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2026年3月14日土曜日

鎖帷子にチェーンメイル、洋の東西違えども発想は一緒、そして海の生き物にも

 アジ釣りがこの冬は難しい。泣きそうになりながら釣ってるとなんか水面から背中出してヨタヨタしてるフグっぽい魚が見える。今年は黒潮大蛇行が終わった影響か、紀伊半島沖も水温はかなり下がってるようで、フグ系のサザナミフグやイシガキフグはやや低水温に弱いのか、年開けてからちょくちょく死にかけて浮いてヨタってるのを目にしていた。両種とも紀伊半島は普通に生息域だけど港内水温下がったのかなんなのか、そのわりにアカササノハベラは冬眠せず餌食ってるみたいだし、アジも暖かい日が続くと棚浅かったりと、ワケが分からん状態。全体的・平均的な低水温傾向はあっても、局所的に暖かかったり、温まりやすかったり、その逆もあったり、それが流動的に変化するのでワシも混乱してるけど魚も対応し切れていないのかなと思ったりしている。昨冬はまだ黒潮大蛇行終わってなくて、全体としては紀伊半島沿岸は高水温だったと聞いているけど、ノーマル”スズキ”の当歳魚であるチビセイゴのワキの良さから言って、スズキが産卵した沖合のどこかで冬らしく水温が下がってた場所なり水塊なりがあったと推理している。まあ本当のところはよく分からん。黒潮大蛇行が終わったらすぐ元に戻るかと言えば、水温に限っても海水温全体の上昇傾向が続いているはずなのでそうはいかないだろうし、ましてや魚に関しては種になる親が減ってしまってたら、元通りに増えるには何世代かかかるだろうし時間もかかるだろう。それでも海に垣根はないので(逆に言えば水温とかの環境条件が垣根か?)環境条件が良くなればすぐに移動して戻ってくるヤツらも居るだろうし、元々メッキみたいな死滅回遊魚のように、隙あらばと空いた生態的地位を狙ってる魚も居るだろうから、いつもしつこく書くことの繰り返しだけど”来た魚を釣っておけ”ということにつきるのだろう。読みにくくて仕方ない状況は、逆に読みなり博打なりが当たれば一人勝ちのチャンスでもある。

 で、浮いてたフグ系はだんだん流されてこちらに寄ってきて、イシガキフグと判明。写真撮りつつもうチョイ寄ってくれれば、落としダモ出して竿尻で誘導して確保して沖縄の郷土料理”アバサー汁”なのにな。と思ってたら都合良く岸壁際に寄ってきて、釣り中断して無事ゲット。スカベンジャーナマジ良い仕事しました。アバサー汁、一般的?にハリセンボンの味噌汁と認識されているけど、厳密には標準和名の「ハリセンボン」は小さすぎて食うところが少なく、普通は同属で近縁の大型種であるヒトヅラハリセンボン、ネズミフグ、ついでに属違いだけどこのイシガキフグで作られるとのこと。 

 ハリセンボン属は見るからに捌くの面倒くさそうだけど、このイシガキフグもトゲは短いけどおそらく似たような面倒くささだと思うので、ネットでお勉強してから捌きに入った。

 挟みでバチバチと背中を切り開いて皮をベリベリ剥ぐのがお作法らしいんだけど、まあ普通背中の正中線の脇あたりには包丁が入るコースがあるもので、包丁でもイケるだろうと思ってたけど早々に認識の甘さを思い知る。棘は皮に埋もれているベンツマークのような形の土台?からチョコンと生えていて、ベンツマーク自体は交互に隙間なく重なるように配置されていて、それを切らずには皮を切り開くことができない。確かにこれは調理バサミでバチバチ切らないと無理。どうなってるかというと、確か骨格標本作ってる好き者が居たよなと「 イシガキフグ骨格標本」で画像検索かけたら、よくこんな面倒くさい標本作る気になったなというような力作が結構ヒットしてくる。この防御力なら毒無しでも生きていけるのも納得の骨組み、というか棘関連は鱗由来だけど、なんにしろ防御力が高い。でもさすがにホモサピの生み出した便利な道具であるハサミには勝てずバチバチッとぶち切りながら背中を切り開くと、皮自体はベリベリッと綺麗に剥がれて、各鰭と口周りをチョイチョイと追加で切ってやりながら丸裸にできる。

 で、内蔵を包んでいる膜を剥がして、内臓を取り出すと肝臓はそこそこ大きい。浮き袋も美味しそうな分厚さ、消化管もフグの仲間なので膨らむための膨張嚢とかいう胃の部分とかこれは美味しそう。腸管もまあまあ食えそう。内臓を包んでた膜もたべられるだろう。ただ今回肝は食わなかった。もったいないけどなんかビタミンA中毒みたいな症状が出たと報告している方がいて、やめた方が無難かなと判断。フグ料理はお客に提供するにはフグ処理者免許が必要なぐらいで、まあ危ないと思ったら手を出さない方が良い。フグの毒化はテトロドトキシンにせよパリトキシンにせよ餌生物に左右されるので、海洋環境が変化しつつある昨今では、昔は無毒だったのにというのもあり得るので、アタると死にかねないので自家消費はやりたければやればいいけど気をつけてっていう話だと思う。

 そして、捌いて報告している人のほとんどが”身が少ない”と驚いているけどワシも驚いた。右の写真は三枚おろしにした残りではない。背骨のまわりにまとわりついているのが筋肉であり、いわゆる”身”の部分。栄養状態よくなくて痩せていたとはいえ、まあこんなもんらしい。尻尾振って泳ぐための筋肉が貧弱ゥーッ!って感じで、防御力高くて急いで逃げる必要ないとこんなもんで足りるっていう話だろう。あとフグなので膨らむ関係上から助骨もない。生物は必要のないものはすぐに退化させるってのはありがちな話で、天敵の居ない孤島では鳥が飛ぶ能力を失うのなんかが典型だけど、イシガキフグにせよハリセンボン系にせよ防御力は棘で稼ぐので「毒は要らない」ってなったんだろう。無駄なコストをかけないのが進化の王道なんだけど、性選択による”派手なオス”とかの例外もあるのもまた生命の不思議で面白いところ。

 こんなの食うところたいしてあらへんやン、と思ったけど頭を包丁でザクザク切り分けて行くと、胸びれまわりは結構いい肉付いている。まあ胸びれパタパタさせてホバリングのように姿勢制御しながら餌食ったりするので筋肉量多いのは納得。そして頬まわりの筋肉も発達している。くちばしみたいになった融合した歯で付着生物を囓りとったり、くちばしの後ろにある臼歯みたいなデカい歯でカニやら貝やらバリバリと噛み砕いているンだろうからこれも納得。という感じで顔まわりは食うところ意外に多くて、味噌汁鍋にちょうど良いぐらいの食材にしかならんのではないかと心配したけど、内臓とかも含めると、具だくさんのアバサー汁にしようと思うのでオデン用の大鍋が必要になってきた。ザルにアバサー汁用の切り身と一部内臓肉をとりわけ、それとは別に浮き袋と膨張嚢、腸間膜?あたりは湯がいてポン酢用に別にしておく。その上で未処理の皮がまだガッチリ残っている。存外に食うところ多い。

 メインのアバサー汁は、出汁は具も兼用する昆布と干し椎茸で水からとって、各種野菜ぶち込んで沸騰させて、ザルのアラをぶち込んで、塩と味噌で味付ける。野菜は今回、大根、キャベツ、ネギ。湯がいてポン酢は、薬味に大根おろしと刻みネギ。まあこのへんはハズしようがない鉄板の旨さ。本場沖縄のアバサー汁はフーチーバー(ヨモギ)が入ってたりするけど、まあ臭み消しとかフグ肉で必要だと思わないし、探しに行って採ってきたら気分が盛り上がるだろうけど、今回は普通に普段の味噌汁の具にイシガキフグのアラが入っただけのお気楽アバサー汁。なんだけど、出汁は旨いし、肉は少ないけど締まったフグ独特の白身でもちろん旨く。軟骨やらベロベロとしたゼラチン質の部分。クニュクニュしてたりプルプルしてたりする内臓も浮き袋も文句なしに旨い。
 とりあえずガッチリ量をつくったので3日ぐらいは楽しめる。

 で、後回しにしていた皮。結構厚みがあって旨そうに思う。ただ、棘がギッチリ皮に埋没する形で入っているので、棘を外さないと食えない。どうやって取り除くべきか、良い方法がないかネットで調べてみたけど、どうも1つずつ手で外すしかないようだ。うへぇ。とりあえず生皮は丈夫すぎるので茹でる。茹でると縮んでなんか生前の形に戻る。茹でて皮が縮むと棘どうしの間隔が狭くなるというか互い違いに重なり合うようにしてビッシリと、皮に埋もれた”土台”の部分が並ぶ。膨らんだ時には皮の中で土台がある程度スライドすることで、”フグ提灯”形態に移行するのだろう。堅い鱗の変化したもので防御するにしても、完全に動かないガチガチの甲羅状に外側を固めたハコフグ系統を、甲冑や鎧甲に喩えるならば、ある程度柔軟性がありつつも個別の堅い小さな部品を並べて防御するというイシガキフグの方式は、忍者の使う鎖帷子、あるいは西洋のチェーンメイルに相似していると言って良いのではなかろうか。ハコフグが、箱っぽい甲羅から出た部分のヒレしか動かせないのに対し、イシガキフグやハリセンボン系統は一応、体をくねらせるってほどでもないけど動かすことができる。”鎧”において、ガチガチに固めて防御力に特化するか、ある程度の柔軟性を持たせて機動性を上げるか、どちらも利点欠点あり、なにを重視するかでどちらの選択も取り得るのは、 中世あたりの人間用でも鱗を防御用に特化したフグの仲間でも同じなんだろうなと思う。

 で、皮の調理に戻ると、どうにも面倒くさくて手で1つ一つ外すのは嫌になる。なんか良い方法はないか?ミキサーで棘ごとっていうのは、棘が堅すぎて食えたしろものではなくなるのは明白でダメ。表面をスプーンとかでゴリゴリ擦って皮を削って集められないか?ってのは皮が丈夫でだめなのと、そもそも棘が邪魔で皮のほんの表面しか削れそうにない。ゼラチン質だけ煮出して利用はまあ有りかなと思うけど、せっかくの分厚い皮、食感含め楽しみたいので、やっぱり皮そのものを食べるには、棘を抜くしかない。どうすれば抜きやすいか。色々試していて最終的に、内側の尻尾側からヒネリながら抜くというところに落ち着いた。棘の土台の形は一部顔まわりに4方が尖った十字型のモノもあるけど、基本的にはベンツマークみたいに3方が尖った星形?がほとんどで、かつ、頭の方に向けて1本が尖って刺さっていて、残りの2本は尾ビレのある後方にやや横に開いた形になっている。この2本の後ろの棘を、皮に爪突っ込んで指で摘まんでグリッとヒネリながら後ろに引っ張って抜いてやるとスルッと抜けてくる。尻尾の方から始めて順次頭に向けて抜いていくと、所々に外側に出た棘の穴が空いたベロンとした皮のみの状態に下処理が完了する。コツさえつかめば単純作業の繰り返しで15分ぐらいでできる。これイシガキフグの場合外に出た棘がごく短いからできる方法だけど、棘が長いハリセンボン系だとどうすれば良いんだろう?骨格標本見たところだと、イシガキフグとは違って前方のとんがりは短く、逆にイシガキフグでは短い外側向いた棘が長く、膨らんでないと後ろに寝る形なので、イシガキフグの逆で前から攻めて、長い棘を皮から引っこ抜く感じなのか?そのうち、ヒトヅラハリセンボンあたりでも入手できたら試してみよう。
 芸が細かいなと感心したのが、肛門まわりの棘の土台の形状で、単純なベンツマーク型だと尻の穴が塞がってしまう。そこで前方に伸びる棘と横に伸びる棘のうちの中心側(尻穴側)でユルい弓状の形にして、左右1セットで尻穴を守りつつ、出すモノも出せるようになっている。アーナルほど、という感じである。まずはシンプルに湯がいて味噌だれかけて田楽風で食べたけど、思ったほど味は濃くなく、ぷるぷるの食感を楽しむモノのように感じた。味噌汁にぶち込んでも、出汁自体ははんなりした薄い味で、やや拍子抜けしたけど、ゼラチン質は上質で、冬の室温で冷めた味噌汁がテロンテロンに固まってた。

 せっかくなので、記念に棘を何本かと歯のまわりの骨を取っておくべく、棘はまあタワシで擦ったら綺麗になったけど、上下の顎はアバサー汁でまわりの皮や軟骨、筋肉を食べて、さらに汁にぶち込んで煮返して煮崩れたあたりにまたしゃぶりまくって綺麗な標本?になった。普通標本にするために骨周りの肉や軟骨を処理するのには、薬品やらヒメマルカツオブシムシ、海に沈めて動物プランクトン、とかを使うようだけど、ワシャ自分の舌でなんとかする流派。ひょっとして開祖か?

 ちょっと手間はかかったけど、思ったより食いでもあったし、味も良い獲物で、手間かけて料理するのも楽しく、良い拾いものだった。

2026年2月28日土曜日

大塚製薬さん、ワシ、カロリーメイト箱で送ってもらっても大丈夫です

  先日、タカノハダイを釣った。

 ワシ初めて釣った魚種だったので嬉しいっていうのに加えて、臭くて”猫またぎ”と嫌われがちなわりに、魚ッ食いな人たちに言わせると、ハズレ引かなければ充分美味しい磯魚という評価らしく。オカズ魚の確保に四苦八苦している状況で、旨い魚ならありがたい獲物と確保したのであった。

 この手の磯魚で臭いってヤツは、概ね雑食してる夏に臭くて海藻食ってる冬は臭くないってのが相場で、まあ場所にもよりけりなんだろうけど、ワシ磯臭いとか言われる魚ではアイゴが好物と言って良いぐらい好みの魚で、ちょくちょく釣れるので食べてきたけど、多少独特の香りがすることはあっても、それ含めて味のある魚だと思って”磯臭さ”と言われるニオイは大丈夫なほうである。

 で、釣り場で血抜きして、帰宅後すぐに内臓だけ処理して一晩寝かせて、ちょっとドキドキしつつお造りに。捌いている段階でたしかにいわゆる”磯臭さ”を感じるけど、たいしたことなく「こんなもん風味じゃ!」と言い切れるレベルである。そして、なんか皮ぎしにちょっと良い脂ののりがあったので、これは皮ごと食うべきだなと、皮目をフライパンで焼いて”焼きしも造り”としてみた。加熱するとニオイはキツくなる傾向があるけど、お造りだとほとんど好ましい風味の域を出ず。ちょっと美味しいはんなり脂ののった身質の良い白身。ハッキリ言って旨い。狙えるモノなら狙って釣っても良いぐらいには旨い。お隣漁港の伊勢エビ刺し網の船が停まってるあたりに、売り物にならないから捨てられていたりするけど、スカベンジャー(掃除屋)ナマジとしては鮮度が良ければいただきたいモノである。臭い個体にあたったらまた話は別なのかもだけど、冬場の臭くないのを鮮度良く持ってきて食ってしまえばご馳走である。

 これは、ナマジが臭い魚好きっていう嗜好であるってのがないとは言わないけど、ドブ臭いセイゴとか普通に食えたもんじゃないと思ってるので、そういう食えたもんじゃない臭さとは全然違う。むしろ好ましい磯の香りだと感じる。ワシだけがそう思って食ってるんじゃなく、愛猫のコバンさんもアラを焼いたのを、白身魚など年開けてからとんとご無沙汰だったので、骨を砕く咀嚼音を響かせガシュガシュとむさぼっていたので、違いの分かる猫様もまっしぐらな美味であると言えよう。

 まあ、磯魚の香りが苦手な人っているようで、そういう人は高い寿司屋でイシダイとか頼んでおいて「磯臭くてダメ」とかのたまったりするそうで、ダメなら最初から頼むなよと、突っ込みたくなる。この手の食べ慣れていない味や匂いがダメな保守的な味覚の人は一定数居るようで、よくグルメレポートとかで、ラムやマトンが「まったく臭みが無く美味しいです」とかやってるのを目にすると、ラムやマトンの脂の独特なニオイがなければ、わざわざ食う必要ねぇだろ?間違いのないところでブタでも食っておけと思うところである。魚もそうだけど動物でもそれぞれに異なったニオイ、風味というモノがあって、味と共にかそれ以上に、それは食欲を誘う部分でもある。以前もちょっと触れたけどすき焼きだの焼き肉だのの牛脂の焼けるニオイはかなり強烈だけど、あの食欲を直撃するようなニオイがなければ牛食った気がしないってなものである。苦手な食材を食べなきゃならない必要など無いので、そういう人は普段食べ慣れているモノだけ食べておけとお節介にも思う。腹が立つのはそういう保守的な味覚で、食べ慣れないものを受け付けない楽しめないだけの幼稚な味覚をもってして、本来美味しいモノを”まずい”とか言うのはやめてくれって話で飯がまずくなる。食に新たな発見も冒険も求めないのなら、栄養摂取だけしてれば良いって話で、以前にも使った罵倒の台詞「味のわからんヤツは一生カロリーメイトでも食っとけ!」って感じである。カロリーメイト、美味しいし栄養バランス考えられているし、保存性も良くて常備しておいて非常食として、本来の意味においても、不意に小腹が減ったときのオヤツの意味でも優秀。色んな味があってローテーションさせれば飽きもなかなかこないだろう。過去にはプレーンや塩味系のポテト味なんかの攻めた味も開発されていて、ポテトが最近売ってないのは残念で仕方ない。某ラノベの軍曹殿(元)は一時フルーツ味が廃盤になっていたのが復活してご機嫌になっていた。とても共感できるシーンだった。たしか高野秀行先生もカロメ大好きエピソード書いてたな。

 大塚製薬さんの攻めるチャレンジャー魂には敬意を表するところで、最近、エジプトにオロナミンCの工場を新設したとのニュースを目にして、世界市場で各種エナドリを向こうに回して勝負するその意気や良しと敬服したところ。レッド○ルだのモンス○ーエナジーだのの、我が国ではカフェイン抜かれてパンチがなくなってるらしい輩どもを蹴散らして、アフリカやアラブの人たちのションベンを黄色く染めてやって欲しい。元祖エナドリの実力を見せつけてやってくれ。ハラル認定は忘れずに。

 ついでに、経口補水液だか点滴だかにヒントを得て、国内でいち早く”スポーツドリンク”の「ポカリスエット」を発売したのも、攻める大塚製薬ならではというところだろう。テレビCMで「理由があります」と言っておいてまったく理由を説明してくれないのがスッキリしなかったけど、まあいいや。そして近年その経口補水液「OS-1」が酷暑の夏に売れているというのは時代を先ゆく企業だなと思ったりもする。

 磯魚であるタカノハダイの味わいから、脱線して完全栄養食のカロリーメイトから大塚製薬まで話が飛んだけど、栄養的に問題なければ良いというなら、某元軍曹殿のようにカロリーメイトと干し肉程度でいいっちゃいいんだろうけど、雑食のホモサピなら、たまには食べ慣れない食材や味にも挑戦しなければ、つまんない食事だよねって話。

 釣り場でも、釣れたハモやらワニエソやらを放流してるのは、さすがに料理にやや面倒くさい技術が要るので分からなくもないけど、食べたことがないからと最近お馴染みのカタボシイワシを捨ててたり、酷いとアジ釣ってて小サバすててる釣り人がいたりして、アオサギやらトビに地域猫たちやら(スカベンジャーナマジも含む)が虎視眈々と狙っている有様である。そのぐらい試しに食べてみたらいいのにと思ったり、ワシの取り分が増えるから、いつまでも冒険などせずにワシが釣る魚残しておいてくれ。と思ったりもする。

 今後、気候変動と密接に関係しつつ海水温も上昇し、海洋環境は変化していくのだろう。そうなってくると食べ慣れない魚も釣れるようになってくる。その時に食わず嫌いで美味しい魚を食べ損なうのもマヌケだけど、生息環境が違うと”毒化”したりするリスクも孕んでいる。それでも途中の過程でどれだけ犠牲が出たのか分からん「フグの卵巣のぬか漬け」などという技巧を編み出してでも日本人はというかホモサピは色んなモノを食ってきた。死なない程度の冒険はしておきたいとワシャ思うのじゃ。

2026年2月14日土曜日

ケモノの脂を喰らえ

 豚汁ならぬ猪汁が冬の定番になりつつある。イケチャンがカマス釣りに来るときにちょくちょく、猟で仕留めた鹿や猪の肉をお土産に持ってきてくれるからである。ありがたいことである。魚はオカズ操業して釣ってくれば、いつも美味しいのを食べることができるんだけど(この冬苦戦中だけど)、野菜やら肉やらは生産してないのでいただけると大変助かる。まあオカズは買えば良いんだけど、さすがにジビエ系はおいそれとは買えないのでなおのこと嬉しい。あと、それらと対極のコンビニ菓子とかジャンクなおやつも自分ではあまり買わないので、ワシがそういうの好きだと知ってるから皆買ってきてくれたりする。これもまた味わい深いのよね。

 ワシ普段の飯は旨いもの食ってるという自覚がある。何しろ自転車で5分10分の釣り場から直送したトレトレピチピチのマアジだのアカカマスだの刺身にしたり、酢で締めたり、干物にしたり、天ぷらタワ-作ったりして食ってるからまずいわけなく、都会で金積んでもなかなか食えないような美食を堪能している。地場産の安い野菜やキノコ、柑橘もふんだんに取り入れて旨いうえに健康的で栄養的にもバランスの取れた食生活を送っている。でも、人間旨くて健康的な食事だけで常に満足かというと、無ければないで満足してしまうんだろうけど、たまに食うコッテコテの獣脂のコクやジャンクな袋菓子の濃い化学調味料のきいた味もこれまたこたえられない旨さがあるのである。多分雑食性の生き物であるホモサピの生来の性質として、同じモノだけを食べ続けると必要な栄養素が不足したり、微量な毒性分が蓄積したりするおそれがあるので、それを避けるために、色んなものを食べたがるという本能的な欲求があるのだろうと思っている。特に、たまに食う魚以外の鳥獣の脂の旨さは体に染み渡るような感覚が伴う。獣の命が我がものとなることが腑に落ちる気がする。

 ということで、猪汁なんだけど、まあご家庭で作るような豚汁と作り方は変わらない。一般的にはブタとタマネギを炒めておいてから水を張って各種根菜を中心に入れていき味噌で仕上げるんだろうけど、面倒なので猪肉は炒める工程は抜きに適当に冷凍半解凍ぐらいでサクサクと切り分けた状態で、根菜から火を通しつつ鍋にぶち込み、火が通ったら味噌とネギぶち込み、そのまま食うも良し、味を染ませるためにクーラーバックで保温調理しても良しで、そのへんはお好みにと言う感じである。豚汁に入れる具材としては根菜類やコンニャクなどが一般的だけど、一人暮らしだとあまり多くの具材を入れると鍋から溢れる。豚汁食べたくなって材料あれこれ買いすぎてしまうのは、それで大量にできあがった豚汁をたらふく食いまくるのと併せて”豚汁ハイ”とマンガ「働かないふたり」では呼ばれていた。ということで、ワシの猪汁には厳選した精鋭しか具材として入ることが許されていない。とりあえず猪肉は必須として、あとは根菜類が重要だろうけど、一般的な大根、ゴボウ、にんじん、タマネギ、芋類のラインナップから、にんじん、タマネギを外す。大根は好物なので外せないし、豚汁系にはゴボウの土臭いような野趣溢れる風味が入るかどうかで、仕上がり具合が大きく変わってくるのでこれまた入れないわけにいかない。にんじんタマネギは甘みも出ていい役者ではあるけど、それを芋系をサツマイモにすることによって甘み方面はお任せしてリストラした。サツマイモは味噌汁系には意外なぐらいあうので大好き。あとはコンニャクも個性的な役者だけど鍋に入りきらなくなるので降板。で仕上げはネギ、出汁は昆布で早煮昆布を使って昆布も具にして食べる。というのがワシの猪汁スタイル。旨いゾ!

 でもって特に旨いのが、猪と言ったら脂の部分で、今回脂の部分だけは辛子酢醤油つけて食べた。普段食べ慣れていない獣脂を食べ過ぎて胸焼けするぐらい堪能したった。次回は角煮とかにしても良いかもしれん。もちろん猪汁や角煮以外でも、生姜焼きとか豚肉メニューはだいたいいけそうな感じがする。我らのご先祖様が家畜化していつでも食べられるようにしたのも頷けるぐらい、原種であるイノシシの段階で旨い。ちょっと野性味を感じる豚肉を想像していただければだいたい合ってると思う。もちろん野生のイノシシだと、個体差もあって臭いのが居たりなんだりするのを、品種改良しながら均一に育て上げる技術を築き上げてきたブタの歴史があり、普通にスーパーマーケットで安くて美味しい豚肉が買えるというのは素晴らしいことだと思う。野趣を感じる猪肉に対して、現代のブタは洗練された柔らかな肉だと感じる。まあ、どちらもそれぞれ素晴らしいご馳走である。

 で、畜肉でご馳走と言えば、年に1回クリスマスあたりにケン一に食わせてもらう松阪牛のすき焼きも、実に豪華で滋味に溢れるご馳走である。ケン一に鍋奉行してもらって、関西風に砂糖と醤油で焼いて溶き卵で食べる綺麗にサシの入った和牛。普段食べるような食材とはまた違う特別感のあるご馳走であり、次の日ぐらいまで部屋に牛脂の焼ける良い匂いが漂いよだれが出るぐらいのものである。鶏卵が風邪ひいたときに精を付けるために食べるような高級品になるのは困るけど、牛肉は滅多に食べられないからこそのありがたいご馳走という位置づけで良いんじゃないかと思う。牛を飼うのは鶏はもちろんブタを飼うよりもコストがかかりそうに思う。そういう良い日に食べる贅沢品があっても良いし、それを毎日食おうとする必要もない。そんなことをしたらありがたみがなくなるというものである。そんなことをしようとした結果が牛海綿状脳症や牛丼屋チェーンの人を家畜以下の部品扱いして使い捨てる酷い”ブラックバイト”とかなんだろう。

 あと、カマスの時期にお客さんが来て、魚それほど釣れなかった時には何でも美味しい近所の街中華に繰り出すんだけど、ここの唐揚げ定食がものすごいボリュームで、でも美味しいので食い切れてしまう。鶏肉は一番安い魚以外の動物性タンパク質で、鶏でもさらにお安い鶏皮とか鶏レバーとかは貧乏生活送ってるワシでも手が届くのでありがたいかぎりである。

 まあ、感謝したからって命奪われた動物が救われるかっていうと疑問だけど、それでも感謝して、獲ってきてくれた猟師さんや畜産、養鶏業者さんにももちろん感謝して、肉もたまには楽しんでおきたい。魚ばかりの食生活に不満があるワケじゃないけど、たまにはお肉も良いものです。皆さんありがとコンチクショー。

2025年10月4日土曜日

乾物の実力ービンボ飯干しキノコ編ー

 太陽は偉大である。天照大神の例を出すまでもなく、その偉大な力は古くから神として尊ばれあがめ奉られてきたぐらいのモノで、もしも太陽が無かったら地球はたちまち凍りつくって話でワシら太陽なしでは生きていけない。地球上の生態系では熱水噴出口の化学合成細菌を生産者とするとか例外的なモノを除くと、ほとんどの生き物が植物が太陽の光を用いて光合成で得た有機物をエネルギー源として利用している。つまり巡り巡ってワシやサメ、ヒョウのような頂点捕食者(サメとヒョウと私ではなく、イーグルシャークパーンサー♪のことね)であっても、太陽が無ければエネルギーを得て活動するための糧を得ることができない。単純に生物種の生息できる温度に関係するだけでなく、その光をエネルギー源として我々生き物は恩恵を享受しているということが大きな事実としてあり、あまつさえ人類は電気エネルギーとしての利用もすれば、極論すると太陽光が引き起こしたと言える風や川の流れからも帆船や水車の昔からエネルギーを得てきて産業や生活に便利に使っている。石油、石炭も元をたどれば過去の太陽エネルギーの蓄積であり、神とあがめられて当然の存在とも言えるだろう。

 そういう中で、ワシ的に太陽光の直接利用として生活から切って離せないのが、「干す」という行為で、それはもちろん洗濯物や布団を干すのも含まれるけど、食生活において干物の役割がとてもありがたいと感じているところ。太陽光を用いてその熱で水分を蒸発させ乾燥させたうえで紫外線で殺菌し、食べモノを長持ちさせるというご先祖様から連綿と引き継いできた生活の食の知恵。ありがたいことである。もちろんその主力としては”魚の干物”がワシの食生活の多くの部分を占めるものとして、主に冬期中心としたカマスであったりアジであったりの干物を、干し網が空く暇もないぐらいに作りまくって食べまくって、あちこちにお使いに出したりもしている。魚の干物つくりは、当地に越してくる以前からの手習いであり、古い小さい方の干物網はかれこれ15年以上は使い続けている歴戦の強者である。魚も干してきたが、芋なんかも干してきた。

 そして、最近のマイブームは”干しキノコ”である。キノコについては以前”キノコ狩り”にハマったときに、あれって雨のあととか条件が良いときにニョコニョコ生えてくるので、一度に食べきれないぐらいの収穫があったりした。そういうときは汚れをはらって適当に切って干して保存。煮込み料理なんかに重宝していた。紀伊半島のこの地でも温暖で雨の多い気候から考えてキノコ狩りは楽しめると期待していたけど、杉や檜の植林された山が多く、出るキノコの種類が限られるって以前に私有地であり勝手に採取して良いような場所があまり見あたらない。加えて、都会の公園の整備された遊歩道周りでのキノコ狩りと違って、こちらで本格的にやろうと思うと、急峻な山に分け入ってという形になりそうで、膝も怪しいお年頃なので、近場で私有地じゃなさげなところを軽く探索はしてみたけど、素人が種同定できそうな食菌の発生は見つけられず断念している。とはいえ、この地では製材業の副産物のおがくず利用でのキノコ栽培が結構盛んで、海産物や蜜柑、木材が表の名産物なら裏名産が菌床栽培のキノコ達なのはすでにご紹介したところである。これが、ワシのような貧乏人が買うのは、規格外品の一袋いくらの持ってけ価格のものや、しなびかけて半額シール貼られた特価品で、いつも手に入るとは限らない。まあ正規の値段で買っても産地価格であり安いんだけど、安売りしてるときの価格でドカッと仕入れておけばなお安い。そして一気に食い切ってしまうのが難しければ、干せば良いのである。エリンギと椎茸が主なんだけど、エリンギは食感が売りなので干してどうか?と半信半疑で干してみたけど、案ずるより産むがやすしってぐらいで、シャキシャキしていた食感が水分飛んでギュッと締まってジャキジャキという新たな食感を得ていて悪くなく、かつ独特の香りが生じてきてこれはこれでありである。椎茸においてはいわずもがな、干し椎茸はなにも立派な”ドンコ”でなくても、規格外品の小っちゃいのでも香り高く、良く出汁が出て、ビタミンDも増えているはずである。どちらも素晴らしい干しキノコで間違いない。

 で、どうやって食うか?まあどうとでも食えるんだけど、まずは良い出汁がとれるので、煮込み系の料理が王道だろう。ということでお煮染め作ってみた。

 材料は、自家製干し椎茸、昆布、大根、マイタケ、ネギ、ちくわ、厚揚げ、メンツユ、塩と適当に冷蔵庫にあったもの中心にぶち込む。

 作り方は適当でいい、まずは干し椎茸と昆布を適当に切ったものを鍋の水で数時間かけて戻す。戻し汁はそのまま出し汁になる。

 あとは火の通りにくいモノから順番に適当に切って煮ていくんだけど、大根は水から入れておいて大丈夫。

 味付けは、煮ていく最初の段階でちょっと薄いかなというぐらいに濃縮タイプのメンツユを入れておいて、煮ながら味見して良い塩梅になるようにメンツユと塩を追加していって味を調える。

 グツグツ煮立ったら、タオルにくるんで保冷バックにぶち込んで味を染みさせると美味しく仕上がるけど、どうせ一回で食い切らずに煮返すうちに味は染みてくるし面倒くさいので、煮えたら1回目食って、熱が取れたら冷蔵庫に入れて翌日また煮返して2日目という感じで3日ぐらいかけて食べていくと、最後の方の大根とか味が良く染みてて抜群になる。途中で具と調味料追加して食べ伸ばしてもいいし、最後残りが少なくなったら卵割り入れてゴハンにぶっかけて食うのもお下品でよろしいかと。

 もいっちょは、前回に引き続き麺類いってみましょうってことで、パスタにぶち込んでみた。

 冷凍していた干しエリンギと干し椎茸をジップロックにぶち込んで水入れて戻す。戻し汁がそのまま出し汁になるのは一緒。

 後は具材として、安売りしてたナスと生のエリンギがあったので”追いキノコ”も投入して食感の違いとか楽しみつつ、買い置きのタマネギも賑やかし要因で投入。

 パスタを茹でるのと同時進行で、フライパンで水戻しした干しキノコをベースに具材をぶち込んで煮て、メンツユで味付けする。ちょっと濃いかなってぐらいで麺に絡めるとちょうど良くなる。

 漫画家のよしながふみ先生の作品で、よく登場人物がメンツユ使ってるのを読んで、みりんと酒と醤油ぐらいで作れるのになんで出来合のメンツユ使ってるんだろうって疑問に思ってたけど、濃縮タイプのメンツユ使い始めたら合点がいった。和食系の味付けはだいたいこれでいける便利さ。濃縮タイプだと常備しておいてササッと使えて便利。砂糖ぶち込めば煮魚やらすき焼き風の鍋にもできるし、一度使い始めたらもう、みりん、酒、醤油、砂糖で作る方式には戻れなくなった。逆に買わなくなったのがポン酢のたぐいで、あれはベースは酢と醤油混ぜるだけで鍋にかける必要もないので、都度作って冬とか柑橘が冷蔵庫にあれば絞るし、無ければ大根おろしだの練り辛子だの薬味でごまかしている。

 で、麺が茹で上がったら具を煮てるフライパンにお湯を切って投入して混ぜる。最後香りづけにゴマ油をタラリと掛け回せば完成。まあ、なんか具をメンツユベースで煮てしまって和風のスープスパゲティーにしてしまうというのは冷蔵庫の余り物処理にも好適かと。だいたい何でもあうと思う。今回の和風キノコスパは、キノコ好きにはたまらんキノコだらけの一品に仕上がってて美味しゅうございました。

 てな感じで、安いときに沢山入手して干して長持ちさせるというのは、ビンボ飯的に経済面でも利するところ多しなんだけど、干したことによって出せる味があったりして、料理の幅を広げて楽しい食事に寄与する面もこれまたありで、魚やキノコだけに限らず、乾物の利用、干して食ってしまうというのは今後も挑戦してみたいと思っている。干し柿とか好物と言って良いぐらい好きだし、切り干し大根なんていうのも独特の滋味があって良いモノだし、大根干すならタクワン漬けるか?とか興味は広がっていく。ま、ボチボチやってみます。干しキノコは基本的に切って干し網に並べて天日にまかせるだけの簡単なお仕事なので、乾物入門としては魚の干物より格段に簡単でもあり、実践に基づく自信を持って皆様にお薦めしておきます。

2025年9月27日土曜日

貧乏人が麦を食う時代がまたくるとは想定外ービンボ飯乾麺編ー

  米はやや値段落ち着いて5kg4千円くらいで買えるようになってきた。まあ米農家さんに儲けてもらい生業として続けてもらうにはこの辺で良しとしておくべきなのか?銘柄米が食いたいとか贅沢言わないので3500円ぐらいまで下げてくれると正直うれしいけど、まあなるようにしかならんわな。

 という食費が高騰している中で、乾麺のたぐいは安いし積極的に食うか、と思うわけだけど、ソバやら素麺やらも単品でゆでてめんつゆで食べるのみでは味気ないし、栄養バランス的にもいまいち。パスタにしても安い出来あいのパスタソースはタラコ、トマト、ホワイトソース(カルボナーラも含む)、ペペロンチーノ、マヨ、和風ぐらいの選択肢しか無く、かつ栄養バランス的にもやっぱりイマイチ。ということで今回、ビンボ飯的に乾麺を栄養バランス改善しつつ美味しく、かつ面倒くさくない方向性で料理していこうと思う。ソバにいちいち天ぷらとか”別の料理”くっつける面倒くささは勘弁願いたい。ネットでよく論争になってて、最近ではメーカーが”素中華ソバ”の写真をアップして「これだけでも充分美味しいですよ!」って提案したらワケの分からんバカ主婦どもが猛反発して炎上したらしいけど、ああいう手合いのさも自分のやってる主婦業が大変であると主張してマウント取りたがる姿勢には反吐が出る。錦糸卵やらキュウリ千切りやらが乗ってなくてなにが問題だって話で、家族が気をつかってそういうのなしの手抜きのブツを求めて「簡単でいいよ」といってるのに、自分の変なこだわりのみをもって、そのニーズに応えようという努力もせず勝手にブチ切れている。アホかと。中華ソバはまあなんか乗ってないと格好がつかん気がしないでもないけど、素麺やらまで「簡単じゃない」とか言い始めるといい加減にしろよと思う。ネットでもいい加減にしろって思った人は多いのか、シマダヤ流水麺の入ってたビニール袋そのまま使って水切って食卓にのせてた強者もいて、それだと使う食器も少なく洗い物まで減って、なかなかやりおると感心した。シマダヤ流水麺って関東限定かもだけどすでに茹で上がっている麺がビニール袋に入ってて通常ザルにでもあけて水道水でほぐしてやればすぐ食べられるという便利商品。コンビニのソバとかに”ほぐし水”が付いてるけどあれと同じような仕組みでもっと安くて量があって、茹でるのも面倒くさいような時には重宝した。消費期限は短いけどアレはアレで良いモノです。そういう手の抜き方も含めて、料理を工夫するのって、自分も含めた”お客”の要望を踏まえた上でスーパーの特売品の状況から冷蔵庫の余り物や乾物、調味料やらの在庫を時間軸含めた4次元的に使い回していく戦略性とかもあって、とても創造的で楽しい作業であって、素麺やらカレーやら程度が簡単じゃないと感じるような応用の効かない”料理が嫌いな人間”は主婦などやるなと、テメエで銭稼いで料理上手な相方をみつけてそいつに任せろと言いたい。料理して一人で食っても美味しいけど、人様に食べてもらうのってなお楽しいはずだけど、そう思えないうえに手抜きの手段さえ思いつかないのなら徹頭徹尾主婦(主夫)には向いてない。冷蔵庫のありモノで適当にでっち上げた料理を堂々と食卓に供していた昭和の主婦のしたたかさを見習えと声を大にして主張したい。”映え”とか普段の飯にはいらんのじゃマヌケ。

 ということで、まずは素麺からだけどたまたま実家で余らせていた素麺があったので素麺でやってるけど、乾麺ならソバでもうどんでも冷や麦でも、なんならパスタでも良い。やることは簡単で、素麺茹でる鍋でお湯を沸かす段階から季節のお野菜などをぶち込んで、素麺と一緒に茹でてしまってザルに空けて一緒に食らうのである。今回見切り品のアスパラと常備野菜のキャベツを使いました。ゆで野菜をメンツユやらポン酢で食べるのはこれまた簡単美味。今回めんつゆの薬味としてはタラリとごま油でシンプルに手抜きしている。もちろん生姜でもシソでも好きな薬味でどうそ。おろし大根が意外に素麺でも有効なのはお薦めしておきます。タンパク質が足りんというならしゃぶしゃぶ風に肉でもお好きなように追加してやってくれ。ビンボなワシャ納豆追加でタンパク質を追加。こういうほぼ買ってくるだけで良い”おかず”は大変重宝する。総菜でももちろん良いけど、何度もビンボ飯では書いてるけど大豆製品のそのへんの優秀さは抜群である。豆腐でも厚揚げでもメンツユで食っときゃ間違いない。”映え”ないことはなはだしいけど、簡単で美味しいのはこれまた間違いなし。愛猫のコバンも素ソーメンあぐあぐ食べつつ太鼓判押します。

 で、お次がパスタ方面。これが前々から思ってたけど、安いスーパーのプライベートブランドのパスタソースって酷い代物で、ミートソースってこんなに肉少なくて商品表示的に大丈夫なのか?ってぐらいで昔はこんなのじゃなかった気がして、なんかケチャップ味のソースを釈然としないまま食わされている。カルボナーラも単なるホワイトソースでかすかにチーズ臭は感じるけど卵黄要素どこ行った?って感じである、一応ベーコンの破片は存在が確認できる。タラコ系はごまかしきかんだろうと思ってたらとある激安品は乾燥したタラコのぶっちゃけタラコふりかけに油混ぜるような一品で恐れいった。まあ、手抜きバスタとしては昔から、茹でて鰹節マヨ醤油を絡めて食う”簡易ツナマヨ”とでもいう傑作があるし、さっき書いたようにメンツユで食ってしまっても、素うどんに相当するらしいペペロンチーノでも何ら問題ないけど、今回は既製品のやっすいパスタソースをなんとかバージョンアップする方向で考えてみた。

 まずは、卵黄要素の希薄なカルボナーラまがいの代物をなんとかしてみたい。というわけで卵追加すれば良いんだけど、それだけでは具も少く寂しいのでタマネギとエリンギも追加した。手順的にはパスタを茹でる作業中にフライパンでタマネギ、エリンギをニンニクパウダーで炒めてから、パスタソースでぐつぐつ煮ておく。そこに茹で上がったパスタを投入してソーズに絡めた後、真ん中に卵を割り入れてちょっとかき混ぜて火を止めて余熱で半熟ぐらいにもっていく。仕上げに黒胡椒。うまいゾ!ただ明らかにカルボナーラではないな。そこはもう元が元なので限界があるだろう。カルボナーラ自体材料はベーコンと卵黄と牛乳か生クリームに黒胡椒程度なので最初から作れって話だけど、ベーコンが高くて二の足を踏む。ベーコンなしで油揚げとかにして挑戦しても良いけど、牛乳はワシ乳糖消化酵素を失った大人なので常備してない。日持ちもそれほどしないし使い切る分だけ買うのは割高感があってビンボ飯的には無しだと思う。牛乳の代わりに安物のパスタソースって感じで、ついでに具を追加できるって感じだろう。

 ただこの挑戦は、次のトマトソース系の大きなヒントになった。ソースで煮てしまえば具材の追加は何とでもなる。加えて生卵仕上げにぶち込んで半熟にしてしまうのは、ほぼアレである。ということでサクサクといってみましょう。材料はとにかく肉感が無いので安い肉と言えば鶏皮なので鶏皮みじん切り、あとはタマネギに生卵。”ミートソース”ってそれこそワシの少年時代(40年ぐらい前)ってまだレトルトじゃなくて缶詰で、初めて食べたときにその肉々しさとトマト味の組み合わせにハマり、ご飯にかけて食うぐらいハマったもので、今の安いミートソースは正直ナポリタンソースとの差が分からん。なのでとにかく肉っけを足してみたんだけど、昔のミートソースみたいに挽肉主体になるぐらい鶏皮入れると脂が多すぎて食えたもんじゃないので、肉っけはそこそこにとどまった。ただ多分そうだろうなと思ってたけど、生卵仕上げに割り入れてグチャッとして半熟は狙いどおりの効果を発揮してくれた。写真下段右を見て東海地方出身の人間ならピンときたかもしれない。そう、これ喫茶店の”鉄板ナポリタン”の再現なのである。東海地方の喫茶店ではナポリタンが定番で、頼むとステーキみたいに鉄板に乗ってジュウジュウ音をさせながらやってくるのである。そしてナポリタンの底には溶き卵が敷かれていて、お好きな状態に熱を通してナポリタンに絡めて食するのである。これがもう書いててヨダレがわくぐらい、名古屋中心とした東海地方民にはパブロフの犬的に刷り込まれた懐かしの味なんである。これはちょっとハマってしばらく食い続けた。ワシ後片付けの手間を減らすためにフライパンごと食卓に乗せてるけどそのスタイルとも相性抜群。ちまたでは今ナポリタンに関しては、トマトケチャップを焦がして香りを立たせる”メイラード”とかいう手法が流行のようだけど、そんなもんどうでも良いから東海地方民ならフライパンで最後に生卵底に溶き入れてお好みのグチュグチュ加減に熱通らせてから絡めて食え!ケチャップ使って既製品のパスタソース無しでも行けそうには思うけど、パスタソース使った方が手抜きできて楽っちゃ楽。手間暇かけるほどの料理じゃねえゼだけど満足度高し。

 という感じで、安いとキロ3百円とかで買えてしまう乾麺を使って、簡単手軽にうまい料理を食ってしまおうという試みは、懐かしい味にもたどり着けたりして、実に正しく食の楽しさを味わえていると満足している。この界隈のネタはもうちょっとあるので興味のある方はお楽しみに。

2025年4月12日土曜日

コチの頭はワシに食わせろ

  一年近く前に恥辱にまみれた同じポイントで雪辱を果たした。恥を雪げたのはよかったけど、予想以上に獲物が大きくルアーがっぽり飲まれて流血沙汰。復活するかなとしばらく潮だまりに活かしておいたけど虫の息だったので、締めてお持ち帰り。こういうとき樹脂製の自転車カゴはサビを気にせずにすんで良い塩梅。まあ下のスポークやらに血潮混じりの海水かかってるけど、先日グリス塗り塗り整備したばかりなので大丈夫だろう。あと釣ったのは根魚クランクの道具立てでマジェンダFだったけど、ワシの道具たちはよく働くと感心する。特にマジェンダはシーバスに元々使ってたけど根魚に底物に大活躍してくれている。最新のわけ分からんルアー持ってきてもコイツにはまず勝てんだろうと思う。傑作です。

 さて、お持ち帰りにしたマゴチ、自己記録で66センチと大型、流しにギリギリの大きさで、そのままだとまな板に乗りきらないので、まずは頭を落として作業する。釣り場の魚を1匹減らしてまで持ち帰った魚であり、せっかくなので、食べられる部位は全部食べて楽しませてもらうことにする。頭が手のひらぐらいあってワニみたいな迫力がある。コチはヒラメのように5枚おろしにしていく方法もあるけど、個人的には普通に3枚におろしていけば良いように思っている。ただ、型が良いので冷蔵庫にしの字に曲げて一晩放置していたので、しの字に死後硬直しているのでストレッチしながらおろしていく。
 解体すると頭もでかいけど、胸びれ腹びれ周りの肉も美味しそうかつ量もある。加えて大型魚食魚なら内臓を食え!だとおもうけど、胃袋も肝臓もボリュームがあり、マゴチは大型に育つのは雌らしく発達しかけの卵巣もあったので、1食目は内臓を良く洗って湯がいたもののネギポン酢、と胸びれ腹びれ片方を潮汁にまわし、もう片方を塩ふって焼く。潮汁にする前に背骨やらのアラは熱湯かけてヌルを落としておき、頭は面倒なので一回兜焼き。兜焼きの時点で笑える見た目なので”睨みコチの頭”にしたけど、食べたのは下になってる鰭付き肉、鰭自体も根元は堅くて食えんかったけど先の方はパリパリしてて良い、そして、内臓は安定のネギポン酢、胃袋には消化された魚の骨と意外に小さいカニとエビが入ってた。肝臓も卵巣も胃袋も鮮度が良いと最高に旨い。ネギポンの他にも辛子醤油とかもあうと思う。そして潮汁は塩味で大根と背骨やら鰭周りにネギぶち込んで、骨からイイ出汁出まくりでゼラチンも出まくりで翌朝には煮こごってる。1食目は昼飯だったけど刺身にたどり着けなかった。でもこの時点で超旨い。
 そして、愛猫コバンさんも、久しぶりのカマス以外の魚肉に大喜びで、猫用に塩振らずに焼いた骨とかから手で身をむしって食べていただいたけど、カマスは「飽きたんだよ」って感じで残すようになってたのに、ガツガツ食ってて、わしの手に着いたゼラチン質やら脂やらのペタペタしてるのも熱心に舐めていた。
 コバンさん、ちょっとアホの子の傾向があって、デカい骨丸ごとあげると、丸ごとかみ砕こうとして、上手く食べられなくて苦戦したりする。猫なんだからザラザラの舌で骨周りの身を舐め削って食べれば良いのに、あまりそういう行動をとらない。オネーチャンのハイカグラは骨格標本かというぐらいに骨から綺麗に身を舐め取ってたけど、姉弟でも違うモノである。仕方ないのでワシが手で身をむしって提供させていただいてます。

 次の2食目の夕飯にやっと刺身に到達する。腹側の身は肋骨とか鰭とか外して柵にするのが面倒だけど、その肋や鰭周りの肉が軟らかくて美味しいようにも感じた。もちろん潮汁の背骨周りの肉も食べ応え、味共に文句なし。
 マゴチといえば代表的な、刺身が美味しい白身魚という感じだけど、その評価も妥当なうま味のある刺身。脂も潮汁にはうっすら浮かぶので多少は乗ってると思うけど、脂の乗った旨さというより、白身のうま味の美味しさという感じ。ヒラメの美味しさにも通ずるモノがあるかも。かたや横になって、かたや上から押しつぶされたように平べったくなってと形は違えど、砂底とかに棲んでる魚食魚というのは共通していて、そのあたりから筋肉の質とかに共通するモノがあるとかだろうか?なんにせよいずれ劣らぬ美味しい魚なのは確か。

 3食目の昼飯は豪華で、肋骨をハズした部位をめんつゆと酒でヅケておいて焼いたモノと、引き続き刺身、潮汁。
 マゴチの腹回りは意外と骨が多くて、肋もややこしい感じに入ってるけど、綺麗に外せなかったら、肋周りの肉ごと大まかにハズしてしまい、ハズした部位を加熱調理してしまうと、骨離れは加熱すれば良くなるので、骨外しながら食べられる。
 もちろん味も非常に良く、大量の刺身で飽きてくるぐらいなので、むしろしっかり味付けて焼いたのの方がオカズとして優秀なぐらいだった。まあ、煮ても焼いても旨いさね。
 でもって、ワシが刺身を食っているときには、愛猫も刺身を食っているわけで、中骨の部分とか、肋周りとか、背骨はさすがに噛み砕けないけど、小骨は難なくボキボキ音させてかみ砕いて食っていた。元野良のワイルドさが頼もしいぜ。ワシが美味しい魚食ってるときには、コバンにも美味しい魚を食べてて欲しい。一緒に美味しいモノを食べるというのは”共に生きる”ことを強く感じさせてくれる。美味しそうにアグアグ食べてるのを見てるとこちらも幸せな気分になる。

 4食目夕餉、皮は当初焼いてコバンさんに上げようかと思っていたんだけど、肉厚で旨そうだったのでワシが食うことにした。鱗がやや剥がれにくいので、多少残っててもカリッと焼いてしまえばサクサク食えるだろうと、グリルで強火でこんがり焼き目が付くまで焼いてみる。鱗ごと揚げて鱗の食感を楽しむ松笠揚げっていう料理法があるけど、そこまで鱗主役じゃないにしても、残ってしまった鱗も食ってしまう方針。そして、一旦兜焼きにしてあった頭は、潮汁に醤油足して野菜足してアラ汁にして解体しつつ食べる。皮は想定したとおり上手くいって、パリパリした感じに焦げ目の香ばしさと鱗のシャクシャク感も悪くなく、ちょっとやる旨さ。ネギポン酢で食べたけど、マヨ醤油に七味でパリパリ摘まんだりしたら酒のアテにちょっと堪えられんかもしれん。魚の皮の旨さは、最近皮目をバーナーで炙ったりするのが流行って知られるようになってきたと思うけど、捨てるなんてもってのほかの味わい。
 頭の方は、頬肉とか意外に肉量あるけど、基本平べったい口腔の骨が多くて、肉を食うというよりはむしろ骨に着いている皮や軟骨をしゃぶるためにあると言って良いかと。あと出汁は出まくると思う。
 せっかくなのでベロベロと舐め取って綺麗にして、エラの棘のところの骨と、下あごの骨は記念に取っておくことにした。乾燥させてどっかに飾ろう。戦利品であり、飯の記録でもある。

 5食目6食目の3日目は基本的に柵にしてあった刺身と潮汁にあれば骨際の身の漬け焼き。柵を切って潮汁温め直す程度で手間はないけど、同じのばかりだと飽きるので、醤油をいつもの”たまり醤油”から普通の醤油に変えたり、白身の魚だし、おろしネギポンも試してみた。普通の醤油は普通に旨いってだけだけど、おろしネギポンは割と”味変”できていい。潮汁は煮返しているとだんだん身がグズグズとくずれて白濁してきて、それはそれで旨い。

 最終日4日目、7食目8食目は初日に柵取りしてから酒とめんつゆで”ズケ”にしてあったのを、ユッケ風ズケ丼と、漬け茶漬けで締めた。ユッケ風漬け丼は最近ズケ作るときの鉄板になってきた。不味いわけがない。黄身だけ使うので白身は飲むのがお約束。茶漬けのほうは、最初普通に刺身みたいにつくって食べて、ご飯が減ってきたら、ズケ汁を適宜薄めて沸騰させたのちに、残った漬けの切り身を入れてからご飯にかける。ズケ汁にエキス分がしみ出してイイ出汁出てる。タンパク質が凝固して灰汁みたいに浮いてくるけど、それごといきます。うまいぞ。

 という感じで、4日間にわたって1人と1匹で楽しませてもらいましたとさ。
 まあ、殺される方の魚からすれば、雑に扱われようがなにしようが一緒かもしれんけど、釣って殺す側の立場からすると、最初の方で書いたように、釣り場の魚を1匹減らすという、結構ワシ的には大ごとをやっているので、やっちまったからにはめいっぱい楽しまねば損というか嘘だと思うので、あれこれ試して美味しくいただきましたとさ。
 「「ごちそうさま」と言っておけば何でも許されるのか?」という内澤洵子先生の疑問は鋭いと思う。だとしてもやっぱり「ごちそうさまでした」と言いつつワシは魚を食うしかないんだろうなと思う。他者の命を奪ってワシャ生きている。そういうことを直接的に自分で殺して食って知る機会って、猟師さんや食肉関連職の人でなければ、釣りぐらいしかないようにも思う。
 エラの方からナイフの刃を入れて締める時に感じる、命を奪う覚悟や残酷さ。そういうのも釣りの大事な一側面かなと思ったりしております。

2025年3月22日土曜日

旨いモノは旨い

 冬のカマスの時期になると、お客さんが来てみんなで飯を食うことが多い。魚釣れてなくて食材備蓄が少ないと、お気に入りの街中華で定食やらも旨いけど、食材があれば釣ったばかりのカマスお造りとかも含めワシの魚料理を振るまうことになる。

 アカカマスとかマアジもそうだけどオカズ魚の旨さって、刺身だろうが酢締めだろうが、干物だろうが煮ても揚げても何にしても旨いし、毎日のように食っても全く飽きないぐらい旨い。魚のなかでナニが一番旨いかという議論になって、旨いことは旨いだろうけど、滅多に食えないようなクロマグロだのアカムツ(ノドグロ)だのは、けっきょく”ご馳走魚”であって、ありがたい魚ではあるし高価でもあり不味いわけはないだろうけど、いくら食べても食べ飽きないとかの希少価値市場価値ぬきの単純明快な旨さの話でいえば、やっぱりアジだのサバだのが一番の候補に上がってきて、ワシもマアジは1票入れる候補にはなる。あと悩む魚は個人的な思い入れの強い魚たちであり一般的な感覚とはずれるかもしれない。ちなみにイサキとブダイである。わし子供の頃、誕生日のご馳走ナニが良い?と聞かれたら「イガミ(ブダイ)の煮付け」という要求をあげていた渋い魚食い少年だった。イサキの刺身の脂ののりすぎてない白身のわりに味の濃いあじわいは、夏休みに入って父方の親戚のところに遊びに行ったときに食べていたという思い出補正もかかって、ワシには特別な魚である。

ご飯、内臓ポン酢、スリ身汁
 で、飽きないオカズ魚のアカカマスとかは、生食、干物、酢締めあたりでカマス釣りに来たお客さんには好評いただけるわけだけど、それだけではつまらんので、毎年隠し球というか新料理をぶち込めるように日々料理の腕も磨いている。今期の新ネタはエソとカマスのスリ身汁で、これが我ながら旨い料理作りやがるってなもんで、エソのスリ身が最高級練り物原料と言われるのも納得の旨さなのは以前から、スカベンジャー(掃除屋)ナマジのおこぼれちょうだい作戦でヒラメ狙いの人とかが釣って不要となったモノをもらって食べて知っていたけど、新鮮な産地直送のエソのスリ身の弾力やまとまりやすさなどの”練り物性能”は過剰なほどで、エソスリ身単体だと弾力出過ぎて堅いぐらいなのである。で、それなら練り物にはなりにくいフワフワの身質のカマスと混ぜたらちょうど良いかもと、カマス鱗とって皮ごと三枚おろしをエソのスリ身と1:1とかエソ7:カマス3とかでフードプロセッサーでミンチにして”合い挽き”みたいにしてやると、ちょうど良いぐらいにプリフワな感触に仕上がって、味はもちろん文句ないわけで、スリ身汁の具としてちょっと唸るぐらいの素材なのである。まあアジの泳がせとかで食ってくる大型のエソってワニエソがほとんどなんだけど、最近はその”スリ身性能”に気がついた釣り人もだんだん増えてきているにせよ、それでも”ザ外道”扱いで捨てられていたりするのが、カマスと合い挽きのスリ身汁を味わってしまえば、全くもったいなくて超優秀な食材だと腑に落ちるのである。

 っていうスリ身汁作成の裏で、今回またこれが美味しかったのが、ワニエソの内臓のさっと塩ゆでにしてネギポン酢かけたもので、これは昔正治さんとジギング船に乗ってワシが釣ったユカタハタで教えてもらった食い方で、皮と胃袋や肝臓とかの内臓は、こうやって食べるとちょっとたまらン旨さなのである。当然鮮度が良くないと内臓など真っ先に自己消化が始まってしまうわけで、その日釣り場から直送のおっきなワニエソだったからできた料理であり、卵巣も大っきいのが入っててそれも一緒にして食べたけど、これはほとんどの釣り人も知らない味なのではないだろうか。内臓が美味しいというとサンマやイワシのようなプランクトン食性の魚のことが多いけど、大型魚食魚の内蔵はそれらとはちょっと違って、むしろ獣肉でいうホルモンみたいな旨さで、かつ鮮度が良いと臭みなどなくポン酢あたりのシンプルな味付けで、胃とか皮のプルクニャな食感や肝や卵巣のコクのある味も楽しめる最高の美味なのである。胃袋や皮は丁寧に洗ってヌルとか取って塩ゆでにして一口大に切ってポン酢、薬味はお好み、でバッチリ決まります。あんまり知られてないし、大型魚の内臓なんて捨てられがちだけど、これまた食ったら分かる系の旨い食材でございます。大型魚の内臓入った鮮度の良い状態のものが手に入るのは釣り人の特権かもしれないので、捨てているなら騙されたと思って食べてみてください。せっかく釣った魚、食べられる部分はすべて美味しく食べて楽しむぐらいでないともったいないです。でもオオクチイシナギの肝臓とかビタミンA過剰症とかの珍しい食中毒を起こすのでご注意を。逆にアカエイの肝臓は韓国とかではアカエイ刺身の”カオリ・フェ”では肝がなきゃ始まらんぐらいだそうで、いまどき貴重な安全な生レバーであり今度アカエイ釣れたら食べてみたいモノである。

 あと、この地に来て「あれっ、この魚こんなに旨かったっけ?」と思ったのが、セイゴフッコも含めたスズキで、東京湾産のも臭くない個体はそれなりに美味しくて、アッサリした淡泊な白身でいろんな料理で楽しめる魚という印象だったけど、ぶっちゃけ淡泊というより薄味の印象だった。ところが紀伊半島のこの地では、飲まれて大出血とかして持って帰って食べると、ちゃんと味が濃くて美味しい白身なんである。よく、ヒラスズキの方が普通のスズキより旨いと言われるけど、この地ではヒラスズキ(ヒラフッコ、ヒラセイゴ)とスズキの味にあんまり差がない。東京湾のスズキとこっちのヒラスズキを比べたら明らかにヒラスズキが旨いとおもう。味濃いもん。でもこっちのスズキとヒラスズキにはあんまり味に差がないとワシは思ってるけど、ワシの舌たいしたことないのでちょっと自信がないところもある。でもそう感じてる。釣れてくる状況や場所に差がなく、同じような餌を食ってるので、味も一緒になるのだろうか?釣りものがなくてセイゴ持ち帰って食ったりしてたときも、塩焼きとか妙に旨くて悪くなかったし、フッコあたりの刺身もアッサリした白身というより、磯魚の味のある白身っぽい味があると感じている。場所が変われば味も変わる、不思議なもんである。

 という感じで、日々魚を料理して、時にお客さんというか釣り仲間に振る舞っていると、一緒に飯食うことも楽しいけど、料理して振る舞うことの幸せ、うれしさというものがどうもあるように感じている。元同居人の母方の祖母である”カアちゃん”はいつも掘りごたつに座っていて、どこからともなくお菓子や漬け物が出てきて「おぢゃっこ飲んでいきんさい」とお茶入れてくれて、あれもこれもと我々にたらふくおやつを食べさせてくれようとしてくれたものだし、その娘である元同居人のお母さんにも、その振る舞いDNAというか文化というかは引き継がれていて、食事の席になどとても食い切れないほどのご馳走が並び、ごちそうさまの台詞は許されず「アレこもれも食べなさ~い」という感じで、山海の美味を腹が苦しくなるまで食べさせてもらい。この人達はなぜこんなにも優しく、人に良くしてくれるのだろう?と不思議に思うぐらいだった。鬼ぐるみの殻を砕いて殻のかけらを丹念に除いて実を集めて作るクルミ餡で食べる正月の餅のコク深い甘み!母上が「私天ぷら揚げるの上手!」と自画自賛しつつ揚げてくれる、東北独特のド太く味濃くブリブリのデカマアナゴの天ぷら、ウソッッポやらコゴミの山菜天ぷらも、ばっけと呼ばれるふきのとうで作るバッケミソも書いてるとよだれが出てくるようなご馳走だった。もちろんワシがそういうご馳走にありつけたのはもちろんお二人の優しい人柄によるところは大きかったんだろうと思う。でも、歳食って人様にご馳走する側に回ると、自分の作った料理を美味しいと食べてもらえる、喜んでもらえることのうれしさって、結構大きなモノなんだなと気がつかされる。人は人と仲良くして人に喜んでもらうことをすることに、どうも大きな喜びを感じるようにできているようだと感じる。カアちゃん達は、来る客に美味しいモノを食べさせて、”美味しいね”って共に喜ぶことをご自身も楽しんでいたんだろうなと、今になって思うところである。なるべく食べなきゃ失礼にあたると食べまくってたので、食わせがいのある良いお客だったのは、今にして思うとちょっとは孝行できていたのかなとインドの乞食じゃないけど思ったりもする。

 美味しいねって、他者と共感する。っていうことの根源的な幸せを思うと、マスゴミどもの流す、しょうもない周回遅れになってるようなグルメ情報も案外大事なのかもと思ったりもする。流通量が少なく値段が高くなってるだけのモノをありがたがったり、軽薄な流行を扇動したり、しょうもない情報であるとは思うけど、そうやって”他者が美味しいとしている食べ物”を並んでみんなと一緒のモノを食べてっていうのは、情報化の時代の、他者との食体験の共有の一つの形になってるのかもしれない。そう考えると、あいかわらずバカにはしてるんだけど、まあそれもアリなんだろうなと思えてくるところではある。

 同じ釜の飯を食った、っていうのは苦楽を共にした近しい間柄を表す常套句だけど、それが常套句になるぐらいには、食事を共にするというのは意味のある重要なことで、まあいろんな形で、みんなで一緒の飯を食うっていうのが、多様性の時代である現代では存在し得るんだろうなと、書いてて気づいたのでありました。

 ワシは一人で飯食っても美味しく食べられるけど、みんなで食べる飯の旨さも、またそれは格別に美味しく楽しく食べられて良いモノだなと思うところである。

2025年2月22日土曜日

バカと刃物

 魚料理するのに毎日のように使ってるのは、おかーちゃんが愛用してるようないわゆる文化包丁である。文化包丁っていうのは、ある程度幅広で菜切り包丁みたいに野菜はもちろん豆腐切って刃の上にのせて運んだりもできるけど、刃先はソレナリに尖ってて、魚もおろせる、もちろん肉切ってもいいという万能タイプで、魚肉野菜の3つが切れるので三徳包丁とも呼ばれたりする(文化包丁と三徳包丁の整理については諸説あり)。まあそれぞれの専門職である出刃やら刺身包丁なんかのような専用品ならではの使いやすさは期待できないけど、いちいち出刃で魚下ろしてから刺身包丁だしてお造りにする、とか飯の度にやってられるかよっていう主婦(夫)の為に作られたような便利な包丁で、魚さばくのに一番適した刃物はなにかという議論になると、小出刃最強説やらマニアックなところではマキリ(アイヌの伝統的刃物から派生した漁師御用達の小刀)やオルファのカッター大を推す釣り人もいたりするけど、毎日のように魚を捌きかつ魚以外も料理する主夫としては文化包丁一択である。小出刃じゃ刃渡りが短くて野菜が切りにくいし刃も分厚いので綺麗にキャベツ千切りとか決まらん。かといって刃渡りのある出刃は重い。しかも、出刃系始め鋼製の包丁は手入れが面倒で怠るとすぐ錆びる。じゃあステンレス製はどうだ?っていうと今度は研ぎが難しくて切れ味保持するのにやや難儀する。その点でも文化包丁は良くできている。刃の部分は鋼材で研ぎやすく切れ味も良いんだけど、錆びにくいようにその刃をステンレスで両側からサンドイッチしたような構造になっていて、錆びるとしても露出した刃の部分ぐらいで研げばすぐに回復可能。誰が開発したのか知らんけど、非常に良くできていて感心する。専門職じゃないけどなんでもできて手入れも楽な器用な便利屋的刃物。ワシ、普段のオカズ魚のアジ・カマスはもとより、70のスズキやら90の青物いただき物のカツオなんかも文化包丁一ッ本でさばいている。文化包丁で100キロのマグロ捌けと言われたら刃渡りが足りずに苦労するかもだけど、多少時間掛けて良いならさばく自信はある。出刃ほど刃が厚くないので骨とか切れないと思うかもだけど、太い骨は初めから切るのを諦めて、関節に刃を入れたりボキッと折ったりすれば良いだけなので、やり方知っていればプロが使うような日本刀みたいな刃渡りのある包丁でなくても、何度も刃を入れていく必要はあるけどさばけるのである。カブト割りとかも包丁が入る部分に刃を立てるのと押し広げてメリメリ刃物じゃなくて力で割っていくのとの併用で十分可能。逆にプロみたいに一刀両断にダンッ!と決めようとすると、素人だとカツオの背骨程度で出刃使っても刃が欠けるだけである。

 今使ってる文化包丁は、自分史的になかなかに歴史があって、学生時代からかれこれ30年は使ってる。大学に入るときに風呂トイレ台所共用の学生寮というか下宿屋さんにお世話になったんだけど、食費も外食だと掛かるので自炊するようにと、包丁一本持たせてくれた母心、っていうその包丁では実はない。盗まれることはないだろうけど、共用の台所に置いておくと勝手に使われたりはありそうなので、部屋に調理後回収していた。ところが、共用台所には誰でも使ってイイらしい包丁が1本あって、部屋からいちいち自分の包丁持ってくるのも面倒くさくなって、結局自分の包丁は最初の頃使ってたけど、大学在学中のほとんどの期間で共用包丁で料理していた。研ぎながら状態よく使っていて、卒業する頃にはすっかり愛着が湧いてしまい。”母の愛”のまだ新しい包丁と引き替えに、共用包丁をもらって就職先の東京に持って行った。銘を「白寿」という。今調べてみたら刃物どころ岐阜県関市の「正広」というメーカー製で、今でも作られているようだ。すげーロングセラーでワシが気に入るのも納得で、ながく主婦(夫)の友として愛用されてきたのだろう。まあでも正直どうっちゅうことのない普通の文化包丁である。3000円前後で購入可能。ただ、どうっちゅうことのない普通の文化包丁だけど、最初に書いたように手入れしやすく、何でもこれ一本で料理できる便利さから、いつもワシが料理するときには共にあった。30年から研いで使って数限りない料理を作ってきた。そうなると手に馴染んで単なる刃物の域を超えて愛着が湧いてくる。とくに近年は仕事やめて時間もあるのでじっくり料理に向き合う時間もあり、魚をさばくのを筆頭に出番が多く、調子が良いと切っ先ではなく、その後ろあたりのゆるいカーブを描く刃先に自分の神経が繋がっていて、魚の骨のすぐ上にその刃先がスッと入っていく感覚がある。そういうときは料理していて楽しい。30年からすると包丁も手の一部になっていく。包丁の手入れの仕方を参考までに書いておくと、とにかく刃先が鈍ったらすぐ研げってだけである。砥石に水を吸わせてっていうのがお作法だろうけど、そんなの待ってられないので水で湿らせてすぐ研ぐ。魚をなん10匹もさばいていると途中で刃の走りが悪くなってくる。その時はその場で速攻で研ぐ。切れの悪い包丁では綺麗に包丁入れるべき所に刃を走らせきれないし、切れが悪くて引っかかるような状況だと、思わぬ怪我につながりかねない。もちろん料理が終わったら、研いで終了。毎日のように研いでいるとそれほど時間を掛けて研がなければいけないほど刃がなまってしまうことはない。片面50回、反対側30回とか研いでやればOKで次も気持ちよい切れ味で使える。砥石は中砥ぐらいがちょうど良いと思う。学生時代和食チェーン店でバイトしていたけど、板さん達、しょっちゅう包丁研いでた。そしてまな板とか流しとかも常に洗って清潔第一で働いていて、見てて気持ちよかった。

 刃物で思い出深いのは、他にバックのフィレナイフとビクトリノックスの折りたたみナイフがあって、バックのフィレナイフは開高先生の「オーパ!」シリーズで最初和食の道具を山ほど持ち込んでた料理人の谷口教授が、旅慣れてきたらフィレナイフ1本でオヒョウとかもさばくようになって、ってのを読んで高校生の時にバスプロショップスでケン一と共同購入で送料節約して”個人輸入”した。当時はまだインターネットがなくて紙のカタログ見て手紙で注文する方式で、トラブって注文した憶えのない七面鳥の鳴き声が出せる狩猟道具とかが届いてしまい、英語のリンコ先生とかに助けてもらいつつ対応したのも懐かしい。魚さばくにはこれ一本で済ませられるのでキャンプとか行くときに愛用してたし一時期は家でも好んで使ってた。ビクトリノックスは釣り用のウエストポーチとかに放り込んでおいて、ひっくり返って死んだシーバスとか締めて帰るときやら、ルアーが絡んだロープ切ったりするの使ってる。昔は今ほど刃物の携帯にうるさくなくて、学生時代は自室の鍵を付けてポケットに入れて持ち歩いていた。こんなちっこいナイフでなんの犯罪ができるのかわからんけど、今日日ポケットにナイフ入れてると銃刀法の現行犯で捕まりかねず、いやな管理社会になったのもである。ナイフの刃と栓抜きが付いてるだけの薄っぺらいシンプルなのが邪魔にならずに使いやすい。「何で栓抜き?」と思うかもだけどこの栓抜きはマイナスドライバーとしても缶切りとしても使える便利な代物で、何かと言えば酒飲んでた学生時代、つまみにコンビニで買ってきた缶詰を前に「缶切りどこにある?」とかいう状況で貧乏学生の部屋にそんなもんないことも多く、当時は今ほどすべての缶詰がパッカンと手で開けられる方式ではなかったので重宝したモノである。栓抜きも缶切りも使わなくなったので樹脂のガワじゃなくてアルミ製のガワで刃が大小2枚のシンプルなヤツの方が薄くて良いかもだけど、昔からの習慣でたまに紛失したりしたときも同じヤツを探して購入している。コイツでおそらく4代目だと思う。

 それから刃物で忘れちゃならないぐらいお世話になりまくってるのが、オルファのカッターとアートナイフで、アートナイフは多分、シーバス用の”お手元フライ”とか作るような小細工するのに東急ハンズかなんかでちょうどいいやと買って、使いやすさ細かい作業のやりやすさ、替え刃を用意すればいつも最高の切れ味が保てる便利さで以来愛用している。最近替え刃が切れてちょうどおかわりしたところである。最近だとポリアセタール樹脂を削ってラインローラーを自作するときとかに活躍してくれた。部品やらルアーやらの自作、改良に、あると便利と言うよりはないと困るぐらいの名品だと思う。手作業好きな人なら一家に1本必携だろう。

 オルファのカッター、あえて限定するなら大きい方は、もう世界最強の刃物の候補の1つと言って良いだろうってぐらいで、世界中で愛されている傑作である。今更書くまでもなく、世界に先駆けて刃を折ることにより常に鋭い切れ味を確保できるという機能を備え、日常用途からプロの作業用途まで幅広く使われているのも、社名のオルファが「折る刃」から来てるのも皆様ご存じのとおり。意外に便利なのが「のこぎり刃」で本格的なのこぎりにご登場いただかなくてもオルファのカッターでだいたいカタが付く。オルファのカッターとの付き合いっていつに始まったのか記憶が定かじゃないぐらいで、小学校の工作の時間には既に使ってたように思う。

 で、切れ味鋭いオルファのカッターといえば自分の手を切るのはお約束で、小っちゃいのから大ごとまでワシの左手には何カ所かオルファのカッターが刻んだ傷跡が残っている。その中でも派手にやらかしたのが小指の付け根あたりの手のひらの傷で、手相的には結婚線のところに1本線が増えている。それは高校の文化祭の準備の時にやっつけたもので、ハッポースチロールの箱を切って貼って削って丸い玉を作ろうとしていて、丸くて持ちにくいのを手で持って作業していたんだけど、文化祭の”お祭りノリ”で密かに持ち込まれて”赤まむしドリンク”の瓶に入れて配給されていたウイスキーで多少酔っ払って手元が狂ったのか、持ってる左手ごと綺麗にスパンと刃を振り抜いてしまった。切り傷の深さからやばいなと思ったけど、刃物で手を切るぐらいは慣れてもいたので「ちょっと保健室行ってくる」って保健室に行ったんだけど、出血量が酔ってて血の巡りが良いのも手伝ってかドバドバで、手傷を負った抜け忍みたいに血が廊下に落ちて追っ手をまくことができず、保健室に怖いもの見たさでやってきた見物客がワラワラと湧いて保健の先生に怒られました。青春の想い出だね。酔っ払ったら刃物を触らないというのは刃物のプロである美容師さん界隈とかでは鉄則のようである。皆様お気を付けて。まあ酔ったら自分の手先から器用さが失われるってのを学べたのは良き教訓で、ワシャ飲んべえだった若い頃も、釣りに行く前の晩とかから酒断ちしてた。

 というぐらいで、刃物って日常生活やらに欠かせない代物だけど、痴情のもつれで刃傷沙汰っていうぐらいに、人を傷つける道具ともなり得る。それは人類が黒曜石から削り出した打製石器を使い始めた昔から、刃物が持つ二面性であり本質でもあると思う。今の危ないから何でも規制っていうなかで、刃物を遠ざけてしまうのは、この人類の生み出した偉大な文明の利器の有用性をも遠ざけてしまうことになりそうで、ワシャちょっと心配なのじゃ。刃物の手前に手を持ってきてはいけないということを学ぶのに一番確実なのは、刃物の手前に手を持ってきて、結果手を切って痛みで学ぶことだと思う。痛みも危険もなにもなしにナニかを得ることなどできないと、そう思うのじゃ。

2024年8月10日土曜日

夜漬けてもアサ漬けーナマジのビンボ飯大根大量消費編ー

 米がまずい。しかも高い。 米はミニマム・アクセス米除いてほぼ国内生産のはずで円安でも関係ないだろと思うけど、調べたらインバウンド需要で観光客向けの米消費が伸びてるのと昨年は猛暑で米のデキが悪かったことが主な原因らしく、円安若干関係あったりしてバタフライ効果というか風桶というか、今の時代全てのものが関連してて無関係では存在し得ず、田舎でのんびり貯蓄削りながら隠棲しようとしても経済動向とかには影響されざるをえないようでウンザリする。まあ、米が多少高いぐらい株価暴落を受けて「新NISA」で”追証”くらったような人達に比べれば屁でもないだろうけどな。しっかしNISAってなんか政府がお薦めしてたような印象があるけど、そんな追証くらうような可能性のある先物取引な投機的金融商品を素人に買わせる政策って、まあ買う方の責任と言えばそうだろうけど、有り体に言って詐欺かペテンかで正気の沙汰じゃないよな。追証というモノの存在を初めて知ったのは沙村先生の傑作マンガ「ハルシオン・ランチ」で主人公の化野ゲンさんがFXで追証喰らって無一文になってホームレス生活しているっていう設定だったので、追証ってなんぞ?って検索して、アズキ相場の昔から先物取引なんていうクソ博打はあいもかわらず民草の敵だなと思ったモノである。

 まあ米の値段が高いのはこのご時世仕方ない。とはいえ値段上がったうえでマズいってのはどういうこっちゃ?品薄なので品質が悪いってのなら我慢するけど、明らかにそうじゃなくて精米度合いが下がってて、以前なら無洗米じゃないけど研がずに炊いてぬか臭とか全くないぐらいだったのが、買って封を切った時点でぬか臭い。当然炊いてもぬか臭い。微妙なぬか分の体積を稼ぎたいというよりは電気代と時間(≓人件費)を節約してるのかなと思うけど、セコい、みみっちい。まあ米研いでから炊きゃ良いんだけど、もう10年単位で研がずに炊いてきたのでいまさら面倒くせぇことしたくない。人は便利に慣れるともとの面倒臭さには戻れない。じゃあ無洗米買うかっていうと近所の薬局というていの安売りスーパーには手頃な無洗米が売ってない。米は地元産のを食べることにしてるのもあって通販で探すのも煩わしいし、遠くまで買いに行くのは米5キロは地味に重くてやってられん。どうせ研がなきゃならんなら、以前試してみたらやや糠臭かったちょっと安い別品種の米にしようか検討している。円安はちょっと戻しつつあるけど、輸出産業やら観光業やらは儲かってたんだろうから、良い面もあったはずで結局良いんだか悪いんだかワシャ分からん。なるようになりやがれだけど米がまずいってのは地味に効いた。

 物価高はワシだけ喰らってるわけじゃなくて皆平等に喰らってるわけで、ウダウダ言ってても仕方ないので、こういうときこそ”ビンボ飯”の腕の見せ所である。

 ワシ、大根は好物と言ってよいぐらいに好んで食している。定番商品でなくてはならないので、スーパーでは季節関係なく年中売ってて、お天気次第で多少値段上げ下げはあるけど安い食材である。かつしなびてくると半額札貼られて叩き売られてるケースも多いし、直売所では元からクソ安く売ってたりするので、日持ちもするし安いときに買って主に味噌汁の具として活躍してもらってる。しかし夏場は味噌汁そのものが日持ちせず、あら熱とれたら冷蔵庫というのを心がけていても、たまに変な匂いがして明らかに悪くなってるときがあって捨てざるを得なくなると慚愧に堪えず、夏場はあんまり味噌汁作らない。ジイサン一人暮らしだと味噌汁なぞ一回作って煮返しつつ2日3日食うのが手間も掛からず便利。ミソの風味など知ったことかだけど具がグダグダに煮崩れた味噌汁もまたオツというもの。

 なので、夏場はソバとか冷や麦をオロシダレでたぐる時ぐらいにしか出番がなく、せっかく安く売ってても冷蔵庫にまだ在庫があると買う必要が無い。なんか大根を大量消費する方法はないかと考えた。サッと頭に思い浮かんだのは名作マンガ「ばらかもん」の”このもん”である。大根を軽く干してから甘辛いタレに漬け込んだ漬け物で、作中登場人物達がむさぼり食っていた。検索すると再現レシピもあったけど、どうも五島列島の本場モノの再現レシピは、紀伊半島でもそうだけど、田舎では砂糖ドカドカ使うのが上等とされている傾向にあり、甘すぎるということをレシピ紹介者は書いていて、ややマイルドにしたレシピを紹介していた。甘いのは飯の友としてはイマイチだなとは思ったけど、漬け物という線は悪くない。ただ本格的に大根干してタクワン漬け込むかっていうと面倒だし、そんなにタクワンばっか食ってられん。なら浅漬けならどうよ?とレシピを検索したらいくらでもある。作り方も簡単で基本は切って塩ふってしばらく置いて、塩気を洗い流してから味付けという作業工程で面倒ってほどでもない。味もいくらでも変化の付けようがあるようで、とりあえず塩昆布使うのと鰹削り節使うのが、普段使ってる材料で間に合いそうなので作ってみた。どちらも簡単で美味しく、これだけで飯のオカズになるぐらい。これはイケるという感じなのでご紹介したい。

 いうても簡単!

 1.まず、大根を食べるだけイチョウ切りにする。タッパに入れて塩を適当に振ってガシャがシャッと塩がまんべんなく回るように混ぜる。保存性を良くしたければここで時間を掛けて塩辛くしてしまう。

 2.15分ほど寝かして、大根がちょっとシナッとなって水分が出て来たら、ここでザルに空けて余分な塩分をざっと水道で洗い流す。一回流すので掛ける塩の量は適当で良い。

 3.タッパに戻して味付けする。塩昆布味のほうは、ご飯にかけるならこのぐらいかなという感じで塩昆布をぶち込み、タラーッとゴマ油を掛け回してガシャガシャと混ぜておく。鰹節のほうは、削り節を全体に絡むぐらいに振りかけて、メンツユを適宜掛け回して、これもガシャガシャ。どちらも混ぜたら5分も馴染ませたら食べられる。美味しい。

 味は薄けりゃ食べるときに追加で醤油掛けても良いので、調味料の量はご飯の友ならこんなモンかな?ぐらいの目分量でよい。逆に味濃くなってしまったら沢山のご飯で食べましょう。

ー以上ー

 という感じで、塩で締め?てる間含めても30分もあれば完成でなんら面倒臭い工程もなく。大根がパリポリと食感も良く沢山食べられる。お薦めです。

 一つ注意してもらいたいのは、浅漬けは塩分ガッチリとか乳酸発酵とかを効かせて保存食として作られているわけではないので、消費期限はわりとすぐ来ちゃう。作ったらその日に食うか、残ったのを翌日ぐらいは良いけど、何日も保存はしない方が安全。ワシ、まあ漬けモンやしいけるやろと大量生産して3日目ぐらいで、ちょっとお腹痛くなって、他に下手人も居なかったので原因は浅漬けかなと思っちょりマス。最初の塩で締めるときにもっと塩辛く締めれば、3日ぐらいはいけるように思うけど、どちらかというと保存食的な漬け物というよりはサラダの一種としてササッと作ってササッと食べきってしまうのが無難かと。大根の浅漬けだけでは食卓が寂しいとかタンパク質が足りんという贅沢を言う人は、納豆でも豆腐でも追加して豪華に食べてください。

 味のバリエーションは、レシピサイトとか見てると無限にありそうなので、安い大根が手に入ったらお好みの味で是非お試しあれ。

 安くて旨くて簡単はビンボ飯的正義なり。