2020年9月27日日曜日

白い疑惑

 一瞬をものすごく分割していくときいくつまで分けることができるのか?普通に考えると無限に分けることができるように思う。
 永遠という時間単位がこの宇宙で実際に存在し得るのかどうか良く分からんけど、永遠をものすごく分割していくときも、これまた無限に分けることができそうに思う。
 ほんの一瞬と永遠との間に期間の長さとしては様々な長さがあるにしても(長さを持たないと定義すれば”一瞬”は分けられないとしても)、どんな長さの期間もアホのように高速で活動できる存在にとっては永遠に近似するような長さを持ち得るのではないだろうか?などと哲学的なことを考えたりもする。
 ”朝露の一滴にも世界が映っている”っていわれるのと同じように一瞬も永遠を内に秘めることができるんじゃなかろうか?
 ナニも考えずに鼻くそほじくりながら日々をうっちゃってたら、100年生きてもなんら”生きた”といえるようなことをなしえないけど、例え夭逝したとしても、情熱を持ち日々を闘って生きたなら、その短い人生に数多くの素晴らしい生きた証を残せることを世にあまた存在してきた”夭逝の天才”が証明しているように思う。
 パッと思いつくだけで金子みすゞ、伊藤計劃、土田世紀、ブルーザー・ブロディ、カート・コバーン。その他にも沢山居るだろう。彼ら彼女らほど”生きられた”なら生まれてきたかいもあろうというものである。「移民の歌」を耳にする度に鎖振り回しつつ短く吠え続けながら入場するブロディの映像が脳内自動再生されるのはワシだけじゃないだろう。


 我が愛猫コバンは長生きできないかもしれない。

 連休明け、鼻水垂らしてクタッと元気がなく餌も食べなくなってオロオロして、病気を調べるための血液検査にも1月くらいしたら連れてこいと獣医さんに言われてたこともあり、洗濯ネットに詰めてキャリーケースに入れて動物病院に連れて行った。
 鼻水垂らして調子悪いのは「猫ウイルス性鼻気管炎」のようで、「炎症抑える抗生物質だしておくので飲ませて下さい。人間のインフルエンザと同様、症状を抑える薬は出しますが基本は免疫がウイルスやっつけるのでしばらく安静にさせれば症状は治ります」とのことでホッとしたんだけど、クタッとしてたくせに嫌がって先生の手を引っ掻いた末の血液検査のほうの結果は「猫白血病ウイルス(FeLV)」陽性と出た。
 こっちは割と怖い病気のようで、「猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症」いわゆる「猫エイズ」とあわせて、猫の主要な死亡原因となってるらしく、”白血病”っていうと昭和のオッサンは山口百恵主演のドラマを思い出すわけで”血液のガン”っていう認識なんだけど、調べてみると”猫白血病”はちょっと違う印象でむしろ”エイズ”に近くて、骨髄で悪さをして稀に白血球が沢山作られる”白血病”的症状もでるようだけど、むしろ血球が減少して貧血起こしたり免疫系が上手く働かなくなって、感染症やらに日和見感染したり治りが悪くなって悪化したりという症状の方が多いようだ。
 健康な成猫であれば自前の免疫力でウイルスを体から排出することも多いようで、若いほど排出する率は低く、生後半年齢で50%とコバンはこのあたりなので排出する率は半々ぐらいだろうと思うことにしている(もっと小さいときから既に感染していたんじゃないと思いたい)。
 ネットでお勉強すると、
 「残念なことにFeLVを持続感染してしまった猫の70〜90%が1年半~3年の間に発症し、亡くなってしまいます。」
 という恐ろしい数字が出てきて、50前のオッサン怖くてちょっと泣いてしまった。
 野良ということで病気を持っていることもある程度想定していたつもりだったけど、いざその事実を突きつけられると、なんとも不安で悲しく恐ろしい。
 自分も含めて命ある者がいずれ死ぬのは運命で当たり前。ワシャまあ刺激的で面白い人生送れてると思うので死ぬのはあんまり怖くないと思ってるし(実際死にそうになったら怖いと思うけど)、正直可愛い愛猫と言っても所詮は犬畜生だと思えるぐらいには冷めた理性を持ってるつもりでもあったけど、今も横でスヤスヤ寝てたりするこの可愛い生き物があと数年の命かもと思うと、心の底から「そんなんイヤじゃ!」という気持ちが、コバンの死に対する恐怖が湧きあがる。
 明らかに”人間強度”が落ちていて、我ながら弱くなったと思う。

 予防的なワクチンは有効なようだけど、人間が罹る多くのウイルス性の疾患と同様に感染して発症してしまったら抜本的な治療法が確立されていない病気で、発症した病状にあわせて対処療法的な手当をするしかなく、発症していない現時点で免疫力でウイルスを排除してくれるのを祈るのとあわせて、動物の免疫系で作られる抗ウイルス的な役割を果たす伝達物質である”インターフェロン”を週1で一月位注射して免疫力をドーピングで底上げしてやって”陰性”に転じるのを期待しましょうと、獣医さんに治療方針を立ててもらった。
 検査もインターフェロンも結構お高いので、国民健康保険も当たり前だけど猫には使えず地味に我が老後の資金が打撃を食らうけど、ネコ様のためには仕方ない。
 あとは、猫ウイルス性鼻気管炎の症状が治まって食欲出てきたら、しっかり食わせて体力つけさせるようにというのと、なるべくストレスを掛けないように環境を整えてやって下さい、との指導があった。
 もっと早くに飼い始めていたら感染してなかったんじゃないか?とか、ワシが金持ちでいくらでもお金掛けられれば、快適な猫部屋を用意して、餌もアジの頭とか小麦と大豆が主原料の安っすいカリカリとかじゃなくてネコまっしぐらな感じの高級猫餌を用意してやれるのにとかグジグジ思ったけど、過去に戻れるわきゃないし、未来は現在から枝分かれしていくはずなので、今できることをヤレよと、タラは魚屋にレバは肉屋にまかせることにして覚悟を決める。

 まずは食欲無い時点で抗生物質の粉薬を飲ませるのはどうすれば良いのか?ってあたりがそもそも初心者”ネコっ飼い”には分からんので動物病院の看護師さんに聞いたら、「チュールに混ぜてあげれば食べますよ」と教えてくれた。
 ホントかよ?って半信半疑で前日から好物のアジの頭の焼いたのさえ食おうとしないのにさすがに食わねえんじゃないか?って疑ってゴメンナサイ。
 信じられないぐらいに食いつく食いつく。ワシの手に付いた魚汁とか舐めるのも好きなので、チュールの付いた指を舐めさせたら、舐めるどころかがっついてきやがって甘噛みじゃない割と本気の肉食獣の咬合力で指の表と裏に穴が開いて血がタラーッと流れ出る始末。
 水産缶詰会社の”いなば”のペット関連の子会社が作ってる商品で、小さくパッケージされたユルい練り餌状の”ネコのオヤツ”なんだけど、この異常な食いつきはマタタビとかイヌハッカとかのネコに対する麻薬的な原料が使われてるんじゃなかろうかとネットで調べてみたら、麻薬的成分はどうも含まれてないけど海外でも「KittyCrack(ニャンコ用コカイン)」と呼ばれるほどの大ヒット商品のようである。
 これは良いモノである。ただ餌をペースト状にしただけの小袋のわりにはチョイお高い。
 ならば、新鮮な原材料なら我が家にもあるぞと言うことで、金は無いけど暇ならあるので焼いて冷蔵庫保存していたアジの頭と皮をナメロウ作る勢いで叩きまくって、ちょっと味付いてたほうがいいのかなと、本家チュールの味見をしてみて薄い塩味ぐらいにメンつゆで味付けて適宜水を加えて練り餌的な感じにしてみた。

 「これ、ひょっとして我が家では材料費ほぼタダで手に入るから、ネットフリマで売ったら小金稼げるんじゃネ?売るときの名前は本家がチャオチュールだからヂャオヂュールで行こう!」と捕らぬタヌキの皮を算用するぐらいに良い感じにできたんだけど、コバンの反応はイマイチ。最初ちょっと食ったので成功かと思ったら、次から食わなくなった。病状悪化して食欲落ちたのかなと不安になって試しにヂュールの上に本家チュールをかけてみたら、本家だけ綺麗に舐めとりやがった。
 何が違うンやろ?と偽物の方を舐めようとしたら、えぐみの強い風味がまず鼻に来て舐める気が失せた。本家チュールはカツオ出汁の良い匂いが濃く香り立つ感じで舐めるのになんの躊躇もしなくてすんで、猫用にはそれでも塩分多いのでオヤツにたまにあげるだけにした方がイイらしいけど、なんならもうチョット塩気足してやってご飯に乗せてワシが食っても良いぐらいだったのと対照的である。誰や?ネコは味で餌を選んでないとかアホな論文出したヤツは?っていうぐらいで、香りも含めた”味”をネコは間違いなく区別している。それに反する実験結果が出たら実験の前提なり手法なりが間違ってると思った方が良いと科学者に忠告しておく。

 ヂャオヂュール長者にはなり損ねたけど、嬉しいことに抗生物質とかインターフェロンが効いてくれたのか、コバンの免疫系が頑張ったのか餌食わなかったのは2日ほどだけですんで、現時点では食欲も出てきて部屋に紛れ込んだ蛾も追いまわして食うなどやんちゃぶりを発揮しつつアジのアラもカリカリもモリモリ食ってくれている。
 いま体重4キロちょっとなので、ガンガン食わせて体力つけてやって6キロぐらいに育てるのが当面の目標か。冬の青物の時期までにそのぐらいまで育てて6キロオーバーのブリを一緒に食おうぜコバン。
 ストレス軽減のため、ケージに入れるのも必要最低限にすることにして夜も部屋の中に放流してあるけど、調子悪かった日に心細かったのか隣で頭をワシの腹にくっつけて寝てくれたけど、元気になってきたらいつもの習慣でか、ケージ内のキャリーケースの屋根で寝てたりする。ちょっと寂しい。冬になったらお互いの体温を求めてもっと密着できると期待している。

 状況は楽観できない。そうだとしても、日々を一緒に精一杯楽しく暮らして、コバンの一生が短いものに終わるとしても、その間に沢山可愛がって、沢山遊ばせて、沢山食わせてやろう。

 コバンのおかーちゃんのウニャ子は秋にも子供産んだ気配があって、その生産力の高さ?に戦慄を覚えるくらいだけど、産まれた子供で見かけなくなったのが全部死んだとも思いたくないけど、春7匹生まれたうち既にコバンとハイカグラ、テブクロぐらいしか現時点で生き残っていないかもしれない状況をみるに、餌はあちこちでもらってるとはいえ野良猫が半野生で生きていくことの厳しさを思い知らされる。あたりまえだけどワクチン注射とか受けてないし病気で結構死ぬんだろう。だからバンバン産まなきゃ命を繋げない。
 そのことについて可哀想だと簡単には書きたくない。野良には野良の厳しい中で生き残る充実した生涯があると信じたい。
 野生動物を可哀想だからと柵に囲うのが、必要なときもあるかもだけど、必ずしも正しくはないのと同様だと思う。
 野良猫の幸せには人間も関係してくるんだろうけど、基本その野良猫の責任である。自らで未来を勝ち取り生き残れ。
 飼い猫の幸せはだいたい下僕である飼い主の責任である。精一杯幸せにしてやらねばならないと、短い命かもしれないと覚悟するとなおさら思わされる。

 今コバンは胡座かいた股ぐらに乗ってきて寝てるけど、とりあえず可愛いので手間も金もかかるけどゆるしちゃう。コイツが死んだらワシ耐えられるんかいな?先のことは考えても仕方ないので、とりあえずキーボードを叩く手を止めて撫でまくってやろう。ういやつめ。

2020年9月19日土曜日

予想外の面白さ


 今回、サイトの方の「アニメ・映画など日記」の出張版でお送りいたします。

  日本の深夜アニメにおいて、女子高生になんかやらせるっていうのはすでにある種の様式となっており、女子高生にオッサンの趣味をやらせるというのももはや定番で驚くには値しない。例をあげると女子高生がキャンプする「ゆるキャン△」、女子高生がエアガン使って”サバゲー”する「さばげぶっ!」などである。まあ「さばげぶっ!」の原作マンガが少女マンガ誌の「なかよし」掲載だったていうのは、今時の女子はなんちゅうもんを読んどるんじゃ!と驚いたけどな。

 そんな中で、前期に始まったけどコロナ禍で製作が一時止まってて今期続きが始まった「放課後ていぼう日誌」は女子高生が主に”釣り”をするというマンガ原作のアニメで、正直あんまり期待しないで視聴し始めたんだけど、コレがなかなかどうして面白いっていうか、ハッキリ言って「釣りキチ三平」以降最高の釣りマンガ・釣りアニメだと現時点で確信している。

 釣りマンガとかって、一般的な釣り人レベルの作者が描いたところで、内容が浅すぎてつまんない。それは、技術的なレベルの話では全くなくて、何というか釣り人の精神的な部分の高い低いの問題だと思っている。プロの釣り師が技術監修したところで、細かい釣りの技術なんてのは時代と共に変わっていくような表面的なもので、あんまりそこが細かく詰められていたとしても本質的な面白さには関わってこないと感じている。逆に作者の釣りの技術がそれ程ではなくても、釣りという世界にドップリはまり込んでいて、沼の底から書いているような作者の作品は多少技術的に荒唐無稽な描写となっていようがどうしようもない面白さが湧いてくる。マンガじゃないけど開高先生も技術的には”職業釣り師”的な上手さはないし、夢枕漠先生も映像見る限り自己流で失礼ながらあんまり上手ではない。しかしながら両先生共に”釣りっていうのがなんなのか”っていうそれぞれの哲学がしっかりとしていて、かつドップリと沼に沈み込んでどうしようもなくなっているのが手に取るように分かる作風で、読んでいて身につまされるし面白い。

 釣りマンガでコレまで読んで面白かったのって「釣りキチ三平」を除くとあんまりなくて「おれはナマズ者」「釣り屋ナガレ」あたりがまあまあ面白かったなというぐらいしか記憶にない。多くは作者があんまり釣りのこと分かってなくて、適当なグルメマンガ要素でお茶にごしているにすぎず、まあ日本の釣り人の一般的なレベルってそんなもんなんだろうなっていう感触で、沼の底に沈んでるような釣り人を対象とした作品書いたところで読んで理解できる人間が少ないから仕方ないって話だろうと諦めていた。マンガは描くのに特殊な技術が必要なので沼の底の釣り人が直接描くのは難しいけど、文章はそれなりに誰でも書けるので沼の底からの濃厚な出汁の出た報告とかは書籍でもネット上でも読めるのでそういうのを楽しんでおけば良いと思っていた。

 ところが「放課後ていぼう日誌」は例外的なぐらい面白い。海辺の高校に通う女子高生が堤防で釣りしたり干潟であさりを搔いたりという活動を部活として行う”ていぼう部”に入って釣りを楽しむっていう、設定聞くだに駄作っぽい香りが漂ってくるんだけど、これがなかなかに鋭い鋭い。釣りの技術的には「釣りキチ三平」のような奇想天外な策略も出てこないし、釣りのプロ様が監修したような今時の技も出てこない。初めて釣りをする主人公に部員達が教える形で技術的には基礎の基礎的な部分の解説とかが割と多い。ただ基礎っていうのは一番大事な部分だから”基礎”たりえるわけで、そこがしっかり押さえられているのはむしろ好感度が高い。部活モノのアニメで”プール回”があるのはお約束としてもそれが”着衣水泳”の練習回だなんていうのは最も大事な基礎である”安全第一”っていうのが分かっている釣り人じゃないと描けないはずである。それを堅苦しくなく女子高生のキャッキャウフフな部活風景の中で描いているのである。鋭いぜ。

 その鋭い作品のなかでも、原作者分かってらっしゃるなと特に感心した話を上げるとすると、主人公の相棒が、釣りって同じようにやっても釣れないことがあってそれも含めて面白いと思うんだけどね、っとか言っちゃうところとかも大きく頷かされたけど、直近2話の”アオサギ回”と”のべ竿回”が著しく鋭くてほとほと感心、脱帽である。

 アオサギ回では主人公がリリースしようとしたガラカブ(カサゴのこと。言葉遣いで九州熊本あたりが舞台と分かる)をアオサギにかすめ取られてムカつくんだけど、その足に釣り糸が絡まっているのを見つけていたたまれなくなって、結局そのムカつくアオサギを捕獲して釣り糸を外してやることにする。それだけならありがちな陳腐な描写になるのかもしれない、ただ今作では、救助目的でも野鳥の捕獲には許可が必要なので先輩が役所の許可を取ってからとっ捕まえて糸を外してやる。コレって実際にやったことある人間かやろうとした人間じゃなければ知り得ない知識であり、原則的には狩猟免許が必要なのかな?ぐらいに思ってたけど、ワシも恥ずかしながら正式な手続きはそういう段取りなんだと初めて知った。救助目的の特例的な許可があるんだな。勉強になりました。ちなみにワシは過去無許可で勝手に捕まえている。鳥の足に釣り糸が絡まっている。可哀想だなと思う。多くの人がそう思うだろう。ただ面倒くせえ手続き取ってまで捕まえてでもどうにかしてやろうと思える人は少ないだろう。それだけで尊敬するに値する。釣り場に平気でゴミを捨てていく輩と真逆の高潔さを感じたと言ったら大げさだろうか。自分も根掛かりで釣り糸を釣り場に残すことがないわけじゃないので、その罪深さを改めて認識させられたお話しで、やっぱり”根掛かり覚悟”なんて釣りは下策で避けなければだし、釣り場のゴミは拾いきれないくらいだけれど、明らかに釣り人が原因で下手すると100年単位で環境に悪影響を与え続ける代物であるラインゴミぐらいは回収できるだけ回収していこうと、ここに新たに誓うぐらいに心に訴えるものがあった。

 のべ竿回では、アジゴ(小アジ)をのべ竿に浮子仕掛けで釣る。アジゴはコマセサビキで主人公が初めて釣った魚であり、その後も何度も釣ってるので最初他の魚が良いって言ってたんだけど、いざ釣ってみると柔くて良くしなって直接的な手応えの延べ竿の釣り味にすっかり魅了される。”のべ竿の釣りは独特の面白さがある”っていうか超面白いっていうのはワシ40年から釣りしてきて割と最近になってやっとたどり着いた境地である。まいりましたと言わざるを得ない。原作者ものすごく心根のしっかりとした程度が高い釣り人であるとお見受けする。それは技術的に上手とかそんなことよりずっと価値のある素晴らしいことだとワシャ思う。

 っていうのべ竿回であからさまな間違いをみつけてしまいオッサンちょっと安心した。あんまり完璧すぎるのも何だしまあご愛敬ってところだろう。小さい緑色のベラが釣れて逃がしてあげる場面があり、そのベラがキュウセンの雄だとされてたんだけど、普通の釣り人なら「ベラの仲間は性転換する種が多くてキュウセンは小さいうちはみんな雌」っていう突っ込みを入れるところなんだろうけど、それでは突っ込みとしては甘くて間違っている。キュウセンには実は小さいときから雄の個体が少数ながら存在する。ならアニメの描写は正しいのでは?となるけど、そうはならないのがキュウセンなんていう身近な魚の実は面白い生態。小さいときから雄の個体は緑の”アオベラ”じゃなくて、小さいときには色は黄色オレンジに黒ラインの普通は雌の”アカベラ”の色をしているのである。だから正確には「小型のキュウセンには雄であっても”アオベラ”の色をしたモノはいない」と突っ込むのが正しい。小さいときから雄の個体は、雌の体色で雄が引き連れる雌ハーレムに紛れ込んで産卵行動に参加すると聞いている。アカベラの見た目の雄は人間の目には外見上雌と見分けが全くつかないのだけど、同種の雄には一緒に飼育して産卵させようとすると追い払おうとする行動が見られるので、どうもじっくり時間を掛けると理由は分からんけどバレるらしく、ハーレムの主に隠れてバレないうちに卵に精子をかけなければならないとかの都合上か、コイツらの精巣は大きく、大型化して本来の雄の体色である”アオベラ”化しても精巣が雌からの性転換組と比べて大きいので最初からの雄だと区別ができる。ついでに雄に性転換せず雌のままの一生の雌個体もいる。「キュウセンなんて外道」とか言って食味の良さも知らないような釣り人はこういう面白い話にたどりつけないだろう。どんな魚でもつまらない魚なんていないんである。

 なんにせよ放送終わったら原作マンガの方も買わなければならんなと思っている。釣りする人もしない人も楽しめる作品だと思うので超お薦めしておきます。

2020年9月12日土曜日

悲しみよおはようございます


 今朝、コウタイが水槽の底に腹を上にして沈んでいた。
 2009年の5月に購入して、今年で11歳と寿命が5~10年とされるなか老齢で、ここ数年はヒレも再生しにくくなってて、老齢の淡水魚の典型だと思うけど所々破れ傘のようになってて、台風の時に血が滾ったのか暴れた後、餌を食ってくれなくなって、冒頭の写真の様に水草に頭をあずけて背中を水面に出したままジッとしているようになり、これはいよいよ最後の時を迎えようとしているんだなと覚悟はしていた。
 命ある者はいつか死ぬ、年を食ったら死ぬのは当然の摂理。そう知っていても覚悟していたつもりでも、なかなかに寂しいモノがある。
 よく犬猫の死によって飼い主の心にはその犬なり猫なりの形に穴があくと言われるけど、なるほど確かにコウタイの形の穴が開いてるような気がする。
 その穴を埋めるには新たにまたペットを飼って、似たような形で埋めてもらうのが一番だとも言われている。
 実は小型のライギョの仲間を飼育するのはこのコウタイが2代目で、先代はレインボースネークヘッドというインド産の美麗種で、そいつが死んだときもやっぱりその形に心に穴が開いて「もう魚飼うのはやめて今居るスポッテッドトーキングキャット(南米産小型ナマズ)が死んだら観賞魚飼育は終わりにしよう」と思ったのだけど、同居人の強い希望もあって再度飼育することにした。穴は良い塩梅に埋めてもらえた。

 小型のライギョの仲間の良いところは、とにかくバクバクと餌を食ってくれて物怖じせず人に良く慣れるところで、観賞魚飼育において餌やりは楽しいひとときだけど、彼らは慣れてくると人が水槽の前を通ったりすると、硝子前面に頭の先をすりつけるようにして体を左右に振りまくる”餌くれダンス”と言われる行動をとって、餌をやるのに蓋を開けようとすると蓋にジャンプして頭突きカマしてくるぐらいのがっつき具合で、餌も肉食魚用の人工飼料から、釣ってきたハゼ、夜窓に飛んできた虫、魚料理した後のアラの切れっ端、なんでもパクついて、食うと一旦沈んでモグモグと頭を動かしながら飲み込んでいくのも愛嬌があって楽しい。
 コウタイはレインボースネークヘッドと比べても食いしん坊で、かつ身体能力が高く、手に持った餌をジャンプして咥えて水中に戻るとか、まあ野生では水上の昆虫とかそうやって食ってるんだろうけど、なかなか感動的で生きたハゼとかの小魚をあげたときに見せる興奮して襲いかかる”これぞ魚食魚”という獰猛さも素晴らしかった。
 あと、掃除するのにポンプを囓るのはともかく、ワシの手もよく囓ってくれて結構痛かったのも今となっては懐かしい。
 そういう迫力ある魚食魚が、飼育下では30センチ以下ぐらいなので細身で長さのわりには”小さい”こともあって一般的な60センチ水槽で飼えてしまうのである。迫力なら大型の魚食魚の方があるだろうけど、50センチ以上とかに育つ魚には最低でも120センチ水槽が必要になってきて、なかなか一般家庭では飼育が難しい。

 水質とかにもあんまり気を使わなくて良くて、月に2回の半分換水と数年に一度の底砂と底面濾過装置のフィルターの掃除で問題なく、関西で一時帰化していたぐらいで室内なら加温無しで冬を越せるのはともかく、関東の都市部の夏の酷暑による水温上昇とそれに伴う溶存酸素量の不足も、ライギョの仲間なので上鰓器官を使った空気呼吸でプカっと息吸って平気の平左。

 買ってきたときは15センチ強だったけど、最終的には23センチぐらいになっていた。
 最初は隠れ場所として植木鉢とか入れてたけど、あまり隠れないので後年大きくなったこともあり遊泳できる面積を増やすのに、底面近くにはモノを設置せず、植物始め吊した流木やら鉢やらを水面近くから水面上に配置して、植物が茂る水辺っぽい景観にしていた。
 植物の作る影が水中を薄暗くして、その中を泳ぐコウタイの白銀の斑点がギラギラとしてなかなかに目を楽しませてくれた。

 飼育者としてできる限りのことはしてきたつもりだけど、果たしてコウタイは”幸せ”だったのだろうか?人間の感覚で他の生き物の幸せとか推りようがないので考えてもせんないことかもしれんけど、養殖されて一度も自然の世界に出ることなく、繁殖の機会もなかったのはどうなんだろう?と考えると、生き物を飼育することにつきまとう罪悪感は拭えない。
 だとしても共に暮らした月日がかけがえのないものだったという、こちらの都合だけど、その思いは揺るがないように思う。 
 11年の永きにわたって楽しませてくれてありがとう。心からの感謝を捧げる。

2020年9月6日日曜日

いろいろと甘い生活


 ねこっ飼いの朝は早い。

 夜は居室内のケージに入れるんだけど、最初は嫌がって底に敷いたダンボールをガリガリしたり鳴いて抗議したりで「オレこいつと暮らしていけるんだろうか」と不安になったけど、っわりとすぐにケージに入れたら寝る時間と学習してくれて、病院への送迎とかに使うキャリーケースの中に古タオルを敷いて寝床を作ってあげたんだけど、キャリーケースの屋根が夜寝る定位置になっている。なんかスヌーピーみたい。
 とはいえ6時前ぐらいには起きだしてゴソゴソやり始めるので、こちらも起きて、布団上げて掃除機掛け→ケージの扉開放→ブラシ掛け→餌→猫トイレ掃除、とネコ様の下僕として朝の一連の作業をこなさねばならぬ。

 トイレは問題なく猫トイレの砂にしかしないし、餌も好き嫌いなく食べてくれてその点は楽。カブト割りにして焼いたフッコの頭とかの大物はケージの外で食おうとするのでその時だけケージの扉を閉める。爪研ぎも柱とか襖じゃなくて座椅子の背を気に入ってくれたようで、座椅子ならまあボロくなったら買い換えれば良い程度なのでありがたい。市販のダンボール製爪研ぎも用意したけどたまに囓るぐらいであまり使ってない。
 猫が飼い主の買ったモノを思惑通り使ってくれないってのはお約束らしい。

 ただ、まだ生後半年ちょっとぐらいの子供なのもあるのか単に性格なのか、コバンやんちゃで困る。
 猫って一撃必殺の瞬発力で狩りをする生き物なので、群れで獲物を追跡する狩りをする犬に比べると運動量が少なく、一日の大半を毛繕いと眠りに費やしてるので、もちろん散歩とか連れて行く必要もなく楽なんだけど、一日のうちに2回ぐらい活性が上がる時間帯があって、だいたい朝飯食った後と夜寝る前なんだけど、たまに変な時間に暴れ出したなと思うとその後トイレすることが多い。これもわりとありがちな現象らしく”トイレハイ”というそうな。

 活性があがってる時は、オモチャとして与えてあるフック外したルア-2個を投げてあげたりして遊ばせるんだけど、活性上がってるときは興奮して歯止めがきかないのか、普段は爪を立てないように気をつけてくれてるんだろうけど、ルアー投げるまえに目の前でじらして動かしてるときとか、まだ興奮冷め切ってないときに不用意に手を出したときとか爪立てて引っかかれる。ひっかき傷が絶えない。まあ猫だからいたしかたない。

 活性が上がると、部屋中走り回って高いところにも登りたがって、ゲージの上やら飛び上がるのは良いンだけど、意外と大丈夫だなと思ってた障子の戸を、桟をハシゴのようにして駆け上がって欄間にセミのように張り付きやがって、障子下の方は裏にガラスが入ってたので最悪脱走はしないだろうと高をくくってたけど、こりゃどうにもならんと空き部屋の襖と入れ替え。まあ猫だからいたしかたない。

 このぐらいは大丈夫かなと思うことはだいたいダメで、パソコン下のカラーボックスの中に筆記具とかこまごまとしたものを収納して、その前をケージで蓋してたんだけど、ケージの隙間から猫の手が入るけど大丈夫だろうと思ってたら、むしろ逆に手を突っ込んでモノを引きずり出すっていうのは好きなようで、気がつくとボールペンとか引っ張り出してガリガリ囓ってたりするので、ケージを猫の手が入らない細い網目のに変更した。まあ猫だからいたしかたない。

 群れで暮らして序列や掟のハッキリしている狼由来の犬と違って、基本単独行動の猫は親兄弟との関係とかからある程度の”しつけ”は受けるようだけど、あんまり”しつけ”てどうこうできると期待すするような生き物ではないようで、ネコ様のやりたいようにして問題が生じないように下僕である人間が工夫するのが基本のようである。
 ただ、親がクケッとか鳴きながらおイタをした仔猫に猫パンチ食らわせている様子はわりと見るので、まったくしつけができないというわけでもなく、猫を叱ってしつけるのはダメです的な”猫ッかわいがり”が過ぎる識者の見解は正直疑わしいと思っている。


 ネットでお勉強したところによると、直接叩いたりするのは飼い主に対する不信感を募らせることがあるので望ましくなく、大きな音とかが嫌いなので、やっちゃイケないことをしたときには何か落下音とか猫が驚く音を出して、やっちゃイケないことをすると嫌な音がすると学習させるのが次善の策で、一番良いのはやっちゃイケないことより楽しそうなオモチャとかで気をそらせて止めさせるのが最善だとか。


 まあ、そういう”おイタ”の問題やらトイレ掃除に餌にと面倒臭いんだけど、足下で無防備に寝てる様とか、帰宅すると喜んで足下にスリスリしてくる様とか、一緒に昼寝してると髪の毛舐めてグルーミングしてくれる様とか、雷にビビってケージに隠れる様とか、太い前足の好ましさとか、投げたルア-に突撃する野性味あふれるしなやかな身のこなしとか、なぜか白目剥いて寝てる様とか、喉を撫でてやったときに細くなる目とか、暗がりでこちらを見つめる丸く開いた瞳のウルッとした感じとか、数え上げるときりがないぐらいに面倒臭さ以上に可愛さにあふれているので、ネコ様の下僕も悪くないなと思う今日この頃である。

2020年8月29日土曜日

僕のそこそこの規模の失敗


 失敗の多い生涯を送ってきました。

 最近では、病気と上手く付き合って何とか永く勤め上げようと思ってた仕事を病状悪化で早期退職することになったこととかを始め、ここには恥ずかしくてとても書けない人間関係の上での失敗とか、仕事の失敗とか、釣りでの失敗とか、突然布団の中で思い出してしまって、嫌な汗をかいたり、いたたまれない気持ちになるような、そんな失敗の数々。
 昨日と同じ日々を送りたいと思って手堅く行っておけば犯さずに済んだ失敗を、欲をかいて昨日よりも楽しく、良い日々を送りたいと願ってしまうが故に犯してきたように思う。
 失敗の数は多く、成功の数は少ないはずなんだけど、その数少ない成功の甘美さに魅入られて昨日と同じ今日じゃいられなくなる。博打打ちや釣り師が一度の成功体験でハマってしまい抜け出せなくなるのと似ている。

 猫を飼うことにしました。一番懐いているコバンを、外に出さない部屋猫として我が家にすでに迎え入れてます。

 猫は、田舎じゃ自由に家と外を行き来する”外猫”が理想的って以前書いてなかったっけ?と突っ込まれるとその通り。
 その考えは今でも変わっていない。
 でも、今回は外猫ダメで室内飼い部屋猫でいく。
 飼うことを決意した状況が二つあって、近所のあるお宅に迷惑をかけているということが判明したのと、家のベランダに餌を食いに来ていたのが飼い猫ではなく野良だと判明したということ。

 なにげに朝の挨拶とかしてて、ご近所さんから猫に困っているという話を聞いて、その状況が自分の予想してなかったものだったことから、正直聞いてて「失敗したーッ!」と顔が青ざめてたと思う。
 その場で、自分も考えなしに裏のベランダで餌を与えてたことを白状して平謝りに謝って、問題解決のためにできる範囲のことをやらせてもらうと約束した。
 先方は、私が移住する以前からずいぶん我慢してきたので、あなたのせいってわけじゃないとは言ってくれたけど、確実に自分にも責任がある。
 迷惑の内容については個別具体的に書くのは個人情報保護の観点からまずそうなのでやめておくけど、解決するには猫をそのあたりにたむろさせておかないことが重要になってくるようなことで、餌やって呼び寄せてたら悪化の一途のはず。
 自分でも、状況把握が甘くて軽率だったと思うけど、読者の皆さんにしてみればもっとそう思うだろう。ただ言い訳させてもらうと、猫たちは私が来る前から近隣の家々から餌をもらっていて、今更自分がちょっと餌あげるぐらい問題ないだろうと判断していた。地域みんなで昔から野良猫に餌やって世話してきてたんだろうと感じてた。
 ある意味それは正しくはあったんだろう、ただ私が来るまで餌をあげているのは家のあるブロックの裏手のお家で、そっちに餌もらいにいく分には問題は起こさない。
 我が家の裏のベランダまできても問題は起きない。問題はそこから猫たちが私に懐いて、我が家の表側の通りにまで出てくる機会が増えて問題が悪化した、というのがありそうで申し訳なくて仕方なくなったのである。

 ご近所さんは、「よく見るのはオレンジの大きいの」と言っていて、「コーバーンか~!!」と頭を抱える。ヤツは人なつっこくてあんまり人を恐れないうえにちょっとバカっぽい。余計なことをして迷惑掛けるのが簡単に想像できてしまう。
 自分のできることっていっても、実際には限られていて、猫がご迷惑かけているご近所さん方面に行かないようにするには、そっちに来たら脅して来ないようにする、っていうのと、野良猫だというなら捕まえて引取先を探すっていうのもありだろう。
 地域猫として避妊して管理していくっていうのもちょっと検討したけど、行政や地域の人も巻き込んだ合意形成が必要なようで、とてもじゃないけどヨソモンのコミュ障の引き篭もりであるワシの手にはおえん。ホント無理です勘弁してくださいという感じ。
 猫を引き取って里親を探してくれるようなボランティア団体はあるハズなので、ネットで調べて一番近くの団体に相談してみた。
 捨てられたりする犬猫が多い中、飼育施設や経費も限られていてなかなか引き取れる枠が空かないのが実情とのことだったけど、たまたま雌の仔猫を探している人が居るとかで該当するのが居れば1匹、病院とかで掛かる諸費用+手数料もらうけど引き取ると言ってくれたので、ちゃんとした里親に引き渡してもらえるなら安いモノと、2期生の生き残りであるテブクロの引き取りをお願いした。
 テブクロ、どんくさくてすぐつかまるし、つかまって狭い衣装ケースに拉致されても、割と平気で餌も食ってくれた、トイレもちゃんと猫砂にするし、ちょっと懐いてスリスリしてくるしで良い子である。野良で生きてくには心配な有様だけど、逆にこれなら里親さんには可愛がってもらえることだろう。
 2期生はすでにワフーもどっか行ったのか、交通事故やら烏や雄猫の襲撃に遭ったのか居なくなってて、あとはウチに餌食いにきていたのは、ウニャ子とハイカグラとコバンである。
 まあ、問題児のコバンが好都合なことにワシに一番懐いている個体なので、無責任に餌だけやるんじゃなくて、責任持って飼うことにして外に出て悪さしないように部屋猫にしてしまう。っていうのが一番真っ当な責任の取り方ではないかと考えた。
 ウニャ子は野良猫としての生活が長くて今更部屋での囚われた生活には慣れないだろうし、カグラはあんまりワシに懐いてない。
 この二匹に対しては、表側に出てきたら両手を広げて襲いかかる振りをして「フシャーッ!」と威嚇の声を上げて追いかけ回すことにした。
 特にウニャ子との間には1年近くかけて築いた絆的なモノがあったはずなのに、それを威嚇して追いまわすとか、とんでもない裏切り行為でしかなく。ウニャ子の何が起こってるのか分からないような顔を見ると自分のやってることのあまりの酷さに、自己嫌悪で涙が流れる。その心苦しさはオノレの軽率が招いた失敗の罰として甘んじて受けよう。ウニャ子達が人に迷惑を掛けずに可愛がってくれる人達のいる方に足が向くように、酷い自己嫌悪にさいなまれながら追いまわそう。めげそうになるほどしんどいけど。

 今回、港町という猫には古くから寛容だったはずの地域であり、安易に”猫への餌やり”は許容されるだろうと思ってしまっていたのが誤りだった。個別具体的な事例毎にそのへんは変わってくるはず。ただ、今回エサやってる人も多いっていうのを理由に「オレだけのせいじゃない」とか「猫が居て当然だから被害受けてる側でも工夫して欲しい」とか、餌をヤる側の理屈で数押し的に行くという”最悪の失敗”だけは何とか避けたつもりである。困ってる人がいるのに、それを少数派だからといって我慢とかを強いるのはたちの悪い間違いだという気がしてならない。そういう迷惑受けてる少数派としての立場にあったこともままある自分が、それを言っちゃあおしめぇよ!かなと。

 というわけで、動物病院を予約して25日コバンを捕獲する。
 捕獲は簡単にいった。ベランダに出るドアを開けて餌で釣って招き入れてドアを閉める。つかまった意識のないコバンを抱えてとりあえず、風呂場に監禁するかと入れたら、ニャーニャー鳴いて抗議が始まった。
 しかたないので、一階の作業場を解放することにして予約時間まで1Fで遊ばせておくと割と機嫌良く探険とかして遊んでた。
 病院には山寺の和尚さんじゃないけどネコを洗濯ネットに押し込んで、キャリーケースに入れて持って来てくれとのことだったので、そのようにしてケースを肩からかけて自転車で爆走。
 初日はとりあえずノミ取りの薬「レボリューション」をつけてもらい、今後の検査やらワクチン接種やらのおおまかな日程について説明を受けてきた。
 病院から戻ってくるまでニャーニャー鳴きっぱなし。そら不安だったろう。
 前日注文した猫グッズとかを部屋に設置してる間も、コバンは一階で遊ばせておいた。
 一階で囓られたり爪掛けられて困るようなモノは、一つドアが閉まる部屋が余ってたのでそちらに収納して、一階作業場はそれなりに広いので長時間家を空けるときとかの”遊び場”として使えそう。

 基本、目の届きやすい居室で飼おうと思ってて、部屋に積んであったりしたモノたちは蓋の閉まるボックスを買って収納した。
 コンセント周りやカラーボックス前面、障子の前には鉄製のフェンスで侵入を防止。
 あと、寝るとき暴れられるとワシが眠れずに困るので、しばらくは寝るときは組み立て式のケージ内で過ごしてもらうことにする。冬になったら一緒に寝たい。

 餌もトイレもケージ中に設置で、猫ってトイレのしつけは簡単なようで、特に教えなくても、そこにしか砂がなければそこでトイレをする習性のようだ。写真ではまだダンボール箱だけど猫トイレも買った。ネコ様用の高級品を買ったけど、まあタダの桶で良かった気がする。
 ただ、これまで自由な野良猫生活だったのがケージに閉じ込められるのはえらい気に入らないようで、蓋を閉めるとニャーニャーと抗議の鳴き声を上げ続けるし、何とか脱出しようと敷いてあるダンボールを爪でガリガリやったりする。
 狭い場所での生活にもある程度慣れてもらわないと、ワシ基本もう猫のために遠出しない生活にする覚悟だけど、冠婚葬祭はそうも行かないだろうから、うちの街にはないけど出先ででもペットホテルを探して預ける場面も出てくると想定され、鳴こうがわめこうが無視して疲れて寝るまで放置。
 疲れて最終的には寝てくれるんだけど、その間寝られないワシの方が寝不足で体調崩し気味。
 だんだん、慣れてきたようですぐに寝るようになってきたけど、その分朝早く起きて鳴き始めるので、結局寝不足で、朝起きて布団を上げて部屋に掃除機をかけて猫トイレ掃除、コバンを放流後、一緒に朝食にして再度寝る。

 拉致監禁して酷いことしているはずだけど、懐きっぷりはあまり変わらなくて、横でひっついて寝てくれたり、アゴとか頭とか撫でてくれと差し出してくる。可愛い。
 お互い慣れていって、一人と一匹のペースができるまでは、ちょっと疲れるかもしれないけど、末永く仲良くやっていこう。

 猫の寿命って15年かそこらで、長くて20年と聞く。ワシもそこまで生き延びる必要が出てきた。
 釣りのために健康やら寿命やら削っても惜しくないと思ってたけど、コバンのために長生きしなければならなくなった。健康損ねて長期入院とかもマズい。ある種バカにしていた”健康で長生き”も真剣に考えなきゃならん。
 ちょっと体調崩しぎみなので、まずは無理せず回復させねば。
 自由にやんちゃに外での生活を楽しんでたのを、拉致監禁して飼うんだから、外に出さないことによる事故とかの危険の減少とかは当たり前として、相対的な”幸せ”がワシとの生活で野良猫生活よりも多くなるように、できるだけのことをやってあげたいと思う。

 まずは先立つものとして金が結構かかったんだけど、アベちゃんからもらった10万円の給付金。無職で収入の減少もクソもなかったのでもらうべき理由もなく、どっかに寄付でもするべきか悩んでたけど、ネコ様に使わせてもらいます。海川をコンクリで固めまくる自民党政権の施しを受けるなど屈辱だけど、ここでも魂など売れるなら売っておく。正直ありがたいお金。

 無職で持病抱えて、それでも猫と一緒に幸せに暮らしていけたなら、わしの人生は失敗じゃなかったと思えるんじゃないだろうか。病めるときも健やかなるときも共に生きて幸せになろうね。

2020年8月22日土曜日

夏の魂大安売り!


 ワシわりと天邪鬼で他人様の逆張りが好きで、他人様がお褒めになるご大層な事物には雑菌まみれのクソを塗りたくってやりたくなるし、誰の目も引かない路地裏に咲く花でも自分の審美眼がそれを美しいと認識したのなら積極的に愛でていこうという方針である。
 まあぶっちゃけABUカーディナルとか、全盛期から愛用しているとか憧れてたとか好きな人が使うなら良いけど、他人の評判だけでありがたがって使ってるような輩は中古釣具屋や転売屋の良いカモだなぐらいの認識である。
 インスプールの時代のとか師匠であるJOSさんが渓流で使ってたけど、そういう年季の入った手練れが使うから格好良いんであって、ヘッタクソが使ってたらケッて感じになる。まあ、一番新しい復刻版はスプール後ろ巻きとかの問題も改善されてて使いやすいらしいので、インスプール入門機として手にしてそれが似合うようになるまで使い込むっていうのはありかもしれん。
 アウトスプール時代のC4については釣友の愛機をいじらせてもらって、丈夫な作りと濡れちゃ困るモノはドラグも含めて本体内にシュッと収めた設計とかナルホドこりゃ名機だわと感心したので欲しくはあったけど、自分が使うべきリールが他に山ほどあるのにまあ不要だなと思ってた。

 ところが、最近TAKE先生がC3、C4にご執心のようで、この名機の泣き所であるベールスプリングの長寿命版をご自身で設計してバネ屋さんに発注して売りに出している。現在C3用が絶賛発売中で、C4用は強度試験中とのこと。
 ちょっとアレッ?と不思議に思う。C3のベールスプリングがすぐ折れるってのは良く目にする話だけど、C4は釣友が往年は結構な頻度で使ってたはずなのに一度も交換していないって言ってて、C4は大きい分余裕のあるベールスプリングになってるんだと思ってたけど、ネットで調べてもやっぱりC4もベールスプリングは予備必携で割とすぐ折れるってのが散見されて不思議な気がする。
 緑の線が入ってるのが最初の方のモデルらしいけど、ひょっとするとその後の黒いヤツはどっかの時点でベールスプリング強化されてるのかもしれん。まあ、世界中で長年にわたって売りまくった名機なので、すぐに折れるとか顧客がお怒りになるであろう欠点に対して、後半のモデルで改良を加えていたなんてのはあり得る話である。
 よく、古い時代の方が作りが丁寧でモノが良いって盲信している人が居るようだけど、マイナーチェンジ繰り返しながら売り続けていたモデルとかでは、一番最後のほうが完成度高くなってるとかあり得るので、一概には言えないのである。最新式が一番良いわけじゃないのと同じぐらい一概には言えないんだと思う。そのあたりは結局自分で使って自分なりの回答を得るしかないんだろうと思う。
 ってなことを考えていると「私気になります」っていう症状が出始めて、アウトスプール版ならカーディナルもそんな値段しないし、ちょっとボロ個体でも買ってみるかとオークションサイトを覗いてみて驚いた。「C3」値段高騰中!
 以前からインスプール版ほど評価は高くないけど、好きな人はそれなりにいるようで小さいC3の方が人気で箱無しだと1万円行くか行かないぐらい、C4は5千円前後って感じだったと思うけど、C3綺麗な個体だと2万円近い落札価格で、ネットフリーマーケットとかではそもそも売り切れてて弾がほとんどない。
 明らかにTAKE先生が長寿命ベールスプリング販売したのが効いている。インスプール版は使いこなす自信ないけど、古い名機には興味があってっていう層が、唯一の欠点であるベールスプリング折れを回避できる部品が売られたことによって「私気になります」ってワシと同じ”流行性カーディナルC症”に感染したんだろう。
 まあ、2万はさすがに馬鹿臭い値段だなと思わなくもないけど、買った人、ちゃんと使い込めばそんなに後悔はしないんじゃなかろうか?
 単純明快な設計で無駄がなくて軽くて丈夫、整備性も良いけどラインローラーとか”外回り”の注油ぐらいでほったらかしでも基本大丈夫で、瞬間的な逆転防止なんて釣ってる間はハンドル手で持ってるんだからほとんどの場面で別に要らんと気がつくだろうし、ウォームギアの滑らかでかつそこそこ重い回転は手元に来る感度も良いはずで(感度なんかなくても竿先見とけば分かるだろ?といつも感度を売りにした製品を見る度に思うけど)、調整しやすい斜め下に突き出たリアドラグ使いこなして釣るのとかもとっても楽しめるだろう。なによりすぐに型落ちになって価値が下がるってことがないのは長くつきあう後押しになり得る。
 「なんだ、スピニングリールってこんなに単純でいいんだ!」って思ってくれる人が増えればアホみたいに高級化してしまった釣り具をありがたがり、流行を安直に追う風潮に対する抵抗力になってくれんだろうか?

 などと思うと同時に、これひょっとしてC4も長寿命ベールスプリング発売開始と共に中古価格高騰するんじゃないか?って気がついてしまい、いっちょ”転売屋”で儲けたろうか、っていう山っ気がでてきてしまった。
 しかしながら「オマエは大事な釣り道具を右から左に流してあぶく銭を得てそれで良いのか?魂を売るつもりか?」っていう内なる自分の声がする。
 魂なんてモノは働いて銭稼いで生きていくには売れるモンなら売らざるを得ないってのは働いてる皆さんなら身に染みてご存じだと思う。ワシも働いてる時に魂なんぞ売れるだけ売った気がする。もう在庫なんてほとんど残ってない。
 それでも売らずにとっておいた最後の在庫品の一つである”釣り具への愛”なんてものを売ってしまって良いものか?
 コレまでも中古リールを買ってネットオークションで売ったことはある。でもそれはボロい個体を買って使えるように修理なり整備なりして、次に手にした人が楽しく釣りをしたり、蒐集したブツをクリクリ回して楽しんだりできるように、まだ使えるであろうリールに大げさに言えば”魂”を吹き込んできたつもりで、単純に右から左への転売とは違うと自負している。見た目的にはボロいのはそのままにして売りに出してたので値段付かず手間暇考えれば馬鹿臭い程度の儲けにしかならなかったし、全体的には大赤字だというのは以前も書いたとおり。
 ガサガサとC4を買いあさって、値段が釣り上がった頃に適当なご託を並べて売りに出す。なんとも気分の良くない商売である。そんなこと言い出したら中古屋さんの仕事否定するのかって話で、黄色いお店にはさんざんお世話になったし、必要なモノを欲しい人に渡す仲介役ってのも立派な仕事のはずである。ただ、仕事だと割り切れるかって話。
 でも、現在無職でいつでも釣りに行ける生活に耽溺している中で、もう定時に出勤するような仕事はする気がほぼ無い状況下、何とか金を稼ぐ手段を見つけて稼げるときは稼ぐべきではないか、魂なんてものは売れるときに売り払って金に換えてしまえっていうのが正しいような気もして、閉店前の大安売りとばかりに覚悟を決めた。

 決めたんだけど、いざ売ろうとすると魂もなかなかコレが売れないモノで、C4も地味に値段が上がり始めていて、ネットオークションでも競り負けまくる。ネットフリーマーケットで一台手にしたけどこの程度のそこそこ使用感のある個体で7300円と良い値段している。コイツは替えスプール付きだったので、本体だけなら6000円ぐらいでお値打ちな買い物だったと思うけど、ボロ個体でも7000円からの値段がつけられるようになっている。 
 これが、最終的にC3みたいに2万円とかまで値上がりするなら7000円で買っても儲けは出る。しかしながら、C3より大きいC4は古物が好きなマス釣り系の釣り人よりはバスマンやらが使う大きさなので、バスマンで古物好きなら古いベイトリール買うだろうって話で値段そんなに上がらないって可能性もあるので、あんまりボロさと値段が釣り合ってないようなのは手が出せない。とくに中古で値段が付くのに見た目の綺麗さは重要なので儲けるつもりならボロくて高いのは在庫抱えて途方に暮れかねない。かといって既に1万円超えている高い美品箱入りは、整備もクソもいじらない方が価値があるはずで買ってもいじれないならつまらない。
 っていうことで、安売りしてもあんまりワシの魂は売れんかったわい。ってちょっと正直ホッとしている。
 人気出て値段上がったリールはワシが買って仲介せずとも欲しい人の手に届くだろうから、放っておけばいいなという結論。金がなくなりゃ短期のバイトでも探すさね。

 だがしかし、値段つかないけど良いリールはワシが買わずしてどうするって、別にどうもせんのに思ってしまって、マイクロセブンC2の銘板剥がれを1700円で買ってしまってたりする。「銘板なんて飾りです、マニアの人にはそれが分からんのです」って感じで同型のシェイクスピア版も含めて3台目を買ってしまったのであった。
 ABUのC3、C4も名機だけど、大森のCS、C1、C2も負けてないとワシゃ思うのさ。
 ”大森熱”は不治の病かもしれぬ。皆様くれぐれもお気をつけて。このブログから感染した人がおられたら沼の底から伏してお詫び申し上げます。

2020年8月16日日曜日

猛暑の扉


 ベランダにさっき食べたばかりのカリカリの形が分かるぐらいの猫ゲロが吐いてあって、”どうしよう病気かも?”と心臓ギュッと握られるぐらいの不安を覚えてまずはネットで調べてみたら、割と猫はゲロ吐く生き物のようで、特にカリカリは固くて丸呑みにするので胃壁を刺激しやすく、吐くこともあるようだ。基本慌てて獣医さんに連れて行く必要はなく”要観察”で良さそうでホッとした。
 暑いので猫の胃腸も弱ってるってことだろうか。ちなみにゲロの主はカリカリをガツガツ食べるハイカグラだと思うんだけど、ゲロ掃除する前に食い意地の張ったコバンがやってきてモクモクと食べていた。ちょっと引く光景。えんがちょ。

 昨日今日と確かに強烈な暑さで、エアコンかけて引きこもっているワシは平気だけど、毛皮着て外に居る猫たちにはしんどいのは間違いない。
 猫たち梅雨が明けて暑くなってきたら基本朝早くか夜にしか餌食いに来ない。風の通り道を見つけて屋根の上でグッタリと伸びきったりしている。


 2期生の生き残り2匹のうち、ワフーはだいぶ体もできてきてベランダに石組み経由で跳び上がって自分でやってこられるようになった。
 細面でお母ちゃん似の和風美猫だとおもってたら、後ろ姿に”鈴カステラ(小)”がぶら下がっているのを発見し、雄やったんか!と驚いた。
 兄であるコバンが顔と足がボテッと大きいので比較するとスラリとしてて美少年である。っていうかコバンは腹の肉がタレてくるぐらいに太ってて、さすがにこの肥満具合はまずいだろうと思ってたら、腹の肉がタレるのは”ルーズスキン”という体型らしくて、ブルドックの顔周りの皮がたるんでるのと同じ理由で、ケンカして噛まれたときに致命傷くらわないようにダルダルの皮で防御するらしい。コバン一番人なつっこい性格で雄同士のケンカとかちゃんとできるのか心配してるけど、体型的には戦闘向きのようだ。内なる闘争心を覚醒させて腹の肉を切らせて骨を断つ的な戦術を憶えれば、近所のボスの座も狙えるか?

 もう一匹のチビ助であるテブクロは発育が悪くてかつどんくさい感じで、なんかミャーミャー悲しげな声で鳴いてる仔猫がいるなと思ったら、水飲みに側溝に下りたはいいんだけど上れなくなっていた。膝痛いのに下りて救助するはめに。
 当然まだベランダに自力で上れない。ベランダの下に餌落とすのも面倒臭いので早く育ってもらうべく、猫を室内に入れない鎖国状態においては出島的な、産後の肥立ちのためにウニャ子にだけ集中して餌を与えるのにも使ってるベランダ前の樹脂貼りの小廊下に拉致監禁して、腹一杯になるまで食わせてから放流というのを玄関前とかで見つける度にやっている。とろくさいので餌で釣らなくても簡単に捕まえられる。大丈夫か?。ちなみに雌。
 早く大きくなれよ。

 暑くって絶好調なのが窓壁担当警備主任のヤモリさん。どうも台所の窓のは夫婦のようで片方のはお尻のところがプクッと膨れている、膨れているのが雄だったはず。
 毒虫とか吸血性の虫を捕ってくれることを期待して警備主任としているんだけど、逆にヤモリの餌が少ないと可哀想なので、夜就寝前まで台所の照明は点けっぱなしにしている。虫の多い日とか餌食ってる様子を観察してると暑さを忘れて見入ってしまう。シッポの動きがニョロニョロと独特で面白い。
 ガラスのようなツルツルした面にも平気で張り付いていて、昔は足の裏の細かい毛を引っかけているって言われてたんだけど、実は細かい毛を張り付く対象物にひっつけることによって生じる”ファンデルワールス力”という分子間に働く弱い力を束ねてくっつくという真実が明らかにされて心の底からビックリした憶えがある。2014年の報告で身近な生き物の足の裏の毛にさえ思いもよらない不思議な力が備わってることが面白い。世界は驚きに溢れている。

 こうも暑くて、外気温が体温を超えるような状況になると、ケン一がメールの”雑談”で暑さにぼやきつつ、日本の伝統的な庇で影を作りつつ、大きな窓で風通しを良くっていう建築様式より中近東方式で分厚い土壁で熱を遮断し窓も小さくっていうのが流行るかもって書いてたけど、たしかに40度越える猛暑なら、風を通して外気取り込めば取り込むほど暑くなるので、現時点では冗談なんだろうけど、この調子だと冗談じゃなくなってくるのかもしれない。
 となると着る物も、肌を露出せず外気から体を守るユルく体全体を被う中近東風が流行るかも、っていうか釣り行くときに首から顔にかけて被る”バフガード”はそういう砂漠の民の衣装に近い物を感じる。最初炎天下にマフラーみたいなネックガードしたら暑くて仕方ないだろうって抵抗感あったけど、慣れると直射日光を効果的に防いでくれて非常に理にかなったものだとしっくりくる。これからの猛暑対策は中近東の砂漠の民に学べって話だろうか。ちなみにアラブのお金持ちはサラッと快適で皺にならない日本製の高級化繊素材で仕立てた服を愛着しているとか。国内への逆輸入も近い!のか?
 あと、外気が体温以上になったら使えないだろうけど、強制的に衣類の中に外気を取り込んで循環させ、空冷で体を冷やしつつ汗を蒸発させて気化熱奪う”空調服”がちょっと今気になってる。
 どなたか実際に釣り場で使ってる方がおられたら使用感など教えていただけると助かります。
 
 週明けしばらくぐらいまでクソ暑い予報だけど、明日月曜はまだマシっぽいので明日涼しい時間朝か、夕方遅めか釣りには行っておきたい、けど、エアコンの効いた部屋の快適さに堕落したワシに、それを断ち切って猛暑の中に出撃する根性があるか。まあ、無理せずボチボチと、でも行きたいなら我慢せず、熱中症には気をつけてってって感じか。
 皆様、暑いですけどご自愛ください。