力のわりには話題になってない気がするので、全力でお薦めしておきたい。もうね、ワシも持病ももってるし薬飲み飲みボチボチやってるけど、人はここまで苦しい難病でも、もちろん作品に出てこないつらさや悲しみもあるのはアホでも分かるけど、それでも情熱のおもむくままに突き進むことができるという事実。人間の力強さ、好きモノの突貫能力、もう励まされる力づけられる胸に火がともる。とにかく万人にお薦めする傑作です。全優先生、人工肛門と付き合いながら入院はもうしなくてすんでいるそうだけど、健康にはお気をつけて、これからもバリバリとマンガ描いて描いて描きまくってください。

 2位のオイスター先生「新婚のいろはさん」は一転してホノボノとした作品で、マンガ書くことしか考えていないような青年の元に、ある日幼なじみである一つ年上の憧れの女性が押しかけ女房としてやってきて、という新婚さんのイチャイチャする様子を描いた、昔ならケッ!と唾はきかけてやったような内容の作品なんだけど、なんというか天然で家事全般の能力の高いいろはさんの可愛らしさと、マンガのことしかできない妙に堅くて真面目な始君の2人の夫婦の仲むつまじさも微笑ましく、他の登場人物も魅力的で楽しめるんだけど、時々オイスター先生ならではの鋭い台詞が刺さってくる。結婚して作風が変わったと、ギャグマンガにいらないモノは全てそぎ落としてたころとは変わってきたと同業者に指摘されて始君が返す「余計なものは大事なんだ!!」「必要ないものは要るんだ!!」っていう台詞とか、幼いころに母親と死に別れたりして叔母に育てられてきた、本の世界に没頭することでその孤独を忘れていた始君の抱える心の闇。それをいろはさんが「深くはないけどどこまで広がってるか分からないぐらい広がっている黒い水」に例えて、一生すくい続けることを誓うところとか、普段は影響が見えないぐらいの両親が側にいないことによる心の傷を、それでも一生消えないだろうと思いつつ、自分が癒やしつくせるかも分からなくとも、癒やしていく存在であり続けることを誓う、深い愛情を感じる心の中での台詞とか、ホノボノ新婚ギャグマンガと思って油断してるとやられます。

 3位は、上半期ぐらいにネットで話題になっていた、まるよのかもめ先生「ドカ食いダイスキ!もちづきさん」秋に3巻が出たんだけど、なかなかに衝撃的な面白さ、食べるのが大好きなOLさんが、時に生活習慣病とかによる死を象徴する髑髏を背景に、血糖値の急激な上昇と多幸感で”至って”しまうまでドか食いする異色のグルメマンガ?間違いなく過食症とかの病気で、なんとか食べ物を遠ざけ食欲を抑えこむ手段を講じても結局コンビニで買えてしまう現実に主人公のもちづきさんが買い物カゴに食べ物ぶち込みつつ吐いた鬼気迫る台詞「「ある」のがいけない!!!「ある」のがいけない!!!!」にはこのモノにあふれ購買欲を洗脳するかの如く煽ってくる世界に対する呪詛の言葉として強烈なモノを感じつつ共感し大笑いさせてもらった。すでにそのシーンだけ切り取られてネットミーム(ネット上でのある種の共通言語)と化しつつある。と同時に釣り具を買うときのワシの心の中の叫びにもなっている。


○アニメ:1位「トリリオンゲーム」、2位「宇宙人ムームー」、3位「未ル 私の未来」

 1位の「トリリオンゲーム」は最初期待していなかったけど、観始めたらがこれまたクソ面白かった。スペリオールっぽいオッサンが喜びそうな経済マンガとか書いてごめん、自分もろオッサンなので超楽しめた。ほぼ詐欺師のハル君が最後は帳尻あわせて誰も裏切らないところが良い。ビジネスマンガとかまず興味ない世界だったけど、本作はビジネスマンガのふりをした”俺ツエー”系で、むっちゃ気持ちいい人たらしのハル君の口八丁手八丁と、ある意味ヒロイン的ポジションで「はわわわわ」と振り回されるガク君の相棒感と、熱い登場人物達と暑苦しい絵柄がドンピシャにハマってて最高に楽しめて唯一無二。

 2位の「宇宙人ムームー」は恒星間航行さえ実現した文明を戦争で失ってしまった宇宙人が地球の機械文明を学ぶ、って話だけど地球の支配者は猫でその奴隷が人間と認識して猫になりすましてやってくる猫アニメでもある。身近な機械のうんちくが楽しく、独特の造形の陰キャヒロインも可愛らしくて良い。サブヒロインの実は家電にめっぽう強い(作中2番目ぐらい)鮫洲さんもイヤなやつかと思ったら良い娘でとか登場人物も魅力的でためになって超楽しい作品だった。皆さん、掃除機の電源コードの黄色いテープと赤いテープの意味を正しく知ってますか?

 3位「未ル 私の未来」は5話しか作られなかったのでもっと観たいと思わされる。ヤンマー製アニメだけどオムニバス形式で各話制作陣が違い、いま我々が考えるべき問題をどのチームも正面から取り上げて力一杯表現しており観る価値のある作品だった。このアニメ、なんか人間やら動物やらに変身できるある種の神のように偏在するAI搭載のロボット”ミル”が、人を助けたりしつつ自身も学習し成長していくという基本一話独立のオムニバス形式の物語なんだけど、3話目で才能ある超絶技巧のピアニストの卵がアルバイトでその技術をAIに学習させるかたちで科学者に協力していたら、本人事故で片手の自由を失うんだけど、本人の技術を学習させていたAIに補助させる特殊な義手が科学者によって開発されて、結果演奏家として成功を収める。だけど、果たしてその表現はそのピアニストのモノなのか否か?ってな脚本で思考実験としてとても良くできた例題であり唸らされた。作中でも開発した科学者への取材で「でも機械が弾いてるんでしょ」とか、まあそういう意見もございますわなってことも言われて、でもその技術はもともと彼女のものを学習させたモノで彼女の技術なんです、っていう整理はあっても口さがない連中はネットとかでお気楽に「こんなの芸術じゃない」とか批判を書き込むのを本人目にしてしまったりしたら、そりゃ苦悩するよねって話。明確な答は無いんだろうけど、それでも今回聞き役に回ったミルは、君の表現は君のモノであり、その感動は自分にも引き継がれていく的な救いのある言葉をピアニストにかけている。パクリの問題を排除してAIの補助を受けてなしえた表現等が芸術たり得るか?たり得るでしょ?ってワシャ思うけど、それも程度問題で例えばパワードスーツとかを使って陸上競技とかで記録を出したときに、それが認められるかとかで考えると、陸上競技ならもちろん認められない。ただ、AIに補助させた、あるいは直接作らせた作品を評価する際に、陸上競技のような明確な線引きができるルールがあるかというと、あるようで無いように思う。もちろん盗作はダメとかごく基本的なルールはある、あるけどいつも書くように、線引きなんか関係なくて面白いモノは面白いしつまらんものはつまらんぐらいしか評価する際の基準ってないように思う。そういうなかで、AIを上手く使えば良いモノができるなら使ってもらえば良いじゃん、と楽しむ側として無責任で正直な気持ちもある。あるけど、AIがまるっと作った極めてデキの良い表現物で感動させられてしまう自分っていう図式を考えると、なんか敗北感がただよったりして。芸術ってそんなんで良いんだろうか?まあ、すぐに答えがでるような話ではなだろうし、実際に技術が発達していく過程で紆余曲折あってなるようにしかならんのだろうけど、行き着く先がAI様にご提供いただく芸術作品を楽しむだけで、人類が芸術を生み出さないっていう極端なディストピアではなく、なんか良い塩梅の落としどころに落ち着いて欲しいとうすぼんやりと願うのみである。


○ドキュメンタリー他:1位NHK「ワイルドライフ 生命の挑戦 恋する生きもたち 水の世界」、2位ネトフリ「WWE”壮大なるドラマ”の裏側」、3位NHK「タモリ・山中伸弥の!?」

 1位のNHK「ワイルドライフ 生命の挑戦 恋する生きもたち 水の世界」は動物の繁殖をめぐる生態の不思議や戦略を美しい映像で紹介するシリーズで陸編と水中編があったけど、水棲生物には相当詳しいつもりがだいぶ驚かされた。一番面白かったのは夜釣りでたまにヒラヒラと舞うように泳いでる姿を見かける小判型の軟体動物ヒラムシの恋のバトルで、雌雄同体でどちらの性にもなれるんだけど、同時にどちらの役割も果たすカタツムリとかと異なり、闘って”精子の槍”で相手を突き刺した方が雄、刺された方が雌となり卵を産むという「なんでやねん?」という生態。カタツムリ方式にしておけば性差別など起きないのに、一時的にせよ性を分けたことにより争いが起こるという寓話的な話で、卵を産むには沢山食べてエネルギーを使ってという大きな負担を背負うことになるので雄になるために刺し合うのである。あと、イリアムナ湖といえば釣り人にはデカいニジマスが釣れる湖という認識だと思うけど、この湖は川で海とつながっているという典型的なベニザケの遡上する川で、その遡上するベニザケを狙う湖産のアザラシがいるとかとか、初めて知ることができたことも多くて楽しい驚きにあふれていた。なんにせよ今時の撮影技術は素晴らしく美しく野生の生き物を映し出してくれて眼福である。

 2位のネトフリ「WWE”壮大なるドラマ”の裏側」は、日本ではアベマTVが放映権持ってるけど、アメリカではWWEの放送はネトフリになってて、WWEの興業で年間最大のモノである”レッスルマニア”の裏舞台を追ったドキュメンタリーで、プロレスには脚本があるっていうのは今や常識でウィキっても出てくるぐらいだけど、それを公式がネタばらししている感じでさすがに衝撃的だった。長年ベビーフェイス(良い者)で活躍していた引退表明してたジョン・シーナ選手のヒールターン(闇落ち)の脚本が、幹部連中の一人の発案から始まって、中心選手や本人の了解を得つつアイデアを出し合いつつできあがっていく、その行程をさらけ出していて「ここまで見せて良いンか?」って正直思った。あと、最怖の女子選手としてトップどころの人気を誇るリア・リプリー選手がじつは意外なぐらい繊細で、試合前にはプレッシャーで押しつぶされそうになってるとか、ギャップがすごくて”役”になりきるエンターテナーとしての力量に感服した。プロレスがそういう脚本があるのもわかりきってなおのめり込める”スポーツエンタメ”っていう独特の存在であると再確認したところである。

 3位のNHK「タモリ・山中伸弥の!?」は「NHKスペシャル 人体Ⅲ」のタモリさん、山中先生コンビによる知的エンターテインメント番組だそうで、これまで3回「AI」「認知症」「音楽」をテーマに放送されたけど、どれも面白かった。2人の相性が良いのか掛け合いも楽しく、でも紹介される科学的な知見とかは最新のもので勉強になる。認知症にはウイルス性疾患に痛めつけられるとなる確率が上がり、ワクチンはその確率を下げる傾向が認められるとか、音楽のベースとなるリズムあたりはどの民族でも共通のものでも、旋律とか曲調になると民族ごとの文化の背景に影響されてか好みが分かれるとか面白かった。山中先生の高校時代のバンド名「枯山水」には笑わせてもらった。面白くてタメになるっていう典型の番組です。

 今年もあいもかわらず、アベマTV、Netflix、NHKオンデマンド、アマゾンプライムに金払って番組視聴している。ちょっと困ったことになってきたのは、動画配信サービスが戦国時代っぽくなってて、今観ているサービスに不満はないんだけど、ボクシングとか格闘技の配信が、試合ごとに”独占配信元”が違って、どうしても観たい試合があると、短期の契約をせねばならず面倒くせぇ。アベマTVみたいに単発の”ペイパービュー方式”だと多少高くても払う価値のある試合なら文句ないんだけど、多くは最低1月の契約のための”エサ”となっていて、観る時間これ以上作れないのに1試合のためだけに契約するのもなんか腹立たしい。まあそれでも観るけどな。来年だと噂されている、井上尚弥vs中谷潤人とか銭なら払うので魅せてくれって話である。独占じゃなくて乗り合いで平和にいけんのか?まあそこは戦国時代で生き残りかけて争ってる状況ではできない相談か。なんにせよ全ての面白そうな番組、試合、興業を観ているだけの時間は無いので、今ぐらいの感じで視聴していくしかないんだろうな。

 今年も楽しんだ作品に関わるすべての表現者のみなさんに感謝。来年あたりはAIが作った作品とかも機会があれば視聴してみたいという怖い物見たさの気持ちもある。その場合AIは表現者なのかなんなのか?ややこしい時代だなと思うと同時に、どうなるのかワクワクもしている。

(画像引用元:「トリリオンゲーム」エンディングアベマTV版、まるよのかもめ「ドカ食いダイスキ!もちづきさん」1巻Kindle版)

2025年12月27日土曜日

回数こなす

  ワシ、釣り場に立つ回数は大事にしているつもり。いつも書いているように釣りしていれば、良い日にも当たれば悪い日にも当たる。そうであるなら数をこなすと最終的な帳尻は合うことになる。釣り人ならだれしも良い日に釣りに行って、悪い日には行きたくないと思うだろうけど、行ってみないことにはその日が良い日か悪い日かは究極的にはわかんないって話で、過去の経験からいって絶好の条件の日に鼻息も荒く出撃していってコテンパンな目にあうこともあれば、なんの期待もせずに情報収集のつもりでフラッと出かけたらとんでもない”当たり日”を引くこともある。経験を積み情報を集めれば集めるほど、予想はナンボかあたるようにはなってくるけど、まあ予想どおりにいかないのが普通である。予想どおりに釣れるようになりたいと切望するけど、予想どおりに読み切れるようになったら、それはそれでつまらなくなるんだろうなとも思う。思いもよらない幸運が、想像もつかなかった驚きが、釣りの魅力の重要な部分を占めていると思う。

 ということで、若い頃から釣りに行く回数は多かった。多忙を極め月に1日も出勤しなかった日がないような状況でも、その月に仕事終わってから4,5回は釣り場に立って竿を振っていた。多分健康上の問題がない年で年間釣行回数が100回を下回ったことはないと思う。健康上の問題を抱えていても滅多なことでは100以下というのはなかったはず。無職で365連休の今現在、年間200回を越える程度には釣りに行っている。年間200回は抑えた回数で、紀伊半島に越してきて釣るモノありすぎてはしゃいで年250回近く行った結果、疲労が蓄積して帯状疱疹になったのでブレーキ掛けつつやっている。ワシの釣欲にはムチなど入れる必要はなく制御しなければ健康を害するまで突っ走ってしまう。

 いつでも釣りに行きたいときに釣りに行ける状況のもと、年間200回越えとかの釣行回数になってくると、おのずと取り得る作戦も変わってくる。有り体にいって、低い確率の釣りでも数打ちゃ当たるで狙いにいける。

 今のワシの釣りで低い確率の釣りの筆頭は”根魚クランク”で、今年雨が降る度に出撃を繰り返して、54回釣行したことが”顛末記”から分かる。そして釣れた魚は調べなくても分かる。冒頭写真、下半期の45センチのヤイトハタ、上半期の66センチのマゴチの2匹で、他にも小型の根魚たちは釣っているけど、まあそいつらは鶏皮とかで釣っても釣れる大きさで狙ってる大きさではない。ただ釣れたに勘定した2匹は、どちらか1匹でも年間50回以上出撃を繰り返すだけの価値は充分あったと思う。根魚クランク始めた2024年はもっと釣れているけど、あれは特殊な状況だったようで、通常は陸っぱりルアーで40オーバーの根魚とか年1回拝めればヨッシャな魚だと思う。デカいマゴチも同等に得がたい獲物でこの2匹でまったくもって満足のいく結果だと思っている。

 もいっちょ低い確率の釣りとしてはシーバスルアーがあって、今年は狙っているフッコ級以上が1匹も釣れていない。これも雨が降るたびに出撃を繰り返していて53回釣り場で竿を振っている。まあシーバスの場合は狙いのサイズが釣れなくてもセイゴは釣れてくるというのがあって、今年みたいな大ハズしがあってもそこまでつまらない釣りではない。小さいとはいえルアーに反応よくパコパコ出てくれれば楽しい釣りにはなる。そして、今年はここ2年ぐらい全然姿が見えてなかった、ノーマルセイゴが湧いていて、海水温高すぎてヒラスズキしか繁殖できなくなってしまったのかと心配したけど、昨冬はしっかり水温下がってたのかヒラじゃないスズキも繁殖して幼魚であるセイゴの発生状況は良かったようだ。今後に期待が持てる状況であり、単年では今年はイマイチだったけど、複数年の長い期間で考えると、これからも数打ちゃあたるで行き続ければ帳尻合うぐらいに釣れるのではないかと期待している。

 どちらの釣りも年間50回を越える回数釣りに行っているけど、一回に費やす時間は短い。釣れる日は始めてすぐに反応得られるけど、釣れない日は特に根魚の場合は魚が居ないし回ってきてないって話なので、一通りポイント探って1時間かそこらで終わっていることが多い。基本的に捕食者である大型魚を狙うなら、ヤツらの活性があがる雨がらみ時化がらみを狙うわけで、根魚行ってからシーバスも行くというパターンもお約束だった。このへんは、釣り場近くに住んでいて、気になる天候とかの時には、ロッド1本かついでサッと釣りに出かけられるのが、とても有利な点だと思っている。

 対照的にどうにも釣りに行く回数が稼ぎにくいのが”泳がせ”で、岸壁の足下狙いも、砂底のぶっ込みもあまり行けていなくて今年9回しか行ってない。50回超の根魚やシーバスに比べてそら釣れやんわな。って感じだけどじゃあ回数増やすかってなると、単純にそうはいかないというのはある。ルアーロッド1本かついで出かけることができる釣りの身軽さと比べて、泳がせは段取りがややこしくて道具もかさばる。まず餌のアジを釣るところから始まるから、どうしてもアジ釣りの道具が必要で、加えてぶっ込みの道具、柄のついたタモなど準備が面倒くさく、かつルアーなら反応する魚は最初の数投で何らかの反応があるだろうから展開も早いけど、泳がせの場合、夕マズメに始めて21時22時とかにアタることもあるぐらいで、サッと行ってサッと結果が出て帰ってくるという釣りとは対極にある。正直そういう”待つ”釣りは苦手中の苦手で、でも上手な人の泳がせ釣りを見ていると、相手がいるのが絞り込めていて、そこに食ってる現物餌をハリにかけて泳がせるので勝負早い。そういう展開の早い釣りをしたければ、食ってくる状況を絞り込めねばならず、絞り込むには経験積んで情報を得ることが必要ってなってくる。でも、経験積むのが思うように進んでいかないから悩んでいるわけで、回数も稼げず情報集まらずというジレンマ。まあなんにせよグダグダ考えていても前に進まないのは確かだと思うので、ちょっとずつでも良いので5年10年の長期計画でじわじわ進めていくしかなさそうではある。苦手科目克服できると切る手札が増えるのでなんとかしてしまいたい。

 それから、回数をこなしていると結構気をつけなければならなくなってくるのが、道具の更新とか補充・備蓄で、ぶっちゃけ竿は自分のペースで10年も酷使すれば腰が抜けるだろう。竿は消耗品。なので予備は買ってある。

 リールはドラグパッドや古いスピニングならベールスプリングなんかの消耗品がどのぐらいの使用頻度で交換が必要になるかは把握して交換部品を用意しておかないと運用面で支障をきたす。今シーバスに使ってるいじくった大森「タックルNo.2」はマニュアルピックアップ仕様に改造してあって、ベールスプリングの交換は必要なくなっているんだけど、ラインローラーをジュラコン樹脂で自作しているので、硬質な金属やセラミックほどの耐摩耗性がないので徐々に削れて糸溝ができていく。ただ、意外なほどに長持ちしてくれて、去年からそのへんの耐久性の把握も目的にシーバス用のメインのリールとして運用しているけど、どうも年50回以上出撃する使用頻度でも、1年ぐらい持つようで、1年経って糸溝深くなってきたなと思ったら、新しいラインローラーを作って換装すれば間に合いそうである。もっと頻繁に交換必要かと思ってたけど、ぜんぜん問題ない感じで意外に長く使えます。

 で”釣りで大事なのはハリと糸”っていつも書いているけど、ハリは適宜マルトのハリをお得な50本入りとかで買って大きいハリは研ぎながら使ってるので、備蓄を切らさないようにだけ気をつけておけば良い。ラインもナイロンライは安いクインスターを主に使うので、1回使ったら先5~10m切って、2回使ったひっくり返し、3回使ったらまた先5~10m切って4回使って捨てて巻き直し、で問題なく運用できている。クインスター安いわりに品質申し分なく釣行回数の多いワシのようなヘビーユーザーでも満足できる製品で。これで生分解性まであるなんて、買わなきゃソンソン。唯一の不満点は一番細いので0.6号なのでハリス用の0.4号、0.2号とかも欲しいんだけど、0.4号はなんぼか生分解性があるらしい銀鱗があるのでそれを使ってるけど、0.2号とかの極細が生分解性があると報告されている銘柄では売ってないので、メーカーさん作ってください。そんな細ハリスは特殊なナイロンじゃないとプチプチ切れるんじゃないかと思うかもだけど、出番が豆アジとかの食い渋り対策で引っ張り強度はほとんど必要なく、吸い込みの良さだけ欲しいだけなので問題はないはず。綿とか絹の細糸も考えているぐらい。一般的な釣り人は細い糸は”見えにくい”から食いが良いと思ってるかもだけど、多くの場面で効いてくるのは吸い込まれやすさのほうで、見える糸を嫌うような状況では細くしても見えなくなるわきゃないので嫌われる。屈折率が水に近いフロロがナイロンより効く状況なら見えにくさが効いてるのかもだけど、太さ変えて効くなら口への入りやすさが効いてると思ってる。それはまさに豆アジの釣りで、口開けてるのに刺し餌が口に入っていかない状況で、ハリスを細くすると、食う回数や食い方自体は変わらんのに口に入り始めるってのを何度も経験していて実感するところである。

 悩ましいのがフライラインで、ソレナリフライマンのワシの腕では要らん力が入ってるのか、ラインの消耗がやや早い。いま正規品が手に入る、ほぼ唯一のタイプⅥラインであるSA社「ウエットセルWF8SⅥ」が6500円ぐらいなんだけど、なんとか1年もたしたいけどもたん。25回の釣行を前に痛んだところを切ってブレイデットナイロンで継ぎ直したり、コーティングがちょろっと剥げたところはスレッド巻いて瞬間接着剤で固めてそれ以上剥げないようにしたりとしたところで、その頃には全体的に傷みだしていて修繕してもすぐに同じように剥げ始める。いつも釣りに行く前にシリコン塗ってるけど、もっと最初に表面コーティングするような保護剤塗っておくべきだろうか?いずれにせよフライフィッシングにおいては他の釣りよりなおラインの重要性は高く、けちってボロボロのを使い続けるのも限界があり、かといって高額なラインを惜しげもなく年に何本も使い捨てるほどお金持ちでもない。ボナンザを試す価値はあるかなと思ってるけど、どなたかフライラインを長持ちさせる方法をご存じのかたがおられたらご教授願います。

 最初の方に書いたように、数をこなせば良い日にも悪い日にもあたるので、結局帳尻は合うようになっているからとにかく四の五の言わずに行けるだけ行っておけっていうのに加えて、数こなしてるとおのずと経験も積めるし、情報も蓄積していくし、技術も憶えられるので、なおのこと四の五の言わずに行けるだけ行っておけだと思っている。

 よく釣り場で、潮が今日はどうたらこうたらと言ってる釣り人がいるけど、じゃあ勤め人っぽいあんたらは休みがたまたま潮が良いときしか釣りに行かんのか?って思うわけで、潮の良いときにとかいうのは典型的な”四の五の”言うネタである。大潮干潮じゃないと渡れないとか、潮位が高い時間しか水が無いとかを除けば、陸っぱりで潮が明確に善し悪しあるのはバチ抜けのシーバスぐらいだと思う。ワシとりあえず四の五の言わずに行きまくった冬場春先約80回分のデータを整理してやっとバチ抜けの潮の法則性が分かったっていうのは以前書いた。根魚クランクの情報なんてまだ釣った数が少なすぎて整理する気にもならん。あんたら潮の善し悪しを判別できるほどの情報を積み上げてモノ言ってるんだろうなと、いつも鼻で笑いながら聞いてる。潮以外の要素、日の出日の入り、天気、餌っけ、風向き、釣り人の数、潮よりよっぽど効いてくる要素はいくらでもある。だいたい潮自体風に押されて気圧に引っ張られてその場所の地形固有のリズムもあって潮時表どおりには動かんだろ?とにかくそんな複数要素が絡むようなモノを読み切って傾向を読めるほどになるには膨大な情報収集が必要で、まず気が狂ってないまともな人間にはできないから、潮とか気にせずに行けるときは行っておけと何度でも書かせてもらう。そのほうが手っ取り早いよ。釣り場で竿振らなきゃなにも起こらんからね。

 芸術は爆発だ!そうですが、芸事は場数です。

2025年12月20日土曜日

フグと和解せよ!

  今からカリスマ釣り師(自称)のワシが書く技術は、本当なら極秘にしておきたいぐらいの核心を突いたものである。にもかかわらずあえて公開するのは、心ない釣り人に陸上に放置されるフグたちの姿など見たくないからである。当ブログの読者さんは幸運である。こんな素晴らしい技術がタダで教えてもらえるなんて、釣具屋の回し者の言うこととか聞かされた日には、やれロッドがどうのこうの、やれルアーがどうのこうのと、いやっちゅうぐらいに散在させられるはめになるのは自明だけど、ワシの今回紹介する技術は基本的にはお金はかからない。それでいて効果は波及効果も含めて驚くほど大きく恩恵がデカい。是非最後まで読んでいってください。そしてできればお友達にも教えてあげてください。
 大事なことなので太字で書きます。

 フグの猛攻を防ぐのに一番良いのは、釣れたら則リリースしてフグを警戒させ”スレさせる”ことである。

 これは年間200日から釣りに行き、その多くの時間をオカズのマアジ釣りに費やしてきたカリスマ釣り師ナマジが、経験と実戦と考察と試行錯誤でたどり着いた境地であり、少なくともうちの近所の漁港では鉄板の技術で、そうやってスレさせたフグたちは、その日だけでなくしばらくは学習して刺し餌をなかなか食ってこなくなり、コマセをついばんでまき散らす「自動コマセ拡散機」とさえなってくれるという事実。これは一緒に豆アジ釣りしたツーテンの虎ファンさんもひじさんも目撃しているところであり、とち狂ったワシが言うてるだけではないのでご安心を。ちなみに魚の学習能力については川村軍蔵先生の著書とかによると、コイで実験したらハリにかけられた後、半年くらいは食い方が慎重になったとのことである。

 となると、釣ったフグを殺すような輩はフグをスレさせずに沢山釣る方法を実践しているにすぎない。バカはここでも罰ゲームをやらされているわけである。罪もないフグを殺して平然としていられる神経とゴミを捨てていくしつけのなってなさで併殺食らってる。まあそれが釣り人の代表的な姿と一般的には思われているだろう、ってことがワシには我慢ならん。およそ全ての趣味人で昨今一番評判が悪いのが”撮り鉄”で次が”釣り人”あたりなんではないだろうか?ゴミ放置していくし、立ち入り禁止や駐禁も無視するし、事故起こしたりするしでろくでもない輩と思われていて、同じ釣り人としてワシャ恥ずかしい。

 フグを知り味方につければ他の釣り人が敬遠するような釣り場がパラダイスに変わる。フグと和解せよ!である

 という話のきっかけはMasahiroさんところのブログで釣り人が酸欠必死の潮だまりに捨てていったフグ救出のネタを読んで、どこでも釣り人は同じ罪を犯してやがるなと思ったことで、Masahiroさんは地磯に降りていく小道の草刈りやロープの更新を見知らぬ先人から自主的に引きついておられるんだけど、そのロープの先に付けたゴミ捨てないでねというお願いの看板に「私は、看板に文言を追加した方がいいのでしょうか? 「自然を愛せ。さもなくば魚市場に行け」とか。」と悩んでおられる様にいたく共感して書き込みさせてもらったところであり”フグと和解せよ!”はその時にワシの頭に降りてきた文言でMasahiroさんにも気に入ってもらえたようである。でも本当は看板に文言追加しなくても済むというか、そもそも看板が要らないというのが望ましいように思う。

 なんにせよフグもおらんような貧しい海で釣りなどして面白いか?といつも思うし、生き物の命に敬意もない輩に釣りなどして欲しくない。我が家のVIP様である”釣りの上手い人”は根魚釣りとかしていて、フグしか釣れなくても「フグは結構好き、ちゃんと引くし膨らんで可愛いし。どうせ根魚釣ってもリリースするし食べられなくても関係ないし。」と実に分かってらっしゃる。バカと天才の違いはそういうところだぞ!と思わされる。

 ワシ自身、オカズ釣っててフグにハリ取られるのは勘弁願いたいところだけど、リリース前提で遊んでるときに(オカズ釣ってるときも遊んではいるけどな)、フグが釣れると楽しいし、釣ったことがない種とか釣れると興奮する。尺越えのヒガンフグとか普通にメッキ釣れるよりよっぽど得がたい釣果で超楽しめたのが印象に残ってて、フグの話を書くならあの写真は要るなと真っ先に思ったぐらいである。冒頭写真の下から2番目がそれ。

 まあ、釣りはフグもいれば鳥もいてっていう自然環境を相手にして、それらの複雑な関係性を把握することに努め、それらの要素も楽しむべきだと思っているし、そうでなければ面白くないだろう。よくカワウが魚を食うからと目の敵にする釣り人がいるけど、以前も書いたけどカワウが魚を食うのはそういう鳥だから当たり前だろって話で、もっと言うなら適正量もクソもなくジャブジャブ養魚場育ちのトロ臭い成魚を放流しまくってカワウを増やしておいてどの口が言うって話で、遊漁用の魚の放流量とカワウの増殖との相関関係は多くの報告が上がってる。今ちょっと検索かけて代表的なのを上げるなら「日本の河川におけるアユ放流がカワウの採食行動や分布に及ぼす影響(熊田那央2013年)」とかが面白かった。カワウの繁殖への影響もあれだけど、アユの資源量に関する影響としてはカワウの食害は放流当初ぐらいで限定的で釣り人の影響の方が大きいっていう当たり前体操な身も蓋もない報告で苦笑いさせられる。まあ目の前で魚咥えて上がってきたらムカつく気持ちも分からんでもないけど、それも含めた自然の中でやるから面白いんであって、カワウもおらん釣り場が良いのなら室内釣り堀にでも行っておけって話である。釣り堀は釣り堀で面白いっていうのはヘラ釣りで経験してるので、嫌ならそうしろとしか思えない。それを「美しい自然の中で釣りがしたい」とか言いながら、自然の構成員であるカワウを駆除して、ある意味ゆがめてしまおうとするような矛盾したことを言ってるバカは、罰として、カワウほぼ関係なくて上手な人は同じ条件でキッチリ釣ってくるのにテメェだけ釣れなくてカワウに責任転嫁するという人生が待っているんだろう。心底つまんねぇ罰ゲームな人生。鳥が餌食ってるの観察するのって”バードウォッチング”っていう趣味が人気あるのも当然って感じで楽しいものである。先日もミミカイツブリだと思う鳥が足下で餌のトウゴロウイワシを追い回していて、セイゴとかも逃げまくって釣り一旦休憩になったけど、一生懸命潜って餌追っかけてる姿が冬の澄んだ海では丸見えで、なかなかに楽しかった。


 そういう鳥とも和解せよ、なワシだけど先日とてもショッキングな出来事があった。釣り終えて撤収がてら歩きながら海面見ていたら、見たくもない悲惨なモノが目に入ってきた。ラインが絡んだミズナギドリっぽいのが死んで浮かんでる。ラインが死体から長くたなびいいているので、回収しないと延々と生き物を傷つけかねないので、苦労してフライを引っかけて寄せてきて、トリプルフックとオモリで作った簡易落としギャフで引き上げた。釣りをやめたくなるような、いたたまれない気持ちで胸が締め付けられた。(申し訳なかったけど”鳥の人”に気の滅入る写真を見てもらったところ、くちばしの描く曲線ぐあいの違い、オオミズナギドリにはある塩分処理の器官の出っ張りである”鼻の突起”がない、くちばしの色の境目がくっきりしている等からウミネコ幼鳥と教えてもらいました。)


 釣り糸は漁師さん含め我々”釣り人”が、意図して捨てたか意図せず根掛かりで切れたか分からんにしても、出したゴミであり。責任は我々釣り人にある。オレが捨てたゴミじゃないと思う人は思えば良いけど、さっきも書いたけど一般人から見て同じ”釣り人”だと見られているのは間違いなく、そのことを看過できるのかと問いたい。ワシャやっぱり我慢ならん。だからゴミを拾う、そしてしつこいぐらいゴミを捨てるな、根掛かりで切れるような部分のハリスは生分解性のラインを使えとしつこくしつこく書く。ショックリーダーは全て6ナイロンと66ナイロンの共重合素材で生分解性があると報告された「クインスター」と「バルカン」に、ハリスも号数がない細糸を除いてその2銘柄に加えて「銀鱗」に、道糸用のナイロンラインも「クインスター」に変えて運用中だけど、当初フロロほど摩擦に強くないのでハリス切れやらかしたりしたけど、その場合単純に太くしてやれば良いので解決済みで既に問題なく使用できている。太くしても問題が生じないようにするのがカリスマ釣り師の腕ってところだぜ。

 書いても、誰も言うことを聞いてくれなければ意味がないので、多くの人が読んで賛同してゴミを拾ってラインを生分解性のモノに買い替えて、ってしてもらいたいので、ワシはカリスマにならなきゃならん。カリスマ釣り師になって、釣り糸が絡んで死ぬような可哀相な鳥がいなくなるようにせねばなるまいと思う。この鳥が死んだのは、ワシのカリスマ性が足らんかったせいであると、深く海より深く深く後悔した。

 ”日本の釣り場の現実写真”が自転車の前カゴに満載したゴミと鳥の死骸、朝日に輝く岸壁上に放置された絡んだ釣り糸とアミコマセとか、絶対に誰がなにを言おうとも間違っている。間違っているなら正さねばならない。

 フグと和解し、鳥を愛で、読もうと思っても読み切れない魚に右往左往させられ、ゴミを拾い、釣れた魚を必要な分だけ持ち帰り料理も楽しんで美味しく食べる。時に仲間にも食べてもらって共に楽しむ。そういう釣り人に私はなりたい。カリスマ釣り師なんてほんとのところはどうでもいい、まともな釣り人でいたいとワシャ切に願うのじゃ。

2025年12月13日土曜日

基本性能だけあれば良いのに何故?という工業製品全てに対する問い

左:ゴミダッシュ、右:ガバドリ
  先日、「工業製品全般、しっかりした基本性能は初期の頃にある程度完成されていて、その後は付加価値付けて売らんがためのなくてもかわまん無駄邪魔機能の追加と、飾り立てたカタログスペックぐらいしか変わってないんじゃないか。全部が全部そうじゃないにしても、そういう部分が少なからずあるなとワシャ思うんじゃ。」とリールネタで書いたけど、まさにそういう事例にぶちアタってムカついているので晒してみたい。

 本題に入る前にいくつか例示するなら、まあ車が身近な例で、最近の車の衝突予防やバックサイドビューなどの安全機能の向上はとても良い方向の進化だとは感じるけど、走って曲がって止まる機能にどれほど進化があったのか、専門家はやいやい言うだろうけど素人がドライブして楽しむのには、むしろ今時の電子制御で”走り”自体をコントロールされた踏みこむだけで最適な加速とかで走ってくれる車より、マニュアルシフトでエンジンの回転数感じながら走る車の方が良いと思うエンスー達も多いだろう。いまネトフリでまさにそういう車である”悪魔のZ”が走る楠先生の「湾岸ミッドナイト」がアニメ化されているけど、初代フェアレディZがどうしようもなく格好良くて、プリ○スがあんまり格好よろしくないのは多くの人が思うところだろう。電気的に制御する部分が増えれば増えるほど故障する箇所が増えて不都合が生じるのは、パワーウィンドウが典型。あんなもん手で回せば良いだろって話で、子供の首締めてまで付ける意味はない。チャイルドロック機能とか付けると、さらに部品数の増加により不具合生じる部位が増えて値段も上がっていく。心の底から手で回せば充分と思う。

 あとエアコンも、フィルターの自動洗浄機能なんかいらんから、パカッと開けて水が溜まるドレンパンぐらい掃除できるようにしとけよ!特殊な工具とか持ってないと開けられんから水垢とかで詰まったら外に出て排水パイプ咥えておもいクソ吹かないかんとかどんなクソ仕様やねん。左のエアコン室内機の上にハッポーの箱が乗せてあるのは、ドレンパンからあふれた水がポタポタ落ちてきたときに受けるために用意している。そのぐらいドレンパンのパイプは詰まるのに、パンに到達するまで分解するには業者呼ばねばならん。コンデンサ周りとか素人がいじって事故起こしかねない部分が触れないようになってるのなら分かる。ドレンパンって昔の冷蔵庫なら溜まった水を捨てるためにガラガラッと引き出せるようになってなかったっけ?いずれにせよ素人が触ったからといって何か不具合が生じる場所じゃない。

 さらにクソなのがパソコン周り、なんで特段困ってもないのにウィンドウズ10から11に買い替えねばならないのか?賢いAI様とかがついてサポートしてくれるってか?そんなもんワシ、ネット徘徊して買い物して、写真保存整理して、文章書いてブログやサイトに上げて、家計簿と竿とリールの管理台帳つけて、あとはたまに本の自炊して、ぐらいにしか使ってなくて、賢いAI様にお手伝いいただくほどのことはなにもしていない。10で充分間にあってるというか、95の機能でもおつりがくる。ほんと増改築しすぎて避難経路が分からなくなった従業員が迷子になるような老舗旅館みたいになってるクソ窓とはおさらばしたいけど、スマホのアンドロイドOSベースのオペレーティングシステムで動くパソコンとかも最近はあるようで、それで機能的には充分にもかかわらず、ソフトや周辺機器がクソ窓対応のがほとんどなので、スキャナーやらサイト作成ソフトやらが機能しなくなると困ってしまうのでクソ窓から逃げられない。でも11はいまのPCが壊れるまで買わん。今でもビスタとか使ってる猛者もいるらしいから粘れるだけ粘ってやる。

 洗剤はワシのガキのころの昔から驚きの白さになった試しがなく、だったら水洗いで充分だと感じるところだし、疲労がポンと飛ぶような効く薬は今も昔も何かを犠牲にせずには存在し得ない。映像の解像度が上がったところで、こちとらの目ん玉の性能が落ちてきてるので意味がねぇ。それでもちょっとずつ良くなって便利になってるのを認めるのはやぶさかではなく、電話がっていうか小っちゃいPCが胸ポケットに収まってる便利さとか子供の頃にSF作品で読んだ世界が今来ているのを実感する。だとしても、イラン機能の追加で使い慣れた道具が使いにくくなるのは耐えがたい苦痛なので、今回ワシの身に起こった事例を紹介してメーカーに反省と真に使いやすい道具の開発をお願いしたい。

 なんの話かというと、最近掃除機が壊れて買い替えた顛末。あちこちボロくなってたのをだましだまし使っていて、吸込み口の回転ブラシが壊れたりとかは吸わなくなるワケじゃなし無視して使い続けていたけど、持ち手の部分が樹脂製で経年劣化で割れ始めてたのを、力のかかる部位なので接着剤ではまったく間に合わず。結束バンドでキツく締め上げて使用していたけど、割れが大きくなって完全に分離する状態になって結束バンドで縛ったところでどうにもならずに買い換えを余儀なくされた。まあ、10年以上使って良く働いてくれたし、フィルターが時々洗う必要のあるメインのモノの前にスポンジの簡易なのがあって、かつそのスポンジの前にティッシュペーパーを挟む仕様で、フィルターで濃し取るような粉塵は定期的な水洗いが必要だけど、大まかなゴミはティッシュのフィルターで濃し取って、パコッと簡単に取り外して簡単に捨てることができる。という機能がケモノ飼ってて毎日居室の掃除機がけしないと毛でエラいことになる我が家においては、毎朝の掃除機のあと、パコって開いてポイって主に抜け毛のゴミが捨てられるのはとても使いやすい機能で、買い替えるなら同型機か後継機が良いなと思って探してみた。さすがに同型機は古すぎて見つからなかったけど、同じようにティッシュのフィルターを使う機種でメーカー違いのモノは中古で見つかったので確保。

 今まで使っていた機種はサ○ヨーの「ガバドリサイクロン」というやつで、新しく(中古だけど)買ったのはHITA○HIの「ゴミダッシュサイクロン」という機種。メーカー違うけどティッシュをフィルターにするヤツならば、年式的には新しいし、そこまで使いにくいことはないだろうと思っていた。名前もなんとかサイクロンで似てるしな。ところが・・・というヤツである。まあ、電源コードの巻き取りのゼンマイか何かが弱ってて最後の方出したり入れたりしながら押し込まないと収納しきれないのは、地味に鬱陶しいけど中古品なのでまあ目をつぶろう。

 目をつぶれないのが、肝心要のフィルターにティッシュを使うというその方式のところで、これまで使っていたガバドリのほうはスポンジフィルターの前に単純にティッシュを挟めば良い方式になってて、なんの手間も難しさもなかった。平面に平面のティッシュを挟む、何事の難しさのあるや?(いやない)ところが新しいゴミダッシュの方は、フィルター面積を大きく取りたいんだろうけど、カップ状になったところに、平面のティッシュを上手に入れてやらないといけない。まあ、最初は端っこ押さえておいて真ん中を指で押さえて窪ませてやれば良いだけだろうと思って特に気にしなかった。だがそれだと、十中八九ティッシュが吸引力に負けて破れてティッシュを受けるカゴ状の部位が毛まみれになってブラシでお掃除しなければならなくなる。クソ面倒くせぇ。色々試行錯誤した結果、ティッシュ2枚使って四角いティッシュの4辺がカゴの端近くに来るぐらいまで押し込んで、カゴとティッシュが離れているところがないように指突っ込んでセットするとたまにしか破れなくなった。メチャクチャ面倒くせぇ。立体的なカゴ状の部分に、ただの四角い平面状のティッシュを綺麗に貼り付けるように収めるとか難易度高過ぎやしないかい?「御社がこの方式でいけるという判断をした根拠はなんですか?」とHITA○HI様に問い詰めたい。ティッシュが簡易フィルターになって毎日でもポンと捨てられるという簡単さが売りの機能のハズである。こんなに面倒くさくてどうするよ?

 そして、「どうしてそうなるかな?」と疑問しか湧かないのが、吸込み口のヘッドの部分。左右上下にフレキシブルに曲がるんだけど、曲がりすぎてヘッドの角度が真っ直ぐに保てない。使っててグネングネンに曲がって使いにくいったらない。仕方ないのである程度動きを制限するように、間接部にこれまた結束バンドで縛りをかけてなんとか畳の上ぐらいはまともに扱えるようになった。畳の上以外ってなんね?というと布団の上で、ワシ冬場は愛猫と同衾しているし、夏場でも愛猫は布団の上で寝ることが多いので、敷き布団は毎日掃除機をかける。かけるんだけど、ヘッドの可動域が下方向に曲がりすぎで、布団の上でつんのめって前に進まない。なぜ、ヘッドがパイプに対して水平より下にまで曲がる必要がある。どういう場面を想定しているのか意味不明。仕方ないので持ち手を布団に近づけてパイプを水平に近くしてヘッドが前傾しにくいように角度を保って使っている。こんな使いにくいグニャグニャのヘッドで、御社がこの方式で(以下同文)。

 いい加減にしろだけど、むかつき加減に地味に拍車をかけてくるのが、ヘッドの待機時の姿勢で、ヘッドが地面にぺたっと着く形になってて邪魔。以前のガバドリの方はヘッドは立って本体に沿うように収納されるのでスッキリと壁際とかに密着させて立てかけておけた。新しいのはホント邪魔。冒頭写真で左のゴミダッシュの場所取りぶりがお分かりいただけるだろうか。

 まあワシも可能ならメイドインジャパンの製品を使いたいと思うわけで、HI○ACHIさんとか、数少ない生き残った日本の家電ブランドであり頑張って欲しいと思うけど、こんな掃除機で、大事なことはなにか?がさっぱり分かってない、実際に使ってみて、使いやすさをきちんと評価して売りに出しているとは思いにくい、ワケの分からん付加機能で客を釣るような代物を作ってるようでは、愛想が尽きかける。ティッシュを大まかなゴミの除去につかうフィルターとして利用するっていうのは、専用設計の純正フィルターとかを使う方式だと、新機種になってフィルターの互換性がなくなると詰むので、かなり使い手側からすれば便利な機能で悪くないと思う。なのになぜその便利で簡単にという目的の機能が、不便で使いにくい設計で死んでいくのか?今後もだましだまし使っていくけど、使う度に納得できない気分になるだろう。

 掃除機に求められる基本性能は、ゴミをよく吸うっていうことに集約され、その上でゴミ捨てが楽とか手入れが楽とかが、一般的に求められる機能だと思う。ヘッドのブラシが回転しようが、フィルター洗う時期を示すランプが点こうが、そんな機能はなくて良いしたいして役にたたんだろう。日本人の特徴として改良は得意だけど、新機軸の発明とかは苦手というのは昔から言われてきている。そういう目で見ると、確かに掃除機の世界で”新たな発明”と言って良い、吸引力の変わらないダイ○ンとか、自動でお掃除ルン○とか、前者はゴミを良く吸ってくれるという掃除機に求められる基本性能をもろに進化させた革新的技術だっただろうし、お掃除ロボは基本性能云々とは別方面、手間いらずの方向に特化していって新たなジャンルが開拓された革命機といって良いだろう。そういう革命的なのを日本のメーカーに求めてはいない。いないけど便利で使いやすいように改良とかは得意でしょ?それさえ見失って、使う側の一般家庭での”使いやすさ”をないがしろにしているような製品を目の当たりにしてしまうと、ワシャ一時は世界の工場だった日本の工業技術の衰退を目の当たりにするようで悲しいのである。掃除機ぐらい日本製の使わせてくれよと思うのである。また、今回あからさまにデキの良かったサンヨーの方は家電部門はハイアール(中国)に身売りしちゃってるってところに、良いモノ作ってればそれでいいってワケじゃない商売の難しさを感じるところではある。(※15日追加註:ルンバの製造元が潰れたみたいで、ほんと商売って難しいもんだと改めて思う)

 全くもって、工業製品全般、一事が万事でなんか目新しい機構がついて「我が社の新型は凄いんです」って言うのばっかりだけど、結局欲しい機能って、掃除機ではゴミを良く吸って、ゴミ捨て、メンテが楽っていう基本性能であり、他の製品でも一緒のようなことだと思う。リールは投げて巻いてにドラグぐらいの基本性能が問題なくて、丈夫でメンテが楽ならそれ以上なにがいる。車は走って曲がって止まってがしっかりできていて、プラス安全性能ぐらいか。エアコンは省エネでよく冷えてメンテが楽。パソコンはネットぶらぶらして写真整理して、表計算とワープロが使える、その程度の機能で良い。スマホのOS程度の機能で各種ソフトが今同様に使えればなんの問題もない。ほんと、無駄な機能が結局メンテナンス性の悪さや故障の増加を招いていて、各社頑張れば頑張るほど使えなくなっていってるっていうのを、どうにかして欲しいと思う。

 ビクトリノックスとかヴェンガーとかのスイスアーミーナイフで考えると分かりやすい。いろんな機能満載のドライバーからハサミから何でもかんでもある、便利な付加機能付きの機種は、キャンプとか持っていく道具が限られているときは、一つ持っておくと便利な場面も出てくる。ただナイフと名がつくぐらいで本職はモノを切るための道具であり、実際に使って便利なのはせいぜいブレードが2枚ぐらいで1枚はマイナスドライバーとかの単純な目的に絞られたモデルである。あれもこれもできまっせって言っても、それがどうしたっていう話で、ナイフはモノが切れるという基本性能がしっかりしていればそれで良かったりする。

 これもまた、釣り具と一緒で、シンプルな基本性能の優れた丈夫でメンテもしやすいような機種は、店頭では目を引かない。実際使ってみてなにも問題を起こさなず、起こしても直しやすいという、”店頭性能”ではない本当の使いやすい性能の良さは、使っていてもそれが当たり前になって気がつきにくいものであり、高い評価を受けにくいだろう。だからなかなか良い製品というのは作られにくい。それでもワシは使っててストレスのない”実戦能力”の高い製品を使いたいと思うのである。カタログスペック、短期の使用による評価、それらでは分からない本当の性能を見極めるのは難しいとおもうけど、10年単位で”普通”に使える。そんな製品を私は買いたい。

 メーカーさんよろしくお願いします。

2025年12月6日土曜日

風邪かなと思ったら葛根湯

  葛根湯は数ある漢方薬の中でも屈指の傑作だと耳にしたことがある。

 先日、無様な釣りをしてしまったオノレへの怒りに我を忘れ、眠りにつくのも難しい有様で、ヨレヨレになって体調崩した。その怒りのまま睡眠不足で突撃してヨレヨレながら必死で釣ってそれなりに満足いく結果が得られたのは暁光ではあったけど、体はガッタガタで寒い日の長時間の釣りで、体は熱っぽく、関節も痛くなり、帰宅してこれは明日は高熱で寝込むことになるんだろうなと覚悟しつつ、夕食前と寝る前に葛根湯を飲んで寝た。

 起きたら、なんか明らかに体が軽い。だるさは残ってるけど想像していた悪化の方向と逆の軽癒という感じで、昨日の晩の時点で相当に活きが悪いヘロヘロ状態で、泳がせ釣りの活き餌にしても、ピクピクしながら海底に横たわりそうなぐらいだったのが、朝にはややヨタってるにしても、ハリぐらい背負って泳いで捕食魚を誘えそうな感じになっていた。実に良く効く薬だと感心する。

 葛根湯は、漢方では基本剤という感じらしい桂枝(桂皮)・芍薬・生姜・大棗(ナツメ)・甘草の「桂枝湯」に葛根・麻黄を加えたもので、桂皮が体を温め、芍薬は鎮痛、生姜・大棗・甘草は副作用を緩和とウィキペディア先生は言ってる。けど、生姜には体を温める効果もあるように素人ながら思う。生姜の入った葛湯ってもうその時点で暖まりそう。主薬の葛根には発汗、解熱、鎮痛作用があるとされていて、単体でも風邪や下痢のときに民間治療薬的に使われている。まあ葛湯飲んで暖まるってのも雅な民間療法だな。クズは実際には世界中でっていうか原産地の日本でも繁殖力旺盛な雑草で困ってたりするけど、新芽は天ぷらで美味しくいただけるし、根っこやらは薬にも食用にもなるッテのを知ってると、文明崩壊後の終末世界で生き抜くには鋲付き肩バッドより役に立つかも。で、麻黄には覚醒剤の原材料にもなり気管支炎に効果のある成分「エフィドリン」やら、鼻づまりに効果のある成分「プソイドエフィドリン」とかが、含まれていて、これらの薬草たちの薬効が、補い合い、時に副作用を緩和しとかしながら絶妙なバランスで、ひきはじめの風邪に卓効を示す配合になっているそうな。

 ちなみにエフィドリンを麻黄から発見。気管支喘息患者を救うとともに、エフィドリンからメタンフェタミン(覚醒剤)の単離・合成に成功したのは、日本人の長井長義博士。

 薬草の類いを利用するのは、近年チンパンジーも薬草利用するという報告があったりして、漢方薬に限らず人工合成ではない動植物から得た薬の歴史は、中国うん千年どころか、おそらく人類のご先祖様を少なくとも霊長類以上だったアウストラロピテクスぐらいまで遡った約400万年前には始まってたんだろうって話で、何百万年単で試行錯誤されてきた「人体実験(意図せずとも)」の積み重ねの成果であり。効くから今でも使われているという意味では非常に信頼できるものだと感じるし、今回実際良く効いてくれたという実感があり、なかなかに人間の叡智ってのはたいしたものだなと思いましたとさ。風邪薬としては「パブ○ン」みたいな漢方薬以外の方が一般的だけど、ワシ初期の、症状が出てないぐらいの段階の「緑内障」持ちで、抗コリン薬が使われている一般的な風邪薬は眼圧上げる恐れがあって使えないので、葛根湯のお世話になってるのである。ワシ緑内障の関係で、アレジオンとかの抗アレルギー剤ではない抗ヒスタミン剤系の花粉症の薬も乗り物の酔い止め薬も眼圧上げる作用があるので使えない。意外に面倒くさく、花粉症の予防にアレジオンがかなり効果があるので助かっているけど、症状が強く出ても即効が期待できる抗ヒスタミン剤が使えないと、鼻にティッシュ詰めて目を保冷剤で冷やすぐらいしかデキることがなくしんどいものがある。とはいえ、緑内障の治療については「トラバタンズ」という点眼薬の1日1回で眼圧正常に保たれて症状が出ないまま進行が止められているので、人類が積み上げてきた医学・薬学のありがたさに感謝するしだいである。

 我が家にはワシの他にも、医学薬学のお世話になってるやつがいて、愛猫のコバンが、夏前ぐらいから口内炎で月1~2回程度通院している。

 猫の口内炎って、最初口から血が出てるのに気がついて、口の中見たら口内炎だから、病院で塗り薬でも出してもらってビタミン剤でも与えときゃすぐに直るだろうと思ってたら、人間の口内炎とちょっと違って、むしろ口の中の潰瘍ととらえた方がよいらしく、ネットとかでお勉強すると不安で眠れなくなるような酷いことになる病気のようで、ワシの病気は歳も歳だし、死ぬような病気になったとしても、イヤだけど納得するしかない。でも可愛い愛猫が口の中が痛くて餌も食えなくなり、毛繕いさえ嫌がって薄汚れていくとか、見ていて絶えられそうにない。餌食べやすいように砕いて与えてやるのも、毎日櫛かけてシャンプーしてやるのもやぶさかではないけど、コバンにはアジの頭とかをガリガリバリバリと旺盛な食欲で食べていて欲しい。原因が分かれば治療も可能で、免疫関係の好酸球が自己を攻撃して起こってる場合は、免疫反応とかを抑えるステロイド剤とかの抗炎症剤が良く効くらしいんだけど、そうじゃない場合は原因不明なことが多く、抗炎症剤の効きも限定的であり、最終的には歯に当たる物理的刺激が潰瘍を起こす直接的な原因となるので、抜歯が症状を抑えるということは対処療法的に知られていて、痛くて可哀相なら歯を抜くそうである。当然餌は丸呑みできるウェットフードや小粒のカリカリだけしか食べられない。考えるだけでゾッとする話である。

 そして、かかりつけの動物病院での診断結果は、好酸球も増えてないので原因不明という、目の前の世界の色が1段階トーンを暗くするような不穏なもので、体に負担のあるステロイド剤を試して効果が見られず、口腔内環境を改善する乳酸菌系やら魚油系やらのサプリメントを処方してもらい試し、処方以外でも飲み水に混ぜて、ティッシュに染ませて歯の表面を拭き取る猫用の液状歯磨きで患部に当たっている犬歯を朝と夜の2回嫌がるのを無理矢理押さえつけてキュッキュと磨く。もちろん皮膚や粘膜の病気には基本であるビタミンB群を含む猫用ビタミンサプリは餌に混ぜて食べさせる。

上から7/7、10/7、注射、10/19、11/23
 でも、悪くはならず、痛がってもいないんだけど、ちょっと良くなったかなと思ったら、またグチュグチュと血がにじんだりと、一進一退。5月ぐらいに始まって半年経っても治ってないんだけど、「ちょっとキツめの薬だけど試してみましょう」と消炎剤の注射を打ってもらったら、目に見えて良くなった。でよしコレで良くなっていくだろうと思ってたら、今度は右側に症状が出てたのが左側に小さく穴が開き始めて泣けてきた。でも体に負担があるので連続しては使えないけど注射は効くと分かったので、また注射お願いしますとリクエストしてしばらくサプリで間開けてから注射という治療方針だったのが、先生から「今薬が不足気味で注射手に入りませんでした」となんか、我が家の愛猫だけの話ではない聞き捨てならん話が出てきて驚いた。まあコバンの症状は右はほぼ治りかけ、左はちょっと怪しくなってきた程度でどちらも酷くないので、サプリメントで悪化させないように時間稼ぎ様子見でしばらくは大丈夫だろうけど”薬が不足”ってどないなっとるねん?ってネットでちょっと調べたら、ワシがしらんかっただけなのか「2020年夏頃より医薬品供給などに問題が生じてきたが、4年経過しても解決していない。」んだそうである。

 原因は複雑で、大きくは3つ、製品の品質問題と、海外依存のリスク、国内生産基盤の老朽化があるようで、品質問題に関してはワシ”ジェネリック医薬品”って、後進国の人とかが安価に薬剤を利用できるように、先発メーカーが特許技術使わせてあげてるっていうのが根本理念にあると思っていて、日本みたいな自称”先進国”に住んでいて、経済的に困窮してるならともかく普通に暮らしてるのなら、使うべきではないと思っている。なので、良く効く薬を開発販売してくれている先発メーカーに敬意を払って、薬剤師さんはジェネリック薦めてくるし、制度的にもジェネリック推しと見受けられるけど、多少の目先の金なんぞより、先発メーカーに1票入れる重要さを鑑みてジェネリック医薬品は断っている。ところが、ジェネリック医薬品、品質に問題がありまくりらしく約4割に問題があるとか、ダメだろそれって愕然とする報告に頭が痛くなった。頭痛薬が欲しい、ジェネリックじゃないヤツ。海外依存のリスクはまあ”チャイナリスク”とか代表例を目の当たりにしてたら納得だわな。政治的な問題がなくてもパンデミックとかになったら、そら自国民に優先的に薬回すよねって話で海外依存で安い薬ってのは安定確保が難しいだろうし危ねえのはそりゃそうだろ。生殺与奪の件を他国に握らせるなって柱に怒鳴られそうな話。国内生産基盤の強化って、まあ儲かりゃ設備更新してけるんだろうけど、安く入ってくる海外製品と競合すれば今時そんなに儲からんのか?じゃあ海外の薬剤関税掛けるってしたら薬価は上がってワシら病人はヒーヒー言わないかんくなるけど、安定供給確保、安全性確保にどこまでお金をかける判断になるか、薬なんていう利権渦巻く世界では、結局あちこち引っ張り合いしてなるようになっていくんだろうけど、人の生き死にに直結する話なので、たかが金儲けのために引っかき回すのならたいがいにしとけよとは思う。

 日本も円安で海外から買うにしても高くつき、じゃあ輸出するかと言えばすでに他の安い国に価格競争で勝てるほどの優位性があるとも思えず、食品も高くなったし、薬も高くなったし、いよいよ日出ずる国も日が傾きかけてるんだなと思うと寂しいかぎりである。葛湯でもすすって生き延びられるだけ精一杯生き延びたいけど、なんかしみったれた時代になってしまったと、バブル経済のころのバカ騒ぎをほのかに憶えている世代としては思う。今の時代しかしらないコロナ食らって学校の楽しい行事も潰れて、景気も悪く、夏はクソ夏でっていう若い子達に、こんな世界にしてしまってスマヌと当事者の一人として謝りたいところである。ワシら自身が招いたこの体たらく、ワシらがエラい目にあうのは自業自得と飲むしかなくとも、猫や若い子らに罪はない。当事者を代表してネットの片隅で謝っておこう。ゴメン!