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2026年6月20日土曜日

へちま

  「お染二の字」、「白熊中金」、「八つ橋荒巻」、「黒三光」、「源氏車」、「八ッ橋赤底荒巻」、「新魁荒巻」、という新しい打順の鮎毛針浮き流し釣りの仕掛けをこしらえた。

 今期、我が鮎釣りポイントのアユの遡上具合は”小当たり”ぐらいで、まあ夕マズメに頑張って10匹ぐらいは釣れるかなというぐらいの、夕涼みにはちょうど良い塩梅である。

 てな話をしてたら、去シーズン当地で鮎毛針釣りも楽しまれたひじさんから、「閉店するっていってた古い釣具屋の閉店セールで入手した鮎毛針(デッドストックもの)をまだ送ってなかったので送ります。「へちま」と書いてあるのは、付属ハリスがナイロンでなく本テグスだそうです。天然のテグス蚕製!僕は初めて触りました。いつのだよwww おまけに同じ店で入手したこちらもデットストックの流し浮きも付けます。」と物資補給があった。ありがたいことである。特に鮎毛針はワシは自作するときフライフックの18番20番といった小さいハリにチマチマと巻いているので、ある程度巻き貯めた備蓄はあるけど、それだけだと心許ないので、ネットでそれこそデッドストックを投げ売りしてるようなのを探して、ちょくちょくと予備弾倉を補充していたので実にタイムリー。

 ということで、いつもはフライパターンとかを独自解釈で鮎毛針に落とし込んだ、「仇虫(アダムス由来)」、「水の女王(クィーンオブウォーターズ由来)「借苦(シャック由来)」とかいい加減な毛針で打線組んでるけど、今回は買いためてあったり、自作したりも含めて伝統的な鮎毛針で組んでみた。ひじさんにいただいたのは大阪の「カク久」というところのもの、購入済みのは加賀の「秀峰」謹製となっている。右端の2本はナマジ謹製。

 いただいた流し浮子はダンベル型にリリアン貫通のジタバグのように左右に揺れるタイプで、ひじさんが使ってみたところ、どうも仕掛けが絡むトラブル多い印象、ということだったので、まあそのへんは小物釣り師は絡む仕掛けにゃとりあえずパイプってなもんで、パイプ突っ込んでみた。リリアンのような柔らかい部分があると絡みやすい。逆に張りのあるパイプを使えば絡みにくくできるハズ。で、浮子の位置は前後に浮き止め入れてやれば好きなところにできる。場合によっては浮子上げ下げして、毛針を水面に叩きつけるようにして誘ったりもするので、浮子の位置は好みの位置に調整できるとベター。いつも使ってるのは写真の左端の棒状のタイプで、この単純な形状でも流れの抵抗を受けてジタバタとクロールするように揺れる。

 で、仕掛けはハリを結ぶメインライン部分は0.8号ナイロンで、上の方の道糸部分は視認性重視で、ピンクGTRの1.5号を使った。仕掛けの上部に流し浮子、最後の方にシモリ玉の浮子、浮子の間に毛針が6本、シモリ玉の後ろに1本で、毛針は枝ス方式で0.8号のメインのラインに8の字結びを作って、締めずに隙間を空けたままにして、下に向いてラインが突っ込む穴に枝スになる毛針の付いたハリスを突っ込んでメインのラインに電車結び。ハリスの長さは、長すぎると絡みやすいので適当に。長さ多少ランダムにして動きに差が出るようにしてる。絡みやすさはラインの種類によっても異なり、ホンテロンのようなエステル系は堅めで絡みにくく、ナイロンの方がしなやかで絡みやすいけど、気持ちしなやかな方が掛かりが良い気がするので、絡むと面倒な上の方のハリにはエステル系ハリスのを使って、後半の食わせたいハリにはナイロンとか一応変えている。今回いただいた毛針には”本物のテグス”が使われていて、パリッと堅めの感触だったけど、この乾いた状態だと弱いらしく、結ぶときにも濡らしてから結ぶようにとのことだった。たしかに濡らすとちょっとシットリとしてパリパリ感が薄れて結びやすい。で、どのぐらいの強度があるのかと、余ったハリスで引っ張って切ってみたら、普段使ってるナイロン0.4号とは比ぶべくもない弱さで、全体が伸びるのではなく、ガムとかみたいに切れるところに近いあたりがミョーンと伸びつつボツッと切れる。10センチやそこらのアユに切られるおそれはないと思うけど、尺ウグイちゃんとかだとちょっと心許ないぐらい。でも竿も4.5mで柔くてためが効くし案外なんとかなるかも。今時の0.4号ナイロンの強さが異常なのかもとも思う。

 という感じで、伝統的な鮎毛針をお題に1打線組むのを楽しんだんだけど、”へちま”と呼ばれた”本テグス”についても、ツーテンの虎ファンさんも交えいろいろメールでやりとりして、その歴史やら製法やらいろいろと興味深かった。その時のやりとりを、一部抜粋、改稿してのせてみると、

ナマジ:ありがとうございます。テグス蚕のテグスは私も触ったことないので、どんなのか触ってみたいですね。私の持ってる毛針で本テグス仕様を謳ってるのは、ホンテロンとかのエステル系のハリスでした。違うやんけ。絹もそうですけど、天然の繊維でも保存が良ければ長持ちするもんですね。

虎ファンさん:テグスという言葉自体久々に目にしましたが、こんな風に作られていたとは驚きです。知りませんでした。web.tuat.ac.jp/~kaiko/03/dissect/SilkenGut.html

 ナマジ:クスサンからテグス作るのは三平君もやってたので酢で固めるとか知識としては知ってました。繭を作る前の終令幼虫は独特のシワシワ感が出てくるそうで、秋田ではその状態を指す言葉として「ひきってくる」というらしいです。養蚕用語かな?(正解でした)あと、誰だったか忘れましたが、引っ張って伸ばす伸ばし方で太さを調節するんだけど、片方だけ細く伸ばしてテーパーつけてテーパーリーダーのようなモノも作れたとか書いてました。文明崩壊後してナイロンラインが手に入らなくなったら、クスノキ蹴っ飛ばしてクスサンの幼虫捕まえねばならんですね。

 虎ファンさん:三平がテグス作ってたっけ。覚えてないなあ。でも、面白いな。 ポテチやかっぱえびせんの袋が白黒になっている時代やし。

ナマジ:三平君じゃなかったかも?矢口高雄先生の子供の頃の想い出とかを綴ったエッセイかエッセイマンガだったようなおぼろげな記憶が蘇ってきました。と書いて、データ化して持ってるかもなと探してみたらありました。「釣りキチ三平の釣れづれの記」(「続・釣りキチ三平の釣れづれの記」もある)でした。イラスト付きのエッセイ集ですね。ちなみにクスサンじゃなくてヤママユガの幼虫つかってました。テーパーラインの話もこの本に出てました。

 虎ファンさん:その本、我が家にはなかった。クスサンに限らないのか。三平の話になると、秋田県の「横手市増田まんが美術館」に行ってみたくなる。

ひじさん:盛況ですね。テグスサンは中国にいるけど日本には分布せず、日本ではクスサンを使うんですね。テグスとクスでややこしいなあ。 ところで、テグスサン・テグス・・どっちが先なんだろう。テグス=漢字だと「手繰糸」で、これが取れるからテグスサンだと勝手に思ってましたけど、ウィキの説明は、「天蚕糸」で「ティエン・ツァン」が「テグス」に転じ、テグスサンから取るからテグスだと。「糸」は読まない漢字(有名なのは鹿児島の頴娃(えい)の「娃」)てことかな。 じゃあハリスやエダスは?釣り人用語なだけ? ますますわからなくなってきました。 

ナマジ:テグスの語源はネットで検索かけてみると、「天蚕子」中国語読みから説が優勢ですね。子が読まない漢字ではなくスーと読むのならティエン・ツァン・スーからテングス→テグスとなりそうな気もするし、ハリス、枝スのスも糸と同じ意味で使ってそうに思うのですが、ネットのお勉強ではそこまでたどり着けませんでした。推理としては悪くない気がしてますが。クスサンの繭はなんか雑なつくりでそんな穴だらけで大丈夫か?という代物ですが、ヤママユガの仲間のウスタビガの繭は拾ったときに緑色のオシャレな感じといい、パカッと上部の口が開いて成虫が出て行ったらしい良くできてる機能性といい感動して、子供の頃蛇の脱皮ガラとかと一緒に宝物箱に入れてました。ヤママユガの繭も薄緑の綺麗な色で後にヤママユガの繭から糸をとって布にするという雅な技術が存在すると知ったときも、あの美しい繭なら良い糸が採れそうだなと納得したモノです。今でも長野とかでは生産してるとか。https://oishii.iijan.or.jp/products/post-1880こちらも「天蚕子」と書くけど読み方はテンサンシだそうな。って考えると、テグスがとれる蛾からは繭から糸もとれたりする。逆に絹糸線がある大きな蛾の幼虫からは絹糸線引っ張り出して酢で処理してテグスが作れそう。お蚕さんでもできそうに思いますけどどうだろ?お蚕サン、韓国出張行ったときに、屋台でサナギの揚げたのが売ってるのを買って食べてる人が居たので(ひょっとしてひじサンだったか?)1つ2つ摘まんでみましたが、食べられなくはないけど、鼻から匂いが抜ける度に、「大ごい」の茶色のパッケージが頭に浮かんできて、美味しいというほどのモノではなかったように記憶してます。コイ様に食べていただくための餌を人間ごときが食べるのは分不相応なのかもです。

虎ファンさん: 嫁と長野旅行をした時に岡谷の天蚕博物館に行ったことがあります。「あゝ野麦峠」の世界の説明やトヨタだけでなく、日産までも自動織機を作っていたのかと感心したことよりも、ご自由にお食べ下さいとあって、反射的に口に放り込んだサナギの味と臭いの方が記憶に残っています。

ひじさん:なお、僕もまだ使ってませんが、本ヘチマは濡れてないと切れやすいらしいので、仕掛け作りの際は気をつけて。まあ大物釣る仕掛けじゃないからギュウギュウ結ばないとは思うけどね。

 ナマジ:毛針と浮子届きました。ありがとうございます。本ヘチマのテグス、触ってみましたが乾いてるとパリパリしてて確かに結びに弱そう。張りがあるのは絡みにくいので、そこはホンテロンハリスと似たような性格か?「お染」は単純で自分でも作りますが名作です。透け透けに荒く巻いてお尻にオレンジっていう色っぽいハリです。打線組むの楽しんでみます。

 って感じでした。

 その後、引き続きお勉強してたところ、なぜへちまという呼び方になったのかとか、詳しく紹介されているブログ「長良川と郡上竿の世界」にたどり着きたいへん勉強になりました。勝部直建著「テグス文化史」というのが参考資料として優れているようで、孫引きさせてもらうと「中国でテグスが作られ始めたのはいまから800年前の南宋時代であるという。その元となる虫は、中国南部産の楓蚕(フウサン)と呼ばれる蛾の幼虫で、テグス蛾、天蚕とも呼ばれた。」という古い歴史のあるもので、中国で作られたテグスが江戸時代に持ち込まれ、全国各地に行商人が卸して回ったとのこと。

 その後、「テグスの断面をまるく、太さを均一にするために輸入された”荒テグス”を磨く(金属板に開けた穴を通したりして削って整える)ようになり、明治の頃には各太さの磨きテグスが全国に流通するようになったとか。その中で輸入テグスにも産地により品質に差があり、ヘソ、アイス、ヘチマなどの名前をつけてランク分けされた。最初は中国湖西省産の最高級テグスがヘチマと呼ばれたが、終盤にはヘチマを名乗った様々な商品が出回った。」とのことで、ナイロンやエステルに取って代わられる直前のころには高級な本テグスに「ヘチマ」と名付けられていたようで、いわば”ヘチマ”は「高級テグスですよ」という宣伝文句のようなモノになっていたようだ。

 「国内では、1800年頃から信州で、ヤママユガやクスサンの幼虫からテグスが作られ始め、輸入のテグスが希少で高価であったため、全国各地にも生産が広まった」とのこと。やはり、ワシが想像したとおりお蚕さんからもテグスを作る試みはなされていたようだけど、とれる長さも質的にもイマイチだったようだ。

 輸入した荒テグスを、日本で加工した「磨きテグス」はその技術が高く評価され、戦前には世界中に流通したようで、淡路島が高級ブランド産地だったそうな。0.4号の細さにまで磨いた製品が流通していたようで、たしかに凄い技術だと思わされる。

 で、その蛾の絹糸線から作った”本テグス”がナイロンやらの合成樹脂に取って代わられていったという歴史だと思っていたけど、今回お勉強して、その間に「人造テグス」という絹糸を芯にゼラチンで固めたような製法で作られていたと知った。長尺のものが作れるのは良いけど、製造できる太さがやや太く水を吸って弱くなっていくのが欠点だったのが、水を吸ってふやけて弱くなっていく難点を克服したのが、いまも小もの釣りの「ブラックラーヂ」とかに名を残す最初の人造テグスの「ラーヂテグス」で、日中戦争、第2次世界大戦の時代に本テグスの供給も滞ってしまったなか、お茶やタマネギの皮で煮るなどして当時の釣り人は長持ちさせて人造テグスを使っていたそうな。という人造テグスがあって、その次にお馴染み東レからナイロンテグスが現れるまで、人造テグスは道糸用だったのでハリス用には”本テグス”が使用されていたのだろうと推定している。

 東レによるナイロンテグスは昭和20年前後、昭和17年にまず商品名アミランのナイロンラインを「東洋合成テグス」として販売開始。その後昭和22年に、ナイロンの透明化に成功し泣く子も黙る「銀鱗」ブランドの発売を開始している。その後輸入も含め他社製品も出てきて、ナイロンラインが本テグスに取って代わっていったのだろうと思われる。

 つまり本テグスが付いているいただいた毛針は、ナイロンテグスが発売される前か、発売されて過渡期に本テグスがなくなっていくまでの幾ばくかの間に作られたデッドストック品かもと推理できそう。昭和20年とかで80年前、その後過渡期が長かったとしても20年も本テグスの生産、流通が持ったと思えず、60年よりは前かなと推理してます。ワシより年寄りの毛針。長さの単位の書き方がセンチが漢字で”糎”なのも、古さを物語っている。

 と、ブログ「長良川と郡上竿の世界」の内容から引用、簡素化して、長々と他人のふんどしで書かせていただき、申し訳ないところだけど、あげられてる参考文献がなかなか手に入りそうにもないので、ご容赦願いたい。道具の歴史、発達の経緯って知ってると、なぜその道具が必要とされたのか?という根源に迫ることができ、自分にとって必要な道具を適切に選ぶためのベースとなる知識たり得るんだけど、なかなかそういうところにまで突っ込んでる情報って出てこないので、是非紹介したく書かせてもらいました。釣りで大事なのはハリと糸っていつも書いている釣り糸の歴史。

 その釣り糸の歴史の源泉には馬毛、絹糸を処理したモノ、麻縄など植物の繊維から得たモノもあるけど、透明なハリスの源泉としては糸を吐いて繭を作る蛾の絹糸線から作り出した”本テグス”があったということは、今日日強力な合成繊維が普通に使われているのと対比してなかなかに”遠くに来た”感じがすると同時に、小さな虫の作り出すテグスが透明な繊維が他になかった時代、魚釣りにおいて決定的な仕事をやってのけていただろうということに痛快さというか面白みを感じるところである。早速、アユ釣りに行ってみたけど今でも”ヘチマ”のハリスは小アユぐらい問題なく釣る実釣能力を備えていた。経てきた年月を思うと、なかなかにものもちが良く、絹にせよ、漆にせよ、鳥の羽根飾りにせよ、適切な保存状態における生物由来の素材の長持ちする性能には感心するところである。漆とか千年持つからね。

 って、本テグスについてお勉強してたら、「絹糸からケブラーに匹敵する繊維素材」カイコの糸を摂氏125〜215度、1900〜9800気圧で加工すると、絹本来の結晶構造を保ったまま繊維同士が融合し、透明で緻密な固体素材が生まれる。強度は防弾チョッキに使われるケブラーに匹敵し、弾道試験では炭素繊維強化ポリマー(CFRP)とほぼ同等の耐貫通性を示した。っていう報告なんかもネットニュースになってて、生物由来の素材の有用性、発展性ってまだまだあるんだなと思ったりもして、そういう色んなことを考えながら、本テグスで釣りすると、釣果がUPするとか下品な話ではないにせよ、釣りがちょっと楽しくなって、自分が今やってる釣りが、どういう歴史の流れの中で培われてきた道具や技術を用いているのか?自分の釣り師としての立ち位置が意識できたりして趣深いモノがあったりします。

 とにかく強くて切れない糸を使っておけば良いっていうのは、適切に切れないと危なっかしかったりするという実害もありつつ、思考停止で適材適所を踏まえられていないことも多く、時に強くもなく切れもする、でも必要十分な面白い道具を使っておくってのは、楽しみの面で利する面が大きいのかなと思っちょります。

2025年12月20日土曜日

フグと和解せよ!

  今からカリスマ釣り師(自称)のワシが書く技術は、本当なら極秘にしておきたいぐらいの核心を突いたものである。にもかかわらずあえて公開するのは、心ない釣り人に陸上に放置されるフグたちの姿など見たくないからである。当ブログの読者さんは幸運である。こんな素晴らしい技術がタダで教えてもらえるなんて、釣具屋の回し者の言うこととか聞かされた日には、やれロッドがどうのこうの、やれルアーがどうのこうのと、いやっちゅうぐらいに散在させられるはめになるのは自明だけど、ワシの今回紹介する技術は基本的にはお金はかからない。それでいて効果は波及効果も含めて驚くほど大きく恩恵がデカい。是非最後まで読んでいってください。そしてできればお友達にも教えてあげてください。
 大事なことなので太字で書きます。

 フグの猛攻を防ぐのに一番良いのは、釣れたら則リリースしてフグを警戒させ”スレさせる”ことである。

 これは年間200日から釣りに行き、その多くの時間をオカズのマアジ釣りに費やしてきたカリスマ釣り師ナマジが、経験と実戦と考察と試行錯誤でたどり着いた境地であり、少なくともうちの近所の漁港では鉄板の技術で、そうやってスレさせたフグたちは、その日だけでなくしばらくは学習して刺し餌をなかなか食ってこなくなり、コマセをついばんでまき散らす「自動コマセ拡散機」とさえなってくれるという事実。これは一緒に豆アジ釣りしたツーテンの虎ファンさんもひじさんも目撃しているところであり、とち狂ったワシが言うてるだけではないのでご安心を。ちなみに魚の学習能力については川村軍蔵先生の著書とかによると、コイで実験したらハリにかけられた後、半年くらいは食い方が慎重になったとのことである。

 となると、釣ったフグを殺すような輩はフグをスレさせずに沢山釣る方法を実践しているにすぎない。バカはここでも罰ゲームをやらされているわけである。罪もないフグを殺して平然としていられる神経とゴミを捨てていくしつけのなってなさで併殺食らってる。まあそれが釣り人の代表的な姿と一般的には思われているだろう、ってことがワシには我慢ならん。およそ全ての趣味人で昨今一番評判が悪いのが”撮り鉄”で次が”釣り人”あたりなんではないだろうか?ゴミ放置していくし、立ち入り禁止や駐禁も無視するし、事故起こしたりするしでろくでもない輩と思われていて、同じ釣り人としてワシャ恥ずかしい。

 フグを知り味方につければ他の釣り人が敬遠するような釣り場がパラダイスに変わる。フグと和解せよ!である

 という話のきっかけはMasahiroさんところのブログで釣り人が酸欠必死の潮だまりに捨てていったフグ救出のネタを読んで、どこでも釣り人は同じ罪を犯してやがるなと思ったことで、Masahiroさんは地磯に降りていく小道の草刈りやロープの更新を見知らぬ先人から自主的に引きついておられるんだけど、そのロープの先に付けたゴミ捨てないでねというお願いの看板に「私は、看板に文言を追加した方がいいのでしょうか? 「自然を愛せ。さもなくば魚市場に行け」とか。」と悩んでおられる様にいたく共感して書き込みさせてもらったところであり”フグと和解せよ!”はその時にワシの頭に降りてきた文言でMasahiroさんにも気に入ってもらえたようである。でも本当は看板に文言追加しなくても済むというか、そもそも看板が要らないというのが望ましいように思う。

 なんにせよフグもおらんような貧しい海で釣りなどして面白いか?といつも思うし、生き物の命に敬意もない輩に釣りなどして欲しくない。我が家のVIP様である”釣りの上手い人”は根魚釣りとかしていて、フグしか釣れなくても「フグは結構好き、ちゃんと引くし膨らんで可愛いし。どうせ根魚釣ってもリリースするし食べられなくても関係ないし。」と実に分かってらっしゃる。バカと天才の違いはそういうところだぞ!と思わされる。

 ワシ自身、オカズ釣っててフグにハリ取られるのは勘弁願いたいところだけど、リリース前提で遊んでるときに(オカズ釣ってるときも遊んではいるけどな)、フグが釣れると楽しいし、釣ったことがない種とか釣れると興奮する。尺越えのヒガンフグとか普通にメッキ釣れるよりよっぽど得がたい釣果で超楽しめたのが印象に残ってて、フグの話を書くならあの写真は要るなと真っ先に思ったぐらいである。冒頭写真の下から2番目がそれ。

 まあ、釣りはフグもいれば鳥もいてっていう自然環境を相手にして、それらの複雑な関係性を把握することに努め、それらの要素も楽しむべきだと思っているし、そうでなければ面白くないだろう。よくカワウが魚を食うからと目の敵にする釣り人がいるけど、以前も書いたけどカワウが魚を食うのはそういう鳥だから当たり前だろって話で、もっと言うなら適正量もクソもなくジャブジャブ養魚場育ちのトロ臭い成魚を放流しまくってカワウを増やしておいてどの口が言うって話で、遊漁用の魚の放流量とカワウの増殖との相関関係は多くの報告が上がってる。今ちょっと検索かけて代表的なのを上げるなら「日本の河川におけるアユ放流がカワウの採食行動や分布に及ぼす影響(熊田那央2013年)」とかが面白かった。カワウの繁殖への影響もあれだけど、アユの資源量に関する影響としてはカワウの食害は放流当初ぐらいで限定的で釣り人の影響の方が大きいっていう当たり前体操な身も蓋もない報告で苦笑いさせられる。まあ目の前で魚咥えて上がってきたらムカつく気持ちも分からんでもないけど、それも含めた自然の中でやるから面白いんであって、カワウもおらん釣り場が良いのなら室内釣り堀にでも行っておけって話である。釣り堀は釣り堀で面白いっていうのはヘラ釣りで経験してるので、嫌ならそうしろとしか思えない。それを「美しい自然の中で釣りがしたい」とか言いながら、自然の構成員であるカワウを駆除して、ある意味ゆがめてしまおうとするような矛盾したことを言ってるバカは、罰として、カワウほぼ関係なくて上手な人は同じ条件でキッチリ釣ってくるのにテメェだけ釣れなくてカワウに責任転嫁するという人生が待っているんだろう。心底つまんねぇ罰ゲームな人生。鳥が餌食ってるの観察するのって”バードウォッチング”っていう趣味が人気あるのも当然って感じで楽しいものである。先日もミミカイツブリだと思う鳥が足下で餌のトウゴロウイワシを追い回していて、セイゴとかも逃げまくって釣り一旦休憩になったけど、一生懸命潜って餌追っかけてる姿が冬の澄んだ海では丸見えで、なかなかに楽しかった。


 そういう鳥とも和解せよ、なワシだけど先日とてもショッキングな出来事があった。釣り終えて撤収がてら歩きながら海面見ていたら、見たくもない悲惨なモノが目に入ってきた。ラインが絡んだミズナギドリっぽいのが死んで浮かんでる。ラインが死体から長くたなびいいているので、回収しないと延々と生き物を傷つけかねないので、苦労してフライを引っかけて寄せてきて、トリプルフックとオモリで作った簡易落としギャフで引き上げた。釣りをやめたくなるような、いたたまれない気持ちで胸が締め付けられた。(申し訳なかったけど”鳥の人”に気の滅入る写真を見てもらったところ、くちばしの描く曲線ぐあいの違い、オオミズナギドリにはある塩分処理の器官の出っ張りである”鼻の突起”がない、くちばしの色の境目がくっきりしている等からウミネコ幼鳥と教えてもらいました。)


 釣り糸は漁師さん含め我々”釣り人”が、意図して捨てたか意図せず根掛かりで切れたか分からんにしても、出したゴミであり。責任は我々釣り人にある。オレが捨てたゴミじゃないと思う人は思えば良いけど、さっきも書いたけど一般人から見て同じ”釣り人”だと見られているのは間違いなく、そのことを看過できるのかと問いたい。ワシャやっぱり我慢ならん。だからゴミを拾う、そしてしつこいぐらいゴミを捨てるな、根掛かりで切れるような部分のハリスは生分解性のラインを使えとしつこくしつこく書く。ショックリーダーは全て6ナイロンと66ナイロンの共重合素材で生分解性があると報告された「クインスター」と「バルカン」に、ハリスも号数がない細糸を除いてその2銘柄に加えて「銀鱗」に、道糸用のナイロンラインも「クインスター」に変えて運用中だけど、当初フロロほど摩擦に強くないのでハリス切れやらかしたりしたけど、その場合単純に太くしてやれば良いので解決済みで既に問題なく使用できている。太くしても問題が生じないようにするのがカリスマ釣り師の腕ってところだぜ。

 書いても、誰も言うことを聞いてくれなければ意味がないので、多くの人が読んで賛同してゴミを拾ってラインを生分解性のモノに買い替えて、ってしてもらいたいので、ワシはカリスマにならなきゃならん。カリスマ釣り師になって、釣り糸が絡んで死ぬような可哀相な鳥がいなくなるようにせねばなるまいと思う。この鳥が死んだのは、ワシのカリスマ性が足らんかったせいであると、深く海より深く深く後悔した。

 ”日本の釣り場の現実写真”が自転車の前カゴに満載したゴミと鳥の死骸、朝日に輝く岸壁上に放置された絡んだ釣り糸とアミコマセとか、絶対に誰がなにを言おうとも間違っている。間違っているなら正さねばならない。

 フグと和解し、鳥を愛で、読もうと思っても読み切れない魚に右往左往させられ、ゴミを拾い、釣れた魚を必要な分だけ持ち帰り料理も楽しんで美味しく食べる。時に仲間にも食べてもらって共に楽しむ。そういう釣り人に私はなりたい。カリスマ釣り師なんてほんとのところはどうでもいい、まともな釣り人でいたいとワシャ切に願うのじゃ。

2019年6月8日土曜日

過去の経験に学び、未来を想定し、今をなんとかかんとかする


 宿舎の灯りにコクワガタが飛んできてた。夏がやってくるなという気がする。まあその前に梅雨が来たな。
 でも今年は昨年豪雨のようにライズしていたアユが、ほんのちょっぴりしか近所には上がってきておらず、同じように季節は巡ってくるといっても実際には毎年毎年違っていて今年の夏はっていうか春も梅雨も一期一会で、今巡ってきたその瞬間はその時だけで後戻りも先取りもしようがなく、今の状況を、その状況に合わせて臨機応変に対応しながらなんとかせにゃならんのだろうなと思う。
 アユがあがってこないというのを嘆いていても仕方ない。それならそれで昨年同期はアユにかまけて放置していたヘラ釣りをしっかりやっておきたい。

 とはいえ、梅雨に入って雨が降ればテナガも釣りたいし増水濁りならば近所でシーバスも釣っておきたい。
 梅雨がやってきてアユがやってこないけど、そんななか竿がやってきた。
 まあ、竿が勝手にやってくるわきゃないので買ったんだけど、最近の物流速度には驚かされるばかりで、PENNのパーツとかアメリカから1週間かそこらのうちに届いたりするけど、さすがに竿は船便なので2月くらいはかかるかなと思ってたら、1月で届いた。船の速度がそんなに速くなってるわきゃないので、発注してからの在庫管理システムとかによる迅速な発送やら、陸送網の充実やらの分で1月がとこ早くなってるンだと思うけど、なにげに凄いことが起こってる時代だなと思う。

 買ったのは、今使っているアグリースティックライト7Fの後継として秋から導入念頭に買ったけど今から使えるな、なアグリースティックエリート7Fミディアムとバスプロのプライベートブランドのマイクロライトグラスの7.6Fのウルトラライトという安竿2本。どちらも2ピース。
 アメリカの安竿の何が良いって、グリップが今時の日本製のみたいに途中でブランクス剥き出しになってないのが個人的に好み。昔から長竿だと軽量化とコルクやらEVAの節約のためにそうなってたし、そういうデザインの竿があっても別に良いけど、今の猫も杓子も短竿でも同じようにそうなってるのを見ると使いたくなくなる。
 今回欲しかったのはアグリースティックの方で49.99米ドルの安竿なんだけど、送料が船便でも3千円ぐらいはするので、関税の対象とならない「商品価格合計の60%が1万円以下」の範囲でもう一本ぐらい安竿買って送料割安にしておくかと、また用もないのに竿を買ってしまう悪癖を発揮。竿だいぶ売ったから多少余裕あるしな。
 一番手堅い買い物するならもう一本アグリースティックで、Liteの後継らしいElite(綴り「E」足しただけや!)をもういっちょでもいいけど、気分を変えてグリップとかEVA使用で今時ッぽい仕様のGX2の同じくミディアムアクション7フィート2ピースのモデルでってのが値段も39.99ドルとチョイ安いので良い選択かなと思う。
 思うんだけど、こういうときには冒険でしょでしょということで、ルアーで狙うメバルとかカマスとか小物用のロッドって今後あると良いかもなと、ウルトラライトの短めのは渓流用のを流用すればいくらでもあるので、チョイ長めのウルトラライトロッドをと探してみた。
 米国ではブルーギルやらパンプキンシードやらの”パンフィッシュ”用の竿が各種売っててそれっぽい7.5Fの黄色いグラス竿があったのでこれにした。
 何しろバスプロブランドで出てるのもあってクソ安い。19.99ドルという持ってけ泥棒価格。ガイドはセラミックだしいかにもな安物だけど昔のイーグルクローの黄色いグラスロッドとか思い出されて見た目は悪くなさそう(ネットで見た時点では)、ガイドなんざいざとなったら取っ替えりゃよいし、失敗しても失うモノは19.99ドルとたかがしれてる。
 でもって、実物来てみると、やっぱり失敗したかな?という今年のクソザオオブザイヤーを受賞しそうな代物であった。久しぶりにドキドキするようなクソ竿感。
 7.5フィートってたいしたことはないけどそれでもこのクラスとしては長竿で、グラス100%のブランクスは厚ぼったいセラミックリングのガイドも相まってぶっちゃけ重い。使えなくはないけど尻にオモリ突っ込んで重心調整したくなる。
 グリップをはじめ全体的に予想外にゴツい。ULアクションで適合ラインは4~8LBとなっているので、バットまでグニャグニャのお遊びロッドだと期待してたんだけど、妙に本気度のうかがえる腰の入ったぶっといバットに、使うラインが細くなっても使い手の手が小さくなるわけじゃないっていえばその通りなんだけど、グリップも米国人仕様で太い。写真見てもらえれば分かるけどアグリースティックよりむしろ太い。
 このゴツい竿に細糸を巻いた小さいリールを付けてバランスが取れる気が全くしない。でも、グラスの長めの竿で遊んだら面白いかな?ぐらいの軽い気持ちで買ったけど、この米国人的には本気の小物竿は、グニャリとアタリを弾かなさそうな竿先で掛けまくり、予想外の大物の引きも粘りのあるバットでタメてしのぐというのをやってくれそうで、案外使ってみるとハマるかもしれん。いざとなったら日本人仕様の細いグリップとかに換装して使えば良いしとりあえず秋頃実戦投入してその実力を見きわめさせてもらおうか。
 ためしに、2本にそれぞれリール付けてみたら、マイクロライトグラスにアクションMはそれ程違和感ない。安物どうしで似合ってる気がする。ちょっと恥ずかしいけどこの恥ずかしさはワシャ大丈夫。身分不相応な道具とか使う恥ずかしさは耐えられんけどクソ竿ゴミスピ使ってて向けられる軽蔑の視線はむしろご褒美です。
 アグリースティックエリートに714Zの方は”近未来アグリースティック”って感じでこれは結構悪くない見た目。リールシートの部分ブランクスが剥き出しになっててリールのフットの真ん中へん浮いている。なんでこんな構造になってるんだろうと考えたけど、ひょっとしてベイトの引き金部分を取っ払っただけのデザインで、元々のベイトのグリップでは直接ブランクスに指が触れて感度が良いとかいう屁理屈が付いてたんじゃなかろうか?でもベイトでもブランクス触れるようにするならリールシートの逆側だよな?結局わけ分からんこけおどしなのかも知れんけど気にしないでおこう。


 元々アグリースティックも買った最初はあちゃー失敗してしもた!と感じたクソ竿で、使っていくうちに、そのソリッドティップの柔らかく弾かない竿先とゴツいカーボンのバットの丈夫さに惚れ込んで、今回ナマジ的には3代目にあたるエリートを買ったんだけど、1代目から伝統的にブランクスは良いのにガイドだのグリップだのがショボい。
 1代目も2代目もガイドは使っているとフットが折れたりリングが抜けたり削れたりとろくなガイドは付いてなかった。国内でアグリースティック使ってる人をネットで探してみると、やはり皆さん”ガイドはFujiのSIC”に換装されてたりする。
 今回買ったエリートに付いているガイドも「アグリータフガイド」たらいうやつらしいけど、見てのとおりステンレスのガイドフレームにラインの当たる内側だけリングっぽい丸みをもたせてその上に直接ハードクロームメッキを施したようないかにも安上がりなデキのモノが付いていらっしゃる。
 バスプロショップスの購入者レビュー欄は割れてて「安くて丈夫」「最強の費用対効果竿」という高評価の中に「すぐにガイドが削れて使い物にならん」という低評価が混じっている。
 おそらく、日本の釣り人の多くはそんなメッキなんて方式でまともなガイドが作れるわけがないと思うだろうし、高評価を付けている購入者も使っていくうちにガイドが削れて評価を改めるハメになるだろうと想像すると思う。
 それは違うんじゃないかと私は思っている。削れたと不評を書き込んでいる釣り人のガイドは釣行1回とかですぐに削れ始めたようだし、たぶん全部が同じような品質ならそういう評価ばかりになるはずで、どうも1発で削れるような不良品と、そこそこ実用的な強度の確保できてる良品とが混ざっているんじゃなかろうか?
 硬質クロームメッキが実用上充分な強度を有しているっていう事例は、ルアーマンとかにはにわかに信じにくいかもしれないけど、フライマンならスネークガイドが単なる針金にメッキしただけに見える製品だけど、ラインが太いとはいえルアー以上にラインの出入りがあるロッドに付いているガイドがメッキでも実用上問題なく、かつ構造が単純で軽いということは経験的に知っておられるだろう。
 じゃあなんで、ルアーロッドとかのガイドは昔のメッキした”針金ガイド”じゃなくて今のような硬質なリングをはめたガイドになっているのか、その辺りの事情は「Fuji」の社長であった大村隆一著「ロッドクラフト」にみてとれる。
 該当箇所を抜粋すると「ハードクロームリング ステンレス製のワイヤーリングはキズが付きやすいため、超硬質のハードククローム(原文まま)をメッキしたものが開発されました。しかし、このハードクロームは生産コストが非常に高いにもかかわらず、見た目には、普通のクロームメッキと全く区別がつかないため、過とう競争による品質の低下が行われ、その性質も普通のクロームメッキと変わらないものとなってしまいました。すなわち、ハードクロームにおいては良質の品質を維持することは不可能に近く、この種のガイドは消滅を余儀なくさせられた訳です。」となっている。性能がダメってわけじゃなかったみたいで、品質維持が難しいし、安っぽく見られて嫌われただけのようだ。
 ちなみに紹介されている物性で比較すると、「SIC」がビーッカース硬度2400、熱伝導率0.17、「アルミナ(酸化アルミニウム、ハードガイド)」が硬度1500、熱伝導率0.04、「ハードクローム」が硬度700~1300、熱伝導率0.06となっていて、流石のSICの高数値に比べると見劣りしてしまうけど、実際にはナイロンラインはもちろんPEの使用でも問題ないぐらいの性能を誇るアルミナに近いぐらいの性能が、良質なハードクロームメッキのガイドなら得られるのである。
 この本が書かれた80年代当時と「生産コストが高くて良質の品質を維持することが難しい」っていうのが今でも同じなら、品質が維持できてなくて、実用性に欠ける道具には厳しい米国の釣り人がダメ出しする品質のものから、日本人のようにSIC以上が付いていないと不安な釣り人じゃないので実用上問題なく「安くて最高」と評価できる品質のモノまで混ざって出回ってしまってるのではないかと想像する。
 試作品段階では充分な強度が得られていたけど、実際に製品として生産し始めたら、納期の関係やら経費削減の関係やら色々と絡んで、品質管理が徹底できていないんじゃなかろうか?どうした世界の工場中国よ?最近の製品にはメイドインチャイナと目立つところにプリントされていて、すでに高品質な製品の証として他の新興工業国製と差別化する”ブランド”になってるんだなと思うけど、どないなっとるねンと鬼の首を取ったように迫りたいところではあるけど、そのあたりは批判の対象であるにしても、正直49.99ドルの安竿にそこまでの品質管理を求めるのも酷だろうなという気はする。
 アグリータフガイド方式が実用上問題ない製品を安く提供する手段になり得たら、ガイドの軽量化にも貢献するだろうし、なんか新型のガイド数多いガイドシステムを売ろうという気が満々見え見えのFuji社の牙城を突き崩す勢力にもなりえるだろうし、選択肢が増えて良いんじゃなかろうかとも思うので、とりあえず1票は投じたところだし、このガイドが当たりかハズレかしばらくそのままで使ってみて耐久性とかを見てみたい。
 あかんかっても、SICの”割れ”のように発生した段階でガイドが刃物化して即使用不能になるような不具合と違って削れていくのは徐々に溝が深くなっていきダメになっていくので、気付いた時点でガイド交換で充分間に合う。
 今まで使ってたアグリースティックライト用に、Fuji社の国内向け販売製品では一番低価格のアルミナ系の「Oリング」というのが入ったの中心にステンレスフレームのガイドを確保してあるので、いつでも交換可能である。安いアルミナ系ガイドって国内じゃ売ってるところが少なくて、そもそもトップと穂先近くの小さいのはあったけど、シングルフットのバットの方に使うサイズはFuji社のカタログにもなくて、大きいのは在庫してあるSICのをそれ以外はネット店舗でOリング入ったのを探してお取り寄せで何とか確保したところ。ステンレスフレームのSICガイドだと1個400円ぐらいしてたけど「Oリング」ガイドだと一個100円200円で全取っ替えしても千円がとこで済むので、アルミナ系で実用性は問題ないと経験上知っているので多少性能落ちてもお値打ち感でワシャこちらを選ばせてもらいまっさ。自分の釣りに過剰な性能はワシャいらん。Fuji様におかれましてはアルミナ系の安ガイド国内向けももっと充実させてください。お願いしやす。
 
 てな感じで梅雨って雨は降るけど風は吹かないハズなので、雨なら気温もそう上がらないしカッパさえ着込んじまえば釣りやすい状況は多いので、梅雨までにカッパの防水かけ直しておかねばと思ってたけど、間に合わんかった。まあ梅雨の晴れ間に泥縄でやっつけよう。
 梅雨には梅雨の釣りをする。

2018年10月14日日曜日

「鮎は河原で焼くのに限る」なんてのは鼻持ちならネエ鮎師のタワゴトってわけでもないのかも


 今期の鮎釣り最終戦を終えて、真っ白に燃え尽きました。
 顛末記などおいおい書いていきますが、なかなか最後に良い釣りでした。
 正治さんありがとう。

 で、正治さんの釣った分もだいぶもらってお土産にして、何十というアユを腐らせずに胃袋に収めるために、昨夜から今朝にかけてセッセと料理した訳なんだけど、いつも近所のアユは夕ご飯で食べきれるぐらいの匹数だけ布バケツで活魚の状態で持って帰って、天ぷらかたまに塩焼きだったので、全く気にしてなかったんだけど、アユってものすごく鮮度落ちが早い。
 流通する魚介類で最も足が速い(腐りやすい方の意味でネ)はたしかスケトウダラで、今じゃ冷蔵流通技術が発達して生鮮で韓国とかに輸出したりもしてるけど、昔はそんな技術なかったので獲ったそばから船上で加工して冷凍すり身にしてしまってから流通させるという方法が北海道水試によって開発されたという、革命的な技術開発の引き金になったほどの足の速さ。だけど、一般に釣り人にもお馴染みな魚ではサバやらソウダやらが有名か。でも、これはヒスタミン中毒との関係もあって、単純な「足の速さ」比較ならカタクチイワシが最も鮮度落ちしやすいんじゃないかと思っている。マイワシの刺身はスーパーで買ってきてつくるけど、カタクチの刺身は買ってきてはつくる気にならない。スーパーに並ぶには最速で朝取れが夕方に並ぶんだと思うけど、そのころには既にお腹のあたりがグジャッとなりがちである。

 アユもそのぐらいに鮮度落ちが早い。このことはちょっと予想外だった。イワナやヤマメはそこまで早くなくて、釣ってきたのは冷蔵庫で次の日ぐらいまでは死後硬直している。

 でも今回、保冷バックにペットボトル凍らせたモノと入れて持って帰ってきたものを、その夜何匹か塩焼きにしようとして、体は死後硬直中なのに、すでにお腹が柔らかくなりつつあるのを見て、慌てて何匹か食ってしまうとともに、小さいのは翌朝の「天ぷら→南蛮漬け」に回すことにして、干し網3段が埋まるぐらいを急いで背開きにして干物にした。干物って鮮度良いやつでつくらないと美味しくない。
 翌朝の天ぷらの時にはすでにお腹が割れて内臓出かかってるのがあって、そういうのは内臓出して天ぷらにしたけど、割れてなくても加熱中に割れてしまい内臓がはみ出したりするのもあって衣が焦げ茶になってしまった。
 せっかくの鮎の内臓なのにコレじゃ楽しめないなと、煮魚にもしてみたら、なんとかハラワタの苦みを堪能できた。アユの香りは飛んじゃうけど苦みが甘辛の煮汁に混ざってこれはこれでアユらしく美味しい。沢山アユがないとやらないだろうある意味贅沢な味。

 なぜこんなに鮮度落ちが早いのかと考えると、サケマスに近いような動物食の魚が進化して「苔」なんて呼ばれる植物プランクトンを食べるために、消化管があまり長くないなか植物プランクトンの細胞壁を溶かすためにとかで、消化液が多いかキツいかいずれにせよ自己消化もはやいんじゃないかと推理してるんだけどどうなんだろう。
 そう思うと消化液出してるはずの幽門垂も大きくて苦くて美味しいように思う。

 いずれにせよ足が速いのは確かなので、冷凍保存とかは味が落ちてしまってつまらないしで、アユを沢山釣ってきたらとっとと食っちまう方針で、干物やら揚げて南蛮漬けやら保存食作るのと同時進行で急いで料理してしまうに限ると思う。
 あながち河原で食っちまうのが一番というのも大げさじゃなくて、舞台効果差し引いても美味しく食べるためには理にかなっているのかも知れない。
 同居人の母方の実家でバーベキューしてると、道路挟んだ前の川から従兄弟達がアユ船ぶら下げてアユタイツのまま上がってきてそのまま炭火で焼いて食った、ってのは確かに最高に美味しかった。

 なんだかんだで今回のアユも美味しく食べきれると思うけど、釣りでクッタクタになってる時に、何十匹も調理するのは正直疲れる作業でもあり、まあワシャ釣り師であって美食家じゃないから、持ち帰るのはサッと食っちまえる10匹も確保すりゃ充分で、あとは放生会で良いんじゃないかなと思ったところである。
 そのへんも含め、アユ初めてのシーズンということでやらなきゃ分からないことをいっぱい学んで面白かったので、料理以外のこともおいおい書いてみたい。

2018年7月13日金曜日

秘技!変化抜竿霞捕り!!

 ほぼ我流でアユ釣りを学んでいるので、技術から道具からいちいち実践で試して失敗して改良してという課程を経ねばならず、面倒くさくも楽しい日々である。
 ということで、小遠征を直前にいくつか道具をこしらえたりしたので、その辺の小ネタでいってみたい。

 まずはタモ入れ問題。解禁当時の10センチあるかないかのアユでは問題なかった金魚網だけど、アユが15センチを超え始めると、ちょっと暴れたときに飛び出しそうでこわいなと思いつつも、まあ何とかなるだろうとたかをくくっていたら、25センチぐらいのウグイ(かマルタ)を釣った時に、掬うのは問題なかったけど写真撮ろうとしてたら暴れてやっぱり飛び出してしまった。そのうち20センチオーバーのアユはやっつけねばならんのでこのままというわけにはいくまいて。
 私が考える良いタモ網の条件を再度書くと「枠が充分に大きく、網が充分に深い」なんだけど、金魚網はその単純明快な条件に合わなくなってきた。さらには、餌釣りの時には一本針で単純な仕掛けなのであまり絡まないこともありバラし防止にカエシ有りの袖針を使ったところ、目の細かい網でも貫通してしまうと外しにくくて面倒くさいという問題も発覚した。
 というわけで、タモの深さと枠の大きさを上げつつ刺さりにくいのをと考えてみた。もちろんハリが刺さりにくいぐらい細かい目に編んだ高級アユタモなら条件に合致するのかもだけど金かけねえのが課題の一つなので却下。タモ網ごときに大1枚も使えるかよケッてなもんである。
 ハリが刺さりにくく絡みにくいという一点なら、ラバーネットが一番だと思っているけど、ヘラ用に使ってるのは目が大きくてアユが抜けて使いようがない。でも1センチぐらいのアユが抜けない目合いで35センチ枠ぐらいのがマス用にあるので網はコレで行く。千円ぐらいで必要経費と割り切れる値段。
 枠をどうしようか?アユ毛鉤釣りでは腰のベルトに差しておいて抜くか、差したままタモの中にアユをぶち込むかというのが主な使い方で、タモの柄は短くて良い。でも腰に差したままで網が上を向くようにとか、リュックサックに入れて持ち運びできるようにとか考えると、柄の角度を変えられて取り外し等も可能とか意外と面倒くさい。コレまで使ってた金魚網なら枠の針金なんて曲げ放題だからどうとでもなったのにな、と思ったら「針金で良いじゃないか!」と気がついた。

 早速、東急ハンズで直径4ミリのアルミの針金400円ぐらいで買ってきて作成。バッチリですがな。オールアルミモノコック?フレームとかなんか軽くて良さそうな言葉の響きも良い。道具の問題はこれで大丈夫だろうと思う。写真は折りたたみ収納時の状態。

 でも、タモ入れ関係では技術的な課題も見えてきている。よっぽど良い型じゃなければアユは引っこ抜いてタモにぶち込むんだけど結構ポロリが多い。あんまり釣れていない時間帯なら抜かずに丁寧にタモ入れしておけば良いけど、時合いって結構短くてとにかく急ぎたくなるので抜く。
 で、その時に抜いた瞬間ポロリと落ちるのは掛かりどころが悪かったと諦められる。でも手元まで来てポロリは精神的にガックリくる。とくに流し毛鉤仕掛けの上の方の鉤に掛かっている魚を腰のタモにすぐに降ろせずにモタついてて落っことすと「ナニやってんだオマエはッ!」と自分をなじりたくもなるというモノである。
 直近2回ほどオイカワがバコバコ釣れるという楽しい状況の時に、どうやるのが一番理にかなっているか試してみた。まずタモを左手で抜いて魚を迎えに行くのは振り子のように揺れる魚が網の中にとらえにくい上に網に入っても落ち着かずに飛び出しやすく却下。結局、タモは腰に差したままで、掛かっているのが上の方の鉤だと分かったら魚を水中で泳がせておきつつ右手で持ってる竿を一瞬左手で支えて右手を竿の上の方にズラして短く竿を持ちなおしてから引き抜くというのが、魚が水中にいる間はバレにくいし、引き抜いた魚が網の中に落ち着きやすく、空いた左手で魚の上のあたりの道糸を掴んでタモに魚を誘導できるので一番失敗が少ないように思う。
 さらに、抜くときに放物線を描いた魚がそのままタモに入るぐらいの抜き方を心がけて竿で調整しつつ左手でたぐるのも併用してタモに収めるようにしていると、飛んできた魚の重さが再度かかるときやその後タモの上でバタバタしているときに落ちた魚がタモに入ってくれることが結構多い。ハリ外しの手間も必要ない最速の取り込みである。この技を「変化抜竿霞捕り(ヘンゲバッカンカスミトリ)」と名付けていついかなる時でも決められるように修行してみたい。


 次に玉浮子問題である。
 「川釣りの極意」でお薦めの中通し玉浮子を使った単純明快仕掛けは絡まないし玉浮子の安定した浮力は流れにもまれても見やすいしで実に良い塩梅なんだけど、中通しの玉ウキの良いのがあんまり売ってない。シモリ玉の5号か6号あたりでも良いっていえば良いんだけど、木製のちょっと重さのあるヤツは風にも強くて見た目も可愛らしくてコレまで玉ウキは樹脂製足つきのいわゆるセル玉ウキこそ至高と思ってたけど、木製中通し玉浮子を使ってみるとコレこそが探し求めていた玉浮子だと思えるぐらいに味わい深さもある浮子なのである。
 買ったのは九州の浮子屋さんがつくってる「ギンナンうき」というブランドのだったけど、渋谷のでっかいJ屋にも直径20ミリぐらいの大きめのしか置いてないし、通販で探しても見当たらない。
 まあ、なきゃ作るか?といういつもの流れで作ることにした。とはいえ木の丸棒買ってきて真ん中に穴開けて削って球にするのは正直めんどくせえ。たしか穴の空いた玉が東急ハンズとかで売ってたし探せば欲しいサイズもあるだろう?と通販で探してみると、あるどころか既に着色までしてあるのが各種売っている。
 民族衣装っぽい服装と合わせる首飾りとかの素材として「ウッドビーズ」という商品名のようだ。個数が50個入りとか多いのばかりで小数売りを探すのにちょっと手間取ったけど、まあパソコンの前でカチカチやってるだけなのでたいした手間でもなく、木目をいかした黄色16ミリ、オレンジ14ミリを購入。穴はそのままだと3ミリほどあって道糸止めるのが難しいので、3ミリの浮子ゴムパイプを買ってきて突っ込んでウレタン接着剤で固定。するとこの浮子ゴムの穴にちょうどヘラ浮子製作に使ってた竹串があつらえたようにはまってくれて、ゴム使ってるので道糸にも優しく実に使いやすく仕上がった。ウレタンどぶ漬け1回して頭のほうに蛍光オレンジを塗って完成。プカプカとゆるふわに流れていく玉浮子の様はまるで木の実のようで趣があってよろしい。
 写真の右真ん中へんの3個が完成品なんだけど「ナマジさん、はみ出してるゴムぐらいきちんと切って仕上げたらどうなの?」と思うかもだけど、そういう仕様なんです。ライン止め用の竹串の長さをはみ出してるゴムぐらいまで来るようにして頭の方は引っかからないように使用時押し込んでおく。そして外す必要があるときにはゴムのところを押して竹串の頭を露出させて摘まんで引っ張って抜くのである。
 シモリ玉とか固定するのに、爪楊枝方式だと抜けたりしやすくかつラインを傷つけそうで、ゴムとか毛糸とかを引っ張り込む方式は仕掛け作るときに面倒くさいので良い方法がないかとは思っていたけど、たまたま買ったウッドビーズの穴が大穴だったので詰め物的に噛ませた浮子ゴムが問題をさらりと解決してくれた。特許でも取って売り出そうかしら。まあいいや真似してもらって結構です。でもこの方式の中通し玉浮きは今後「ゆるふわ玉浮子」と呼んでいただけると考案者冥利に尽きます。すでに玉浮子以外の浮子で同じ方式の既製品ありそうだけどね。 

 てな具合で今日の夕方出発を控えて盛り上がってます。
 現地いまいち増水の引きが悪くて、昨日またちょっと降ったこともあっていつものポイント釣りになるかどうかと心配される状況のようですが、そんなもん増水時には増水時の釣り方ってあるはずで、アユ釣りにおいてそれがどういうものか知らないっちゃ知らないんだけど、イワナ・ヤマメやオイカワの釣りで学んだことを応用していけば自ずと答えにたどり着くはずである。増水したら、「渕尻」「流れの裏」「支流・小河川」ぐらいがアユでも効きそうな要素だろうか?季節も良いし良い釣りになるに決まっている。
 遠征前はだいたいそうだけど、今回も絶対釣れるという根拠のない自信が満ちあふれている。そんな甘く考えていて良いのだろうかとか思わなくもないけど、これでいいのだ!(©赤塚先生)

2018年7月7日土曜日

川デ川鵜ガ魚ヲ食ラウ、ナニゴトノ不思議ナケレド


 アユ釣りやヘラ釣りにおいて、放流した魚をカワウが食ってしまうので問題である、「駆除してしまえ」という乱暴な意見を目にするにつけ、色々思うところではあったけど、基本シーバス野郎で江戸前小物釣り師の私にとっては人様の釣り場の話であり、人んちの事情にエラそうにしゃしゃり出てあれこれ言うのもはばかられたので、あんまりネチネチとは書かないでいた。「鳥もいないと寂しいじゃないですか?」ぐらいのポヤンとした書きぶりでお茶を濁してきた。

 でも、ヘラ釣りもアユ釣りも始めてしまって、人様の釣り場の話ではなく、自分の釣り場の話として当事者意識を持って、正々堂々と腹に据えかねていたことを書かせてもらう。

 「カワウが魚食うのは昔っからそういう商売の鳥だから仕方ねえだろ!」

 もっと構造的な釣り人が犯した罪をあからさまに書くなら。

 「どこでも、いつでもホイホイ釣れる釣り場が欲しくて、適正量とか関係なしに成魚放流ジャブジャブして、トロくて逃げもしないような養殖魚で餌付けしてカワウが産めよ殖やせよするの手助けしたのは漁協も含めた釣り人側だろうが!テメエの撒いた種じゃねえかよ!」

 ということである。いやなら成魚放流止めりゃ良いジャンよ、カワウ可哀想だけど餌足りなくて数減るに決まってるでしょ。
 近年のカワウの増加はバカみたいな成魚放流の量と相関関係があるような報告があったはずである。元ネタ興味あったら検索でもして欲しい。

 そりゃ、釣るときにも釣りやすいんだろうけど、障害物少ない開けた水域に、警戒心も薄れた池育ちの魚大量にぶち込めば、天然育ちのすばしっこい魚がいる障害物の多いややこしい場所じゃなくて、そっちで餌食うわナ。オレがカワウでもそうする。実際カワウそうしている。それをカワウが多くて釣りにならないって言わなきゃならないぐらいになっても、まだなお天然自然の鳥も虫も植物も動物もいる川にアホみたいな量の成魚放流の方がおかしいとは気付かないのか?川で何を見て魚釣ってるんだ?お高い高級ロッド様の曲がり具合の美しさぐらいしか目に入ってないんじゃねえのか?

 アユ釣り始めるにあたって行けそうな距離の川の情報調べてたら、「漁業権を持つ内水面漁協としては「増殖義務」があり、放流は義務である」とかホームページに書いていたりしてガッカリしたけど、今の時代になにいってんだとしか思えない。河川の魚たちのもともと持っている増殖力を使って川の魚を増やすのが本筋で「ダムできちゃたので放流しないとアユいません」とか「都市近郊なので秋までに魚が釣りきられて自然繁殖無理です」とかいうときの、次善の策というか「ごまかし」で放流して増殖するという手法がとられるというのが本来で、どこもかしこもアホみたいに放流してカワウなんていう高次捕食者の生態やら生息数やらに影響あるぐらいに全国的に成魚放流だらけってのは度を越しているのは明白。
 べつに「増殖の義務」を果たすために、産卵場の造成やってみたり、魚釣りきられて困るんなら禁漁期や禁漁区増やして見回りやらの強化に金使っても(ホントにやるとかなり金かかりそうではあるけど)、今時それが「増殖の義務を果たしていない」なんて表だって言えるバカはさすがにいないと思うけどな。それで魚が少なくても天然モノしかいない釣り場っていうので魅力を感じる釣り人もいれば、ぶっちゃけ放流に金使わなくて良い分入漁料は安く設定できるだろうから、そういう面でも魅力となり得るんじゃないだろうか。バカみたいに金かけて成魚放流しているから「アユの入漁料は高い」というのが常識ならそれが因習でなくて何だと言いたい。

 成魚放流で追いの良い琵琶湖産鮎をガンガン入れて解禁直後から爆釣で釣り人に大人気ってのをやる川が中にはあってもまあ良いと思う。そういうのが好きな人はいるだろうし、そもそもダムで天然遡上がなくなったとか、放流でもしないとアユいなくて寂しいというのは「だったらダムつくらせてんじゃねエ」ってまでいうのはちょっと厳しい言い方かなとも思う。でも、そうやってどこでもダム作らせてどこでもアホみたいに放流して、天然遡上をメインに放流は補助的に行っているなんてのが逆に珍しいというのが、漁業権のある川の実態である。そろそろ無理が生じてまっセ、色々とね。

 高度経済成長期からのレジャーの需要増に応じて「魚が沢山釣りたい」という釣り人の切なる願いも聞いて、漁協としては沢山成魚放流してきたんだと思う。全否定するつもりもないし多くの釣り人を楽しませてくれてきたと評価もできる。でも景気もボチボチな時代に入って、鮎の友釣りとか道具がこんなにクソ高くなって技術もマニアックになった時点で口閉じられなくなって滅んだ剣歯虎のように滅びの道を歩んでいるようにしか見えない。今やってる鮎師がアユタイツ履いて川に立てなくなるぐらい足腰ヨボついて撤退したら新規参入者なんて多くないので廃れる。
 そうなったときに入漁料が減って金が無いから増殖義務果たせません。では、義務が果たせねえんなら権利なんか引っぺがされる。そうなったときに、金は使ってませんが、魚の量を把握して産卵数や稚魚数が適正に増えるように産卵場造成や、産卵期の禁漁期間延長とかで対応しています。っていえるようにしておいた方が良いよと、老婆心ながら書いておく。
 そういう外に出して恥ずかしくない、河川の管理者として漁協が機能していくなら、多分モノの分かった釣り人は来て普通に釣って楽しんでいくだろうし、川が酷い目に遭いそうなら声を上げてくれるんじゃないかと期待できる。
 いまの、成魚放流ジャブジャブの釣れれば良いだけの釣り場を疑問も持たずに支持している釣り人層は、べつに河川が真っ直ぐになって鳥も居なくても、なんか木でも生えてて自然っぽい背景が後ろにあって、魚が釣れればそれで良いじゃないかとか思いそうでおそろしい。そうであれば川が真っ直ぐにされても声もナニも上げないだろう。
 まあ普通は、ちょっとヘンだとは思ってるけど、釣り人の多さとか考えると必要悪だよね。ぐらいは思っていて欲しいんだけど鮎師の方どうだろうか?
 今後10年単位で考えると釣り人の多さは解消していくだろう。だって人口減るんだから。その時に天然遡上の釣り場が残ってないと放流できなくなってくるからアユ釣りできなくなるよ、と心配しているところ。ていうか釣り人が文句も言わないようになった川はコンクリで固められる。

 近所の川には漁業権もなく漁協もない、でもアユは天然遡上がある。もちろんこのアユは都道府県の内水面漁業調整規則に定められた禁漁期間とかは守る必要があるけど、誰でも自由に釣って良い。そして、鳥も動物も魚も食べて良い、なんて人間がおこがましく言うまでもなく、勝手に食っている。それをダメだとする理由は「オレの釣るはずの魚を食われては困る」という釣り人の妄言にしかない。
 そういうタワゴトを言ってる釣り人は、自然の中の魚を釣るのには当然の条件として、魚は泳いでいるうちは誰のモノでもなく、鳥が食うのも含めて「自然」なことで、それを見越して、鳥とかに食われないうちに釣るか、鳥が食い落としたのを釣るか、いずれにせよ鳥が魚を食わないようにするというのは、酷く反自然的であることを認識すべきである。

 ヘラ釣り始めて、自転車で行く「管理池」でカワウの食害がよくボヤかれている。でももともと砂利取った穴に水がたまった池だとしても、そこに鳥が来て虫が飛んでヘビまでいるからの楽しさってのがあって、カワウに食われて数が減る分大型に育つというのなんて、この釣り場の大きな魅力で、少なくて難しいのを何とかする面白さも含めて楽しめば良いと思っている。人工の池でも数釣れなくても面白いと思う部分はあって、カワウも絡んで複雑化した要素の中で自分がどう戦略を練っていくかってところが面白いのにと思う。カワウ目の前でヘラブナ咥えてるのを見るとムカつく気持ちは分かるけどさ、でもそういう難しくする要素も適当にあった方が面白くて、それが嫌なら魚一杯の「箱」や「公園池」に行けば良いんだし、カワウが一所懸命操業してるのぐらい見逃してやってくれよと思う。

 近所の一番近い釣り場のアユも、先日カワウに見つかってしまった。それ以前からサギとは競争して釣っていて、魚は育っていきつつ数は減っていく。そんなの当たり前だと思ってるから、カワウやサギを駆除したいなんて全く思わない。「君らにはできない人間様の技術で負けずに操業するから、一緒に今年はアユの遡上量が多いのを堪能しようぜ。」ぐらいに思って、「強敵」と書いて「とも」と読んで良いぐらいの親しさを彼ら彼女らには感じて釣っている。

 カワウが食う分ぐらいは「自然」なことで目くじら立てるべきでない。「自然」じゃないぐらいカワウが増えているとしても、それは釣り人自体が招いたことであり、責任をカワウになすりつけて、命を安易に奪うな。というのが今回私の書きたかったことである。

2018年6月30日土曜日

地元の川の魚の味はアンタの責任


 近所のアユは正直ちょっとドブ臭い。というか独特の「近所ポイント臭」がする。まあワシ、川魚にちょっと苔臭いような皮が付いていないと寂しく感じるぐらいのバカ舌で、磯魚の磯臭さが苦手とか、魚に限らず羊肉は特有の匂いが云々とかおっしゃる繊細な味覚をお持ちのグルメ様とかみていると「むしろそれがその食材の美味しさの大事なところだろ?」といつも疑問に思っているぐらいだけど、その私のバカ舌でもちょっと臭いなと感じる程度には臭いので、普通の味覚を持つ人が食べたら果たして美味しいのかどうかちょっと不安である。
 でも私からしてみれば大したことなくて、シーバス釣ってるときに嗅ぎ慣れた匂いなのでプルースト効果的に思い出す情景とかもあったりして悪かない気がしている。衣つけて天ぷらならそんなに気にならないし、塩焼きなら焦げ目の香ばしさとアユ本来の「スイカ臭」の方が強調されるのでこれまた美味しくいただけてしまい「この程度ならなにやったって食えるな」と油断して、濃い味で炊いたところ「スイカ臭」が消えて「近所ポイント臭」だけが強調されてしまい、ちょっと完食には意志の力が必要だった。煮魚作った日には翌日冷蔵庫で煮こごらせた煮汁をご飯にかけたりするのが定番だが煮汁捨てた。
 このドブ臭さ、「ゲオスミン臭」とか呼ばれるそうで、雨が降った後の土の匂いの成分からその名が来ているらしく、少しくらいなら苔臭さとか他のエサ由来の匂いとあわせて「川魚の匂い」のはずで好ましいモノなのかもしれないけれど、これがヒドい個体は、腹の脂とかだけじゃなく筋肉にもその匂いががっちり浸透していてどうにも料理のしようがないと思っていた。はじめて強くその匂いというか味を認識したのは、東京で就職して、初めて霞ヶ浦水系でバス釣りしたときのことで、学生時代は手軽で肉量も多い蛋白源として美味しくいただくことも多かったブラックバスが、故郷じゃ皮まで美味しく食べられたのに身まで苔臭いというかカビ臭いというかどうにもならない臭さで、産地が違えば同じ魚種でもこうまで違うのかと驚いたものである。牛乳につけようがカレー粉振ろうが完食には若き日の強靱な精神力を要したと記しておく。要するに昔の東京の水道のカビ臭さの濃い魚肉といえばわかりやすいかも。今首都圏でも水道水はそのまま飲めるぐらい美味しいけど昔はカビ臭かった。

 ゲオスミン臭の原因である「ゲオスミン」や「2-メチルイソボルネオール」は富栄養化したような水域の藍藻類とかが生産するらしく、それらを食べたり食べた生物をまた食べたりで蓄積されていくとのこと。未利用資源を積極的に利用しようと挑戦し続けているとある御仁が、フランス料理の「クネル」という自家製はんぺんのような料理で、都市河川産の「ハズレ」の鯉を美味しく食べているのを読んでちょっと感動した。「クネル」ってたしか開高先生もパイクの料理法として「クネル・ド・ブロシェ(パイクのクネル)」を紹介していたと思うけど、要するに小骨の多い魚とかでも、フードプロセッサー使うなりチタタプするなりしてミンチにして、ふわふわ柔かくてヒンナな練り製品に仕上げてしまうという「おフランス料理」で、下処理で切り分けた段階やあるいはミンチの段階で練り物製造でいうところの「水さらし」でなんならアルコールの力も借りて臭みやら余分な消化酵素やらを洗い流してしまえばドブ臭い魚肉から美味しいタンパク質が取り出せて、小骨も気にならなくなるという、昔の人の工夫に感心しつつ感謝を捧げたくなる料理法なのである。「クネル」を知ってしまえば泥臭い魚などおそれるに足りず。さあ釣り人みんなでクネってしまおうではないか。


 とまあドブ臭さなにするモノぞというところなのだが、川魚を指して「あんなドブ臭いモノが食えるか」とバカにする釣り人は多い。かくいう私もウグイとか、すくったタモに付く生臭さからして半端なくて、長野じゃ梁作ったり人工の産卵場作って呼び込んで捕獲する漁法があったりするけど、海なし県の長野じゃ仕方ないけど、他に食う魚あれば食わんよな、と思っていたことを、先日の小遠征でアユと一緒に釣ったウグイを食べて深く反省させられて、長野県民の皆様の味覚の確かなことと地元の川を美しく保っておられることに敬意を表したところである。
 ドブ臭いという印象の強いウグイでさえ、綺麗な川で釣ったら臭みなんて全然気にならない上等の獲物なのである。
 「川魚はドブ臭くて」とかしたり顔でエラそうなことほざいている人間は私と同様反省すべきである。それは「自分の地元の川は川魚が美味しく食べられないぐらいに汚れてるんです」という恥ずかしい事実の告白でしかない。エラそうにいうこっちゃない。
 「この川も汚れてしまってドブ臭い魚しか釣れなくなった、昔は綺麗だった」って他人事のような口の利き方を釣り人ならするべきではない。オマエは指をくわえてその汚されていく様を見てただけじゃないだろうな!
 我が近所ポイントの川は高度経済成長期には全国でも指折りの汚さの「死の川」となっていたらしい。
 でも、いまはアユが遡上してくる。コイやマルタ、スズキはまだ食べる気にはならない程度にはドブ臭い川だけど、どこで釣ってもドブ臭くならない奇跡の天ダネであるマハゼはたくさん釣れて楽しいし、テナガエビもそろそろ産卵期で上がってきているだろう。
 一年通じて遊べる良い川になってきていると思う。それは「死の川」になって、他の地域でも公害とか人死にが出るようになってはじめて「コレはやばい」とみんなが気がついて汚染物質やら排水の基準値を定め守らせ、下水道を普及させという永い年月をかけてやっと取り戻してきたところなんである。
 私の現在の地元である近所の川で自慢できることは、どこに行っても「昔は綺麗だった」というボヤきしか聞こえてこないのに、いまだドブだとしても「昔よりだいぶ綺麗になってきたんですよ、アユも釣れるんです」と胸を張って言えることである。
 釣り人増えるのは短期的には自分の分け前が減るだけで何の利益もない。でも長期的に見ていけば、川を見ている人が増えれば、川を好きな人が増えれば川を守っていく力になるんじゃないかと思うので、釣果情報とかも隠しとけば良いようなものだけど公開している。川で魚釣らない人間にとっては、川がコンクリで3面護岸になろうが汚染されて魚が住めなくなろうが興味のない話である。

 釣り人は川に悪さをする輩を許してはいけない、川を土木屋がいじくろうとしているなら、納得いく説明が得られるまで問いただして無駄な事業など止めようとするべきだし、川を綺麗にする環境政策を推し進めるよう声を上げるべきだと思う。

 それは、個々人得意な方法で、できる限り力一杯やるべきで、やらない言い訳は私が認めない。

 私は、多数決が嫌いで選挙に行かないので、良い代表を選んで施策に反映させていくとかそういうのは他の人に任せて、水辺で見てきたことを情報発信し、みんなが水辺の環境を守ろうとする力の一助になろうと思う。とともに個人でできることはもちろんやっていきたい。

 コレまでも近所ポイントで、工事で岬削りやがってクソ野郎とか、土手の草木切ってなにが流量確保じゃ大タワケとか書いてきたわけだけど、最近はやっぱり真っ直ぐな流れじゃ生物の多様性とか考えるとよろしくないのかもと土建屋さんも考えてくれているのか、私が「ネット蛇篭」と呼んでいる、丈夫な化繊の大きなネットに石を積み込んで護岸のそばに積み上げたのとか、見た目パッとしないけど、シーバスとかついてることも多くて、カニとかエビとかも棲んでるだろうしなかなかに良い塩梅だと感じるので、天然石積護岸なんてのが一番良いんだろうけど、見た目除けば結構良いので、石詰めてクレーンで積んでけば良いだけで簡単に河川内に流れの変化や生物が潜める隙間ができるので、予算が余ったらどんどん積んでいって欲しい。と改めて書いておく。どうせ金使って税金をバラまくといって語弊があるなら再配分するのが目的に成り下がってる公共事業なら、もう21世紀なんだし生態系だの生物多様性だのを守るための事業に金使ってもバチ当たらんし誰も困らないだろう。金さえ土建屋に回りゃ良いんだろ?そこにまで文句言うほどオレも潔癖じゃネエし見逃してやるからやってくれよ。
 「ネット蛇篭」は根掛かりしやすいからヤダって?だから下手クソが釣りにならん一見さんお断り的釣り場になっていいんじゃないのよ。オレ、普段からほとんど水面と水面直下の釣りしかしないから何の問題もなく狙えるもんネ。

 で、だんだん良くなってきている近所ポイントの川だけど、アユも上がってくるようになったし、そろそろもう一段階上を目指しても良いんじゃないかという気がしてきている。
 いま私が近所ポイントで釣っている主な魚種は、スズキ(フッコ、セイゴ)、マルタ、コイ、マハゼ、アユ、オイカワ、ボラほかぐらいである。この中で淡水で一生を過ごすのはコイとオイカワで、コイについては繁殖行動は見かけるけど稚魚を見ていないので繁殖上手くいってないように思う。おそらく一昔前に放流されたコイが長命なのでずっといるんじゃないだろうか?オイカワはホソボソとだけど繁殖している様子。マルタはお隣のテナガ釣りに行く川には産卵群が釣りの人気対象になってるぐらい見受けられるけど近所の川には産卵群が目に付かないしめざとい首都圏の釣り師も人山になっていない。小型のも釣れてくるので産卵してないこともなさそうだけど普段は汽水域や海にいるようなので謎である。あとの魚種は全部海から上がってくる。
 死の川になって、誰も川の魚なんかに興味持たなくなって護岸してしまっていて、産卵に適した場所が少ないからというのと、産卵しても沢山居るコイが食っちゃうからというので、現状では水質的には魚がすめる状態に戻っても、川の中で産卵して増えているのは少なくて、遡上勢が空いている生態的地位を使って沢山いるという構造になっているのかなと感じている。

 という状況から考えて、淡水で産卵する魚の比率を上げてもっといろんな魚がいて釣って楽しめるようにというのを、そろそろ考えた方が良いんじゃなかろうかと考えている。都市部の川だし限界もあるからアユ上がってきてるぐらいならもう良いんじゃないの?という意見もあるかもだけど、私の好みとしてはやっぱりもう少し都会のドブ臭い川であっても川の中で一生を終える魚が多い方が健全で好ましいと思うというか、そうなるとタダの「水を流す溝」に水質が魚が棲める程度に保たれるようになったので、どっかから魚がやってきて一時的に棲んでいるという状態から、魚が産卵し増殖することができる「自然環境」という明らかに段階の違うものに川がなっていくと思うからである。

 そのために、ナニが必要かと考えると、さっき書いたこと含めて三点あって、一つには産卵できる場所の確保がまず大事で、次に多すぎるコイの扱いを考えることと、もう一つはさらなる水質の改善だろうかなと思っている。

 産卵できる場所の確保っていったって、街中流れる川の両岸をずっと水生植物繁るような環境にってのは難しいと思うけど、所々ネット蛇篭つんでそれに植物が生えるだけでも違うだろうし、オイカワやらマルタやらは川底さらって綺麗な砂礫底にしてやれば喜んで産卵するらしいので、なんか地域の中学校の生物部とかそのあたりと連携して、楽しんで増殖してやることはできるんじゃないだろうか?ボランティアで自然観察会を主催しているグループとかもあるようなので具体的な方法が思いつけば話持ってってみようかしら?いずれにせよ川全部が「故郷の川」のようにならなくても、例えば支流の一部や遊水池を利用して繁殖用の場所にしてしまうとか、やりようによっては魚が棲む場所は川の全流域だけど繁殖はいくつかの場所で行っているっていうのでも、それなりにというか普通天然自然でもそんなもんでしょという気がするのでやってできないことはないと思う。漁業権あるなら漁協に「そういうのやってよ!」と要望して地元の川ならなんなら組合員になってやりゃ良いけど、漁協もないような川ではどうやって行政や地域と連携していくかというのが難しいところだろうか?まあオイカワの産卵床ぐらいは流路変更もないから許可も要らんだろうしシャベル一本で何とかなる規模なので釣りに行ったついでに試してみても良い。オイカワポイントで産卵時期のうちに試してみるか。

 で、産卵できる場所ができても、卵食いとして悪名高いコイがいると多分けっこう食われてしまう。コイ自体、生むところが少ないので岸に引っかかったゴミに産卵行動しているけど、果たしてそれが孵化しているのか全部食われているのか。実態は分からないけど、稚魚はともかく見かけない。食い切られているんじゃないかと思う。産卵できる場所が限られているので食い切られるわけで、産卵場所が多くなれば生き残る可能性が多くなるはずというのはあるけど、それにしてもどこに行ってもこの川にはコイが多く、背中が出るような3面護岸の場所にさえ平気でかなりの数が泳いでいる。次の水質のところで具体的事例を書くけど、コイを放したのにはそれなりの必要性があったはずで、それは魚も泳いでないような川では寂しいという気持ち的な面から、富栄養化した河川において、有機物やそれを食って育った水生昆虫などを食べてその発生量を抑制し、河川の過剰な有機物を一時的に貯めておく「有機物のダム」として機能させるために放流されていたという面もあったのだろう。そろそろお役御免だとしても、じゃあ都合悪くなったので「駆除」しましょう。というのはあんまりだと思う。正直多すぎると思っているし小物釣りしてるときは仕掛け切られて邪魔だと思っているけど、シーバス釣れないときにその重量感ある引きを楽しんでずいぶん気が晴れたこともあるし、なんにも釣るものなくてもコイは釣れるという保険としてもありがたい存在だし、ましてやコイ本命で同じ釣り場に情熱を持って狙いにきている釣り人もいるのに、その獲物を「駆除」とか自分勝手なことを言うべきではないと思う。そんなの鯉釣り師からしたらコイが多いなんて良い川じゃないかというだけの話である。
 でもそんな鯉釣り師さん達でも、橋の下でパンもらおうと待ってるコイがいっぱいいるというのは何か違うよネと思うはずである。「駆除」まではしないけど、今後は一回放流したら平均で20歳ぐらいまで生きるとかいう長寿を誇る魚を沢山放流するのは止めにしましょう、ぐらいの程度なら何とか鯉釣り師にも納得してもらえるだろうか?そのかわり、コイも含めて水際の植物に産卵する魚の産卵場所をつくるので、コイも繁殖するし他の魚も繁殖してコイはパン撒きゃ寄ってくるような養殖ゴイじゃなくて、この川生まれで生き残って野生化したのが将来的には釣れますよ。と言えば賛同してくれるのではないだろうか。
 釣った魚を食べるのでもないのに「駆除」とか、野生生物とか自然環境とかがどうなっても良いエアコン効いた部屋で快適に生きてる都会派がお気楽に言うならともかく、常に自分の釣った獲物の命をどう扱うか考えていなければ嘘なはずの釣り人が、都合が悪いから「駆除」とかやって良いとは思えない。「積極的に食べて数を減らしましょう」とかなら分かる。でも、命あるものをゴミとして捨てるってオレには受け入れがたいんだけど。
 なので、コイについては10年前に放流されたモノだとしても、平均でまだ10年は川にいるわけで、すぐには解決しないンだと思う。ただ、産卵場を増やしたり水質を改善したりというのも10年かかるような話だと思うので、10年経って今沢山いるコイが寿命で徐々に抜けていくのと入れ替わりで、この川で生まれ育った、コイも含めた淡水魚が増えていけばちょうど良いのではないだろうか。川が綺麗になっていけば、釣ったコイをクネルにする技術がなくても食べられるようになって、コイ問題は新たに放流しなければ、川を良くしていく課程で自然に時間が解決してくれそうに思う。遺伝的に日本産由来じゃないとかは一回死んだ川でいまさらどうでも良いことだと思っている。コイぐらいしか生きていられなかった汚れた時代にお役目はたしてくれていたんである。綺麗になってきても生存の権利ぐらい与えてやれよと思う。

 で、一番難しそうなのが水質の改善。今現在、首都圏でも下水道普及率は100%に近いはずで、よく目にする主張が「下水道があるので洗濯に合成洗剤使おうが天然素材由来の石けん使おうが自然環境に排出される時は基準値以下になっているので関係ない」というものだが、2つの点でバーカバーカ!おまえの言ってるのは机上の空論!!となじっておきたい。
 一つは基準値以下でも当然低けりゃ低い方が良いので、流入する下水に含まれる「処理」しなければならない物質など少なければ少ない方が良いに決まっているという単純な話。試しにググって東京都の「水再生センター放流水の平均水質(H25実績)」というのを見てみると、有機物の量の指標として代表的なBOD(生物学的酸素要求量)が流入水152、放流水7、放流水基準25となっていて有機物に関してみればずいぶんと基準より小さくしてから放流している。にもかかわらずそれでも首都圏という大規模な人間活動の行われている地域を抱える東京湾では赤潮、青潮なんていう富栄養化が原因になっているような事例が散見され、近所の川のアユはまだちょっとドブ臭い。
 当たり前だけど個人個人が下水に流す有機物量や化学物質の量などを減らせれば、出口である下水処理場から放流される水質に影響しうるのである。
 基準やルールは何のために作ったのか?川を海を汚さないように最低限ここまで処理してから放流しようという基準だったはずで、その基準が絶対ではない。本来の水を汚さないようにという目的から考えれば、基準よりもより低くしたほうがさらに良いということなど、パソコンの前にいたとしても、ちょっとググって考えれば分かる程度の簡単なことである。逆に今の基準でもまだ川や海が汚れていると感じるなら基準を見直しても良いかもしれない。
 釣り仲間の先輩が、「シャツの襟がちょっとぐらい汚れてるのと、川と海が汚れてるのとどっちが嫌かっていったら、考えるまでもなく川と海が汚れていることだよね。だから我が家では洗濯には合成洗剤じゃなくて洗濯石けん使ってるよ」というのを聞いてから、20年以上合成洗剤は使っていない。ワシが小汚いオッサンである分、家の近所の川は綺麗になっていくのである。今時の合成洗剤はだいぶ環境にも優しくなってるのかも知れないけど、基本的に大手企業が短期の実験で出した自前データなど信じられないので洗濯石けんで汚れ落ちに不満があるでなし考えるまでもなくそうしている。
 21世紀は下手すると水を奪い合う世紀になりかねないような話も目にする。水をなるべく汚さないなんていうのは生きていくための基礎的な大事なことだと思う。

 もいっちょ、下水道があってもダメな理由は、首都圏始め日本の多くの下水道は雨水の排水と生活排水とが一緒になっている方式で、実は大雨とかで処理しきれなくなると「垂れ流し」をやっている、という構造的な不備があるのである。
 正直言って、このネタを書くかどうかは迷ってたところで、これまではあえて書かないでいた。これからちょっと衝撃的な事実を書くけど、その事実だけ書くと「役所の欺瞞」「構造的な欠陥を許した愚かさ」「隠蔽体質」とかを糾弾するような内容と取りかねられず、実際にはさっき出した数値に現れているように、なるべく下水を綺麗にして川に放流したいと努力しているであろう下水道事業関係者の方々に忖度していたのである。
 でもまあ、事実を知ってもらうというのは大事だと思うし、そのことだけをあげつらうのではなく、背景を説明した上で今後どうしていくべきか考える材料として上手に提供するのならありかなと思って丁寧に書いてみる。
 まず私が実際に目にした単純な事実としては、「近所の川に処理水を放流している下水処理場は、大雨が降ると「夜」に泥濁りの「処理済み」とは到底思えない水を放出する。」
 ということである。
 「基準値を超える水を排水するなんて違反じゃないか?それを隠蔽するなんてけしからん!」と最初見たとき思った。でも、ちょっと調べれば分かるけど雨水と下水が一本で集められて処理されているので、増水時には処理が間に合わず溢れさせているというのは周知の事実のようで、そういえば、そういうのが由来の油脂ボールが雨後の東京湾には浮かぶとか聞いたような気がする。じゃあ、そもそもなんで別々にしなかったんだといえば、ぶっちゃけ金が掛かるし、とにかく垂れ流しで川に洗剤の泡が浮いているような事態を早急に解決する必要があるとすれば、既存の雨水を流す溝を利用して下水道整備を進めるのが金も時間もかからなかったんだろうというのは想像に難くない。それを今になって別々にしておけば良かったとか評論家みたいなことをいっても仕方がない。今も流れている川なんだしコレからどうするかという話なんである。「今、下水道があるからもうコレで良い」という状況じゃないし「誰かが酷い不正を働いてるから改めなければならない」というのでもない。
 だいぶ良くなってとりあえず「死の川」からは脱出したけど、問題はまだまだあるし、もっと良くできる要素はあるんだよというのが、今の近所の川の状況だと思っている。その状況を知った上で次どうしていきましょうか?と相談して進んでいきたいと思っているのである。
 私はまずは、雨で増水したときに昼日中から濁流を放流するところから始めりゃ良いと思うのである。見たらちょっとビックリすると思う。何しろ茶濁りした濁流には「コレはシーバス寄るんと違うか?」とスケベ根性で投げたラインに、おそらく便所紙の繊維だと思われる繊維がダマになって結び目に付いてきて、しばらくするとどこにこんなに居たんだと、コイの多い川だという認識はあったけど、それにしても驚くほどのコイが集まってきて、水面に浮いているゴミ的な有機物をパクパクと頬ばっていく。この川においてコイの役割なんてもう終わったと思ってたけど「有機物のダム」として目の前で確かに機能していて、替わりの魚たちが増えるまでは居てもらわねば困るな、と認識を新たにしたぐらいである。
 雨の日とはいえ、白昼堂々そんなことをしたら、まず「川に汚れを垂れ流してけしからん!」と憤ってお気楽に電話掛けてくる善意の社会正義の味方様がいるだろう。評論家は楽で良いよね口だけで、という感じである。それでも苦情が来たら対応間違えると大事になったりして嫌な監視社会だよネ。別に悪事働いてるわけじゃないけど夜にコソッとやりたくもなるというモノである。
 でも、下水道事業者は懇切丁寧に、基準値より低く処理するために日頃から努力しているけど、増水時には処理できる量を超えるので危険回避のために未処理のまま放流せざるを得ずそれは慣例的にも認められ、実態上洪水等を避けるためそれ以外に方法がないという正直なお話を説明するべきだと思う。
 そういう実態が広く知らしめられたうえで、じゃあこのままで良いのか、何らかの対策を講じるべきか相談して考えていくのだと思う。
 判断としては首都圏のような人口密集地では限界があって、現状で妥協すべきではというのも意見としてはあると思う。でも、未処理の濁流垂れ流しとかインパクトのある絵面を目にしたら「もうちょっとなんとかならんのか?」と考えて普通だと思う。そういう状況が闇夜にコソッと隠れて生じているのである。街じゃ雨水はすぐに下水道に流れ込むので、シーバス釣りに行くぐらいのそんなたいした増水じゃない雨でも溢るみたいです。

 まともに考えれば、いまさら膨大な費用と時間を掛けて雨水別ルートとかは難しいだろうと思う。それとも公共事業になるだろうから「お上」が作ると言ってしまえば作れるんだろうか。
 現実的には、処理能力向上させて危険回避で垂れ流す分も含めて、年間トータルで排出する有機物やらの量の基準を再設定するとかして、必要なら人口の都市部集中などにも対応して下水処理場を増やしたり、効率的な処理技術の開発やらしていくというのがまともな方法のように思う。
 そういう基準を考えるときに、例えば河川の魚が一気に放出された未処理水の有機物を一時的に蓄える能力の評価とか、河口域の干潟が生態系全体としてどのくらい処理能力があるのかとかを評価して、処理場の増強に加えて川や海に生き物が居ることが「処理場」に換算するならどのくらいの価値があり代替できるのかとか、今でもその手の報告はあるんだけど、単なる研究報告じゃなくて、実際の街を環境を考えていく上で評価していけたら、多くの人に川が流れてそこに魚とかが居ることの価値を知らしめることができるのではないだろうか。ついでにみんなが水を汚さないように気をつけてくれればなお嬉しい。

 家の近所で釣ったアユはちょっとドブ臭い。でもそれは誰のせいでもない自分が便利な生活を享受しこの社会で生きているからこそであり、責任を持って持ち帰った分は美味しく食べる。もっと旨いアユが食いたいなら綺麗な川に行けば簡単なんだろうけど、もし近所の川が今よりもっと綺麗になってアユがもっと旨くなったら、その方が味覚で感じる以上の「旨い」アユになるだろう。
 釣り人は自分の川を愛さなければいけない。それは過去に流れていてはいけない。今と未来に流れる川を愛さずに「昔は良かった」なんて爺臭いことばかり言ってんじゃねえゾということである。

2018年6月24日日曜日

ひょっとしてオレ今「こわい顔つきになってる」かな?

 「黒水仙」「暗烏」「おろろ」「陰鉤」「黒竜」「赤お染」「夕映」「陰水仙」架空の名前も混ざっているけど、それぞれ伝統的な鮎毛鉤のあるいは毛鉤釣りの手法の名前である。
 これらを各章の題名とした小説が、夢枕獏先生の「鮎師」である。
 学生時代先輩に面白いから読んだ方が良いと薦められて「オレ鮎とか釣らんからイマイチ興味ないっス」とか答えたんだけど「鮎釣るかどうか関係なしにナマジぐらいの釣りキチガイなら多分身につまされて胸にくる部分があると思うぞ」とか言われて、なんのこっちゃ?と思いながらも読んでみたら、先輩の言ったとおりだった。
 ヤマメとかでもたまに知られているけど、ホルモンの異常とかで産卵に参加せず本来の寿命を越えても生き残り成長し続けたらしい60センチを越えるような巨鮎を狙う、鮎で身を滅ぼしつつある初老の釣り師の狂気じみた執念と、その狂気にあてられて深みにはまっていく主人公の心の有り様が、まさにこれぞ頭のおかしくなっちゃってる釣り人の典型という感じで、当時自分はまだ主人公側のつもりで共感していたけど、病み上がりの体でクソ暑くてしんどいなか鮎に向かってひたすら情熱を燃やしている今の自分は、既に鮎しかなくなった男である「黒淵」の方により近づいてしまっているのかも知れない。

 主人公が仕事もほっぽり出して鬼気迫る表情で川に通うのを見て妻は「鮎釣りに行くのに、少しも楽しそうに見えない」と夫の釣り友達に不安を漏らしているが、自分の限界に迫るようなギリギリの釣りをしているときには、外から見たら確かに苦しそうにしか見えないだろう。だって実際苦しいんだから。それは釣れなくてしんどいという肉体的直接的な苦痛もあれば、釣りにおける「壁」を越えられないとかいう精神的なものから、はてはオレはナニを釣るべきかどう釣るべきかなんていう哲学的な苦しさも時にあったりなかったりする。
 釣りで苦しむのなんてバカにしか見えないかもしれないし、楽しく釣ることはもちろん嫌いじゃないけど、どうしても私のような釣り人は昨日釣れなかった魚を今日釣りたいとかいう健全な向上心それ以上に、人よりも釣りたいとか、大きいのが釣りたいとか、誰もやってないような方法でオレだけいい目を見たいとか、ドロドロに邪な欲望が心にベットリと染みついていて、それがために、楽しく手堅く釣っとけば良いものを、底のない沼のようなややこしい釣りの世界に足を突っ込んでしまい抜けなくなるのである。

 鮎の毛鉤を巻いたりしていると、どうしても「鮎師」のいろんな場面が頭に思い出されて、読みたくて仕方がなくなり幸い「自炊」済みで検索一発でパソコンのホルダーから引っ張り出せる我が読書体制になっているので何度目の再読かわからんけど読んでみた。
 鮎毛鉤釣りしてなくても抜群に面白い「釣り小説」だったけど、鮎毛鉤釣りに手を出した今読むと、もうどうしようもなく面白くてまいる。
 漠先生、各種映像とかから釣りの技術が特別上手いという釣り人じゃないと失礼ながら思っているけど、釣り人の業というモノを、釣りというモノの持つ魔性の魅力を知っていて、これほどまでに書ける作家というのは他に類を見ないと思う。井伏鱒二先生やら開高先生よりその点では上だと思う。両文豪の書く釣りはもっと健全で恬淡で釣り人独特のドロドロッちさを描くときももっと軽みがある気がする。漠先生その辺容赦なく大げさなぐらいに重く書く。でもその大げさなぐらいに表現された心情が、我々頭おかしい系の釣り人の心の、ある面を正確におためごかしやごまかしなくとらえていると思う。

 読んでて思い出したけど、このお話の鍵になる釣法である「陰鉤」というのがあって、これが本当にあった技術なのか、漠先生の創作なのか分からんけど、いかにもありそうな裏技的な鮎の釣り方で「ベラ」の皮を使った毛鉤?に触れるぐらいに接近する鮎を下の捻り針で掛けるという方法なんだけど、学生時代読んで早速、多分ベラってキュウセンだろうと思われる表現があったのでキュウセンの皮を干して細く切ってボディーにしたフライを巻いた記憶がある。
 4半世紀たって鮎毛鉤釣りを始めるにあたって「黒水仙」もどきの「黒韮」とか巻いてるあたり、ホントに進歩がないというか、ナニも変わっていない自分のバカさ加減を頼もしく思う。気になったら試してみる。釣りにおいてそれ以外に答えを知る方法をいまだ得ず。

 でも4半世紀たって鮎毛鉤釣りを始めたあとだからこそ楽しめた部分も今回の再読ではあった。
 主人公が、黒淵に仁義を切って彼が狙っている大鮎を狙うとなった時に、まず得意のチンチン釣りで並べた毛鉤が「青ライオン元孔雀」「赤お染」「暗烏」「八ッ橋荒巻」なんてのを読んで、それがどんな毛鉤か頭に浮かぶとともに、やっぱりその辺りの毛鉤が定番でありつつ必殺なんだろうなとか初心者がいっちょ前に思った。
 播州釣針協同組合のウェブサイトの「播州毛鉤ギャラリー」にも、「青ライオン」「お染二字」「八ッ橋荒巻赤底」「清水」「新魁荒巻」が代表的な鮎毛鉤例として表示される。
 そういうの見てると、やっぱり巻きたくなってくるジャン。巻きたくなったら巻けばいいジャン。ということで、今使っている和洋折衷のナマジ謹製鮎毛鉤でも鮎釣れるっちゃ釣れるんだけど、巻いてみた。


 まずはスタンダードフライの代表選手がロイヤルコーチマンだとすれば、鮎毛鉤の代表選手は「青ライオン」だろうということで、「青ライオン」とその派生である「青ライオン元孔雀」を巻いたのが、左の写真。写真の撮影技術が拙くて色とかわかりにくい写真になっているうえにそもそも上手く色変えて巻けてないけどご容赦を。青ライオンってなんでそんな名前なんだろうなと最初命名の規則性が分からなかったけど、赤ライオンとかと比べていくとナニが「青」なのか分かってくる。赤い角の下の針のフトコロに掛けて緑のスレッドが巻いてあるんだけど、コレが青ライオンの「青」である。古い言葉では青は今の緑のことだというのはどっかに以前書いたとおり。ついでに「赤」も今より範囲が広い感じで「赤」と名前が付く毛鉤に使われている色が橙色(オレンジ)ということが結構あるので、「赤い鉤が今日はアタッてる」とかいう情報の「赤」が鳩の血のような赤なのか明るいカルフォルニアでもいだオレンジの色なのかは気をつけておかないといけないように思う。
 ついでに鮎毛鉤の構成を説明しておくと、針のフトコロの所に巻いてあるのが「先巻き」、尻尾のように突き出している「角」、胴の「主巻き」、金や二の字を入れる「帯」、チモト近くの「元巻き」、ハックルにあたる「蓑毛」、そして「金玉」となり、角は「赤角」が多くたまに「黄角」、それに蓑毛、金玉が鮎毛鉤の標準装備で、その他の、「巻き」と「帯」のあたりの構成で名前が決まってくるようなのである。
 青ライオンだと、「先巻き」が緑(青と呼ぶ)、角が赤、主巻きが明るい茶色からオレンジぐらいまで職人さんによって色々で、帯に金を真ん中に入れた黒の二の字がはいって、元巻きが毛足長めで主巻きと同じ色なら基本の「青ライオン」、孔雀なら「青ライオン元孔雀」、黒なら「青ライオン元黒」という名前になる。そんなにド派手な鉤でもなく、茶系に金が入った適度に地味派手な塩梅が良いんだろうか。
 青ライオンは基本的な鮎毛鉤の構成要素がみんな入っていて巻く練習には良いんだけど、正直、帯に金入りの二の字とかめんどくさくて仕方ないというか、18番のフライフックに私の技量じゃそもそも巻けない。じゃあ写真のはどうやって巻いたんだ?というと、本来主巻きが終わったら黒い二の字用の毛を新たに巻くんだろうけど、主巻きと二の字は一つながりの毛を使って、二の字のところに来たらマジックで黒く塗ったのである。それだけ手を抜いても結構素人には手に余る。

 ということで、もっと巻きやすい毛鉤はないかといろんな種類の毛鉤をみたりしていると、荒巻という技法を使った毛鉤は帯に面倒な色換えが入らないのも多く、それでいて「底」に派手な色を持ってくると良く目立つ感じになって、かつ、いかにも鮎毛鉤っぽい仕上がりになる。
 代表的なのはこの「お染」。先巻きオレンジ、赤角、本来は主巻きはハリの地金に紫っぽい茶色を荒巻きして、帯は特になしで元巻きは荒巻きしていた毛をそのまま密巻き。今回黒いフライフックで巻いているので、荒巻きしている下に金のティンセルを巻いたので正しくは「金お染」なのかもしれない。


 もいっちょ、荒巻系で「八ッ橋赤底荒巻」も、お染と同程度の単純な構成で巻くのが楽。
 先巻きが空色で荒巻と元巻きが黒というのが八ッ橋なのかなという今のところの理解。なので、下の毛鉤は名前を付けるなら「黄角八ッ橋銀底荒巻」となるだろうか。荒巻系は、主巻きの底と荒巻の色の組み合わせ次第でいろんな印象の毛鉤が作れると思う。
 例えば、以前作った「幻影底烏荒巻」は八ッ橋の派生「先黒黒角八ッ橋幻影底荒巻」とも言えるのかも?

 他に巻きやすそうで釣れそうなのが、先巻きの代わりに金玉がついていて、黒い主巻きに帯に二の字という「熊」系統がある。黒に縞模様という単純だけど虫っぽい配色はやっぱり効くのか、赤熊、白熊、茶熊、金熊あたりは定番のようだ。
 二の字巻くの結構難しいんだけど、二の字の部分だけ二色束ねて巻くというなんちゃって二の字で結構それらしく巻けるので、練習がてらいくつか巻いてみた。上は「黄角金熊」で下の緑の二の字のは命名法通りなら「青熊」のはずなんだけど、何故か特別に「清水」と呼ばれている。このへんの名前の由来とか調べるとまた面白いかも。ちなみに金玉作る技術を持っていないので金のティンセル先巻きで許して欲しい。

 もいっちょ、「三光」系も巻く色自体は単一なので巻きやすそうだなと巻いてみた。頭の金玉と、帯のところ、先巻きのところに金玉か金巻きが入る。写真はどちらも「青三光」で、七面鳥とガチョウの羽の違いをちょっとみてみた。ガチョウの方が毛足が長い。途中に入れる金玉をビーズにしてみたら割と簡単で良い感じ。ビーズいろんな色に変えても良いかもしれない。重さも変えられる。 

 調子にのって、色目の多い「新魁荒巻」に挑戦。底巻きが金の上に逆巻きの赤糸、その上に黒と緑の毛を荒巻から元巻きへという感じで、簑毛にも薄茶に緑のを追加という手間が多い毛鉤なんだけど、技術的にはそれほど難しくはない。難しいのは短い間で色を、つまりは毛を換えて巻かなければならない二の字とかで、色たくさん使ってても針の長さいっぱい重ねて巻いて良いなら時間はかかっても難しくはないと実感した。

 これぐらい、基礎的な技法を憶えたら、フライタイイングの知識と合わせてかなりいろんな毛鉤が巻けると思い楽しくなってくる。


 気づけば、100本入りで頼もしく思っていたマルトのフックもそろそろ底が見え始めた。
 100本なんて1日5本巻いてるだけで20日で使い切るしたいした本数じゃない。
 そう思うと、マルトのフックの安さはとてもありがたいモノだと実感する。
 アユ釣ってるぶんには刺さりも強度も何の問題もなく実に実用的なフックで、すでに追加発注かけた。色変えて巻くのには軸が長い方が向いていると思うのでロングシャンクのタイプも試しにと注文した。


 今年は年頭に「釣りと猫のことだけ考える」と誓ったが、猫はボチボチとしても、釣りの方は本当にそればっかり考えている感じで、そうすれば自ずと健康面やらも上向いてくるはずと考えていたが、ここまで釣りのことばかり考えていて良いのか?体調よりも釣り優先させ気味だったりもして、釣りのことで身を滅ぼしてしまうような気がしてきてちょっと怖い。
 まあ、仕事も家族も友人も、健康も金も信頼も誇りも失って、ただの釣りしか持たない痩せた猫になったとしても、それはそれで本望かなと思わなくもない今日この頃である。
 釣りさえちゃんとできていれば、なんだってかまわないサ。オレたちゃそういう人種だろ?

2018年6月18日月曜日

鮎釣り小ネタ


 毛鉤巻いたり仕掛け作ったり、アユ関係のお勉強したりで昨日の顛末記もまだ書けてない状態だけど、鮎釣り始めて半月ほどで色々と気付いた点など小ネタを書き記しておきたい。

 まずはお詫びと訂正から、どっかで「アユが攻撃するのは水平姿勢で縄張りに侵入してくるもの全部、色も形も関係ない」と書いたけど、水平姿勢が一番重要なのは正解っぽいけど「色と形も関係ありそう」だそうです。正方形のモデルはほとんど攻撃されず、黒より白が攻撃されて、横長の斑紋は攻撃を抑制していそう、ついでに小さいモデルの方が良く攻撃されるという報告(井口1991)。多分同じ報告に基づく解説を読んだのを記憶していたはずなのに、結果の数値の読み方が解説者によって違ったのか、単なる私の記憶違いか?いずれにせよゴメンナサイ。科学とは新しい知見によって日々更新されていくべき性格のモノであり、過ちを正していく姿勢こそ科学的なモノの考え方である、などと自己正当化を図ってみる。
 これでルアーでアユ釣るなら白くて模様の無い小さめのミノーが良いと割り切れる。
 昨晩、片野他編「アユの科学と釣り」という「アユ釣り愛好家の学者・研究者による「アユ学」エッセイ」と帯に踊る本を読みかえしていて判明したんだけど、この本、鮎釣り始める前に読んでも生物ネタ的に面白かったけど、鮎釣り始めてから読むと狂おしいほど面白いので鮎釣りファンでまだ読んでない人は読むように。
 まあ、アユ釣り愛好家と言っても友釣りばっかりで、私が闘いを挑むべき体制側の啓蒙本であり本来焚書にすべき書なのかも知れないが、敵の武器を鹵獲して闘うなんてのはゲリラ戦の常道なので使える知識は使わせてもらうゼ。君らが開発した武器が君ら自身を苦しめることになるのだよ。

 ここ一月ぐらいは、鮎釣りのことばかり考えているので、その中で書き留めておきたいことなどいくつかご紹介。


 まずは、タモ網。普通タモ網とかランディングネットってごぼう抜きにできないような魚を取り込むための道具なんだけど、鮎釣りではちょっと意味合いが違うように思う。鮎釣りにおいては、近年の友釣りでは引き抜きで飛んできたアユをタモでキャッチするのが当たり前になっているのに見られるように、アユは大きな魚じゃないので普通にごぼう抜きできる。じゃあタモいらねえジャン?と思うとそうでもなくて、どちらかというと引っこ抜いた後にバタバタ暴れてポロリというのを防ぐためにこそタモが必要。鮎釣りの鉤は友釣りでも毛鉤でもかかり重視のスレ針でかつアユは取り込み後もこれでもかというぐらい暴れるのでポロリが多い。釣った後これだけ暴れる魚は他にはツムブリぐらいしか思いつかないぐらいジタバタする。ので引っこ抜いてその後ハリ外したり、友釣りならオトリ交換したりするためにタモがいるのである。
 なので、長い柄の付いたのは必要ない、必要なのは中で暴れられても絡みにくい、ハリが刺さりにくいような目の細かい網が張ってあるやつで、そうじゃないと面倒くさい。かつ引っこ抜いた魚をキャッチするためにそれなりの枠の広さが欲しい。
 アユ用のタモを買えば当然そういうタモになってるけど、でもお高い。網目の細かい高級品なんて正直買えるかよ、という値段である。
 なので、なんか良いのないかなと考えて、暫定的に金魚掬うような観賞魚用のネットの25センチ枠のを試してみたら結構塩梅良いんでやがんの。こんなもん千円しないし、我が家にボロいの転がってたので実際にはお金掛かってない。だいぶ穴があいてきて繕って使っているけど使用不能に破れても次もコレで行きたい。
 ついでにオイカワの数釣りで魚籠の入り口にやるようにラインを一本張っている。これに釣れた時ハリスを引っかけて横に引っ張ってハリのフトコロにラインがくる状態にもっていくと、アユが暴れてタモに落ちてくれる。割とこれも塩梅良い。


 次に毛鉤交換の迅速化。まあインチキとはいえ出自がフライマンなので、魚の反応やら流下する餌の変化やらにあわせて毛鉤を交換しながら釣りたいわけで、鮎毛鉤釣りの場合複数の毛鉤を並べる仕掛けを使うので、最初からいくつもの毛鉤を使えているのでフライフィッシングほど頻繁に交換したくはならないけど、でもやっぱり換えたくなる。

 枝スの方を交換すると、交換の手間自体は大したことないんだけど交換した毛鉤はハリス結んだアイをガッチリ瞬間接着剤で金玉と接着してあるので再利用ができない。
 ということで、唯一枝スではない幹糸の先に結ばれている最後の1本を交換するんだけど、これも何回もやっていると幹糸も毛鉤のハリスも短くなっていく。
 ので、幹糸側の最後にコブを作って、幹糸に8の字作ったハリス側を接続する方式にした。穂先の取り付けと基本一緒で使う時はシモリ浮きを止めている毛糸で押さえ込んで緩んで抜けないようにしている。幹糸側のコブの先にちょっとあまりを出しておくと外すときにズラシやすい。ズラして毛鉤のハリ先で8の字を引っかけて外しているけど「そんな細かい作業できねえヨ」という場合はハリスの8の字の先に短くつまめるようにハリスの切れっ端でも結んでおけば良いと思う。



 次に浮子。鮎毛鉤流し仕掛けについている浮子は横長の棒状で、多分この形なのはアタった時に立ち上がるとか適度に揺れて毛鉤を動かすのかなと思っていたけど、アタリは以外に直接的で、流しているときはバシッと食ったのが目で見えることが多いし、流しきって下流で待ってるときのアタリは浮きに出る云々より手元にくる。
 でも、やっぱり浮子は流しきって待ってるときや逆引き中はちょっとジッターバグみたいに揺れていて足下で毛鉤動いているか見るぶんにはそれ程動いていないように見えるけど、糸電話を思い出せば分かるように、張った糸って振動を良く伝えるので間違いなく浮子が振動していることには意味があるように思う。
 ということで、高活性時に派手に魚の気を引くために振動を増幅するにはどうすればよいか考えて、それまで中通し式にしていたのを、グラスの心棒入れて心棒を長めにして揺れ幅を大きくしてみようという浮子を作ってみた。
 結果、仕掛けの重さで浮子の動きが制限されてか、あまり大きく浮子が揺れなくなってしまった。というオチ。ただ、揺れは小さいけど直接的にラインに振動が伝わっているので見た目の揺れが小さいからといってダメとは限らないのでしばらく試してみたい。良くないような感触なら心棒短く切ってしまえば多分揺れは大きくなるはず。単純に揺れが大きければ良いのならジッターバグでも浮子として使えばいいけど、そうなると騒がしくて警戒されることにもなるだろうから良い塩梅を探りたい。探った結果が市販のに付いている浮子だとしても、アタイ自分でも気になったら試しておきたいのヨ。


 小ネタ最後は友釣り仕掛け。友釣りの仕掛けというと、天井糸が仕掛けの長さ調整可能なように編み込み利用してあって、水中糸は極細金属糸で接続にはやっぱり編み込んで瞬間接着剤で固めてと、とにかく面倒くさい印象だった。
 でも、この面倒くささは全部「極細金属糸が悪い」のであって、極細金属糸を使わないナイロン糸仕掛けなら割と単純であると今のところ理解した。
 仕掛けの長さ調整もナイロン仕掛けなら結ぶのが難しい金属糸と違って現場で切って繋げば良いだけで面倒くせえ仕掛け必要ない。ナイロンどうしなら水中糸と鼻管周りの仕掛けの接続も普通に結べば良い。そもそも普通に結べてそれなりの耐摩耗性とかがあるナイロン糸を水中糸に使えば天井糸なんか必要なくて水中糸を穂先に接続したら良いはず。
 逆に言うと、それだけしち面倒くさいことをヤルだけの価値が極細金属糸にはあるということである。荒瀬の中でオトリを泳がそうと思ったら、ラインが受ける水の抵抗は相当なハズで「ライン細いは七難隠す」で、水の抵抗を受ける水中糸以外は全部ナイロンとかにしなければならないぐらい釣りの仕掛けには向かないはずなのに使いたくなる利点なんだろう。
 でも、いうほど荒瀬で大鮎狙うような場面って多いのか?まあ人様の釣りはさておき、自分の釣り場は膝下水深とかのチャラ瀬と深くて1mもないような淵ぐらいで流れもきつくないので、当面ナイロン仕掛けで問題ない。なんなら鼻管周りの仕掛けに使うナイロン0.8号通しでも良いかなと思ったぐらいである。まあそんな手間でもないので0.5号を水中糸というか道糸にした。
 そうすると意外なほど単純な仕掛けで、ライン以外のパーツといったら写真の鼻管、逆さ針、逆さ針のおしりに付いた自動ハリス止めに繋ぐ掛け針ぐらいで、あとは目印3カ所も付けときゃいいかってぐらいで、鼻管がそれ用のプルージック結びのための細いPEがクソ高いのでナイロンハリスで古式ゆかしく編み付け利用した接続にしたのがちょっと面倒くさかったぐらいで、全体的にはたいして手間でもなかった。
 うちの近所の鮎たちが縄張り作ってくれて友釣りの対象となるのかまだ未知数だけど、とりあえず出番があればコレで行きたい。
 ちょっと、作ってて気になったのがガマカツのハリの「ナノスムースコート」とかいうやつで、多分ダイワのサクサスとかと同じフッ素コート系の表面処理なんだと思うけど、ワカサギ釣りの時に虫餌の付けやすさは確実に利点だと思ったけど、鮎釣りの掛け針やらフライフックやらにも採用されてるのを見ると、そんなモンの滑り良くしてどうするの?という気がしまくっている。フライフックとか売ってるの見た時点で「フライ巻くとき滑って巻きにくいンとちゃうか?」と思って帰って検索掛けたらやっぱり巻きにくいらしい。鮎釣りの掛け針も根糸で巻いて瞬間接着剤で固めてハリスに固定するんだけど、始めてやったこともあってだとはしても固定できず抜けまくりで、最終的には8の字でコブ作って止めた。
 それだけの欠点が有りながらかつ値段が高くても、利点が補ってあまりあるなら使う価値はあるんだろうけど、スレ針で滑りが良いって、スレ針の利点である刺さりやすさが行き過ぎて逆に「抜けやすい」欠点のほうが出過ぎるんじゃないかと現時点では思う。刺さりやすいのは利点だろうけど刺さりやすけりゃ抜けやすいってのは当たり前で、刺さりやすくて抜けにくくするためにカエシが付いてたはずで、そこを刺さりやすさ重視でカエシを取っ払って、その状態で良い塩梅の保持力を持たせるように表面の加工やら形状やらを設計してあったはずで、同じような形でより刺さりやすくしてしまったら抜けまっせそりゃ。逆に欠点が出てこないぐらいなら対して利点もない表面加工であるという証明で金返せという話である。良くわからんので最初は良いやつ買っとこうと、あまり考えずにガマカツさん信頼して高めの買ったけど失敗だったかも。

 とまあ、鮎釣りに没頭している。近所のアユは釣りになる場所も今のところ限られていて、他の釣り人や鳥に目を付けられたらその時点で終わりで、今年は沢山遡上してきているけどいつまで釣り場にとどまるか、釣りが成立するぐらいの個体数が保たれるかも未知数である。ということで、他の釣りはしばし放置で今はアユに全力投球で、釣れるときに釣れるだけ釣っておきたいと思っている。楽しい。

2018年6月11日月曜日

YOUはシャック!


 愛で空は墜ちてこないけど、梅雨で雨粒が落ちてくる。

 さすがに川はかなり増水するぐらい激しく降ってるので、昨日今日と釣りには行けずに大人しくせざるを得ない。
 ただアユを求める熱い心を鎖で繋ぐのは今は無駄であり、この機会に毛鉤のストックを増やしたり、新しい毛鉤の試作をしたりと意外に忙しく、没頭していたら昨夜はブログ書いてる暇もなかった。

 先日、小雨の中の鮎毛鉤釣り。雨降ったら水生昆虫の羽化はないだろうしライズもないかなと思っていたけど、意外にライズしていて、釣れた鮎をナニ食ってるんだろうと腑分けして胃内容物確認してみたら、これが5ミリ以上ある大きめのユスリカの蛹の抜け殻で「シャックかよ!」と驚いたともに、おそらく晴れてた朝の時間に静かな魚の少ない上流の水域で羽化したユスリカの抜け殻が長時間にわたって流れてくるので、その日に限らず羽化が収まるマズメ時以外でもずっとライズしているんだなと合点がいった。
 フライフィッシングの世界では、抜け殻食いのマスの存在は話題になることがあって、どっかでマスが浮上して水面の餌を咥えるのに要するエネルギーと、抜け殻から得られるエネルギーを比較して、抜け殻のタンパク質とかから得られるエネルギーの方が大きいので、個々の重量は微々たるもので腹ふくれなさそうだけど、沢山食べると充分食料として価値があるとか報告されてたと思う。
 抜け殻をフライマンは「シャック」と呼び習わし、その透明感やカシャカシャッとしているだろう食感などを再現すべく、種々フライパターンが開発されている。

 シャックは羽化した成虫のように飛んで逃げないし、蛹や幼虫のように泳いで逃げたりもしないので、大量にシャックが流れてきて偏食していると、あんまり毛鉤を活発には追ってくれないように思うので、そこそこデキの良い毛鉤が必要とされる。
 ということで、いくつか作って実戦投入しているところだけど、とりあえず簡単なのはカシャカシャッとしてて透明な繊維「ズィーロン」を束ねて捻って縒って体節っぽくして尻尾の部分である「角」とした「借苦角ズィーロン」。カモの毛の縞々を生かして角にした「借苦角鴨」、スーパーでもらえるビニール袋を加工した角を付けた「借苦角ビニール袋」は一番カシャカシャして抜け殻っぽいかなという感じ。
 今のところ、角ズィーロン版はそれなりに良い感じで釣れている。
 
 角鴨はまだ釣れていないけど、角ビニール袋はいきなりコイに持ってかれて、そういう時に限って1つしか作ってなくて、昨日増産かけていた。多分コイもよく水面で餌拾ってるのは目にしてるので食ったんだと思う。だとすれば魚の目から見て捕食行動起こす程度の毛鉤になっていて、ならばアユにも効くんじゃないかと期待している。
 スーパーにロールで置いてあって無料でもらえるビニール袋の間に腰をもたせるためズィーロン挟んで、熱した鉗子で摘まんで溶着させて角の部分を作る。縞々の凸凹ができるのでマジックで適度に汚して拭くと、体節っぽい縞々模様ができる。
 人間の目から見ると、透明感といい一番抜け殻っぽいんだけどはたしてどうだろうか。意外に見た目「リアル」なこの毛鉤より単純なズィーロン角版が優秀だったりというオチはありがちだとは思っている。

 他にも、高活性時に市販の鮎毛鉤に負けないような派手な毛鉤が欲しいなと、いくつか巻いてみた。
 いろんな色や素材を組み合わせて技巧を凝らした職人さんの作る鮎毛鉤と同じ方向性では勝負になるわけがないと痛感しているけど、ワシゃルアーマンじゃけん、派手で魚の反応が良くて単純な配色とかなんぼか脳裏に染み着いてるのがあるけんネ。
 というわけで左から2番目のシルバーヒルトンを元ネタにしたもの以外は、ルアーのカラーを参考に巻いてみた。どれがどんなカラーから鮎毛鉤に落とし込んでいるか分かるだろうか?
 左から「白黄」は目立つカラーといえば蛍光黄色ということで、蛍光は無理だったけど、角と蓑毛を白に、胴を白と黄色に染めたガチョウの羽の筋で巻いてみた。雨後の濁りとかにどうだろうか?
 2番目の元ネタであるシルバーヒルトンは、多分私が初めて巻いたフライだと思う。安いフライセット買って、さあフライも巻くぞとなってバイスもホームセンターで買ってきた小型万力という状態で、ハックルだの鳥の毛もなかなか買えない貧乏学生は、大学で飼育されていた白黒鹿の子斑の鶏に目を付けて、担当の先生にお願いして首の毛抜かしてもらって巻いたと思う。尻尾もウイングもハックルも鹿の子斑の鶏の毛でボディーが黒に銀を巻いてあるというシックな1本である。銀を黒の上から巻くんじゃなくて、今回は銀を底に巻いておいて烏の毛の筋を荒巻して底の銀がチラチラ見える感じにした。金玉は樹脂製の真珠色。黒銀はルアーでは地味な配色だけど、黒はくっきりして結構目立つし銀の反射もあって毛鉤全体として目立つ配色だと思う。すでに活躍している「幻影底烏荒巻」が割と使える感じなので、烏の濃い焦げ茶っぽい黒の鉤を他にも試してみたかったのもあって巻いてみた。
 3番目はルアーの世界では夕まずめや夜に大人気の「赤金」。角赤、胴は底に金のフラッシャブーを巻いておいて、オレンジに染めたガチョウの羽の筋を荒巻して、蓑毛はオレンジに染めたウズラ。コレはなんか理屈抜きにルアーマンの本能が釣れそうだと直感する。「底」に光り物の素材を巻いておいて上に羽毛の筋をユルく巻いて底の光り物がチラチラ見えるという「荒巻」はいかにも鮎毛鉤っぽく仕上がって釣れそうで、巻くのも難しくなく良い塩梅だ。
 最後の「火虎」が、オレンジに黄色と緑に黒ということでファィヤータイガーカラーを鮎毛鉤の色に落とし込んだつもりである。
ただ、胴はオレンジのスレッドを底に巻いた上に黄色と緑のガチョウの羽の筋を交互に綾巻きしたという、この程度の色使いですら、今回鉤18番と大きめにもかかわらず難しく、最初のオレンジのスレッドが次の黄色を巻いていると抜けてしまうということが2回あって、またイィーッ!とさせられた。
 何しろ、バイスも学生時代に買った安物で、小さい鉤にはやや使いにくい。
 最後に糸をとめる用のウィップフィニッシャーとして使っているボールペンの芯や割り箸に縫い針を挟んで固定して自作したニードルとかも学生時代から使っていて、四半世紀来の愛用品である。

 今回、ニンフフライの脚の本数とか数えて巻いていそうな几帳面なフライマンがみたら卒倒しそうな私の毛鉤巻き作業場の写真を公開したのは、高価なバイスとかがなければ「釣れる毛鉤」が巻けないってわけじゃないんだよ、高度なテクニックで美麗な毛鉤を巻かなければ魚が釣れないってわけじゃないんだよ、というのを伝えたくって、あえて恥ずかしい実状をさらしてみた。もうちょっと整理整頓しろよと自分でも思う。
 ネット上でも自作のフライとか公開している人のフライはどれも綺麗に作られている。バイスも高級品である。それをみて私のような不器用な人間はフライや毛鉤を巻くのに不安を感じる。「完璧」な毛鉤じゃないと魚が釣れないのではないか?と。
 ご安心ください。安物バイスで巻いた、この程度のいい加減な毛鉤でも魚充分釣れてます。
 フライの世界ではマッチザハッチは魚を効果的に誘う手段であると同時にそれ自体が大きな楽しみであり、水生昆虫を観察して、その見た目から質感から動きまでを再現していくというのは、それ自体が目的化していることもあり、その面白さを否定するものではないけれど、虫に近づけば近づくほど釣れるかというと、実際にはそうでもなくて、魚が虫を選ぶときの肝になっているであろう要素を押さえたり強調したりして、余分な部分を排除した単純明快な毛鉤の方が、見た目スゴいことになっている「リアルパターン」より釣れるのが世の常であると思っている。その辺りのさじ加減をどうするかあたりもフライマンは楽しんでいて、絶対の正解もないけど案外いい加減なフライや毛鉤で良く釣れるものなんである。綺麗に巻かれているのに釣れない毛鉤もあれば不細工でもなんでか釣れるフライもあるのである。
 魚が脚の本数そろってない毛鉤を食わないとかがあるのなら、それはおそらく左右非対称になったことによるバランスの崩れとかの問題で、昔のエサ釣り師は川虫の脚はもげていると魚が食わないと真剣に主張していたものだけど、そういうことだったのかもしれない。脚欠けたぐらいで魚が食わなくなるのなら昆虫は喜んで脚ぐらい自切するだろう。
 水生昆虫に直接似せていない、時に派手な目立つ色に巻かれている鮎毛鉤の世界でも、あんなに複雑な手法で巻かれた毛鉤が欠くべからざるモノかというとそうは思っていない。
 良く派手なカラーのルアーをみて素人が「あんな派手な魚は自然にはいないので不自然だ、釣れそうにない」とか言っちゃいがちだけど、不自然だからこそ目立つからこそ喰われるのは、アルビノや金魚が自然界では生き残りにくいことを考えれば当然である。
 そういう不自然で派手に目立ちかつ嫌われにくいような配色を膨大な時間の試行錯誤の中から導き出してきているであろう、それでいて時に縞々の配色に妙な本物の虫っぽさを感じたり、水生昆虫が羽化時とかにまとう気泡の煌めきなんかを再現する反射系の素材使いなんかにフライとの収斂を感じたりもする鮎毛鉤について、本当に良くできていて綺麗だと感心すると共に、様々な思いを込めて巻かれてきて親しまれてきたその歴史に敬意を感じざるを得ない。得ないんだけど、ぶっちゃけ「魚釣るだけならもっと単純でいいやね」と思ってしまう不敬な私もいるのである。
 
 本物らしさや派手さを演出する精緻な技巧も、あって邪魔になるモノではないだろうけど、自分が持ってないなら仕方ない。あるもので作れるものでも充分楽しみながら魚が釣れる。
 そういういい加減さも含めて、やっぱり釣りは自由だと思うのである。

2018年6月1日金曜日

備えあれど憂いあり


 遠征前の準備なんてのは、あれこれ想定してやり始めるときりがなく、その上実際に現地に行ってみると、想定外のことばかり起こったりして、結局現地で何とかかんとかするしかなくなったりもするんだけど、それでも準備には時間と労力をかける。

 先週末、一応準備をおえて先に現地に送るべき荷物は段ボールに詰めて封して、その他の持って行く釣り具とかも一度リュックに入れてみて、今回はデカい防水パックに突っ込んでコロコロ付き背負子を使うんじゃなくて普段使っている30リットルのリュックで間に合うな、とか確認済みである。

 もう、ほかに準備しなくてもいいようなものである。
 でも、前回ブログで書いた「ハリとイト」の違いとか気になって仕方ない。仕方ないので「ホンテロン」も0.5号を入手した。
 「ホンテロン」想像よりもかなり堅い。今時のパリッとしたナイロンリスや逆にしなやかに進化してきたフロロカーボン系やらより明らかに堅くてハリがある。ナイロン0.4号で作った枝スで鮎毛鉤をぶら下げると悪くはなさそうだけど幹糸に絡むことはありそうな振れ方をする。ホンテロンで作ると枝スの先の毛鉤は針金で吊されているかのようで、たしかにこれは絡まなそうである。ただ、こんなに堅いと毛鉤の動きを制限してしまうんじゃないかと、お風呂で引っ張り試験してみると、やはり動きが制限されてハリスの曲がり具合によっては斜めって泳いでいる。ナイロン0.4号ハリスの先の毛鉤が生き物のようにユラユラと揺らぎながらハリスに引っ張られて「泳ぐ」のに比べるとぎこちない。
 はたして動きを制限した絡みにくさや感度の良さのエステルハリスのホンテロンがいいのか、柔らかく自然な動きと食い込みの良さが期待できるナイロンハリスがいいのか、自作の鮎流し毛鉤仕掛け2組目の後ろ3つをホンテロンハリスにしてみたでので確かめてみたい。

 ハリも結局、今のところメインの予定のがまかつB11-Bのほかに、ストレートアイのティムコ101も買ってみたし、マルトのd04も買ってみた。
 切れる札は全部切るというか、思いついたことは出し惜しみせず、やれることは全部やっておく。
 ティムコ101は今時の細い軸じゃなくて昔ながらの真鍮色のフックでバーブつぶすのも簡単だし、特に問題はないように思う。ボラ狙うときは迷わずこのフックか。
 もう一方のマルトの方だけど、伸びるという噂通り、折れるまでに結構曲がる。この手の曲がるフックは多分海外での需要なんだろうと思う。華奢ですぐ折れるフックより曲がってでも粘るフックが海外では一般的なんだろう。パッケージの仕様がもろに海外向けだ。
 日本人の「尖った」性能をありがたがる傾向のせいか曲がらず限界で折れるハリが日本製フライフックでは主流だけど、適度に曲がってタフなハリというのが役に立つ場面ってのはあるだろうし割と好みでもある。
 もちろん折れも曲がりもしないハリが理想だろうけど、どちらにせよ結局は強度が欲しければ太くするのが根本的な解決策のはずで、そういう太さの、強度の必要な場面であまり細くて堅いハリを求めても意味ないのかなと思う。
 ということで、100本も入ってるので早速使ってみる。ただ、曲がるといっても限界はあって、バイスで挟んで2回ぐらいに分けて伸ばしていっても、がまかつのB11-Bぐらいのアイの角度までしか安定して伸ばせない。それ以上伸ばすと多くは折れるし、1回でギュッと伸ばそうとしても折れる。
 1,2割折ったとしても、送料入れて100本900円と安いハリなので、いろんな鮎毛鉤を巻いて試したいときとかは、このハリを中心に使おうと思う。鮎釣る分には強度的にもなにも心配していない。

 でもって、鮎毛鉤釣り前哨戦の解禁アユフライフィッシングの方は、見えている鮎が5~7センチぐらいと小さいので、苦労しながらもティムコ101の22番、がまかつB11-Bの24番という小さいハリにそれっぽくソフトハックルで巻いてみた。

 今朝、待ちに待った解禁で喜び勇んで部屋から5分の釣り場で釣ってみたら、案ずるより産むが易し、ってぐらいでサクサクと釣って、実にさい先良く鮎シーズンの開幕を迎えることができた。これから禁漁まで鮎を追い続けることができるのか、初めての経験なので未知なことばかりだけど、それ故に沢山の楽しみが待っていると期待している。

 明日からの小遠征、準備はできるだけのことをしたつもり。後は結果を出すだけだ。そんなに難しいことをするつもりじゃないし、それでも難しいんだろうとも思っているけど、経験、知識、想像力、体力、技術、道具、人様からの助言も含め自分の力を総動員して楽しんできたい。

2018年5月26日土曜日

鮎のことしか考えられない


 なんぼ鮎が釣りたいといったところで、6月1日の解禁を待たねばならず、1回も釣ってない改良の方向性もクソもない段階であれこれ悩んだところで仕方ないので、一旦鮎のことは置いておいて、テナガなりヘラなりに注力しようと思うのだけど、ジョギングで出かけるたびに近所のコイ釣りする淵の流れ込みが稚鮎のライズで豪雨のようになっているのを見ると辛抱たまらんくなって、ついつい釣れるかどうかもまだ分からん鮎毛鉤などセッセと巻いてしまう。
 昨年こんなになってなくて、あからさまに今年は異常な当たり年だと思う。かつこのライズが鮎だと分かってる人間なんてほとんど居ないはずで、釣ったろうと狙っている人間も居ないはず。

 鮎毛鉤はやっぱりフライマンにはそこそこビビッとくるネタだったようで、ケン一からもいくつかアドバイスもらったりして、そのへん反映してチマチマと20番のちっさいフックに苦しみながらもいろいろと巻いている。胴の上から螺旋に巻き止めるのをフライではリビングというんだけどそのリビング材なんていうのは色目を加える要素としてはお手軽で、「うさ耳」の原型であるヘアーズイヤーニンフだと、有名なパターンとしては金色の針金でリビングしたゴールドリブドヘアーズイヤーニンフってのがあって、その亜流としてよくルアーのフックについてたりもするキラキラ光るフラッシャブーでリビングしたニンフをヤマメ釣るのには使っていた。渓流では浮かせるドライフライばかり使ってて、たまに雨が降ってきて増水して濁って、明らかに水中の流れてくる餌を魚が狙ってる時ぐらいしかニンフフライの出番はなかったので、ほぼニンフはそのパターンしか知らないというのが実情。濁り水の中でもフラッシャブーのキラキラ感は頼りにしていた。というわけでフラッシャブーを巻き付けた写真の「閃光うさ耳」などでっちあげてみる。

 フラッシャブー関係ではケン一情報では最近は「ミラージュ」ってやつが派手で、嫌われるときは嫌われるカモだけどお薦めとのことで、フックも切れたし他にも欲しい素材とかあるので街に出たついでにSスイによって仕入れてきた。
 ミラージュは最初今までのフラッシャブーとあんまり変わらないんじゃないかと1200円とお高いこともあって購入を見送るところだったんだけど、手に取ってみたら買わざるを得なくなった。写真でも結構光ってるけど、角度によって鏡面のようにギラッと光る。逆に角度が変わると無色っぽくなる。このへんの明滅の落差は魚の目を引く度合いは強いはずである。魚の反応の実験でスプーンのような金属の明滅は極めて反応強いというのは目にしたことがある。反応強いと、ケン一の指摘にもあったように「嫌われる」刺激にもなり得るし、スレるのも早かったりするけど爆発力は期待して良いと思う。
 でもって、ほかの鳥の毛系の材料が白ばっかなのはなんでやねン、と突っ込みが入るかも知れないけど、別に白一色の毛鉤を巻くつもりで買ったわけではない。
 色を変えていこうと思って、いちいち色違いの毛を買ってたら金が掛かって仕方ない。そういうビンボくせえフライマンの間で古くから使われている技法が「マッキー染色」なんである。そのまんまなので説明不要かもだけど油性ペンのマッキーで色塗ってしまうんである。今回鮎毛鉤のためにマッキーの緑とオレンジも買った。まあ、ブルーダンとかクリームとかマッキーに無い色で絶妙な色が欲しくなると買わなきゃなんだけど、マッキーでも結構闘える。

 てな感じで、色もちょっと考慮に入れて試せる材料は揃ったので、2組目の打線を組んでみた。
 色とか光る素材とかの効果を見たいので、色以外の要素や形はなるべく同じにしたい。
 ここしばらく、暇さえあれば鮎毛鉤メーカーのホームページとか見ていたので、だいたい鮎毛鉤の一番単純な型というのが自分の中では固まってきたように思う。それがとりあえずこんな形です。
 金玉があって、蓑毛がパラリで胴が鳥の毛の軸で細身、鮎毛鉤では角と呼ぶ尻尾が赤が多い。この「赤角雉」を基礎にして色を足したりフラッシャブー足したりというのを、第2弾としては試してみたい。
 ということで、左の3本は蓑毛をオレンジ、黄色、緑にしてみた。色って実はメチャクチャ面倒な要素であえてこれまで「派手なんと地味なん2種類あれば良い」とごまかしてきたところだけど、鮎毛鉤の世界に足を突っ込むとなると色ももうちょっと突っ込みたくなるというところ。
 ただ、派手と地味という分け方だけでも実は難しい。陸上で見るとクソ派手な蛍光黄色も濁った茶色い水の中で見ると以外と魚の鱗がボヤンと光ってるような色に見えて、結構自然に見えたりする。っていうような光量やら背景となる色との関係とかで同じ色が全く違う意味を持つこともあるだろうし、フラッシャブーやら金属やらの反射はどうだとかはまた別の要素だとしても、たとえば色そのものが魚に与える影響の違いまで考慮し始めると収拾がつかない。赤は一般的に魚に対して興奮を喚起し、青は逆に落ち着かせるといわれている。活魚運搬水槽の内側が青く塗られているのも、私のカッパが青いのも理由があってそうしているのである。魚によってはクロダイが黄色が好きとかの好みもある。淡水ではそれ程なんだけど海では絶大な人気のピンクなんてのもあったりする。カツオ漁師が使うバケでもタチウオ引き縄のワームでもピンク率高くて、なんか良く分からんけど効くっていうような経験則の部分がどうしても色にはつきまとう。正直膨大な種類の鮎毛鉤のその色使いの一つ一つの意味が分かるようになるとは考えられない。でもまあ薄ぼんやりとした傾向と自分の釣り場の鮎がどういう色を好むのかぐらいは分かるようになりたいと思う。
 ぶっちゃけ、色的には派手な毛鉤ほど当たり外れ大きくて、地味でパッとしない毛鉤ほどバカ当たりはしないけど嫌われもせず地味に釣れ続けるというのは、ルアーの釣りを永くしてきた人間なので想像できる。赤角雉の赤だけ入れた茶色系は地味な色のワームのように手堅いんじゃないかと現時点で思っている。

 じゃあ爆発させるにゃどうするべさ?と考えると前述のフラッシャブーとか反射系の素材を使ってキラッキラに飾ってやるんだろうなと思うけど、果たしてド派手にいって良いのかしらと不安になる。けど、富士印鮎毛鉤の「キラキラ毛鉤」とかネットで見てると背中の蓑毛の下にピラッと一枚光る素材を入れているようなので反射系素材もありなんだなと安心して、右の一番上のよな感じで巻いてみた。光る素材はミラージュを入れたので「幻影赤角雉」という感じかな。
 これで5本で、あと2本打線に入れるとすると、一本は蓑毛なしのストンと沈むヤツをということで一番下の。ちなみにコイツだけ金玉を金属製の重いのにして沈みを含めた上下の速い動きを意識している。鮎用のサビキではパールの玉だけ鉤についているような単純なのが効きますよと和幸さんからタレコミいただいてたので、そのへんのサビキ的使い方も意識してみた。
 でもって、真ん中の鉤。フライマンから、なんで沈めて使う鮎毛鉤にエルクヘアカディス巻いてるねン、と突っ込みが入ってるかも知れないけど、まあ聞いとくんなはれ。実は過去に鮎を毛鉤で釣ったこと自体は2回ある。西洋式のフライでなんだけど、その2回とも夕方暗くなってエルクヘアカディスを水面直下でウェットフライのよう引いてたときであった。1度目はヤマメ釣ってて暗くなって見えなくなってきて、フライマンなら経験あると思うけど、結び直すのも面倒でどうせ見えないので浮かせて使ってたエルクヘアカディスをそのまま沈めて引っ張ってアタリを取るというウェットフライ的に使ってたときに釣れた。2度目は意図的に沈めたんじゃなくて夕方いい加減浮力がなくなってきたエルクヘアカディスが流し終わって引っ張られて「ドラグ」が掛かって水没したときに食ってきた。夕方活性が上がるってのは要素としてはあるんだろうことは確かだけど、フライの種類については偶然だろうと思うし、単にエルクヘアカディス投げてることが多いだけという原因かもだけど、そうだとしても2回起きた事象を単なる偶然で済ますような釣り人は、極めて確率の低い事象を狙って起こそうとする素養に欠けると言わざるを得ない。
 ということで試しゃいいジャンということで巻いてみた。1組目でもエルクヘアカディスとマドラーミノーは入れてあげたかったけど、鮎毛鉤の型に落とし込むのが難しくて断念していた。マドラーミノーを20番の鉤には巻けん。でもエルクヘアカディスはとりあえずそのまんまだけど、蓑毛を名前の由来のエルクの毛にして雉の胴にグルグルと雄鳥の首毛をフライでいうところのボディハックルとして巻き付けてでっちあげた。
 エルクというのは北米大陸では、これまたフライマンにはお馴染みのムース(ヘラジカ)の次に大きな鹿の仲間でワピチとも呼ばれるらしい。鹿の仲間の毛はマドラーミノーに使われる鹿の毛そのものがそうであるように中空の構造をしていて、ギュッと縛るとチアリーダーが持ってるポンポンみたいに毛が広がるのを利用していろんな形を作るのに重宝されてて、中空故に浮力も強く浮かせるフライには好適な素材で、エルクヘアカディスは多くのフライマンが「とりあえず生」的に渓流ではとりあえず投げてみるド定番パターンである。このエルクの毛の色が良い塩梅だとは故テツ西山氏の指摘するところで、とりあえず鮎釣ってみて良く釣れるようならエルクヘアの色なり浮力なりが効いてるのか、グルグル巻いたボディーハックルが効いてるのか、次の段階では「赤爪雉」の蓑毛だけエルクヘアにしたものと、ボディーハックルだけ巻いたのに分けてどちらの要素が効いてるのか試せば良いことになる。
 というように順番に、要素を整理して何が効いてるのか見ていかないと、メチャクチャな種類の鮎毛鉤を用意して片っ端から試して、経験則でどんな状況でどんな毛鉤が効くのか永い年月掛けて身につけるしかない。そういうものだと割り切って一生掛けて楽しむのも一つの手だと思うけど、何でも手を出す釣り人としては鮎毛鉤ばかりやってるわけじゃないので、道を究めていつでも爆釣、なんてしなくても良いから、そこそこ良い条件の季節にスカ食わずにそこそこ釣れて楽しめるようになりたい。それが難しいンだろうけどね。分かっちゃいるけどそう思う。

 でもって、それなりに毛鉤巻きたい欲求も治まって、正治さんところに先に送っておくウェダーとかの荷物を用意し始めてたんだけど、ケン一から救援物資が届いて、コレがまた痒いところに手が届く感じで、めんどくせえし金もかかるし雄鳥の首毛(コックハックル)でイイやと思ってるのを見越したかのように雌鳥の首毛(ヘンハックル) が入ってたりして、どうにもまた毛鉤を巻きたくなってまた巻いてしまった。フラッシャブー系のキラキラ素材も色々入れてくれてあったので、いっちょ下品なぐらい派手なのも巻いてみるかと、上から「銀飛螻蛄(シルバーセッジ)」の胴巻きをデジタル迷彩みたいな銀色で巻いてアンダーウィングにミラージュを2枚入れてみたの。2番目は胴を赤のフラッシャブーで下巻きして、白の鳥の毛で下巻きが見えるように「荒巻」して胸はクジャク、蓑毛は黄色とケバくしてみた。2つとも名前はない試し巻きだけど、荒巻は結構簡単な技法の割に鮎毛鉤っぽくなって良い。
 ということで、調子に乗って下2本は伝統的な鮎毛鉤の「赤熊」と「八つ橋荒巻赤底」に挑戦してはみたけど、でっかいパソコンの画面上のをみると簡単そうな赤熊の「二の字」というらしいけど胸の赤が2回入るところが、ちっちゃい鉤だとどうにも難しくて職人の技の冴えを改めて思い知らされる。黒も赤も切らずに交互に巻く間は下を通しておくだけという方法は分かるんだけど、できないんだよな~。ということで「赤熊」は二の字にならず一の字状態、練習用にと18番に鉤のサイズを上げたけどこの始末。無念。

 まあ、そういう細かいところまで作り込んだ毛鉤を楽しみたければ買うのが正解なんだろうし、そこまで作り込まなくても魚が釣れる程度の毛鉤にはなると思っている。
 ハッキリ釣る前から断言するけど、色とか素材とか「毛」の部分に関しては「赤角雉」程度である程度魚は釣れる。だって、ヤマメやオイカワが釣れるような毛鉤でアユだけ釣れないなんて理由は全くない。
 ただ、今作った鮎毛鉤で全く箸にも棒にもかからない結果に終わることはあり得ると想定している。もちろん状況が悪くて市販の鮎毛鉤仕掛けでも釣れないような場合もあるだろうけど、自作の鮎毛鉤仕掛けだけ釣れない場合もあるんじゃないかと心配している。
 ナニを心配してるのかというと、市販の仕掛けとは釣りで一番大事なハリとイトが違うから、まあ魚いっぱいいるところに行けばそれなりには釣れるだろうと思いつつも、不安といえば不安なんである。

 まずはハリが違う。刺さりとか色とかは気にしてない。でも形が違うのは非常に気になる。どこの形かというとチモトの部分、フライフックでいうならアイの部分で、今時のドライフライ用のフライフックは多くはダウンアイというやや下げたアイになっている。昔はフライフックでもバイビジブルを巻く用にストレートアイのフックがあったけど、いま日本製のフライフックでストレートアイは店頭では見かけなくてバーブレスだとカタログでも見当たらない。海外のマスタッドとかなら探せば作ってるかもだけど日本じゃ入手が難しい。
 真っ直ぐなチモトじゃないと、金玉がアイの直前に付く関係からその重さで流れの中でひっくり返るのならまだマシだけど、バランス崩して回転しちゃうんじゃないかと危惧している。
 なるべく真っ直ぐに近いのをということでガマカツのB11-Bを使ったものはお風呂テストでは真っ直ぐ泳ぐけど、ティムコのややショートシャンクのをつかったものは風呂場段階でややあやしいふらつき方で、流れの中では回転するかも知れない。回転するとハリスがよれて仕掛けが絡むので用をなさないだろう。金玉の重さは重要視しててガラスのビーズで大丈夫かと心配したけどお風呂で見る限りは良い塩梅だと思う。金属のビーズだと明らかに沈降速度速い。
 アイくらい真っ直ぐにできないかとバイスで挟んで力を掛けたらあっさり折れた。ドライフライ用の細いフライフックは粘らず折れる傾向が強いと感じるけど、もうちょっと粘らせる方が多少開いてでも魚はある程度あがるので良いようにも思うけどどうだろう?売れるのは明らかに曲がらないフックで曲がると評判落ちるんだろうとは思う。マルトのフックが安くて曲がるけど費用対効果は良いと聞いていて、案外良いんじゃなかろうかと思うんだけど、店では売ってるの見なくて、通販では売ってる単位が100本からなので二の足を踏んでいる。アイいちいち曲げるんならストレートのバーブ有りのを買ってバーブ潰しても手間変わんねえか?
 鮎がフライフック曲げることは想定してないけど、小さい餌食ってるそれ程小さくない獲物が近所にもいて、まあボラなんだけど、鮎毛鉤の延長線上で狙えると考えてるので良い塩梅のフックはどれかと考えるときに、ドライフライ用の華奢なフックはないなと思うのである。ボラのことは後で考えるとして鮎用としてはマルトのフック買ってアイ真っ直ぐに伸びるか試してみるか?100本700円は確かに魅力的。

 イトは鮎用毛鉤にはホンテロンの0.6号というのが標準装備のようである。ホンテロンって枝ス用の堅いナイロンだと思ってたら、今時ルアーでも流行のエステルラインの元祖みたいなイトのようだ。エステルラインは低伸度で張りがあって感度良好、仕掛けも絡みにくいというのが特徴で、フロロカーボン系とナニが違うの?というと似てるんだけどフロロが重くて沈むのに対して、エステルはナイロンぐらいの比重でそこまで沈まないのでこだわりの釣り人は使い分けるそうだけど、正直フロロがあれば良いやと思ってる。
 伸びの少ないフロロやエステルが感度良いのは伸びないからと思われがちだけど、道糸に使うならともかくハリスに使う時は伸びが多少有ろうが無かろうが感度には関係ないと最近思っている。ヘラ釣りでもハリスをフロロに変えたからといってあんまり違いは分からなかった。正直今時のハリス用のナイロンはフロロと大差ないぐらい伸びないし張りもある。でもヘラ釣りでも道糸についてはしなやかなナイロンとハリス用のパリッとしたフロロでは劇的に感度が違った。どうも短いイトにおいて感度に大きく影響するのは張りじゃないかと思う。吸い込みが良いようにとハリスに腰の無いナイロンスレッドを試したことがあるんだけど、変えたとたんにヘラのアタリがピタッと止まって、当時は赤いスレッドだったので見た目でダメだったのかと思ってたけど、今思うと張りがないので食ってもアタリとして現れなくなってた可能性のほうが高いように思う。
 で、今回鮎毛鉤を作るのにハリスを0.6号のパリッとしたフロロかナイロンで行けばそれほどホンテロン使った仕掛けと変わらないハズだけど、スケベ根性であえて変えた。
 より細くして張りがなくしなやかなハリスの方が「流し毛鉤」の場合は掛かりが良いんじゃないかという読みである。
 じゃあ何で市販の鮎毛鉤にはホンテロンが使われてるんだ?それが一番良いからじゃないのかという疑問はごもっとも。私も半分ぐらいそうじゃないかと思っている。
 でも、流し毛鉤を頭の中で想像すると、微妙な感度でアタリをとって積極的に掛けていくというよりダラッと流していく中で向こうアワセ的に掛かってくれるように思える。
 じゃあなんで市販品はホンテロンなのよ?と聞かれれば枝ス7本出すので仕掛けが絡みにくいというのはあるんだろうけど、もともと鮎毛鉤が浮子つけて流す「流し毛鉤」じゃなくてオモリつけてミャク釣り的に誘ってアタリを取っていく「ドブ釣り」用に作られているからじゃないだろうかと思っている。ミャク釣りなら感度は死活問題でアタリとれなきゃ話にならない。
 でも、ダラッと流して浮子が流れの抵抗受けて重さが掛かってる状態でその下流で流れている毛鉤に食ったのを浮子にでる微妙なアタリでとるって難易度高そうで、じゃあ食ったら勝手に掛かって魚が暴れたら浮子に出るぐらいにと、違和感なくす方向でハリスちょい細め0.4号ナイロンでちょい長めで仕掛けを作った。
 そういうバクチはまずはホンテロン0.6号で手堅くやってから打っとけば、カスリもしないような大失敗の確率は減らせるんだろうけど、なんか良さそうに思うと試さずにはおられないのよね。

 という感じで、もう釣る前から鼻息も荒く解禁が待ちきれなくなってるんだけど、解禁日は金曜で病院に行く日で、正治さんところに行って鮎毛鉤釣り初挑戦は2日の予定となっている。
 正直待ちきれない。近所のライズはいついなくなるかわからん中、今の状態ならさすがによっぽど外してなければ釣れるだろうと思っている。1日の朝病院行く前にチョロッと釣るのは時間的には全く問題なくできる。でも、なんというか鮎毛鉤初体験を本場の川に捧げると誓ったのに浮気して良いのかと変なこだわりがある。
 なんとかならんものかと考えていたら、何とかなる方法が閃いた。
 解禁日1日は「鮎毛鉤」じゃなくてフライフィッシングでアユ釣れば良いんである。フライでアユならアタイ生娘ってわけじゃないのヨという感じで今更なんぼか釣ったところでどうってことない。金玉付いてない鮎毛鉤じゃないソフトハックルウェットなフライを巻かなきゃだけど問題解決である。

 という感じで、自分でもなんとかならんのかと思うぐらいに鮎のことばかり考えている週末でございます。解禁をこんなに待ちわびるのなんて東北時代以来20年ぶりぐらいじゃないだろうか。さて結果はどうなることやら。

 来週末は釣り場に居ます。