2021年5月8日土曜日

待てばジャンクの出番ありⅡ-30年物の安ゴミ竿の再利用-

  前々回、病気の症状が竿に来て、深棚のアジ釣りに使ってる「枯山水540」の元2番がヒビいってメシメシ言い始めたので、代替の竿としてダイワ「CW早霧 硬調54」を中古屋のネット販売で入手したとご報告しているところだが、モノが届いてみて問題が判明した。いつも使ってるハヤ竿の「早霧45」のシリーズの5.4mの”渓流竿”だと思って購入したんだけど、どう見てもハヤ竿である。なんというか古い竿なのでメーカーの提供情報とかも当時のカタログ参照しないと分からんので、中古品ネット購入ではありがちだけど全然土地勘無い状態でエイヤと購入してる。これ、ひょっとして「早霧」と名前の付くのはハヤ竿なのかもしれない。渓流竿は「朝霧」とかっぽい。下の写真の一番上が「早霧45硬硬調」、真ん中が今回入手の「早霧54硬調」、下が「枯山水540」で、上2本は細くて並べれば見た目でもハヤ竿と分かると思う。


 まあ黄色いお店の店員さんが、分類で「渓流竿」としてたわけだけど、ハヤ竿(清流竿)って黄色い店の整理だと渓流竿に入れるのかその他竿に入れるのか微妙なところで、ワシがあんまし分類方法を理解してなかった落ち度もあるし、黄色いお店の店員さんの知識の無さには幾度も美味しい思いもさせてもらっているので、交渉して送り直してとか面倒臭くなって、とりあえず使ってみることにした。ハヤ竿手にして気がついたんだけど、渓流竿より柔いハヤ竿であれば、伝家の宝刀である全力のビックリアワセも柔々と衝撃を吸収してくれて合わせ切れ減るんじゃないだろうか?というのも期待できるしで、上手くいくと怪我の功名となりえる。20センチこえるマアジを5m以深の深場からハヤ竿で引っ張り上げて来るっていうのは間違いなく引き味最高で面白そうだけど、制御不能で走られて回転数的には効率落ちそう。あと、早いアワセの伝達が柔い分ゆっくり伝わってアワセの遅れとかも生じるかもしれない。そのあたり早く実戦導入して試したいところだけど、コロナ禍で近所漁港”禁漁”状態なので、解禁して次釣るときには浅棚の豆アジ釣りのはずなので、実戦導入は来春ということになるのかな。

 というわけで、5.4mの渓流竿自体は先の方折れたのを補修して使ってるボロい抜無双54と、元2番がメシメシ言ってる枯山水540の2本という状況変わらず、早霧54は別方向からの取り組みという感じなので、枯山水540の後継竿は引き続き探したいんだけど、当然その分のオゼゼがかかってくる。その上我が家の竿の上限基準値120本の達成も遠のく。一応、送料抜きで3千円台ぐらいで安く手に入らんかなと何度かネットオークション参加したけど、微妙に競り負ける。アタイ悔しい!

 面白そうだとはいえ当初予定にないハヤ竿を買ってしまい、ガッチリ予算掛けることははばかられる状況下で、なんとか元2番が折れそうになってる枯山水540を修復する方法はないかと知恵を絞ってみた。

 一番良いのは、同じ竿で先の方が折れているジャンク竿を見つけてきて双方の良いところを使って”ニコイチ”で元通りっていうのだとおもうけど、そんな都合の良い代物がおいそれと見つかるわけがない。

 似たような竿の元と元2番を持ってきて交換っていうのができないか?と試しに抜無双のと交換しようとしたけど、抜無双の方が細くて入らない。ただそれで気がついたけど、交換用に引っ張ってくる元と元2番あたりが枯山水540より太くて、枯山水540の元2番より上の部分が通る太さがあれば、スカスカな部分はセキ糸巻いて瞬間接着剤で固めてサンドペーパーで削って等”コミ調整”してやれば何とかなる気がしてきた。あまり曲がる部分じゃない手元のほうなので曲がり方とか性格が違う竿から持ってきても問題は少ないはず。あるいは、コミ調整するかわりに、伸ばすときにちょうど収まる太さのところで太い方の”材料竿”をぶった切るという乱暴な方法の方が繋がりの自然さでは良いかもしれない。

 となれば、探さなければならないのは、とにかく枯山水540の元3番からが突っ込める太さのあるのべ竿の手元の方。でありこれなら太さとあとは仕舞い寸法ぐらいを確認してジャンク竿を入手すれば良いはずである。

 って考えたところで、そういえば我が家の蔵に1本手元が太目のジャンク竿があるぞと思い出す。学生の頃バッタモン屋で千円チョイナで買って当初渓流で使ったけど、すぐに渓流ではフライロッド振るようになってお蔵入りの後、東北の港でチカ釣りするのに先の3mぐらいだけ使って、そっちは津波に流されて元だけ残ってるグラスの太い竿。コイツに30年近くの時を経て新たな役割を与えよう。

 枯山水540の元3番をあちこちに突っ込んでみると、ジャンクグラス竿の元2番ではスカスカ。ここで枯山水540の元3番の根元にセキ糸巻いて適度に太らせるという手もあるけど、先ほど書いたようにその上のジャンクグラス竿の元3番を適切な位置でぶった切って、良い塩梅に枯山水の上の方につながるようにしたい。抜いたり刺したりしつつ位置を決め、最初はちょっと余裕みて長めに切ったつもりだったけど、はめてみたら1発合格、ある程度重なって良い位置で止まってくれる。切った上のところはセキ糸巻いて瞬間接着剤で固めて補強を入れておく。

 割と上手くいったと思う。見た目はボロいとしても機能的には問題なく復活したはず。
 ただ、長さが微妙に長くなってしまって15センチぐらい伸びた。「555枯山水硬調改」と銘を打った、っていうかペイントマーカーで書いただけだけどな。

 竿折れた場合は、メーカーに修理依頼して折れた部分の交換ぐらいしか方法はなさそうに思うけど、多少太さがドンピシャじゃなくても、切ったり貼ったりして調整してやれば、繋げるぐらいの補修は可能で、太さが似たような他のジャンク竿を持ってくれば実用可能な程度には復活させることはできそうだなというのが、今回作業しての感想。

 もちろん、竿の製造元の設計者が意図した曲がりだとかにはならんかもしれんし、見た目いかにも”ニコイチ”でカッチョ悪いけど、こういうモノを直して使うっていうことの楽しさを含めれば、その見た目もまた”わびさび”のうちってことで許せるような気もする。

 近所の港でおかずのアジ釣るの程度に、最新型ピッカピカの竿なんぞむしろ似合わねえって話で、適当にボロくなっても愛着持って使ってる竿っていうのは、そういう気安い普段の釣りには似合うんじゃないだろうかと思っている。

 しかし、絶対もう使い道無いだろうと思ってたけど、それでもタモの柄とか作るのに使うかもって残してあったジャンク竿が役に立つときもあるとなると、我が家にゃもう使えないようなボロ竿ゴミスピ、産廃ベイトが転がってるけど、ますます捨てるのが難しくなってしまうのであった。

 ゴミ屋敷作りだす人の気持ちは割と良く分かる。何かに使うかもしれないと思ってしまうとモノは集めてくることはあっても捨てることはできなくなるのである。それもまたそういう病気なんである。

 やっぱりアタイ病気が憎いっ!

2021年5月1日土曜日

ウサギ美味しい蚊の山

 テレビジョン用の受信設備の無い家に住み、Yahoo!様からお薦めされてくるネットニュースぐらいしか”報道”的なものに触れる機会のない”情報つんぼ桟敷”に座ってる”ヤフー家畜人”なワシだけど、最近猫様関係の記事は結構読ませていただいているので、ペット関連、動物愛護関連の記事もお薦めいただいている。

 うすうす感じておられる方もいると思うけど、ワシ動物愛護ファシストどもの気色悪い主張は大嫌いなので、なるべく目にしないようにしてお薦めされても読まないようにしているけど、それでも見出しだけでもだいたい中身が分かるような案件が話題になってたりして、ああまた頓珍漢なこと書いてるアホがいるなと思わされる。

 なんでも、飼ってるヘビやらトカゲやらの爬虫類にウサギだのハムスターだのを食べさせてネット配信したユーチューバーがいて、動物愛護法違反の疑いで書類送検されたんだそうな。記事読んでないけどニュースの見出しには「残虐」とかいう文字が躍ってていかにも極悪非道な行いのように書かれて読者の気を引こうとしている様がみてとれるけど、”餌金”というあんまりな呼び名で魚食魚用の活き餌としてキンギョが売られている観賞魚の世界に長く親しんできた人間からしたら何をいまさらという感じで、これが多くの人には「残虐」とまで感じられるほどに生き物の命を奪う機会、場面から人が遠ざかっていることにこそ危機感を覚える。何度もそう書いてきたけどしつこく書かざるを得ない。

 確かに、可愛いうさちゃんやハムちゃんを食わせるのを見世物にするのは悪趣味だろうし、場合によっては動物愛護法に抵触する行為ではあるだろう。ただ、うさちゃんハムちゃん食べさせなければ肉食のヘビやトカゲに何たべさせてるかっていえば、餌用に生産されて凍結されて売ってるラットやらマウスやらのネズミちゃんを湯煎かレンジでチンして人肌にぬくめて食べさせてるわけで、うさちゃんハムちゃんはダメで、ネズミちゃんは良いなんてことになったら、ラットやマウスの飼い主の人は「不当なネズミ差別だ!」と憤るだろう。ワシもそう思う。思うけど、動物愛護法(動物の愛護及び管理に関する法律)的には純然と差別されていてペットとして飼われていなくても「牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、猫、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる」は動物愛護法の対象として虐待などが罪とされていて、さらに書くならペットとして飼われているような「人が占有している動物」で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの、は愛護動物として法の対象となるけど、両生類以下は動物愛護法の対象外と差別的な扱いを受けている。なんぼワシがカエルちゃんを愛玩していたとしても法的には器物扱いにしかならない。不当な両生類差別であると憤りを感じる。逆に前者の優遇された11種がペットじゃなくて野良だろうと何だろうと”ダメ虐待!”なのは「人間社会に高度に順応した動物」という観点から特別扱いしているそうで、うさちゃんはここに入ってくる。よって件のユーチューバーの行いのうちうさちゃんに対しては動物愛護法違反の構成要件は満たしているように思うが、ハムちゃんに関しては罪を構成し得ないはずである。もっというなら「冷凍ラットがよくて、なぜウサギの活き餌はダメなのか?同じじゃないか」というそもそも論の主張を被疑者であるユーチューバーはするだろうけどその場合には、被疑者は”犯罪を犯したという意識はなく正しい行いをしているという認識で行っている”という本来の刑法的な意味での”確信犯”であるような気もして、その場合動物愛護法は過失でも罪が問われる法律ではないので”犯意無し”として罪に問えないのではないかと思う。法制度上の違いはあっても社会通念上ネズミがOkでウサギがダメって程の違いはないだろって気がして被疑者の主張(勝手な想像上のだけど)があり得ないほど常識外れではないように思えてならない。おそらく書類送検されたとなってるけど、こんなもん検事さんも送られてきたところで裁判闘えるかっていったら微妙で、個人特定できる形で報道されて社会的に制裁が与えられたことをモロモロ酌量して犯罪の事実はあったけど不起訴とする不起訴処分か、比較的少額の罰金ですます略式命令処分で裁判避けてお茶濁すと思うけどこの手の報道で書類送検の結果、最後にどうなったかなんてのは続報無いのがほとんどなのでワシが知ることはないだろうと思ってる。

 件のユーチューバー氏の行いを支持するかって聞かれると、まああんまり悪趣味な見世物で銭稼ごうとするなよ、個人で楽しんどけって話だとも思うし、多くの人に不快感を与えるのを考えてからやれよなとは思うけど、魚食魚に活き餌やる残酷ゆえの迫力ある楽しさって馴染みのあるもので知らないわけじゃないし、ライギョマンが激怒するだろうことを承知でカムルチーの調理場面の写真とかサイトで公開しておいてどの口でオマエが批判できるって気もする。なので、思いっきり”命の差別”的な、動物愛護法を含めた今の一般社会の生命倫理感の矛盾をついて略式命令なんぞは蹴っ飛ばして裁判で闘ってその結果をユーチューバーとして報告してくれたらそれはそれで面白いし意義あることかなと思わなくもない。

 ハッキリ言って、今の生命倫理観とそれに基づく法とかの規則はいつもワシが主張するように今の一般的な人々というか多数派の”好み”でしかない。それはそれでこれっていう確固たる答のない問題では仕方ない話で、時代や社会毎に変化もするだろうし、規則なんかはその時々の社会集団の”空気”読んで決めるしかないんだろうけど、ウサギを虐めて遊ぶのがダメだっていうのはワシでも同意するけど、じゃあ自分の飼ってる爬虫類の生きる糧とするのがダメかって聞かれれば、ウサギ食用にもしてる人間共がなにテメエだけ手を汚してないような顔してヘビがウサギ食うのを残酷だと批判するって正直思う。ヘビがウサギ食うように人間だってウサギ食う。「私はウサギ肉なんて悪趣味なもの食べたことがない」だって?そういう無知こそ情報化社会と喧伝される現代では”罪”なのではないかとおもう。西尾維新先生が作中登場人物に吐かせた名台詞「無知は罪、馬鹿は罰」は後生に伝えて良い金言だと思う。ウサギ肉、食感がよくなるだかなんだかでハム・ソーセージとかには結構使われてて、多分みんな知らずに意識せずに食べてます。意識もせずに他人が手を汚して命を奪って調理してくれたものをぞんざいに食らっておいて、単に目に見える形で衝撃的なものを表面的な感情のみで”残虐”とまで罵る理不尽さ。これはいったい無知なのか馬鹿なのか?そもそもウサギ食うのは悪趣味で豚は牛はニワトリは良いのかって言い始めると、ヴィーガン(「菜食主義の持続的社会論者」ぐらいの意味)とかがエラそうにしゃしゃり出てきて動物食うなとか言い出しそうだけど、植物だって、動物のように神経系が発達してるわけじゃないので、人間の感覚では理解・共感しにくいってだけで、害虫に攻撃されたら防衛的に毒生産したり、果ては周りの”仲間”に化学物質使って警告を発して情報伝達さえしている。動物のような仕組みの感覚や意識は持っていなくても、全く別の仕組みをもっていて”生き延びよう”と懸命に生きているのは明白で、そこは等しく尊い命であるはず。その植物の命は奪って良くて、動物はダメっていうのもやっぱり結局アンタの好みでしかねぇんだぜッテ話。

 結局は、そういう主張ってどこまでいっても”好み”の域を出ないから、自分が思う主張を各自すれば良いし、嫌な仕組みだけど多数決的にその時々の空気を反映させた規則で縛って規範を示して最低限の合意を形成しておくってぐらいが現実的かつ関の山なんだろうなと思う。ただ放ってておくとヴィーガンみたいな極論をさも正論のように振りかざす輩の意見がまかり通る、”こうるせぇ少数者(「ノイジーマイノリティー」って意訳するとこんな感じだと思う)”の声が通りがちな昨今なので、ネットの隅でチマチマとゲリラ活動的にワシの意見も書いているのである。


 最近、動物愛護ファシストどもに攻撃されている事例で考えさせられる案件が別途あって、生命倫理に関係するネタ繋がりでもいっちょ書いておきたい。

 狩猟の問題である。我が国では鳥獣害が増えて生態系のバランスを保つために狩猟に一定の役目が期待されているところであるけど、一方、欧米のお金持ちの世界ではいわゆる”トロフィーハント”と呼ばれるような、大物を仕留めて剥製にして胸像を暖炉のある部屋に飾るような趣味がある。むろん日本の狩猟の人達も大っきいの獲ったら嬉しいだろうし鹿の角とかイノシシの毛皮とか記念に飾るかもしれないので、明確に線引きがあるわけではないと思うけど、そのトロフィーハントの極端な例として、昨今では野生では保護下にある動物種を飼育し繁殖させて、牧場なり広い敷地内なりに放してトロフィーハンターに狩らせて対価を得るっていう形態の事業が行われているようで、許可を得た業者がたとえばライオンを繁殖させて、それをハンターに提供するというような形で、野生動物の原産地である途上国で貴重な外貨獲得の手段として観光業としてなされている他に、ハンターのいる欧米において、これまたルールに基づいて生息地から連れてきて繁殖させた野生動物を広い土地に放してハンターに提供するという、銃で撃って良いサファリパークみたいな商売もあるんだそうである。

 当然そうやって”合法”に仕留めた狩りの成果をハンターは誇らしく記念写真撮ってツイッタ-とかフェイスブックとかのSNSに上げる。結果、多くの人から批判を浴びて炎上するのである。

 たしかに、ライオンだキリンだという”ザ・野生の王国住民”って感じの素晴らしい動物たちが、無残に血を流しながら撃ち倒されているのは、さすがに残酷に感じるし、それが狩猟の楽しみのためだけに繁殖させられた動物であるって知ると、なんともいいようのない野生生物に対する尊厳の欠如を感じたりもする。

 するんだけど、もうすでに目端の利く釣り人の方々は気がついてると思うけど、これ我々釣り人の多く、とくに日本で内水面の釣りを楽しむ人間には全く批判する権利が無いんじゃなかろうかということに思い至る。ヤマメでもアユでもヘラブナでも、釣りの楽しみのためだけにどれだけの魚が繁殖させられ放流されているかって話で、自分で書いてて思いっきりブーメランが戻ってきてザックリ刺さって致命的な感触がある。

 以前も書いたけど、他の命を楽しみのためだけに奪って良いのか?って問い詰められたら、食べ物は結局他の生き物の命を奪って得たものだから、楽しみのために他の生き物の命を奪ってはいけないというのなら、楽しいことをするときには飢餓状態でエネルギー使わずやらなきゃならないって理屈で「ワシ楽しみのために魚の命奪ってるけど、楽しんで何が悪いねン、楽しみのために他者の命を奪ってはいけないってのなら楽しいことは何もしてはいけなくなる。そんなのまっぴらゴメン、ワシャ楽しく釣らせてもらいまっさ」って強弁してきたけど、百獣の王が銃で撃たれるために育てられている、という事実を知ったときに、胸にわき起こる”申し訳ない”感じは、解禁日に間に合わせるように放流されてるヤマメやらアユやらについても感じなければいけないのではないか。釣り人はそれが当たり前だと思ってしまっていて、その行為の罪深さをわざと考えないようにしているけど、ちゃんと心に刻んで覚悟して釣らなければならんのではないかと思い知らされる気がする。

 実際に”先進国”の動物愛護ファシストには当然ながら「釣りなどやめてしまえ」って主張してる人々は珍しくもないようで、あんまり先進的って程でもない我が日本ではそんな話対岸の火事だろうって思ってると、思わぬ形で変ないちゃもんつけられてそれがまかり通って制度化してしまうような、人の楽しみを平気で規制する、伊藤計劃先生の傑作SF小説「ハーモニー」に描かれたような”小うるさい母親型のいやなディストピア”が顕在化しているようにも、表現の規制やら嫌煙ファシズムとかをみてると思うので、気をつけておかねばならんと思うし、変なことがあったらせめてこのブログの読者様だけにでもご注進しておかねばと思うのである。

 変ないちゃもんが制度化した事例としては、いろんなところで条例化されているブラックバスのリリース禁止とかがすでに我が国ではあり、ある生き物を手にしたら殺せと制度的に強制されているのって、伝染病の病原生物をのぞいてまずないのではないだろうか?例えば駆除対象の害虫であっても「見つけたら殺せ、殺さなければルール違反」なんていう何もしないことがとがめられる事例はあんまりしらないんだけど、そんな異常な仕組みもなんかわけの分からん”空気”でできてしまっている。

 ドイツ人はユーモアに乏しく融通がきかないっていう、まるで日本と同じような国民性だそうだけど、魚を楽しみのためだけに傷つけて良いのか?って議論になった末に最終的には「食べるために釣るのは良いけど、楽しみのためだけに釣るのはダメ」ってなって、体長制限以下のを除いて”リリース禁止”になったそうである。釣ったら感謝して食えと。そういう考え方があっても良いと思うけど強要されるのはまっぴらゴメン。オレの仕留めた獲物をオレがどう扱おうとクチバシ突っ込むなって思うよね。

 結局、他の動物に対する人間の行いが許されるか否かなんてのは、資源管理や種の保存的な意味合いの判断の場合を除いて、残酷かどうかとかのあやふやな感情論をもとに判断するようになると、どうしたって誰もが納得するようなところには落ちなくて、ボヤボヤしていると声の大きい”小うるせぇ少数者”の意見が通ってしまったりするってのは、どこの国でも一緒のようである。

 ワシ、源流の岩魚とか、大きく育つのに時間が掛かっている大型ロウニンアジとか絶対殺したくないし、殺して欲しくもない。ただ、それはワシ個人の願いであって、殺したって規則に反するような罪じゃないことは理解しているので、リリースするときに他の釣り人とかに殺されないように願って放流しているけど、殺すヤツは殺すと知ってるしそれを規則で止めさせようなんて考えない。まあ興味ない人にとってはただの魚だからな。でも、桟橋に並べられたロウニンアジの写真とか、新聞紙にズラッと並べられた岩魚の写真とか、撃ち殺されたライオンの写真より気分が悪くなる。それはワシの”好み”なんだと理解している。

 なるべく客観的に見る努力をして考えるならば、岩魚だろうがロウニンアジだろうがライオンだろうが、種の存続を脅かすような殺し方はまずいとしても、そうではなく、制度上問題ない手段で殺された生き物を、楽しみのためだからとかなんだとかで区別しなきゃならんほど気にしなきゃならん問題なのかって思う。そうやって特定の生物を殺されたくない人間が”好み”でそう思って、殺さないでと声を上げ、何とかしようとするのは自由だと思うけど、しょせん犬畜生とかそれ以下の生き物の命なんて、割と強者である人間が好きなように奪って当たり前ってのを前提に、”命の軽さ”を認識しておかないと、全ての生き物により良く生きる権利を、とかわけの分からんこと言いだしたってどうにもならねえって話で、家畜とか食うために囲って育てて殺しまくってる。そういう、感謝していようが丁寧に扱っていようが、本質的、根源的には命を軽く扱ってることとのバランスで、あんまり個人の”お好み”の生き物を依怙贔屓して大事にしようとしても、他の生き物の命を奪って生きているっていう人間の生活の根源のところと矛盾した話になってくるので、命は重く尊いってのも分からんではないけど、それでもそれを軽く扱わずに生きていけないという、”命の軽さが大切”っていうのも逆にまたあるんだよって、後者の方はあんまり語られることもないように思うので、にもかかわらず大事な視点だと思うので、天邪鬼の務めとして命の吹けば飛ぶような軽さにつては、機会を見つけ折に触れ、ジジイの繰り言そのものとして何度でも書いておきたいと思う。

 世界には幸せに生きていない人々が居る。途上国にはいっぱい居るだろうし、先進国にも珍しくないぐらいいる。人間以外の動物よりは、まずはそういう人々から幸せになっていくべきだと思う。っていうか個人的にワシが幸せに暮らしていきたい。そのためには他の動物だのはある程度犠牲にしないと間にあわないはずである。余力のある範囲でやるならともかく、それを”アニマルライツ(動物の権利)”とか言い出して、他人様の商売にケチをつけて、結果食糧生産はじめ経済活動が妨げられて幸せに生きていけない人々が増えてしまうなんてことはクソだと思う。ニワトリを産卵する機械のように扱って狭いところに押し込んで効率性を追求しているおかげで安い鶏卵が食べられるのである。放し飼いの地鶏の卵しかダメってなったら鶏卵なんて風邪引いた時に精をつけるためにぐらいしか食べられなくなるような昭和の初期程度にまで食事情が後退する。鶏卵業者さんありがとう、鶏さんゴメンナサイコケコッコーって思うだけでは赦されない罪だとしてもワシャ安い鶏卵を支持する、ってなことに始まって、自然を切り開いて田畑作る農業なんてのも野生動物の生息地をもろに奪った上での行為だけど、じゃあそれなしでみんな生きていけるか?って話。程度問題はあるにしてもそういうことだと思う。

 ヘビがウサギを食べる。当たり前だけど残酷なことで、食べられるウサギの命はヘビによって究極的に軽んぜられる。それは飼育下では特殊だとしても、もしかするととても自然なことですらあるのかもしれない。ワシらも直接ではなくても手を汚さずに生きていけないけどそれは自然なことで、ある程度命を軽く扱わないとやっていけないのは確かなことだと思っている。その、他者に簡単に奪われてしまう軽い命を我々も一つだけ持っている。病気でも事故でも災害でもあっさり死ぬ。だから死ぬまでの生きている間に、死にものぐるいで他者の命を軽んじて食いモノにしてでも楽しんでおきたいとワシャ思うのである。

 いろんな意見があって良いと思う。でも表面的に感情的に受け入れやすくなんだか正しそうな、その実何の意味も論理も哲学もない見解に付和雷同して空気感を醸成して、あげく規則とかにまでしてしまって、それを権威あるものとして、「みんなが言ってる」「規則でそう決まってる」って、さも正しいことのように振りかざして他の意見を認めず攻撃する行為はまさに”ファシズム”という気がするのである。感情論に終始して論理的な反論を受け付けてくれない問答無用型のカーチャンみたいなファシストどもの多い嫌な未来になったものである。ウルセェっての!!


※5月8日追加、南アフリカ共和国ではライオンを使った”観光産業”等商業利用が禁止されるとの報あり。

2021年4月25日日曜日

テイルウォーク「マンビカver.2 100XXH」を何に使うのか?

  我が家の”主食”であるマアジ戦線が、中アジが終わりそうになってて、豆アジにはまだ早いという端境期で渋くて難しくて、アタイ涙が出ちゃうの。っていう釣れない状況だと悪い病気がまた出てしまう。

 今回は症状が竿に出た。テイルウォークの「マンビカver.2 100XXH」は10フィートの長尺でドラグ最大13キロ(ワシそんなにドラグ締めれんけど)、適合ルア-140gまでというごっついスピニングロッドである。

 基本的に磯とかからの大型青物を想定して、船上でも使えるような用途の広い竿で、多分テイルウォークだからチャーマス北村氏の影響あるんだろうけど、遠征先で何にでも使える長めのルアーロッドというのは、我が家にも1本あるザウルス「GTチャーマス90H」と設計思想が似ているように思う。

 川崎に居たころから、磯とかの岸から大型のサメを狙いたいという想いは抱いていて、今もずっとそれは心にある。

 青物狙いでちょっと重めのルア-投げて朝の1時間ほど竿振っただけで足腰に来てるような有様で、なにが岸からサメじゃ、という気もするんだけど、そこはそれ道具買っちまうと気合いも入ってくるというもので、早速昨日、花粉症で一時中断していた近所のジョギングを再開して朝から走ってきたところである。その後昼寝したら近所ちょろっと走っただけで疲れ切ってしまい起きたの夕方だったけどな。まあ、時間はあるので足腰から鍛え直さねばならぬ。

 最大ドラグ値13キロとなってるのを見ると、使う人間を選ぶガチムチ系の竿かと思ってしまうけど、メーカーのテスト風景とかの写真を見た記憶があるけど、長竿がしっかり曲がって負荷を受け止める系の竿のようで、もちろん筋力は求められるだろうけど、非常識な馬鹿力が要求される竿ではなさそうではある。

 ということで体はおいおい鍛えなおしていくとして、サメはどこに釣りに行くのよ?って話だけど、そんなもん”来た魚釣る”っていうこの地でのワシの釣りの大原則に基づいて、高い堤防とかからルア-か死に餌かブン投げて狙うんである。青物釣ってるときにハンマーヘッド(アカシュモクザメと予想)とか回ってくることがあって、掛けるとなかなか寄ってこなくて苦労するッテ話を聞いてるので、剛竿振ってサメ狙う場面は準備しておけばそのうち訪れるんではないかと期待している。90Hでもいいっちゃ良かったんだけど、ちょっと筋トレとか練習に付き合わせすぎて、バットのあたりの表面塗装のヒビも増えてバキバキになってるし、竿自体も腰が抜けつつあるのでもうチョイ長めの強めの竿があるといいなというのもあって、それ程高い竿ではなく「安いけど使える竿」という評判だったので、1万3千円を予算としてネットオークションとかで出物があると入札してたんだけど、”実用的”な竿としてそこそこ人気があるようで、何度も競り負けてきてた。それが今回、ちょい見た目小傷の多いのが1万2千円即決(送料別)で出てたので、パァァン「越後製菓!」ってぐらいの勢いで速攻ポチった。送料そこそこかかるけど釣り具に使えるクーポンがちょうどあったので、1万3千円をちょっとだけはみ出して、まあ許容範囲で収まってめでたしめでたし八丁味噌赤だしとなった。

 我が近所漁港はなんでも釣れるので、そのうち中アジを泳がせてクエを狙おうとかいう話が出てきたりしても、この竿で対応可能ではないだろうか。合わせるリールは男らしく9500ssしかないだろうなと思っている。冬になって青物の時期が来たらGTルア-でも投げて手に馴染ませておきたいところ。

 長期的に欲しいと思ってて狙ってた竿のうち1本が手に入って、あと欲しいのは今愛用しているグラスのグニャ竿「マイクロライトグラス」をもう1本予備竿として”おかわり”したら、いい加減腰抜けてきた8番フライロッドの後継を一本確保ぐらいで、買うモノ無くなり心穏やかな日々が訪れると思ってた。そのために竿整理して軍資金も稼がねばと使わなくなった竿をネットオークションで売り始めており、竿に関しては目標本数の120本に収めるのも目前になって来た。

 と思ってたら、やっぱり竿は消耗品で、使ってる竿は腰が抜けてくのは長期的には仕方ないとして、アジ釣りに今期から導入した宇崎日新の「マルチ2Way枯山水硬調540」が、ワシのキチガイじみた全力の魂込めた”ビックリアワセ”に耐えかねたのか、手元2番がヒビ入ってメシメシいい始めた。

 手元から2番という位置では直しようがなく、現行モデルでもないうえに、中古で買って保証書も付いてないのでメーカー修理もままならず、ほっといて竿が自己修復するわけもないので遅かれ早かれそこから折れてしまうだろう。おそらく超深棚狙いに導入した同じ枯山水シリーズの「62」と先の方は交換可能な気がするので、「62」の方の交換部品要員として折れたら備蓄しておくとまた役には立てられるだろうとは思うけど、まだメシメシいいつつももっている間に代替を探さねばならぬ。新しいのが見つかる前に折れてしまったら、先代の「抜無双54」が先の方折れたのを修理して53ぐらいに短くなってるけどまだ使えるのでそっちを使おうかなと、長期戦覚悟で探し始めたんだけど、Tベリーのネット通販であっさり良さそうなのが見つかってポチッとしてしまった。

 まあ一安心ではあるがこれで竿は現状123本となってしまって、あと3本売らねばである。違うな、あと2本買う予定があるなら5本売らねばならんのか。ちなみにリールは90台規制のところを96台に膨れあがっていてこっちもいい加減売っていかないと収拾がつかん。蒐集癖で収拾がつかんという”誰が上手いことを言えと?”状態。リールも地道に売っていこう。基本的に中古釣り具は売ると買ったときの値段ぐらいはつくので、送料分ぐらい足が出るけどその分は所有して使ったりクリクリしたりして楽しんだ分だということで悪くはないんじゃなかろうかと思っている。

 で、新しい5.4mののべ竿はどんな竿を買ったのかというと、探してたのは宇崎日新のできれば中級モデルかダイワの古めので、新しくて高い竿はハッキリ言って薄くて折れるので回避。趣味じゃないしな。5.4mは「抜無双」「枯山水」と使ってきて悪くない使い心地で気に入っているので宇崎日新のあんまり高くないのがまずは候補。ダイワの古めは今使ってる4.5mの早霧というハヤ竿(写真右)が今時基準だとチョイ重めだけど、”パワーメッシュ”とか”カーボウィスカー”とか銘打ってた時代のダイワの竿は普通にグルグル巻いたカーボンシートに斜めの網状にカーボン繊維とかを上乗せしてあって”パワフル”なことを謳ってて、実際「早霧45」はハヤ竿だけどボラだのサバだのに走り回られて限界近くブチ曲げられても結構粘ってくれて確かにパワフルに感じる。単に強くて折れない竿が欲しいのなら”鯉用のべ竿”という選択肢もあるけど、仕舞い寸法が長いのと、大きくても中アジまで想定の用途なのでさすがに強すぎで却下。
 今時の高級品だと、5.4mで重量100g台前半とかだけど、結局長竿だと仕掛けが5.4m先に付いてるのを引っ張り上げたりしなきゃだし、竿が受ける風とかの空気抵抗もあるし、そもそも先っぽの方にも重量はあってテコの原理からいって”重くなり”がちだしで100gと150gで言うほど使う時に差が出るかっていうとそうでもないんじゃなかろうか?と思ってる。とはいえ200g越えるような重量だと多分片手で扱うのがキツくなるので、硬調以上の渓流竿で150グラム前後の時代の製品、あるいはそのぐらいの重さになる価格帯のを買うとちょうど良い巻きの厚さで丈夫で扱いが楽なんじゃなかろうかと思っている。

 今回竿にヒビ入れたのはワシのアワセがキツすぎるという使い手の不手際が原因で、宇崎日新の竿に対しての信頼感は変わっていない。長く使った「抜無双」が中古で格安だったのに良い竿でその印象が強いので「抜無双シリーズ」後継機種あたりは良いなと思ってた。でも宇崎日新の竿は意外に中古の値段が高い。手頃な値段設定で安心の日本製というのもあって”実用品”として人気があるように感じる。軽自動車の中古価格は安くないのと似ているか?

 対してダイワは古いと値段がガクッと落ちる。最新の5万円以上するようなモデルは全く興味ないので知ったこっちゃないけど、ネットオークションだとワシの狙ってる”カーボウィスカー”系とか落札実績5000円前後のも結構ある。でネットオークション見ていくつか”ウォッチリスト”に登録して、ネットフリマはイマイチ良いのがなくて、Tベリーのネット販売在庫を眺めてたら5千円切る値段でまさに愛用してる「早霧45」の同時期の製品で5.4mの渓流竿「CW早霧 硬調54」というのが5千円切る値段で出てたので、送料入れると6千円がとこ行ってしまうけど許容範囲内だろうということでポチッとな、と購入。

 ふうっ、これで一安心。

 こんな調子で道具買ってたら、老後の蓄えはまったくもって安心じゃないけど、ここから今年は”売り”を頑張って、老後の蓄えにちょっとでも上乗せできるようにしてみたい。

 道具買うのも蒐集欲が暴走してのそれはいただけないけど、釣りたい魚があってとか、使うために必要ってのならまあ仕方ないのかなとオノレの行いを正当化してみる今日この頃でございます。

2021年4月18日日曜日

君の名は?クサフグだと信じてたのに!!編

 ”生け簀”こと近所の漁港でアジ釣ってると、餌が浮子になんの変化もなく落とされる。あるいはハリが切られてて餌付けしようとするとハリが無いやんケ。ってなことを伴い、圧倒的な数をもとにした”フグ時合い”を巻き起こす、ややこしいフグ軍団が居て、小さい個体のパッと見の印象から何の疑問も抱かずクサフグだと思っていた。

 ところがデカめのを釣ると、っていっても20センチそこらだけど、なんか白斑が大きくてクサフグっぽくないので、何じゃこれって気になって調べてみると、まあこれはコモンフグで間違いないでしょうと同定できる。ところが、このデカいのと小さいのの中間的な大きさなのが釣れてくると、これはどっちだと頭が混乱する。で、写真撮って持ち帰って大きいの小さいの中くらいの比べてみると、大きさの差があるし、模様も個体差があるけど、「どれもコモンフグじゃんこれっ!!」っていうことに気がついてしまい。こんなに沢山釣ってる、日によっては本命のマアジより掛けて海にお帰りいただいている(あっち行け-ってブン投げてるけど)フグを同定できてなかったことに、非常に抜かった感があって、悔しく、ぞんざいにあつかったフグたちに申し訳なく、自分の釣りに大きく関連するこの魚たちを正しく何者なのかすら把握できていなかったのである。そりゃ名前知らん様なろくに知らん魚の対策練ろうとしたって無理だわな。

 冒頭の写真のフグたちを見て、クサフグじゃんと思った人はワシと一緒の過ちを犯しているので、悔い改めてこれからお勉強していきましょう。何の問題もなくコモンフグだと同定できる人は、間違い探し的に他のが混じってないかぐらい探してみてくださいな。

 でもって、クサフグとコモンフグの違いはどこか、同定に使うべき特徴は?ってことで、いつもの中坊徹次教授編著「日本産魚類検索 全種の同定」東海大学出版会第1版を使って見ていくと、割と早くに「背・腹面の小棘は胸ビレの前方と後方で連続する」か否かで分かれる。要するにコモンフグは体表面のトゲトゲが胸ビレ周りをグルッと一周してて、クサフグなら背中とお腹の間にトゲトゲの生えていない部分がある。っていうのが一番確実な同定ポイント。たしかにこうやって膨らんだクサフグを見ると、腹の棘が生えている部分と背中の間に棘のないつるっとした部分が見て取れるように思う。ただ、この特徴は現物があって触ることができれば鉄板なんだろうけど、過去の写真を見て表面の棘の有無を調べるっていうのは難易度高すぎて、たまたま良く写ってる写真なら使えるけど、ちょっと写真判定は難しすぎる。

 じゃあどうするか?っていうと検索図鑑にはコモンフグはあっさりと「体側面に白色斑が散在。」しかなく、クサフグも検索図鑑の樹状構造をたどっていくと「体背部の斑紋は斜走帯ではない。胸ビレ後方に1黒斑がある。黒斑に白い縁取りがない。」ってなってて、クサフグには胸ビレ後方に縁取りなしの黒斑があるっていうのは分かるんだけど、右の写真、いずれも左列クサフグ、右列コモンフグなんだけど、どちらも体側面に白斑があるし、胸ビレ後方の黒斑は、コモンフグの上のやや大型の個体では黒斑というより横縞っぽくなっているので違う気がしてくるけど、下の小さめ個体は「これが黒斑です」ってい言われたら、ハァそうなんですか、と騙されそうに思う。

 じゃあどうすんの?ってなって、今回役に立ったのはネットの情報、各種水産試験場とか水族館の解説ページを検索で見つけてきたところ、クサフグとコモンフグの違いは①白斑が背中から体側に向かうに連れて大きくなっていくのがコモンフグ、一様に小さい白点状なのがクサフグ。②目の下にも白斑が現れるのがコモンフグで、クサフグには眼下には白点等は認められない。③胸ビレ後方と背ビレ基部に黒斑があるのがクサフグで、コモンフグの場合は5本程度の横縞が生じている。となってて、典型的なのを2匹引っ張ってくると、こんな感じ。特に目の下に白斑がないのは分かりやすい。

 というわけで、写真判定もそれ程難しくないので過去のこの地での釣果写真を確認して、クサフグとコモンフグの割合。棲み分け的なモノはあるのかを調べてみた。結果、漁港内のは数匹怪しいのがいたけど、たぶん全部コモンフグ。同じように浅い沿岸域や汽水域に出現するとされていて、混ざってても良さそうなものだけど、くっきりと分かれて、クサフグは左の写真がそうなんだけど、主にメッキやマハゼ、シロギス釣ってたゴロタや砂の浜、河口域で釣れている。じゃあそういうシロギス釣れるような砂底の流れ込みで釣れたのはクサフグかなと、港内のシロギスポイントで釣ったのの写真を確認したらコモンフグだった。なぜか当地では漁港内はコモンフグ、それ以外の浅場にクサフグという分布状況のようだ。おそらく似たような生態の2種なので地域毎に状況は違ってたりして、両方混じって釣れてきたりすることもあるんだろうと思う。でもここいらでは棲み分けっぽくなっている。実際に釣ってみないと分からんってはなし。

 生態的には似たような2種とされているけど、おそらくコモンフグの方が”宵っ張り”なんじゃないかという気がしている。キス釣ってて暗くなってくるとクサフグ時合いは終了してたような記憶があるので、港内でアジ釣っててクサフグ(だと思ってたコモンフグ)がいつまでも”残業”を止めないので灯りがあるからかなととか思ってたけど、そもそも性格が違う可能性はあるのかも。まあ分からんがそういうのも気にしつ丁寧に釣っていくには、釣った魚がなんなのか?ってことぐらいはちゃんと知っておけって話だと思うので、ちゃんと見ておけよって話でお粗末でありましたとさ。

 でもって、クサフグは一部で食べる地域があると聞くけど、一般的には身さえ弱毒で食べられないフグという認識であり、釣ってもあっち行けで放り投げて海にお帰りいただくしかないんだけど、コモンフグはそこそこ”安いフグ”として食べられているようで、自分でフグの免許取るのは難易度が高いけど、近所に魚屋さんは事欠かない土地柄なので、免許持ちの人に捌いてもらうってのは有りかもしれない。20センチ以上のとか結構引きも良いけど食うところもありそうで、フグ毒は人があっさり死ぬ猛毒なので素人料理はやるべきじゃないと思ってるけど、そのあたり専門家におまかせするとどのぐらい技術料とられるものなのか?今度近所の魚屋さんで聞いてみようかしら?

 フグをそこら辺に転がして殺して平気な顔してるような釣り人もいまだに見かけるけど、フグが居るってことは、河豚が食ってる餌とかもちゃんとある良い釣り場だってことで、フグをかわしながら、どう釣果をあげていくのかなんていう技術的な部分は魚釣りの工夫のしがいのあるところだし、フグも居らんような寂しい海で釣りなんてして楽しいかねって思う。フグ軍の猛攻に戦略的撤退を余儀なくされて苦渋を舐めさせられることもままあるけどさ、それも含めて”魚釣り”ってもんだと思うので、フグも丁寧に扱って行きたいと思う。

 何も釣れやン時にフグが来てくれると魚の引きが味わえて結構嬉しいモノである。

2021年4月11日日曜日

腕白でもいい、たくましく成長中

 我が愛猫コバンが初めて我が家に顔を見せたのが昨年の3月17日でその時で多分生後一ヶ月ぐらいかなという感じだったので、今一歳ちょっとのはずである。

 だいたい一歳で体の成長は止まって、その時の体重を基準にして肥満してないかとかをみると良いらしいので、抱っこして体重計に乗って、その後ワシだけの体重測ってみたところ、軽く7キロを越えていて戦慄をおぼえた。どおりでオモチャ投げてあげた時の猫ジャンプ、着地音がドスッと響くわけである。普通の雄の成猫で5キロぐらいらしいので明らかにデカい。

 6キロオーバーに育てて6キロオーバーのブリ釣って一緒に食べよう、っていうのが目標の一つになってるけど、コバンの体重的には条件を余裕で満たしている。これは7キロオーバーのブリに目標上方修正が必要だな。

 なにしろ鮮度の良いアジの頭とか骨皮、刺身にしたときによけた助骨周りとか食わせまくったので骨太のがっしりした体型に育ってくれて、肩のあたり骨と筋肉の盛り上がりとか”野獣”の雰囲気が漂う逞しさ。ちょっとデブかなと思わなくもないけど触ると肋骨が分かるのでデブって程ではなくて固太り体型ぐらいなのでこのぐらいの体型を維持させたい。

 好物はアジで、あきらかに食いが良くて、カマスとかタチウオの頭はしばらく続くと飽きてきて残してオモチャにして遊んでたりするけど、アジはだいたい食べ残さずに食い切っている。頭は生より焼いたのが好みで、でもあばら周りや肉が付いてしまった皮とかの生のを一緒に出すとそっちから食べる。とはいえあんまり好き嫌いはない方で、1日1回は自動給餌器の動作確認も兼ねてやっすいカリカリを与えているけど、人間でいうジャンクフード的な感覚なのか喜んでカリカリ食べている。アジの頭とか奥歯(裂肉歯というらしい)で一応噛んでるっぽいけど、ちょっとアグアグガリガリしたら丸呑みしてる感じで野性的。さすが元野良ネコ。いい食いっぷりで餌あげるのは見ていて楽しいひとときである。

 雄猫は雌猫よりヤンチャらしいけど、たしかに”悪いこと坊主”で活性が上がってる状態の間は、洗濯ばさみやらポッパーやら持ってきて遊んでくれと要求してきて投げてやると跳んで走って大暴れしているし、脱走防止のフェンスによじ登ったり押し入れの上の段のところに前足引っかけてぶら下がったり、掛けてある上着に飛びついたり、隙あらばワシの眼鏡に猫パンチ食らわせてきたりと腕白ぶりを発揮している。

 確かに仔猫の時からネコジャラシへの反応も姉ネコのハイカグラより良くて、初めて我が家に遊びに来たときにガッチリ食いついて離そうとしなかったネコジャラシをデカくなった今でもガッチリ咥えて大喜びしている。

 お客さんがネコジャラシで遊ばせてるのを横から見て気がついたんだけど、ネコって”獲物”に襲いかかるときに、ヒゲが前方を向く。これって英語ではキャットフィッシュと呼ばれるナマズが餌食うときにもヒゲが前方向くのと同じで、ヒゲにアタッた獲物をガブッといくんだろうと思う。日本語の”ぬめっと滑らかな頭”の意味のナマズもいい名前だとおもうけど、英語の”ネコ魚”も悪くない命名だなと思うと共に、陸上哺乳類のヒゲも水中の魚のヒゲも、獲物を捕らえるために使うとなると似たような使い方をするっていう”収斂”現象の一つと思われ、猫のヒゲ、ナマズヒゲの機能美っていうのを改めて感じいるところである。猫のヒゲは大事な感覚器官で狭いところ通り抜けたりするのに使うと聞いてたけど、触覚で獲物を感じて捕らえるためにも機能しているようだ。猫のヒゲって縁起物らしいので部屋に落ちてるのを見つけると大事に保管している。ピアノの練習曲で有名な”猫踏んじゃった”ではヒゲを切れ!と引っかかれてブチ切れているけど、そもそも踏んじゃったから引っかかれたわけで、その腹いせにヒゲを切るなどという虐待はあきらかに動物愛護法にも触れる行為であり、厳に慎まねばならんことなんだなと思うのである。

 という感じでヤンチャが過ぎる場面もなきにしもあらずなんだけど、活性が上がる時間は1日2回程度で、その他の時間は基本寝るから”寝子”っていう語源説があるぐらいで実によく寝ている。お気に入りの寝床は最近は部屋の隅の座椅子の上で、そろそろ手狭になってきた感のある猫キャリーケースに寒くないようにTシャツ被せてタオル敷いた”巣”にも器用に頭から入って中で方向転換して寝てる。可愛いぜコバン。

 ワシの膝の上でも相変わらず寝てくれるんだけどさすがに重い。最近は頭だけ乗っけた状態でお許しいただいている。寒さが緩んできて夜布団には入ってこなくなって、枕元の座椅子か布団の上(重いっす)で寝ることが多くなったけど、昼寝してると脇の下に入ってきて腕を枕に寝息立ててたりするのでこれまた可愛いのである。

 という感じで、我が家の猫様は健康でおっきく育ってきており、下僕としてはこのうえない幸せを感じております。

2021年4月4日日曜日

貧乏人は米以外も食え!ーナマジのビンボ飯マヨソース編ー

 ビンボ飯ネタはネタ切れの時にでも書くかと思ったんだけど、先週書いたら粉とキャベツだけのプリミティブなお好み焼きが久しぶりに食べたくなってしまい、ちょうどコレステロール値が高いとのお医者様の指摘を受けて”ナマジ家揚げ物禁止令”が発令されたことにより余らしてた天ぷら粉があったので、キャベツは常備野菜なのでサクサクッと作ってみました。 前回「貧乏人は米を食え」と言ったそばからなんですが、まあたまには米以外も食うよねってことで。粉モノはメリケン粉が安いので安上がりなのでビンボ飯には活用すべしであります。

 作り方は極めて簡単。

 材料、キャベツ適宜(今回3枚ほどベリッとはいで使用)、小麦粉(天ぷら粉のあまり一カップ分くらい)、水、鰹節(無くても良い贅沢品)、マヨネーズ、トンカツソース。以上ってぐらいの具も何もないのになにが”お好み”なのか考え始めると哲学的命題になりかねないので気にせず作る。

 キャベツをまずは適当にみじん切りにしていく。みじん切りが難しいっていうならフードプロセッサーなり買えば楽だけど、キャベツみじん切りにするぐらいは、左手を”猫の手”にする基本を守って、プロみたいにあるいは熟練のお母さんみたいにトントントントンと調子よく切ることを諦めて、1歩1歩サクリサクリと丁寧に切っていけば、時間はかかるけど難しくはないので、自炊を志すならできるようになって欲しいところ。

 でもって、ボウルに入れて粉を入れて水を入れてかき混ぜます。この時に粉の量がお好み焼きとして形を保てる範囲でなるべく少ない方が美味しくできます。広島風のお好み焼きなんて、もろに千切りキャベツが焼いてあるだけの部分が生じてますが、あのキャベツ部分の美味しさが醍醐味であり、お好み焼きの美味しさは”粉”でどうこうするよりキャベツを楽しめば良いんだと理解できます。

 ”つなぎ”の粉部分は極力少なく、キャベツのみじん切りの表面がサラリとドロリの間ぐらいのやや薄めの水で溶いた粉で濡れている程度で良いンです。キャベツが本体。粉はあくまでつなぎに徹してもらえば、粉の部分の食感を良くするために山芋を混ぜたりとか面倒くせえ手間が省けて、かつご家庭でつくるお好み焼きにありがちな粉部分がベチャついてモチャモチャしたお好み焼きになってしまうのが防げます。キャベツ主体なのでサクサクに仕上がります。

 で、混ぜたらあらかじめ熱して油を引いたフライパンにぶち込んで弱火で焼きます。ビンボ飯の場合具は無しですが、贅沢にも具を入れるならこのタイミングで先にフライパンで具材を焼いておいてからその上にキャベツと粉を水で捏ねたタネを乗せて焼きましょう。まああんまり高価な具は似合わないので、鰹節はあるなら振りかけておきたいところではあるけど、それ以外ならせいぜい卵を割り入れてその上にタネを落とすというぐらいのちょっとした贅沢にとどめておきましょう。

 でもって、5分焼いて2回ひっくり返して15分で焼けたら、マヨネーズとトンカツソースをかけて熱いうちに食っちまいましょう。キャベツの甘さが実に良い塩梅でかつ粉っぽくなくサクフワに仕上がってて、材料の少なさ、作り方の簡単さの割りに美味しいおやつになります。もちろん沢山作って飯として食べても問題ないですが、小腹が減ったときにキャベツと粉ぐらい残ってることが多いのでチャッと作って食べられるのが便利。ソースはお好み焼きソースだとちょっと甘くてお好み焼き以外に使いにくいのでトンカツソースを愛用してますが、そのへんはお好みでどうぞ。薄っぺらく作って、酢醤油にラー油垂らしてチヂミ風とかも悪くないです。


 もいっちょ、マヨソースで思い出した献立をついでに。

 超簡単でわりと美味しくて、栄養的にもビンボ飯にしては炭水化物以外のタンパク質、脂質が含まれていて悪くない。そんな1品です。

 まずは食パンを用意する。貧乏人なら銘柄にもこだわりたい。ワシが朝飯に愛用しているのは、山崎の「ピュアモーニング」とイオンのプライベートブランドものの「毎日の食卓」で、なにが良いかというと、この2つは通常販売価格で100円以下とお安いのである。

 昔は恐ろしいことにコイ釣りの撒き餌に「芳醇」とか「超熟」とかの高級銘柄を使ってたけど、今思うと神をもおそれぬ所行である。そんな高級品は半額札貼られてなければワシよう買わんようになった。

 でもって作り方は、パンにマヨネーズを塗る。オーブンなりトースターなりで焼く、そしてトンカツソースをかけて食す。という朝の忙しいときにもぴったりなメニューになってます。

 最近は贅沢してとろけるスライスチーズを追加した豪華バージョンを食べたり、がっつり行きたいときは、パンの真ん中を指で押して凹ませて生卵を割り入れてから同様にオーブンで焼いた目玉焼きトースト的なのを食ったりもしますが、マヨネーズ自体が卵から作られているので、タンパク質も脂質も含んで栄養価的には優れもので、なんだったら、白飯にマヨ醤油で食っても結構いけるんじゃなかろうか?と思ってます。

 我が実家ではなぜか炊き込みご飯にマヨネーズをかけて食べる習慣があって、どうも亡き祖母がマヨネーズ好きだった影響のようで、マヨネーズが食卓に登場したときには白飯にかけて食べたぐらい衝撃的に美味しかったと語っていて、ばあちゃん”元祖マヨラー”だったのかもしれない。

 マヨネーズはそもそもが完全食品と呼ばれる卵からできていて、酢の防腐作用で長持ちするし、冷蔵庫に入れておいて損のない調味料というか食材ではないかとおもっちょりマス。

 マヨネーズのチューブを片手に貧乏と闘いましょう同志諸君!

2021年3月28日日曜日

貧乏人は米を食え!-ナマジのビンボ飯-開幕


 インスタントラーメンは贅沢品である。

 貧乏人の主食として、インスタントラーメンは定番のように描かれていることが多いが、元貧乏学生の経験からいって、インスタントラーメンは貧乏人にとっては贅沢であり、貧乏人の主食たり得ない。

 貧乏人は米を食え。

 米は安い。なにしろ日本じゃ主食というぐらいで、これをベースに組み立てるのが王道というもの。米1合は約150グラム、1日2合(学生時代は朝晩だけで3合食ってた)食べる私のような比較的大飯喰らいを想定しても1月は30日で60合は9000グラム、10キロ弱である。今10キロの米は底値だと2000円くらいか。ちょっと贅沢して銘柄米食べても米代なんて5000円あれば一月足りる。


 インスタントラーメンだと一袋50円から100円、ワシ1食に1袋では足りんので2袋食べたいところを我慢して1食一袋にしたところで、月あたり4500円から9000円かかる。

 インスタントラーメンの場合、白飯と違っておかず無しという選択肢もあり得るのでそう考えると安い気がするが、毎日毎食インスタントラーメンでおかずも無しは、炭水化物しかとれないとか塩分過多とかの以前にうんざりするはずである。ワシの場合は1袋では我慢できないので実際には倍額掛かるはず。

 インスタントラーメンと同様の費用で米飯のおかずをと考えると、インスタントラーメン底値4500円とちょっと贅沢9000円から米10キロの底値2000円を引くと2500円から7000円ぐらい使える。

 おかずに使える金額が月2500円となると、1日あたりの使える金額は80円そこらになる。この場合おかずはほぼ自動的に価格の優等生「卵」をベースに考えざるを得ない。

 底値で10個100円、完全栄養食と呼ばれる卵を毎食1個づつ食って1日3個でも30円しか使わない。ご飯に生卵かけて醤油かけた卵かけご飯って簡単だけど、実は食べ続けてもあまり飽きない(当社比)。完全栄養食だから体も受け入れてくれるのかもしれない。まあ、卵は卵料理ばかりを紹介した「卵百珍」という料理本の古典があるぐらいで、いろんな料理ができるので飽きにくい食材である。卵と醤油だけでも卵かけご飯、目玉焼き、ゆで卵、スクランブルドエッグ、卵焼きなどが楽しめる。

 月に卵90個900円しかかからん。となると残る月1600円で醤油買ったり、たまには納豆食ったり豆腐食ったりはできる。醤油に月500円使っても、1100円残る。ワンパック3個100円くらいの納豆だけに絞ったら11日卵に追加できる。麻婆豆腐が豆腐1丁百円と「麻婆の素」2食入り2百円ぐらいなので奮発して200円突っ込めば1食麻婆豆腐が食える。野菜が食いたければ、半玉100円くらいのキャベツか一パック50円前後のもやしを買って、調味料として塩とかマヨネーズも追加して、卵で浮かせた1600円の中から拠出すれば、卵料理の幅も広がるし、毎日インスタントラーメンよりはバラエティー豊かに栄養的にもましな食事がとれる。

 50円のインスタントラーメンと比較しても、少なくとも健康的でまともな食事にはなるが、100円の高級インスタントラーメンとの比較だと月9000円がベースとなり、月額1万円ラインを想定した食事となる。米2000円を引いて7千円なり8千円なりが「おかず」に使えるとなると、1日あたり230~270円程度使える。朝昼は卵か納豆ぐらいの倹約おかずで行けば、200円くらいは夕食にぶち込める。200円あれば肉が食える。

 ここで肉といえば貧乏人なら迷わず鶏肉である。値段は牛、豚、鳥の順だが、これは単にデカい家畜ほど生産コストがかかるというだけで味が値段どおりの順番というわけではない。貧乏人は安くてうまい鶏を食え。外食で牛丼なんて贅沢してもたいして旨くないうえに金がかかる。牛丼は金持ちで時間が無いサラリーマンなら割とお世話になるが費用対効果は自炊と比較してしまえばそれほど良くない。

 鶏肉100グラムは、たぶんブラジル産の胸肉底値だと50円前後。胸肉ぱさついて嫌いな私のようなもも肉好きでも100g100円前後で入手可能。鶏肉だけ焼いて食うとか肉だけ食ってても良いが、鶏肉100グラム、野菜200グラムぐらいは200円で何とか買える。実際にはキャベツ1玉とか大根1本とか100円ぐらいのときもあるのでお買い得品を狙えばそれ以上に買える。タマネギあたりの日持ちのする野菜を安いときに買って回し始めると、1日200円ぐらいあれば、鶏肉ベースで「鶏肉と大根の煮物」「鶏肉じゃが」「鶏肉とキャベツ炒め」とか、いかようにも発展可能。このあたりになれば、調味料にみりんと砂糖、味噌を買って足せば、普通に貧乏くさくない健康的で文化的なおいしい食事がおなかいっぱい食える。まとめて買い始めると夕飯の残りとかを朝昼にも回せる余裕も出てくるはず。ちょっとやりくりして贅沢してルーを買ってくればカレーやシチューもできる。

 ついでに安いときの魚にも手が出せる。イワシとか安いと1匹100円ぐらいには値段が落ちる。大羽イワシ1匹+野菜メニューとか普通に充実の夕食である。釣ってくると短期的には餌代ぐらいしかかからないので安上がりに持って行ける場合もあるけど、長期的には竿買ったりするのでよっぽどの量を水揚げして竿なりリールなりに仕事をさせないと元が取れないのが実際である。ワシぐらい恒常的に釣ってるとさすがに”使う道具”は元が取れるぐらいには水揚げがあるけどね。

 さらに言うなら大豆製品が神がかっている。豆腐も安いし納豆も安いが、”油揚げ”にいたっては以前に”貧乏人の肉”と表現したように、安くて旨くて食いでがあって肉の代わりに料理にぶち込めば大体どうにかなる超便利素材。

 このあたりが、実際に貧乏学生だった頃から私が実践してきた、食費を節約してもひもじい貧しい思いをしない食生活である。

 恐ろしいことに、米、卵、鶏肉あたりは30年近い昔の私の学生時代と今現在とで底値がそれほど変わっていない。鶏肉はブラジル産とかになったので安い理由は分かるが、卵とか米とか国内農家の企業努力には頭が下がる思いである。お百姓さんありがとう。

 料理研究家の魚柄陣之助さんが著書で、一月1万円の食生活について書いておられるが、私が学生時代に実践していた上記の内容と共通するところも多く、実際に食費削ってかつひもじかったり不健康じゃないようにするとそうなるよね、という感じである。

 魚柄先生は「小麦粉がめちゃくちゃ単価安いので、小麦粉主食ならもっと安上がり」と書いているが、さすがに毎食メリケン粉練ってうどんとか作るのは面倒くさくてやってられない。お好み焼きとかならそれほど面倒でないし、キャベツと粉だけのチープなお好み焼きとか激安な割に美味しくて、たまに作る分には安くて良いが毎日食うものではないように思う。

 小麦粉が安い事実にたどり着く前に、「乾麺が安い」というのにも魚柄先生着目していて、乾麺はゆでるだけなので確かに安いし簡単で、ローテーションに入れれば食生活が潤うんじゃないかと思う。スパゲッティー、うどん、そうめん、そば、安売り時にまとめて買っておけば日持ちもするし良い案配。

 小麦に比べて米が優秀なのは、製粉してこねて発酵させて焼いて食うパンに比べて、脱穀精米して炊くだけで食える米飯としての調理の簡単さがあると思う。

 米は精米しない玄米の状態なら数年は保存可能で、脱穀精米した白米の状態でも数ヶ月は余裕で常温保存可能である。その上に水を加えて炊くだけで主食になるという簡単さ。日本では香川県をのぞくと小麦ではなく米が主食となっているのも当然なことだなと思う(実際には香川でも主食は米のはずだと信じたい)。

 米を炊いたことがない人は、なんかめんどくさい作業のように思っているかもしれないが、実は簡単である。炊飯器が無いと炊けないと思っている人もいるかもしれないが、鍋があれば炊ける。実際に私はアウトドア用のアルミの鍋が2合ちょうど炊けるサイズなのでそれで炊いている。

 作業としては、たとえば昼飯に間に合うようにご飯を炊こうとなったら、朝、米2合をカップで量って鍋に入れて水を入れる。米は研がない。「無洗米」でなくても最近の白米はあまり糠成分を残さず精米しているので研がなくても何ら問題が無いことが多い(たまに糠臭いのもあるので自己責任でおねしゃす)。炊く前に吸水させるために水につける作業は「うるかす」という言葉があるぐらいで、芯を残さず炊くには必須の作業と思われているが、今時の白米に必要なのかは若干疑問も残るが習い性でうるかしている。まあ、水入れて放置しておくだけで手間では無い。

 うるかした後、ワシャ麦シャリが好きなので押し麦を適宜追加して、米の1.2倍ぐらい水が入ってるなという感じに注水。この辺の感覚は長年飯盒炊爨(はんごうすいさんと読みます)で鍛えた感覚なので、自信が無い人は最初はざるに空けて水の量も計って、というのを読むとめんどくさいと思うが、慣れれば目分量でいけるし多少違っていても食える程度に炊けるということも学ぶ。

 強めの中火で最初は炊くと、5分ぐらいでシューシューと吹きこぼれてくるので、吹きこぼれないように弱火にしてさらに5分。ガスを切って5分蒸らして完成。5分タイマー3回の片手間作業で時間も手間もさしてかからない。炊飯器はあればあったで便利で水と米をぶち込んでタイマー設定してポチッとなでOKでさらに簡単。


 貧乏人は米を食えというのをここに書いたのは、ネットとかで月の食費が1万円以下だとか食費が少ないと、なぜかインスタントラーメンやコンビニ飯、マクドなんかの金額が出てきていつもアホかと思うからである。インスタントラーメンもましてやコンビニ飯やマクドのメニューが費用対効果に優れているわけが無い。加工するのに手間賃かかるというのを考えればインスタントラーメンでも白米にはなかなか勝てないだろうし、ましてやなんぼ安っすいバイト君の給料とはいえ人件費かかってくるコンビニ飯やらファーストフードが安上がりになるわけが無い。なったらバイト君なりが搾取されてるとか廃棄品横流しとかのいやな話が出てくるはずである。

 「1日千円使うと、それだけで一月で3万円かかってしまう。その1日千円ですら1食3百円程度しか使えなくなり月1万円は現実的では無い。」という主張さえ目にする。だーかーらー人件費かかってる外食や加工食品をベースに考えるからおかしいんだって、と貧乏学生やってたけど飢えた記憶も食費に困った経験も無い人間としては、前提条件変えて外食やら加工食品をあまり利用しない白飯中心の自炊なら結構食費月1万円ペースで飯食える。健康的でまともな食事ができる。というか白飯旨くて仕方なかった。というのをお金が無いことを理由に旨い飯が食えていないとお嘆きのむきにはお伝えしたいのである。

 別に貧乏人を馬鹿にしているわけでは無い。ワシも今現在無職無収入で老後のことも考えて貧乏生活を楽しんでいるけど、金なんて天下の回りものっていうぐらいであるときはあるし無いときは無いものだと思う。金が無いぐらいで人を馬鹿にすべきでは無いと思うが、「金が無い」と嘆くばかりで無い物ねだりをしている人間は正直馬鹿にしている。金が無ければ無いなりに面白おかしく生きていく方法を考えろよと思うのである。

 私が「お金」を世間様がいうほどありがたく感じていないし、たいして頼りにもしていないのは、最低限の仕送りでバイトしながら部活とかもしていた貧乏学生時代に、あんまりお金に困らなかったのも影響していると思う。

 貧乏学生だったけど、部活をやめるとか、もっと節約するならお金を切るべき余裕がある中でそこそこ面白おかしく生きていたし、貧乏生活しながらも捻出したお金で中古の軽自動車にも乗っていた。仕送りとバイト代の範囲内で買えるものを買って食える飯を食っていれば金が足りなくなることは無かった。

 裏技的に学食の前日の残り物を煮て卵とじにした「ミックスフライ卵とじ」という今考えると廃棄食品再利用の色々ギリギリな爆安メニューを利用していたり、釣ってきた魚をおかずの足しにしていたりもしたが、牛肉、豚肉なんて先輩におごってもらうような時をのぞくと口にしてなかったけど、毎食美味しく腹一杯食って満足していた。

 単に「金が無い」で済まされない、飯が食えなくなるぐらいの貧困というのは、働けなくなるような病気を抱えているとあり得るのかもしれないけど、それでも生活保護はじめセーフティーネットはあるはずで、この日本で餓死するとかおかしいと思うし、あってほしくない。でも餓死のニュースは実際に目にする。

 電気、ガス止められると自炊できないので白飯作戦がとれないので、そこに至る前にであるが、自炊して白飯確保していれば、結構米ってタンパク質とかも含んでるので、インスタントラーメン単食よりは白飯塩握りのほうが頼りになると思うのだが、何となくコンビニ飯で食費ショートさせて飢餓におちいっている気配がするんだけど実際どうなんだろう。

 ネットでの議論でも食費を削るというときに、まず自炊ありきじゃなくて、コンビニ飯でもファストフードでも「買ってくる」というのが自然だと考えているように見受けられる。

 たぶんそれは親が共働きとかで食事は作るより「買ってくる」ものだという家庭で育っていればそうだろうと想像できる。それが都会ではむしろ当たり前の感覚なんだろうと思う。そのことの是非はここで問うつもりは無いが現実としてそうなっている。

 そうであれば月1万円の食費ではうんざりするような貧相な食事しか得られないと想像するだろうけど、自炊するのが当たり前の人間からすれば、月1万円はちょっとがんばってやりくりすればできそうな節約だし、その時に食べる食事がそれほど貧相ではなくてまあ美味しく食事を楽しめる程度にはなりますよ、というのを実際に食費を削らなければならない貧困におちいっている人には誰かが教えてやらないといけないのではないかと思い、書いてみたところである。

 ワシの食費はだいたいいま月1万円代前半である。酒もちょっと飲むし、ジャンクな袋菓子やらせんべいやらもたまに食べたりして、結構贅沢してこの金額である。右上の方の写真見りゃおわかりいただけるように、魚を釣ってるっていうのもあるけど、食生活には何の文句もない。肉なんてたまに他人様にご馳走になるぐらいで食わなきゃ食わないで、美味い魚食ってれば何とかなる。

 ネットに接続できるぐらいの経済状態なら白飯作戦で節約すれば十分生き残れるはずである。ワーキングプアで自炊する暇も無いのに金も無いというダブルパンチはまた別の問題としてありえるというのは悲しい現実だが。

 100円と聞いて、コンビニのおにぎり1個も買えないと想像する人なら毎食100円の食事なんて死んでしまいそうと思うかもしれないけれど、100円で特売のキャベツ1玉、大根1本、もやし3袋ぐらいを想像する人なら、数食分のおかずぐらいには使える結構な量の食品が買える額だと思うはずである。なので白飯がベースにあれば毎食300円ぐらいでも結構いけるかなと思うでしょ?キャベツ1玉とか大根1本って現実には2日では食い切れないぐらいあります。別に安いからって不味いわけでもない。

 自炊するにはそのへんの残った材料を次の料理にうまく回して無駄なく、1回の食事だけで完結せず調味料も含めて長期的に切り盛りしていく、という時間軸も加えた4次元的手腕が求められるのだけど、だんだん上手になってくるとそのへんが面白くなってくるものである。

 仕事忙しいと金で人の時間を買うようにして出来合の食い物を買って食ってるけど、暇だと自炊した方が自分好みの美味しいものが食べられるので、無職だと自動的に当たり前にほぼ自炊。冬は鍋で濃い味に煮た料理とかだと作って室温で放置しておいても悪くなりにくいので、ドカっとまとめて作って白飯だけ炊いて、数日にわたって味が染みていき徐々に崩れていく大根とか、味の変化を追いながら食ったりもしてます。

 インスタントラーメン?そんな贅沢品は九州ラーメンがどうしても食べたくなったときにマルタイ棒ラーメン博多味を食べることがあるぐらいでほぼ食べない。たまに食うインスタントラーメンは美味いけどな。

 ということで、ワシと同じように貧乏を楽しむ人のための料理の実際を紹介する”ナマジのビンボ飯”というシリーズを立ち上げて、貧困に苦しむ食卓に美味しい料理をお届けして幸せになってもらおうかなと思うンだけど、なかなかこれが、この地で暮らしていると魚が釣れるし、釣れなくてもスーパーでも旨い魚が格安なので、これぞ”ビンボ飯”ってメニューを作る機会が少ないので、ずいぶん前から書きたいとは思ってたんだけど書くネタがあんまりなかったんだけど、コロナ禍のおり、仕事はなくて金も無いけど暇があるというビンボ飯の実践にはもってこいの状況ではあるので、いっちょ基本のところから始めてみるかなと書いている。


 基本とは、貧乏人は米をまず炊けということで、炊飯の方法は既に書いた。飯だけでは寂しいので、基本のオカズということで栄えある第1回に紹介するのは、貧乏人の味噌汁である。ジャン。

 材料は、水、出汁になる魚のアラ、大根、キャベツ、揚げ、味噌に加えて”食塩”が貧乏人の味噌汁における肝となる。

 作り方は、出汁となる魚のアラ(今回は愛猫のおやつに焼き干し保存していたアジの骨)を適宜切ってお茶パック入れたモノに塩適量(小さじ1くらい)を鍋に入れ水にぶち込んで、今回大根とキャベツだったけど適当な野菜を切ってぶち込む。そして貧乏人の肉である揚げもぶち込んで火にくべて味噌をぶち込んで溶かして、グツグツいったらできあがり。味噌の香り高いできたても旨いけど、煮返していって野菜がグダグダになってるのも旨いし、冷めたのを飯にかけてクールに”猫飯”を決めるのも悪くない。何が貧乏人風なのかというと高級調味料である味噌を節約して、塩ぶち込んで味が薄くないようにごまかしているところが、貧乏人の知恵である。こういうコツコツとした積み重ねが節約というものの本質だと思ったり思わなかったり。ぶっちゃけ味噌って割と少量でも風味やら味やらはつくもので、味噌だけで味の濃さまで調整しようとすると味噌の減りが早いけど、塩でしょっぱさ足してやると、味噌なんてなんかそれっぽい風味が付く量入ってれば、それで味噌汁として成立するんである。

 同じ方法は、醤油、めんつゆなの場合にも同じように使える。応用編としてはイワシの梅煮に汁が酸っぱくなるまで梅干し入れようとすると梅干し大量に使ってしまうけど、煮汁に酢をぶち込んでしまうと梅干しは風味が出る程度に入っていれば、ちゃんと(してるかどうかワシなんでも美味いバカ舌だから自信ないけど)イワシの梅煮になるんである。是非お試しあれ。

 

 今後も、ネタ料理は色々あるので、書くことも特にないような週末に、皆様の貧乏飯生活が満ち足りたモノとなる一助となれるよう、しょうもない、料理とも言えないような料理を紹介していけたらな、とおもっちょりますのでご期待あれ。