2021年6月19日土曜日

ワシは表現の自由を尊重するから、オマエが何を言おうと勝手だし尊重するが、ワシも勝手なことをほざかしてもらう

  っていうのが、表現の自由に対するワシの基本的な姿勢である。

 なので、アホがアホなことを言ってても無視すれば良い状況なら、どうぞご自由にご発言いただければよろしいかと。

 だだ、以前も書いたように放っておくと、小うるせぇアホゥの意見がとおって、変な方向に表現の自由がねじ曲げられたりもしているのを散見するので、アホには「アホなこと言うな!」と苦言を呈しておかねばならんと偏屈ジジイは思うのである。

 最近、とあるアニメで女子高生が原動機付二輪に二人乗りするシーンがあって、それに対して「犯罪を容認するかのような表現で問題だ」と創作物の世界と現実世界が区別できてないアホがアホなことを言い出して、問題になってた。

 誰だか知らない人だったけどある芸能人が「ルパン(三世)見るときに、あれは窃盗だ!けしからん、って批判しながら見るか?」って、アホ以外みんなそう思うであろう至極当たり前のことを言ってくれたようで、世の中アホばかりじゃなくて助かりますと胸をなでおろしたところである。

 原付二人乗りは道路交通法に違反しているだろう。でも、若いときのそうたいして人に迷惑かけるわけじゃない”お痛”は青春の一ページを彩る一コマなんじゃないの?立ち小便一つ罪を犯してないんかいな?この程度のことをあげつらうヤツラどもは?

 真似をして実際に二人乗りをして事故でも起こしたらどうするんだ?とか言い出すアホがいるだろうけど、そんなもん真似をするにしても、善悪の判断は自分でするはずで、その罪が真似された作品に帰するわけがない。”原付二人乗りを真似するといけないから「ローマの休日」を発禁にする”とかと、本質的に言ってることは一緒。

 以前書いたことの繰り返しになるけど、殺人やら盗みやら、およそ犯罪や暴力、悪行を真似されるから表現物に認めるべきでない、とか言い始めたらそもそも「聖書」とかからして、兄弟で殺し合ったりするし、磔刑にあったあと生き返るとか嘘ばっか書いてて、真似したらどうするんだッテ話だけど、ソリャ真似するヤツがアホなんやろって話で、表現物の中でさえ暴力や犯罪を認めないっていうアホの主張に付き合ってると、なんも読むモノも観るモノもなくなるって話。アホが自分で選ぶ作品を、暴力も犯罪も出てこない日常系とかばかりにするのは勝手だけど、オレの観る作品にまで規制とかかかり始めると、思いっきり暴れたくなる。

 それでも日本はだいぶマシなようで、地上波放送で人の首が飛ぶような暴力表現があるアニメとか、アメリカとかでは考えられないようだけど日本じゃ深夜アニメなら珍しくもない。だからといって日本で人の首飛ばす犯罪が多いかっていったらそんなわきゃないよね。表現物の影響で犯罪が起こるとか、まあドラマの影響でバタフライナイフが流行って傷害事件とかも起きたけど、ああいうのもバタフライナイフ規制したから傷害事件が減ったかっていえば、刃物ぐらい家に帰って包丁持ってきてもいいいわけで、刺すヤツはバタフライナイフなくても刺すんだろうって思うけど違うのか。

 それでも、日本のアニメは暴力的表現への規制とかが少ないっていうのは、アメリカとかに比べるとずいぶんましなんだろうとは実感してて胸をなで下ろすところである。何しろNHKでやってたアニメ版「ヴィンランドサガ」で、直接的な描写は避けてたけど、ヴァイキングどもによる村中皆殺しなんていうのも皆様の受信料で放送している公共放送でちゃんとエピソード飛ばさずに描写してた。そうじゃなきゃ意味がない。あのヴァイキング達の略奪、暴力、謀略、血と腸で描写された恐ろしさ禍々しさがあるからこそ、そんな中でも発揮される人間の魂の尊さや、主人公の向かおうとする道の清さ正しさが際立って心に訴えかけてくるものがあるのである。日本のアニメは自由を失わないで欲しい。それさえあれば”クールジャパン”とかわけ分からんこと言って売り出さなくても、勝手に世界中のオタク共が買ってくれるだろう。

 アメリカの、アニメに限らず表現物は、近年”ポリコレ”とかいうやつに苦しめられているようで、向こうのオタクどもの嘆きがネットで紹介されているのとか見ると心底同情する。

 ”ポリコレ”はポリティカル・コレクトネスの略だそうだけど、少数者や弱者にも配慮しなければならないっていうのが基本思想なんだと思う。けど、どうもヨソの国のことだから岡目八目でよく見えてる気がするんだけど、行きすぎたポリコレで表現物ががんじがらめに縛られて不自由になってるように見受けられる。典型例が映画の配役で、一定数黒人やらヒスパニックやらアジア系やらを入れないと社会正義の戦士様あたりに怒られるんだそうな。なんちゅうか運動会で手を繋いでみんなでゴールみたいな馬鹿臭さ。基本的に人種が違えども皆平等であるハズで、良い俳優が実力で役もぎとったら、人種的には様々な人種だったっていう結果になるのが理想だろうとは思う。思うけど逆はないだろ、最初に人種枠があってそれで配役にありついてどうする。実力でもぎとらんかい。

 アニメだともっと悲惨で、適当な配役ができなかった的な言い訳がしにくい。何せ描けば良いんだから。最近のアメコミ(あっちのマンガ)のキャラクターで人種も色々、体型や性的なものも配慮して、要するにデブもゲイもいるヒーロー戦隊ってのが紹介されてた。デブの主人公が居てもいいし、ゲイの登場人物が居ても不思議でも何ともない(同性愛とかが変態でも何でもなくて”割と普通”だということは以前書いた)。でもそれを話の設定から必要で出すのなら良いけど、”出すことありき”で役を用意するとかし始めると、例に出されてたアメコミヒーローの見た目からしてもうコレはダメだ感が漂ってたぐらいで、まあつまんないものになるだろう。

 ”ポリコレ”が大事だと思う人達は、そういうことが配慮された作品を見て、配慮されてない作品は見なければ良い。あるいは見て批判するのまでなら、どうぞご自由にっていう、それだけのことだと思うんだけど、ポリコレなんてクソ食らえと思う人が楽しんでるような表現作品を規制したり、排除しようとするのはやめてくれって話である。アンタらは観たいモノを観て、ワシらも観たいモノを観る。それで良いじゃないかと思うのに、世の中には自分が認めないモノをなきものにしようと一生懸命になる小うるせぇ輩が多くて嫌になってくる。

 ただちょっと救いがあるのは、そういうスポンサーの手前もあっての自主規制的な圧の中でも、表現者は何とかして良いものを作ろうとしてて、バットマンの新シリーズの黒人主人公は結構格好いいと評判のようである。バットマンネタでは日本のマンガで「ワンオペ・ジョーカー」というバットマンを赤ちゃんにして無力化してしまうことに成功したジョーカーが、強敵の居ないつまらなさに耐えかねて、バットマンを男手一人で育てるという喜劇があって、「さすがジャパンはオレたちの思いもよらないことをやってくれるゼ」と海外のオタクどもに絶賛されてた。

 あと、ポリコレをおちょくってる作品も散見されるようになってきてて、日本のマンガでもあからさまに真っ黒に塗った登場人物がいきなり出てきてクスッとさせられたり、米国の「サウスパーク」っていうアニメのゲームでは、キャラクターの肌の色が選択できて、色が濃いほどゲームの難易度が上がる設定だったりとか。なかなかキツめにシャレが効いている。

 表現の自由は、基本的にそれが実際に犯罪を犯して表現したモノでなければ、犯罪を描こうが何しようが勝手だと思っている。その表現というもののなかには「表現の自由は制限されるべき」という表現も含まれているという矛盾がもともとあるんだと思う。最近重要な概念として、「多様性」というのが思想や表現についても重要視されるようになっていると思うけど、同じように多様性を認めるなら「多様性を認めない」という思想も認める必要がある。などと、矛盾した思考の堂々巡りに陥りがちなんだけど、結局、我々が表現物を楽しみ受け取る姿勢としては、面白いモノを面白いと賞賛し、つまんねぇものをツマンネェと批判し、観る価値もないと思うモノは観ない。という個人的な楽しみに帰り着くのではないかと思う。そこだけしっかり確保して間違わなければ、表現者は多少制限かかったぐらいでへこたれないと思うので、どうにかなりそうな気がする。

 描きたいモノがある人間は、両手縛られたって、涙を絵の具に足の指で鼠を描くぐらいに、もうどうしようもなくあふれてくる情熱で、なんとしてでも自分のなんか奥の方からか浅い所からかわからんけど湧き出してくるモノを表現せずにいられない。古今東西そうやって溢れ出たものが、芸術・娯楽として多くの人を楽しませ感動させ、あるいはひんしゅくを買い目を背けさせてきた。それはいずれにせよとても”人間的”な人をして人たらしめているような大事なことだとワシャ思う。

 そういう大事な営みを、よくわからん正義感みたいな頓珍漢な屁理屈にもなってないような言いがかりでもって、変な方向にねじ曲げようとするアホどもの行いは、人が営々と営んできた芸術とか文化に対する冒涜でしかないと、多様な考え方のある中でワシは考えて、自由にお気楽にブログに書いているのである。

1 件のコメント:

  1.  海外で本当にイエス様の復活の真似をしようとして、三日埋められて聖職者が死んだとネットニュースで流れてた。アホが真似するから聖書を発禁にしなきゃならんな。まったく。←この書き方で、聖書が悪いんじゃないっていうことをおちょくってるのが分からん人が居るらしいけど、そういう人を相手に表現の自由について議論せにゃならんとなると骨が折れる。アホは相手にしたくないモノである。

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